2012 autumn┊︎short story
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食欲の秋とはよく言ったものだ。
お腹いっぱい夕飯を食べたというのに、風呂上がりにはもう小腹が空いてしまった。
網戸をかけたまま窓を開け放てば、乾いた草間から鈴虫とコオロギの涼やかな羽音が夜を濡らす。
残念ながら名無しの腹からは、『きゅう』と可哀想な腹の虫がひと鳴きしただけなのだが。
こんな日は、コンビニに限る。
熱々に蒸したやわらかい肉まん。
出汁のきいた湯気が心地いいほかほかのおでん。
あたたかいミルクティーを懐に忍ばせて、湯たんぽ代わりに暖を取るのも捨て難い。
期間限定のチョコレート菓子やスナック菓子も、どうして秋限定のものはあぁも食欲をそそるラインナップなのだろう。
そうと決まれば。
名無しは財布を片手に立ち上がり、そそくさと寮を出ようとスニーカーへ手を伸ばす。
寮の門限まであと40分。
走って戻れば間に合うはず。
「あ。夜間外出しようとしてる悪い子見ィつけた。」
仕事帰りなのだろう。
今日一日姿を見なかった彼が、にんまりと笑いながら軽率に片手をひらりと挙げる。
「まだ門限はきてませんよ?」
「結構ギリでしょ?」
「ギリギリですけど。」
五条が名無しの顔を覗き込み、浮かべていた笑みを更に深く刻んだ。
「門限が延びる、裏技を知りたい?」
***
裏技なんて言われたが、なんてことはない。
所謂『保護者同伴』というやつだ。
しかも行きは自転車の二人乗り。
鍵が差しっぱなしの自転車は五条の学生時代から所有者が不明らしく、使った人が定期的に油を差したり空気を入れたり基本的なメンテナンスをしているようだった。
そして五条はというと我が物顔で『さぁ、乗って乗って。』と搭乗を勧めてくるものだから、断るにも断れない。
更に言えば、当然のように高専からコンビニまでの下り坂を殆どノーブレーキで下って行った。
荷台の座面は硬い上、辛うじて足を掛けられる六角ボルトの出っ張りは、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない。
当たり前の結果だが、二人乗りに慣れていない名無しは、風を切って爆走し、少年のようにはしゃぐ五条の広い背中へ思わずしがみついてしまった。
確かに往路は楽を出来たが、暫く二人乗りは控えようと心に誓うレベルで臀部が痛んだ。
その意趣返しを多少含めて、名無しは意気揚々とあんまんを頬ばろうとする五条へ、聞き捨てならない『裏技』を囁いた。
「あんまんを半分に割って、バターを一欠片入れると罪深い味になりますよ。」
包み紙を開こうとした五条の動きがピタリと止まる。
「オイオイ、名無しちゃん。僕今から食べようとしてたのにそんなこと言っちゃうの?」
「まぁそれはそれなので。気にせずどうぞ召し上がってください。」
「だってさ、今食べたら『あ〜バター入れたらどんな味になるんだろう〜』って食べてる間ずっと気になるじゃん。」
その一連の流れを想像して、名無しは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
確かにそれは酷かもしれない。
ちょっと惨い仕打ちだった自覚はある。
「帰るまでお預けですね。」
「やだ〜、口が寂しい〜。ね、名無し。肉まん一口ちょうだい?」
「半分こしましょう。その代わりバターのせたあんまん、半分ください。」
「名無し、図太くなったよね」
「すみません、図々しかったですか?」
「んーん。そのくらいの方が僕は好き。」
躊躇いなく好意の言葉を口にする彼に、思わず天を仰ぎそうになる。
意図はない。意図はないはず。よし、冷静になれた。
半分に肉まんを割れば、ふかふかの生地。具だくさんの肉餡。食欲を唆るに十分なふわりと香る湯気が鼻腔をくすぐる。
少し大きめに割れた方を五条へ手渡せば、間髪入れずに彼は大きな口で遠慮なく頬張った。
育ちのいい彼は、本来ならコンビニや深夜の買い食いとは無縁のはずだが、どこで足を踏み外したのだろうか。
自ら進んで買い食いだって躊躇いなくするし、映画のお供にはジャンクなスナック菓子とコーラを持参してくるくらいだ。
おかげでこうして深夜の『悪いこと』が出来ているわけだが、そもそも教職に就いている彼がこうして深夜の買い食いを引率している時点で首を傾げてしまう。
恐らくこの『悪いこと』を教えたであろう彼の親友の顔が脳裏に過ぎったが、名無しは軽く振りかぶり気分を切り替えた。
そんな彼女を見下ろしながら、五条は満足気に目を細める。
その意味深な視線が居心地悪かったのか、名無しは口に含めた肉まんを咀嚼して、口角を上げたまま下ろさない五条を無遠慮に見上げた。
