2014 summer┊︎short story
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五条さんと、付き合い始めてしまった。
いや。しまったという言い方はよくない。付き合い始めた。
始めた、の、だが。
「ただいま〜」
当然のように女子寮にズカズカとやってくる五条さん。
任務が終わり、伊地知さんと解散し、一直線に私の部屋へ。
別にそれはいい。今までも硝子さんが晩酌しにやって来ることも頻繁にあったし、五条さんが夕飯を食べに来ることも度々あった。
在校している女子生徒がいないからか、女子寮へ大人二人が入り浸っていることは夜蛾学長も大目に見てくれているのだろう。
それとも私の身辺やメンタルケアを気にしてくれているのか。
理由は恐らく両方だったのだろう。有難い反面、意外とあの人は過保護だな、と笑ってしまう。
しかし。しかし、だ。
「おかえりなさい、五条さん。」
「ん。」
目の前の彼は胡散臭い目元の包帯を解き、長い足を屈ませてから短く唸る。
『何か』を催促するようにジッと待機する姿は忠犬のように見えるが、その意味を察した私は敢えてすっとぼけたフリをする。
「……まずは手洗いうがいしてくださいね。」
「酷〜い、恋人をバイ菌扱いなんて。」
『恋人』という慣れない肩書きに一瞬たじろぐが、ここで動揺する私じゃない。だから落ち着いて欲しい、私の心臓。落ち着けってば。
「夕飯は召し上がられましたか?」
「んーん。まだ。」
「そうですか。今日はアジの南蛮漬けですよ。ご飯は大盛りですか?普通?」
「大盛り〜。」
ガラガラとうがいの音が脱衣所から聞こえてくる。
このまま先程の催促を忘れてくれていたらいいのだが──
「名無し、ちゃんと手洗いうがいしたよ?」
「そうですか。じゃあお夕飯にしまし」
「おかえりのキスは?」
そう。恋人になってからというものの、これを催促されるようになったのだ。
至近距離どころかゼロ距離になる国宝級の顔面。
なんかいい匂いするし、腹立たしい程に唇もやわらかい。
ほぼ毎日繰り返される儀式のような『催促』は、恋愛初心者にはハードルが高すぎる。
「……せめて包帯してくれたままだったらいいのに。」
「何で?僕の綺麗な顔が見れた方がいいでしょ?」
「心臓に悪いんですよ…!」
息を吐くように紡がれる自画自賛を咎める気力はない。というか、全くもってその通りなのだから否定しようもない。
「せめて目を閉じてください…」
「えー。」
「普通、目を閉じるのでは…?」
「普通って。えっ、何?僕以外とキスしたの?」
「してませんけど。ネットでは目を閉じるのが普通って書いてますし…」
「そよはそよ。うちはうち。インターネットが世論じゃないでしょ。」
「え、ええぇ……」
全くもってその通りだ。
……ぐうの音も出ない正論なのだが、何故か五条さんが言葉にすれば途端に胡散臭くなってしまうのは不可抗力だろう。
私は諦めて小さく息を吐き、期待に満ちた目でこちらを見下ろしてくる五条さんの服の裾を引っ張った。
「もう少し、屈んでください。」
「ん。」
子供の視線に合わせるように膝を曲げてくれるが、それでも私にとってはまだ高い。
うんと背伸びして、頬に手を伸ばす。
……こんな風に、この人へ触れられる時が来るなんて。
恋心を自覚した瞬間から諦めた。彼の人生の中で一瞬でも隣に立てる日が来るなんて夢にも思わなかった。
もしかしたら夢なのかもしれないと今でも時々頬を抓ってしまう。
空に口付けるように、形のいい唇をそっと重ねればふわりと香る香水の匂い。
僅かに香るそれは朝嗅いだものとは様変わりし、ラストノートのムスクがふわりと鼻を擽った。
マシュマロよりもやわらかい唇からそっと離れると、鮮やかな空色と視線が絡んだ。
吸い込まれそうな瞳と、呼吸も混ざりそうな距離が途端に恥ずかしくなってしまい、点火したように頬が一気に火照った。
「名無し、顔真っ赤。」
「見ないでくださいってば…」
揶揄うように目を細める五条さん。
彼の頬から手を離して血が集まった頬を隠せば、『ちゅっ』と可愛いリップ音付きで手の甲にキスを落とされた。
「なんならおはようのキスも欲しいとこなんだけど?僕としては。」
「今はこれで手一杯ですよ…。仕方ないじゃないですか、慣れていないんですから。」
追加要求してくる様子があまりにも悪びれなくて、『そういうところだぞ五条悟』と文句を言いたくなった。
