2012 spring┊︎short story
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最近、また眠りが浅くなってしまった。
一人で使うベッドはやけに空っぽに感じる上、まだ春の夜は身震いする程に肌寒い。
布団を掛け直してくれる甲斐甲斐しい同居人が高専の寮へ入寮したのがひと月ほど前。
僕はやけに広くなったベッドでゴロリと寝返りを打った。
『立つ鳥跡を濁さず』と言いながら彼女の手によって洗われたシーツからは、もう匂いがしない。
それが何だか無性に寂しくて、思わず深く深く溜息をついてしまった。
快眠のすゝめ
「五条さん、今日は出張じゃないんですね。」
「僕だって土日くらいは休みたいモ〜ン」
「…それには全面同意ですけど、なんで私の部屋で寛いでるんですか?」
必要最低限の家具を入れた名無しの部屋は質素だ。
日に日に増えていく本と、壁を埋めていく本棚以外は。
マグカップに入ったココアをお供に、小難しい本を読む名無し。
水の高分子鎖、化学組成と化学反応……などなど、専門的すぎて流石の五条もお手上げだった。
そんな『先生』と『生徒』の関係の二人だが……現状、その先生が生徒の部屋に居座っている。
「折角のおやすみなんですから、私なんかに構わずにゆっくりされたらどうですか?」
「してるでしょ?ゆっくり。」
満足そうにベッドへ寝転がり、リラックスした様子で涅槃のポーズをとる五条。
ゆるりとした黒いTシャツ。生成色のズボン。
部屋着で何度も見た姿だった。
……正直、肌蹴た鎖骨は目に毒だ。
名無しは心の中で『平常心、平常心』と言い聞かせながら、大きく息を吸い込む。
「私の部屋でゴロゴロする理由は何ですか…」
「ん?名無しがいるから。」
答えになっていない。
これ以上問答をしてものらりくらりと躱されるのだろう。
名無しは諦めたような溜息を小さく吐き出した。
「名無し、ココアちょーだい〜」
「ご用意するのでちょっと待ってください。」
分厚い本に挟むのは、栞代わりの本帯。
ぺたぺたと遠ざかる足音を聴きながら、五条は名無しの飲みかけだったココアを、ずぞっと啜った。
淡いチョコレート色のミルクココア。
生ぬるくなったそれはトロリと甘く、一口、もう一口とついつい口に含んでしまう。
「あ。五条さん。それ私の。」
「知ってる。」
「わんちゃんだって『まて』くらいは出来ますよ?」
呆れたように肩を竦める名無しをベッドから見上げ、五条は思わずクスクスと笑った。
現代最強の特級呪術師を『わんちゃん』と比べる人間なんて、彼女くらいだろう。
それに対して怒りや憤りは微塵も湧いてこない。
むしろ擽ったくて新鮮で、思わず笑ってしまう程だ。
――勿論、そんな暴言は彼女だけの特権なのだろうが。
「ね〜名無し。」
「何ですか?」
「お昼寝しよ?」
「まだ10時じゃないですか。眠たいならそのベッド、使っていいですよ」
「やだ。」
「じゃあご自宅に帰ればいいじゃないですか…」
「そうじゃなくて。抱き枕がないから眠れなーいの」
掛けていたサングラスをベッドの枕元に放り投げる五条。
一応彼の必需品なのだから、もう少し丁寧に扱えばいいのに。
名無しはサングラスのつるをキチンと閉じて、備え付けの学習机にそっと置き直した。
「名無しってさぁ、面倒見いいよね。」
「五条さんの手間がかかるだけでは?」
「え〜。いいじゃないの、甘えたって。」
全く、この人は任務の時と大違いだ。
まるで駄々を捏ねる甘えっ子の子供みたい。
実の所、彼のそういう性格は全く不愉快ではないし、むしろほんの少しだけ嬉しいのだが――このお調子者で飄々と掴みどころのない教師には、絶対に言わない。
何故なら、このワガママがエスカレートする未来しか見えないから。何事も限度がある。