「なんですか?」
「ん?肉まんが世界で二番目に似合う子だな、って思っただけ。」
「誰ですか、一番は。」
「トゥナイトのなるみ。」
「どなたですか…」
名誉なのか不名誉なのかコメントに困る格付けをされた名無しはほんの少し呆れたまま、じとりと湿度の高い視線を五条へ向ける。
五条当人はというと「そういえば解散したの名無しが小学生くらいの頃だっけか…」と一人歳の差を噛み締めていた。
「……ま、いっか。さあ乗った乗った。このままチャリでドライブしてもいいけど、校長や硝子に怒られちゃうもんね。」
当然のように自転車へ跨る五条と、山へ伸びる帰り道を名無しは見比べた。
街灯が少なく、鬱蒼とした帰り道。
行きはあれだけ颯爽と下れる坂道だったのだから、帰りは当然──。
「帰りは上り坂ですよ?」
「全然余裕だけど?」
そうかもしれないが。
名無しは呆れたように眉を寄せる。
流石に仕事帰りの担任に、夜の買い食いに付き合わせた上、自転車で坂道を二人乗りで上らせるなんて拷問じみたことは出来るはずがない。
そうでなくとも人一倍激務なのだ。
こんなところまで『おんぶに抱っこ』だなんて、とてもじゃないが首を縦に振るわけにはいかなかった。
「門限、五条さんのお陰で延びたんでしょう?たまにはゆっくりお話しながら帰りましょうよ」
可愛い生徒からのお誘いだからか、はたまた名無しの意図を察してなのか。
五条は「それもそうだね。」と笑って、大人しく自転車をのんびり押し進めた。
「……もしかして残りのお仕事サボってコンビニ来たわけじゃないですよね…?」
「酷いなぁ。まるで僕がいつも伊地知を困らせてるみたいじゃないの」
「私、伊地知さんとは一言も言っていませんけど?」
くるりとした双眸がじとりと細められる。
名無しの冷ややかになった視線に『やべ。』と内心舌を出し、五条はサングラスの下で視線を明後日の方向へ泳がせた。
「……今日は本当にフリーだよ?」
「その言葉、信じますからね。」
よかった。本当に仕事あがりのタイミングで。
五条はそっと胸を撫で下ろし、気づかれないようにそっと安堵の息を零す。
そんな担任の心情を知ってか知らずか、あたたかいミルクティーのペットボトルを両手で包み、名無しは楽しそうに笑った。
「秋の夜は長いらしいので。五条さんのお話、たくさん聞かせてください。」
夜長を渡る
「……僕のスリーサイズの話からでいい?」
「その数字聞いたら色々落ち込みそうなので、出来れば別の話題でお願いします。」
お腹いっぱい夕飯を食べたというのに、風呂上がりにはもう小腹が空いてしまった。
網戸をかけたまま窓を開け放てば、乾いた草間から鈴虫とコオロギの涼やかな羽音が夜を濡らす。
残念ながら名無しの腹からは、『きゅう』と可哀想な腹の虫がひと鳴きしただけなのだが。
こんな日は、コンビニに限る。
熱々に蒸したやわらかい肉まん。
出汁のきいた湯気が心地いいほかほかのおでん。
あたたかいミルクティーを懐に忍ばせて、湯たんぽ代わりに暖を取るのも捨て難い。
期間限定のチョコレート菓子やスナック菓子も、どうして秋限定のものはあぁも食欲をそそるラインナップなのだろう。
そうと決まれば。
名無しは財布を片手に立ち上がり、そそくさと寮を出ようとスニーカーへ手を伸ばす。
寮の門限まであと40分。
走って戻れば間に合うはず。
「あ。夜間外出しようとしてる悪い子見ィつけた。」
仕事帰りなのだろう。
今日一日姿を見なかった彼が、にんまりと笑いながら軽率に片手をひらりと挙げる。
「まだ門限はきてませんよ?」
「結構ギリでしょ?」
「ギリギリですけど。」
五条が名無しの顔を覗き込み、浮かべていた笑みを更に深く刻んだ。
「門限が延びる、裏技を知りたい?」
***
裏技なんて言われたが、なんてことはない。
所謂『保護者同伴』というやつだ。
しかも行きは自転車の二人乗り。
鍵が差しっぱなしの自転車は五条の学生時代から所有者が不明らしく、使った人が定期的に油を差したり空気を入れたり基本的なメンテナンスをしているようだった。
そして五条はというと我が物顔で『さぁ、乗って乗って。』と搭乗を勧めてくるものだから、断るにも断れない。
更に言えば、当然のように高専からコンビニまでの下り坂を殆どノーブレーキで下って行った。
荷台の座面は硬い上、辛うじて足を掛けられる六角ボルトの出っ張りは、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない。
当たり前の結果だが、二人乗りに慣れていない名無しは、風を切って爆走し、少年のようにはしゃぐ五条の広い背中へ思わずしがみついてしまった。
確かに往路は楽を出来たが、暫く二人乗りは控えようと心に誓うレベルで臀部が痛んだ。