男性とのお付き合いがそもそも初めてだというのに、もう少し手加減して欲しいものだ。
──そういえば先週、五条さん自身も『僕も恋愛初心者だよ』なんて宣っていたが『それは本命童貞』だと硝子さんが呆れていた。
私が『どうやって五条さんを納得させようか』と考えあぐねていると、五条さんが名案を思いついたようでにんまりと笑った。
「じゃ、慣れたらいいの?」
「へ、」
私の間抜けな声を飲み込むように重ねられる唇。
先程の触れるだけのキスとは打って代わり、やわやわと食むようなそれ。
「ん…ッ」
呼吸の一筋すら零さないような口付けは甘く、脳の中心からぼんやりと蕩けていくようだ。
僅かに空いた唇の隙間から、ぬるりとしたものが口内に入ってくるまでは。
「ッご…じょ、さっ、ンっ…」
それが舌だと理解した途端、羞恥心で頭が茹だる。
呼吸もろくに出来ないというのに思考がドロドロに溶かされていく。
酸欠で苦しいのに、ふわふわとした浮遊感で心地いい。
上顎の裏を舌でなぞられれば、《擽ったい》とはまた違う、肌が粟立つような感覚に目眩がした。
散々口内を弄ばれ、解放された時には足腰が立たなかった。
頭上から「ふ、」と笑う声が聞こえたが、私は笑うに笑えなかった。
「可愛い。腰抜けちゃった?」
「し、舌、入っ…ッ」
「普通でしょ。」
『違う』と否定したいのに、否定するだけの経験値が私にはない。
ぼんやりとする頭。ぽやぽやと夢心地に近いような熱。
ただただ心臓だけが、肋骨を突き破って飛んでいってしまいそうなくらい、バクバクと音を立てて煩かった。
Please give me Kiss(more)
「もう一回する?慣れた方がいいんでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。ドキドキしすぎて、心臓が痛い……」
「うー…」と唸りながら、恥ずかしそうに口元を隠す名無し。
『もうしない』だとか『嫌だった』とか、そんな否定的な感想ではなく、彼女の口から出た言葉は《ちょっと待って》と。
僕にとって都合のいい解釈をしてしまえば、息が整えばもう一度、貪るようなキスをしてもいい──ということだ。
(僕の恋人、可愛すぎない?)
漸く掴まえた、大事な大事な宝物。
可哀想なくらいクタクタになった彼女が愛おしくて、僕は彼女の細い腰を強く強く抱き寄せた。
いや。しまったという言い方はよくない。付き合い始めた。
始めた、の、だが。
「ただいま〜」
当然のように女子寮にズカズカとやってくる五条さん。
任務が終わり、伊地知さんと解散し、一直線に私の部屋へ。
別にそれはいい。今までも硝子さんが晩酌しにやって来ることも頻繁にあったし、五条さんが夕飯を食べに来ることも度々あった。
在校している女子生徒がいないからか、女子寮へ大人二人が入り浸っていることは夜蛾学長も大目に見てくれているのだろう。
それとも私の身辺やメンタルケアを気にしてくれているのか。
理由は恐らく両方だったのだろう。有難い反面、意外とあの人は過保護だな、と笑ってしまう。
しかし。しかし、だ。
「おかえりなさい、五条さん。」
「ん。」
目の前の彼は胡散臭い目元の包帯を解き、長い足を屈ませてから短く唸る。
『何か』を催促するようにジッと待機する姿は忠犬のように見えるが、その意味を察した私は敢えてすっとぼけたフリをする。
「……まずは手洗いうがいしてくださいね。」
「酷〜い、恋人をバイ菌扱いなんて。」
『恋人』という慣れない肩書きに一瞬たじろぐが、ここで動揺する私じゃない。だから落ち着いて欲しい、私の心臓。落ち着けってば。
「夕飯は召し上がられましたか?」
「んーん。まだ。」
「そうですか。今日はアジの南蛮漬けですよ。ご飯は大盛りですか?普通?」
「大盛り〜。」
ガラガラとうがいの音が脱衣所から聞こえてくる。
このまま先程の催促を忘れてくれていたらいいのだが──
「名無し、ちゃんと手洗いうがいしたよ?」
「そうですか。じゃあお夕飯にしまし」
「おかえりのキスは?」
そう。恋人になってからというものの、これを催促されるようになったのだ。
至近距離どころかゼロ距離になる国宝級の顔面。
なんかいい匂いするし、腹立たしい程に唇もやわらかい。
ほぼ毎日繰り返される儀式のような『催促』は、恋愛初心者にはハードルが高すぎる。
「……せめて包帯してくれたままだったらいいのに。」
「何で?僕の綺麗な顔が見れた方がいいでしょ?」
「心臓に悪いんですよ…!」
