2013 spring┊︎short story
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高専も世間一般の高校と同じく、日曜日は大抵休日となっている。
ただし、呪術師はそれに当てはまらない。
だからそう。この男が『日曜日が休み』なんてことは、本当に久方ぶりなのだ。
彼の休日。
惰眠を存分に貪るのも、ポップコーン片手にB級映画を見てゲラゲラ笑うのもありだろう。
しかし、ここ最近の五条悟は違った。
「ねぇ〜名無しちゃ〜ん。僕、甘い物食べた〜い♡」
猫なで声で生徒の部屋の部屋に押し入り、文庫本を読んでいた名無しの顔を無遠慮に覗き込むのであった。
***
「お待たせしました。練乳いちごタワーパフェと…ホットココアと、ブレンドコーヒーになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
知る人ぞ知る、小さなカフェ。
席数が少なくこじんまりとした店内は、白とアイボリーの色合いがやさしい。
大きな窓に嵌められたレトロな波板のガラスはぼんやりと外の景色を滲ませており、店内と屋外をやわらかく遮っていた。
「ごゆっくりどうぞ」と去っていく初老の女性も物腰がやわらかく、肝心のドリンクやフードを口にしていないというのに名無しの中では既に十点満点だ。
「さ、名無し。召し上がれ♡」
「逆ですよ、逆。そっちが私のです。」
強いて言うなら『目の前に置かれたパフェは私ではなく、目の前の男性か注文した物です』と内心苦笑いしてしまったことか。
名無しは豪華なパフェを崩さぬよう、自分の手元から五条の目の前にそろりと動かした。
大きめのパフェグラスにはアイスクリーム、苺、練乳、昔ながらのウエハースが添えられている。
一見すれば『女子』が好きそうなデザートだが、残念ながら注文したのは名無しではなく、間違いなく五条その人だった。
といっても、間違えるのも無理はない。
五条の今の格好は、暖かくなってきたため仕事着よりも随分薄手の格好だ。だからこそ背格好が余計に際立つ。
筋肉質な身体。加えて、190cmをゆうに超える長身。
そしてサングラスをかけているので目元は隠れているが、それでも滲み出る『顔のいい男』特有の雰囲気と、春の日差しによく目立つ銀髪。
見た目で判断するのは愚かなことではあるが、それでもこの男が超がつくほど甘党だと、まさか初対面では誰も考えつくはずがない。
明らかに二人分程あるパフェを目の前にして、ご機嫌に口元を緩める五条。
それを見て名無しは本日二度目の苦笑いを零してしまった。
「なんというか、よく入りますね?」
「甘い物は別腹ってよく言うでしょ?」
「入るところは一緒ですよ。」
好物を目の前にすれば胃が大きくなって、本当に『別腹』が出来てしまうのだが、摂取するカロリーは変わらないのだ。
特に『甘い!美味い!カロリー!』と訴えてくるパフェのカロリーは……気にしてはいけない数値だろう。
「名無しは食べないの?」
てっぺんに鎮座していた苺を一口で頬張る五条は小さく首を傾げる。
そう。五条は、彼ほどでないにせよ、名無しが甘い物好きなのを知っていたからこそカフェに誘っているのだから。
──無論、教師としての立場上『名無しとデートしたい』という大義名分はこっそり心の内に隠しているが。
それがどうしたことか。
名無しの目の前にはブレンドコーヒーがひとつだけ。
いつもより入れるミルクの量も少ない。
テーブルに備えられていれば一つ二つ気分で入れる角砂糖も、本日は全く出番がないようだった。
「……甘いものは、その、最近控えているので。」
「ダイエット?やめときな、成長期に良くないよ。」
果たして不老不死である彼女に成長期があるのか疑問ではあるが。
肉体年齢は永遠の16歳。本人の年齢は20歳。
実年齢を考えれば成長期は過ぎ去ったものだが、さて。どうしたものか。
「ほら、見て〜この艶々の苺。なめらかなアイスクリーム。超美味しそ〜、さと子テンアゲ〜」
「五条さん…それ死語…」
最近めっきり聞かない台詞に、名無しは本日三度目の苦笑いを浮かべた。
「…というかダイエットする羽目になったの、五条さんのせいでもあるんですよ。」
「えー、僕のせい?」
「だって五条さんが毎度毎度お土産くださるし、美味しいご飯連れて行ってくれるから……」
と、言葉にした後、名無しは数秒間を置いて首を横に振った。
「………………いえ、違いますね。私がお腹減ったからといって時々深夜にお土産つまむのがよくないんですけど…」
悩ましげに眉を寄せ、甘さの欠片もないコーヒーを少し口に含む。