入学前から付き合いがあるとはいえ、あくまで今の立場は『先生』と『生徒』だ。
あまり距離感が近いのは――
「ねぇ〜名無し〜。ほら、早く早く。」
……分かっているのだろうか、この男は。
恐らくこちらが根負けするまで言い続けるのだろう。
観念したように名無しは肩を落とし「五条さんが寝るまでですよ」とベッドへ横になった。
添い寝した途端、後ろから思い切り抱きしめられる。
「ぐぇ、」とくぐもった声が思わず漏れたが、ちょっとだけ腕の力が緩められただけ。
どうやら離す気は更々ないようだ。
「……どうしたんですか?抱き枕が欲しいなら東急ハンズで買ってきましょうか?」
「布と綿の抱き枕には用がないの。」
名無しの黒髪にぐりぐりと擦り寄る五条の頬。
……顔が火照っているのは見られていないだろうか。
後ろから抱き枕にされて、本当によかったと心の底から安堵した。
「…じゃあ、お疲れだったとか?」
「そ。誰かさんが寮に入っちゃったから、人肌が恋しいの。癒しが欲しいの。」
じゃあ、モテるんだろうから恋人くらい作ればいいのに。
喉まで出かけた言葉を呑み込み、名無しは小さく溜息をつく。
口に出すのは簡単な言葉。
それでも……どうしても、形にしたくなかった。
上手く理由は、言えないけど。
「……少しだけですよ。」
「ん。」
短く返事をした五条の寝息が聞こえてきたのは、そう間もなかった。
相応疲れていたのか、はたまた本当に――まさかとは思うが、本当に人肌恋しかったのか。
真意を推し量るには彼のことを知らなさすぎる。
憶測を口に出す勇気はなく、名無しはそっと瞼を閉じた。
――トクン、トクン。
背中越しに叩く、五条の心臓の音。
それがあまりにも穏やかで、心地よくて。
名無しは小さく欠伸を零すのであった。
その後。
少しと言ったお昼寝は、二人して14時まで惰眠を貪る結果となり、名無しは頭を抱え込むのであった。
五条はというと――言うまでもない。
スッキリした顔で「じゃ、遅いけどお昼でも食べに行こうか」と笑っていた。
一人で使うベッドはやけに空っぽに感じる上、まだ春の夜は身震いする程に肌寒い。
布団を掛け直してくれる甲斐甲斐しい同居人が高専の寮へ入寮したのがひと月ほど前。
僕はやけに広くなったベッドでゴロリと寝返りを打った。
『立つ鳥跡を濁さず』と言いながら彼女の手によって洗われたシーツからは、もう匂いがしない。
それが何だか無性に寂しくて、思わず深く深く溜息をついてしまった。
快眠のすゝめ
「五条さん、今日は出張じゃないんですね。」
「僕だって土日くらいは休みたいモ〜ン」
「…それには全面同意ですけど、なんで私の部屋で寛いでるんですか?」
必要最低限の家具を入れた名無しの部屋は質素だ。
日に日に増えていく本と、壁を埋めていく本棚以外は。
マグカップに入ったココアをお供に、小難しい本を読む名無し。
水の高分子鎖、化学組成と化学反応……などなど、専門的すぎて流石の五条もお手上げだった。
そんな『先生』と『生徒』の関係の二人だが……現状、その先生が生徒の部屋に居座っている。
「折角のおやすみなんですから、私なんかに構わずにゆっくりされたらどうですか?」
「してるでしょ?ゆっくり。」
満足そうにベッドへ寝転がり、リラックスした様子で涅槃のポーズをとる五条。
ゆるりとした黒いTシャツ。生成色のズボン。
部屋着で何度も見た姿だった。
……正直、肌蹴た鎖骨は目に毒だ。
名無しは心の中で『平常心、平常心』と言い聞かせながら、大きく息を吸い込む。
「私の部屋でゴロゴロする理由は何ですか…」
「ん?名無しがいるから。」
答えになっていない。
これ以上問答をしてものらりくらりと躱されるのだろう。
名無しは諦めたような溜息を小さく吐き出した。
「名無し、ココアちょーだい〜」
「ご用意するのでちょっと待ってください。」