息を吐くように紡がれる自画自賛を咎める気力はない。というか、全くもってその通りなのだから否定しようもない。
「せめて目を閉じてください…」
「えー。」
「普通、目を閉じるのでは…?」
「普通って。えっ、何?僕以外とキスしたの?」
「してませんけど。ネットでは目を閉じるのが普通って書いてますし…」
「そよはそよ。うちはうち。インターネットが世論じゃないでしょ。」
「え、ええぇ……」
全くもってその通りだ。
……ぐうの音も出ない正論なのだが、何故か五条さんが言葉にすれば途端に胡散臭くなってしまうのは不可抗力だろう。
私は諦めて小さく息を吐き、期待に満ちた目でこちらを見下ろしてくる五条さんの服の裾を引っ張った。
「もう少し、屈んでください。」
「ん。」
子供の視線に合わせるように膝を曲げてくれるが、それでも私にとってはまだ高い。
うんと背伸びして、頬に手を伸ばす。
……こんな風に、この人へ触れられる時が来るなんて。
恋心を自覚した瞬間から諦めた。彼の人生の中で一瞬でも隣に立てる日が来るなんて夢にも思わなかった。
もしかしたら夢なのかもしれないと今でも時々頬を抓ってしまう。
空に口付けるように、形のいい唇をそっと重ねればふわりと香る香水の匂い。
僅かに香るそれは朝嗅いだものとは様変わりし、ラストノートのムスクがふわりと鼻を擽った。
マシュマロよりもやわらかい唇からそっと離れると、鮮やかな空色と視線が絡んだ。
吸い込まれそうな瞳と、呼吸も混ざりそうな距離が途端に恥ずかしくなってしまい、点火したように頬が一気に火照った。
「名無し、顔真っ赤。」
「見ないでくださいってば…」
揶揄うように目を細める五条さん。
彼の頬から手を離して血が集まった頬を隠せば、『ちゅっ』と可愛いリップ音付きで手の甲にキスを落とされた。
「なんならおはようのキスも欲しいとこなんだけど?僕としては。」
「今はこれで手一杯ですよ…。仕方ないじゃないですか、慣れていないんですから。」
追加要求してくる様子があまりにも悪びれなくて、『そういうところだぞ五条悟』と文句を言いたくなった。
男性とのお付き合いがそもそも初めてだというのに、もう少し手加減して欲しいものだ。
──そういえば先週、五条さん自身も『僕も恋愛初心者だよ』なんて宣っていたが『それは本命童貞』だと硝子さんが呆れていた。
私が『どうやって五条さんを納得させようか』と考えあぐねていると、五条さんが名案を思いついたようでにんまりと笑った。
「じゃ、慣れたらいいの?」
「へ、」
私の間抜けな声を飲み込むように重ねられる唇。
先程の触れるだけのキスとは打って代わり、やわやわと食むようなそれ。
「ん…ッ」
呼吸の一筋すら零さないような口付けは甘く、脳の中心からぼんやりと蕩けていくようだ。
僅かに空いた唇の隙間から、ぬるりとしたものが口内に入ってくるまでは。
「ッご…じょ、さっ、ンっ…」
それが舌だと理解した途端、羞恥心で頭が茹だる。
呼吸もろくに出来ないというのに思考がドロドロに溶かされていく。
酸欠で苦しいのに、ふわふわとした浮遊感で心地いい。
上顎の裏を舌でなぞられれば、《擽ったい》とはまた違う、肌が粟立つような感覚に目眩がした。
散々口内を弄ばれ、解放された時には足腰が立たなかった。
頭上から「ふ、」と笑う声が聞こえたが、私は笑うに笑えなかった。
「可愛い。腰抜けちゃった?」
「し、舌、入っ…ッ」
「普通でしょ。」
『違う』と否定したいのに、否定するだけの経験値が私にはない。
ぼんやりとする頭。ぽやぽやと夢心地に近いような熱。
ただただ心臓だけが、肋骨を突き破って飛んでいってしまいそうなくらい、バクバクと音を立てて煩かった。
Please give me Kiss(more)
「もう一回する?慣れた方がいいんでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。ドキドキしすぎて、心臓が痛い……」
「うー…」と唸りながら、恥ずかしそうに口元を隠す名無し。
『もうしない』だとか『嫌だった』とか、そんな否定的な感想ではなく、彼女の口から出た言葉は《ちょっと待って》と。
僕にとって都合のいい解釈をしてしまえば、息が整えばもう一度、貪るようなキスをしてもいい──ということだ。
(僕の恋人、可愛すぎない?)
漸く掴まえた、大事な大事な宝物。
可哀想なくらいクタクタになった彼女が愛おしくて、僕は彼女の細い腰を強く強く抱き寄せた。