2012 summer┊︎short story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
茹だるような青の季節。
コバルトブルーの絵の具を彩やかにぶちまけたような夏真っ盛りの空には、空高く伸びる入道雲が白く輝いていた。
高専の立地のせいだろう。耳を劈く音は毎年浴びるものであり、正直聞き飽きた感は否めない。
自分の呼吸はおろか、足音すらかき消してしまう蝉の鳴き声は、まるで洪水のようだ。
僕の頬から伝う汗を嘲笑うかのように、絶え間なく響く大合唱には心の底から辟易してしまう。
が、今年は少し違う。
どうせなら日陰に入って水遣りをすればいいのに、朝から容赦ない日差しの下で、汗を拭いながら水撒きをする彼女。
お盆休みで実家に帰った寮母の代わりに、庭の水撒きや掃除を申し出た名無しは、朝からこまネズミのように絶えず働いていた。
日焼け知らずの白い首筋。
少し大きめのTシャツから伸びる細い腕。
よくジャージの下に履いているハーフパンツから伸びる足も、実に夏の太陽に映えて健康的だ。
色気の欠けらも無い、部屋着の延長線に近い格好ですら、僕にとってどうしようもなく愛らしく、目に毒だと感じてしまうあたり中々に末期なのだろう。
「精が出るねぇ。」
中庭の隅にはちりとりと箒が一組。
落ち葉を丁寧に掃き、植栽に生えていた雑草を抜いた後なのだろう。
まだ根に付いている土が黒く、葉の色が瑞々しい雑草が、丁寧に集められていた。
そして今は庭木に水やりをしている。
ぱちぱちと弾けるような水飛沫が、いつも以上に眩しく見えた。
六眼 がイカれたわけでないのなら、それはきっと彼女という蜃気楼が見せる錯覚というヤツだろう。
「おはようございます、五条さん」
向日葵のような大輪の笑顔ではないが、朝顔のようにふわりと綻ぶような表情が、僕は堪らなく好きだ。
「朝から蝉の大合唱って、ずーっと聞いていると耳が馬鹿になりそうだよねぇ」
「それは、まぁ。でもほら、彼らもひと夏の命なので、そりゃあ恥も外聞も捨てて婚活に勤しんでいると思えば『あぁ、必死なんだな』ってなりません?」
ジリジリ、ミンミン、シャワシャワと。
要は『子作りしよう!』と隠すことのない、赤裸々な求愛行動なのだから本当に野生の生き物とは大したものだ。
「そう思うと蝉に同情しちゃうな。だってこんなに大声出してもダメな時はダメなんでしょ?」
「同情って。五条さんなら黙ってても婚活相手に困らないでしょう?」
からからと笑い、真っ赤なサルビアに水を与える名無し。
黙ってても婚活相手に困りはしないのは事実なのだが、それはそれ。
「本命に意識されなきゃ意味ないじゃん。」
僕の溜息混じりの呟きは、油で揚げたようにバチバチと弾ける蝉の鳴き声で、いとも簡単に掻き消された。
「何か言いました?」
「いんや?なーんにも。」
ほら、届かない。
黙っていてもダメ。
勿論、普段からストレートとは言い難いが、回りくどくないアピールをしたところで、彼女からは『先生からの親切』としか捉えられていないので、求愛行動もダメ。
実に悲しい現実である。
強引に手篭めにしてやろうかと思うことはあれど、自分でも驚く程、所謂《本命》に対してかなり尻込みしている。
──かつて隣にいた親友が、今の滑稽な僕の姿を見たら、さぞかし愉快そうに笑うのだろう。
昔に比べて社会常識が爪の垢ほど身についたせいか、《教師と生徒の立場》というものがどうしても脳裏に過ぎる。
しかし、高専一年生とはいえ彼女の実年齢は今年で成人だ。
肩書きだけが邪魔をしているだけで、別に年齢差としては至極真っ当な恋であるのだが──はてさて、どうしたものか。
「暑いからね、自主トレや寮の仕事の肩代わりも程々に。」
彼女がいる中庭へ立ち寄ったのは理由がある。
僕なりの気遣いとして、自販機で買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを手渡せば、水やりの手を止めて彼女は笑う。
「五条さん。」
「なーに?」
「ありがとうございます。」