分厚い本に挟むのは、栞代わりの本帯。
ぺたぺたと遠ざかる足音を聴きながら、五条は名無しの飲みかけだったココアを、ずぞっと啜った。
淡いチョコレート色のミルクココア。
生ぬるくなったそれはトロリと甘く、一口、もう一口とついつい口に含んでしまう。
「あ。五条さん。それ私の。」
「知ってる。」
「わんちゃんだって『まて』くらいは出来ますよ?」
呆れたように肩を竦める名無しをベッドから見上げ、五条は思わずクスクスと笑った。
現代最強の特級呪術師を『わんちゃん』と比べる人間なんて、彼女くらいだろう。
それに対して怒りや憤りは微塵も湧いてこない。
むしろ擽ったくて新鮮で、思わず笑ってしまう程だ。
――勿論、そんな暴言は彼女だけの特権なのだろうが。
「ね〜名無し。」
「何ですか?」
「お昼寝しよ?」
「まだ10時じゃないですか。眠たいならそのベッド、使っていいですよ」
「やだ。」
「じゃあご自宅に帰ればいいじゃないですか…」
「そうじゃなくて。抱き枕がないから眠れなーいの」
掛けていたサングラスをベッドの枕元に放り投げる五条。
一応彼の必需品なのだから、もう少し丁寧に扱えばいいのに。
名無しはサングラスのつるをキチンと閉じて、備え付けの学習机にそっと置き直した。
「名無しってさぁ、面倒見いいよね。」
「五条さんの手間がかかるだけでは?」
「え〜。いいじゃないの、甘えたって。」
全く、この人は任務の時と大違いだ。
まるで駄々を捏ねる甘えっ子の子供みたい。
実の所、彼のそういう性格は全く不愉快ではないし、むしろほんの少しだけ嬉しいのだが――このお調子者で飄々と掴みどころのない教師には、絶対に言わない。
何故なら、このワガママがエスカレートする未来しか見えないから。何事も限度がある。
入学前から付き合いがあるとはいえ、あくまで今の立場は『先生』と『生徒』だ。
あまり距離感が近いのは――
「ねぇ〜名無し〜。ほら、早く早く。」
……分かっているのだろうか、この男は。
恐らくこちらが根負けするまで言い続けるのだろう。
観念したように名無しは肩を落とし「五条さんが寝るまでですよ」とベッドへ横になった。
添い寝した途端、後ろから思い切り抱きしめられる。
「ぐぇ、」とくぐもった声が思わず漏れたが、ちょっとだけ腕の力が緩められただけ。
どうやら離す気は更々ないようだ。
「……どうしたんですか?抱き枕が欲しいなら東急ハンズで買ってきましょうか?」
「布と綿の抱き枕には用がないの。」
名無しの黒髪にぐりぐりと擦り寄る五条の頬。
……顔が火照っているのは見られていないだろうか。
後ろから抱き枕にされて、本当によかったと心の底から安堵した。
「…じゃあ、お疲れだったとか?」
「そ。誰かさんが寮に入っちゃったから、人肌が恋しいの。癒しが欲しいの。」
じゃあ、モテるんだろうから恋人くらい作ればいいのに。
喉まで出かけた言葉を呑み込み、名無しは小さく溜息をつく。
口に出すのは簡単な言葉。
それでも……どうしても、形にしたくなかった。
上手く理由は、言えないけど。
「……少しだけですよ。」
「ん。」
短く返事をした五条の寝息が聞こえてきたのは、そう間もなかった。
相応疲れていたのか、はたまた本当に――まさかとは思うが、本当に人肌恋しかったのか。
真意を推し量るには彼のことを知らなさすぎる。
憶測を口に出す勇気はなく、名無しはそっと瞼を閉じた。
――トクン、トクン。
背中越しに叩く、五条の心臓の音。
それがあまりにも穏やかで、心地よくて。
名無しは小さく欠伸を零すのであった。
その後。
少しと言ったお昼寝は、二人して14時まで惰眠を貪る結果となり、名無しは頭を抱え込むのであった。
五条はというと――言うまでもない。
スッキリした顔で「じゃ、遅いけどお昼でも食べに行こうか」と笑っていた。