その意趣返しを多少含めて、名無しは意気揚々とあんまんを頬ばろうとする五条へ、聞き捨てならない『裏技』を囁いた。
「あんまんを半分に割って、バターを一欠片入れると罪深い味になりますよ。」
包み紙を開こうとした五条の動きがピタリと止まる。
「オイオイ、名無しちゃん。僕今から食べようとしてたのにそんなこと言っちゃうの?」
「まぁそれはそれなので。気にせずどうぞ召し上がってください。」
「だってさ、今食べたら『あ〜バター入れたらどんな味になるんだろう〜』って食べてる間ずっと気になるじゃん。」
その一連の流れを想像して、名無しは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
確かにそれは酷かもしれない。
ちょっと惨い仕打ちだった自覚はある。
「帰るまでお預けですね。」
「やだ〜、口が寂しい〜。ね、名無し。肉まん一口ちょうだい?」
「半分こしましょう。その代わりバターのせたあんまん、半分ください。」
「名無し、図太くなったよね」
「すみません、図々しかったですか?」
「んーん。そのくらいの方が僕は好き。」
躊躇いなく好意の言葉を口にする彼に、思わず天を仰ぎそうになる。
意図はない。意図はないはず。よし、冷静になれた。
半分に肉まんを割れば、ふかふかの生地。具だくさんの肉餡。食欲を唆るに十分なふわりと香る湯気が鼻腔をくすぐる。
少し大きめに割れた方を五条へ手渡せば、間髪入れずに彼は大きな口で遠慮なく頬張った。
育ちのいい彼は、本来ならコンビニや深夜の買い食いとは無縁のはずだが、どこで足を踏み外したのだろうか。
自ら進んで買い食いだって躊躇いなくするし、映画のお供にはジャンクなスナック菓子とコーラを持参してくるくらいだ。
おかげでこうして深夜の『悪いこと』が出来ているわけだが、そもそも教職に就いている彼がこうして深夜の買い食いを引率している時点で首を傾げてしまう。
恐らくこの『悪いこと』を教えたであろう彼の親友の顔が脳裏に過ぎったが、名無しは軽く振りかぶり気分を切り替えた。
そんな彼女を見下ろしながら、五条は満足気に目を細める。
その意味深な視線が居心地悪かったのか、名無しは口に含めた肉まんを咀嚼して、口角を上げたまま下ろさない五条を無遠慮に見上げた。
「なんですか?」
「ん?肉まんが世界で二番目に似合う子だな、って思っただけ。」
「誰ですか、一番は。」
「トゥナイトのなるみ。」
「どなたですか…」
名誉なのか不名誉なのかコメントに困る格付けをされた名無しはほんの少し呆れたまま、じとりと湿度の高い視線を五条へ向ける。
五条当人はというと「そういえば解散したの名無しが小学生くらいの頃だっけか…」と一人歳の差を噛み締めていた。
「……ま、いっか。さあ乗った乗った。このままチャリでドライブしてもいいけど、校長や硝子に怒られちゃうもんね。」
当然のように自転車へ跨る五条と、山へ伸びる帰り道を名無しは見比べた。
街灯が少なく、鬱蒼とした帰り道。
行きはあれだけ颯爽と下れる坂道だったのだから、帰りは当然──。
「帰りは上り坂ですよ?」
「全然余裕だけど?」
そうかもしれないが。
名無しは呆れたように眉を寄せる。
流石に仕事帰りの担任に、夜の買い食いに付き合わせた上、自転車で坂道を二人乗りで上らせるなんて拷問じみたことは出来るはずがない。
そうでなくとも人一倍激務なのだ。
こんなところまで『おんぶに抱っこ』だなんて、とてもじゃないが首を縦に振るわけにはいかなかった。
「門限、五条さんのお陰で延びたんでしょう?たまにはゆっくりお話しながら帰りましょうよ」
可愛い生徒からのお誘いだからか、はたまた名無しの意図を察してなのか。
五条は「それもそうだね。」と笑って、大人しく自転車をのんびり押し進めた。
「……もしかして残りのお仕事サボってコンビニ来たわけじゃないですよね…?」
「酷いなぁ。まるで僕がいつも伊地知を困らせてるみたいじゃないの」
「私、伊地知さんとは一言も言っていませんけど?」
くるりとした双眸がじとりと細められる。
名無しの冷ややかになった視線に『やべ。』と内心舌を出し、五条はサングラスの下で視線を明後日の方向へ泳がせた。
「……今日は本当にフリーだよ?」
「その言葉、信じますからね。」
よかった。本当に仕事あがりのタイミングで。
五条はそっと胸を撫で下ろし、気づかれないようにそっと安堵の息を零す。
そんな担任の心情を知ってか知らずか、あたたかいミルクティーのペットボトルを両手で包み、名無しは楽しそうに笑った。
「秋の夜は長いらしいので。五条さんのお話、たくさん聞かせてください。」
夜長を渡る
「……僕のスリーサイズの話からでいい?」
「その数字聞いたら色々落ち込みそうなので、出来れば別の話題でお願いします。」