冷ややかに結露したペットボトルを頬に押し当て、「冷たくて気持ちいいですね。」なんて屈託なく君が笑うから、
嗚呼、眩しくて目眩がする
(きっとそれは、夏の陽射しのせいじゃなくて)
コバルトブルーの絵の具を彩やかにぶちまけたような夏真っ盛りの空には、空高く伸びる入道雲が白く輝いていた。
高専の立地のせいだろう。耳を劈く音は毎年浴びるものであり、正直聞き飽きた感は否めない。
自分の呼吸はおろか、足音すらかき消してしまう蝉の鳴き声は、まるで洪水のようだ。
僕の頬から伝う汗を嘲笑うかのように、絶え間なく響く大合唱には心の底から辟易してしまう。
が、今年は少し違う。
どうせなら日陰に入って水遣りをすればいいのに、朝から容赦ない日差しの下で、汗を拭いながら水撒きをする彼女。
お盆休みで実家に帰った寮母の代わりに、庭の水撒きや掃除を申し出た名無しは、朝からこまネズミのように絶えず働いていた。
日焼け知らずの白い首筋。
少し大きめのTシャツから伸びる細い腕。
よくジャージの下に履いているハーフパンツから伸びる足も、実に夏の太陽に映えて健康的だ。
色気の欠けらも無い、部屋着の延長線に近い格好ですら、僕にとってどうしようもなく愛らしく、目に毒だと感じてしまうあたり中々に末期なのだろう。
「精が出るねぇ。」
中庭の隅にはちりとりと箒が一組。
落ち葉を丁寧に掃き、植栽に生えていた雑草を抜いた後なのだろう。
まだ根に付いている土が黒く、葉の色が瑞々しい雑草が、丁寧に集められていた。
そして今は庭木に水やりをしている。
ぱちぱちと弾けるような水飛沫が、いつも以上に眩しく見えた。
「おはようございます、五条さん」
向日葵のような大輪の笑顔ではないが、朝顔のようにふわりと綻ぶような表情が、僕は堪らなく好きだ。
「朝から蝉の大合唱って、ずーっと聞いていると耳が馬鹿になりそうだよねぇ」
「それは、まぁ。でもほら、彼らもひと夏の命なので、そりゃあ恥も外聞も捨てて婚活に勤しんでいると思えば『あぁ、必死なんだな』ってなりません?」
ジリジリ、ミンミン、シャワシャワと。
要は『子作りしよう!』と隠すことのない、赤裸々な求愛行動なのだから本当に野生の生き物とは大したものだ。
「そう思うと蝉に同情しちゃうな。だってこんなに大声出してもダメな時はダメなんでしょ?」
「同情って。五条さんなら黙ってても婚活相手に困らないでしょう?」
からからと笑い、真っ赤なサルビアに水を与える名無し。
黙ってても婚活相手に困りはしないのは事実なのだが、それはそれ。
「本命に意識されなきゃ意味ないじゃん。」
僕の溜息混じりの呟きは、油で揚げたようにバチバチと弾ける蝉の鳴き声で、いとも簡単に掻き消された。
「何か言いました?」
「いんや?なーんにも。」
ほら、届かない。
黙っていてもダメ。
勿論、普段からストレートとは言い難いが、回りくどくないアピールをしたところで、彼女からは『先生からの親切』としか捉えられていないので、求愛行動もダメ。
実に悲しい現実である。
強引に手篭めにしてやろうかと思うことはあれど、自分でも驚く程、所謂《本命》に対してかなり尻込みしている。
──かつて隣にいた親友が、今の滑稽な僕の姿を見たら、さぞかし愉快そうに笑うのだろう。
昔に比べて社会常識が爪の垢ほど身についたせいか、《教師と生徒の立場》というものがどうしても脳裏に過ぎる。
しかし、高専一年生とはいえ彼女の実年齢は今年で成人だ。
肩書きだけが邪魔をしているだけで、別に年齢差としては至極真っ当な恋であるのだが──はてさて、どうしたものか。
「暑いからね、自主トレや寮の仕事の肩代わりも程々に。」
彼女がいる中庭へ立ち寄ったのは理由がある。
僕なりの気遣いとして、自販機で買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを手渡せば、水やりの手を止めて彼女は笑う。
「五条さん。」
「なーに?」
「ありがとうございます。」
冷ややかに結露したペットボトルを頬に押し当て、「冷たくて気持ちいいですね。」なんて屈託なく君が笑うから、
嗚呼、眩しくて目眩がする
(きっとそれは、夏の陽射しのせいじゃなくて)