そんな彼女を正面から眺めつつ、五条はパフェに添えられていたウエハースを半分齧った。
(まぁ、そのあたりは意図的なんだけど。)
日中はよく動く為、高専の生徒は軒並みよく食べる。
五条が学生時代だった頃、夏油は勿論、家入も『腹減った。』と宣いカップ麺を深夜に啜っていたくらいだ。
少しでも名無しの肉付きを良くする為、課外授業の帰りにラーメンを食べに寄り道をしたり、事ある事にご当地の銘菓の差し入れをしたりしていたのは、当然五条の作戦だった。
とある漫画の主人公の台詞を拝借するなら、まさに『計画通り。』というやつだ。
「前が骨と皮だっただけで、今やっと平均に足りないくらいでしょ。僕としてはもっとやわらかい方がいいんだけど」
「私の肉付きが、どうして五条さんに関係あるんですか。」
「ありまクリスティーじゃ〜ん。僕、担任よ?」
「セクハラ教師…」
当然『担任だから』なんて理由にならない。
『保護者だから』という言い訳も、ただのお節介だろう。
ただ単に、『美味しいですね』と名無しがご機嫌で食べる姿を、五条が見たいだけ。
更に言えば、後ろから抱きすくめた時にやわらかい方が嬉しい。そんな邪な理由が、本音である。
そんな五条の本心を知る由もなく、名無しは困ったように溜息をひとつ零した。
「…………五条さんの家に住まわせて頂いていた頃、買ってもらったズボンが最近キツいんですよ…」
名無しの困り果てた様子の一言に五条は刮目する。
その『ズボン』は恐らく、五条が名無しを保護した後すぐ買いに出かけた服のことだろう。
あの時名無しは文字通り『骨と皮』だけだったのだから、きちんとした生活をすればキツくなるのは当然だ。
「むしろあれがまだ入ってたことに僕ビックリ。あれ一番小さいヒョロヒョロサイズでしょ。」
骨盤で辛うじて引っかかっていたくらいのサイズだったはず。
ベルトで締めてやっとずり落ちないズボンだったと記憶している。
「服くらい新しいの買ってあげるからしっかり食べなよ。」
そう言いながら、生クリームをたっぷりのせたココアを口に含む五条。
本日四度目の苦笑いを浮かべて、「いえ、服は自分で買うんですけど、」と名無しは言い淀んだ。
「……五条さんから頂いたものが、使えなくなるのは嫌だな、と思っただけです」
ダイエット攻防戦
五条は、ココアを噎せた。
「ご、五条さん?」
「名無し僕をどうしたいの……?自覚なし?そりゃそうか、意図もないよね。とんでもないな、ホント」
「なんで半ギレなんですか」
「決めた。今日は食いだおれ&ショッピングね。名無しをぷくぷくに太らせよ〜っと。」
「な、何なんですか、その悪意のある予定!」
たかが服。されど服。
五条からしてみれば深い意味もなく、ただ生活必需品だったから買い与えたものだ。
それを『貰った服が着れなくなるから』という理由で、ダイエットをしようとする名無しが、可愛くないわけがない。
きっと彼女のことだ。サイズアウトしたところで、大事に大事に箪笥に取っておくのだろう。
『五条がくれた服』という、たった一つの理由で。
五条はこれ以上ないくらい頬を緩ませる。
アイスクリームをたっぷり添えた、真っ赤ないちご。
それをパフェスプーンにのせて、困惑する名無しの口元へ楽しそうに運んだ。
「ほら、名無し。あーん♡」
甘くて、酸っぱい。
これはきっと──そう。この上ない、幸せの味だ。
ただし、呪術師はそれに当てはまらない。
だからそう。この男が『日曜日が休み』なんてことは、本当に久方ぶりなのだ。
彼の休日。
惰眠を存分に貪るのも、ポップコーン片手にB級映画を見てゲラゲラ笑うのもありだろう。
しかし、ここ最近の五条悟は違った。
「ねぇ〜名無しちゃ〜ん。僕、甘い物食べた〜い♡」
猫なで声で生徒の部屋の部屋に押し入り、文庫本を読んでいた名無しの顔を無遠慮に覗き込むのであった。
***
「お待たせしました。練乳いちごタワーパフェと…ホットココアと、ブレンドコーヒーになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
知る人ぞ知る、小さなカフェ。
席数が少なくこじんまりとした店内は、白とアイボリーの色合いがやさしい。
大きな窓に嵌められたレトロな波板のガラスはぼんやりと外の景色を滲ませており、店内と屋外をやわらかく遮っていた。
「ごゆっくりどうぞ」と去っていく初老の女性も物腰がやわらかく、肝心のドリンクやフードを口にしていないというのに名無しの中では既に十点満点だ。
「さ、名無し。召し上がれ♡」
「逆ですよ、逆。そっちが私のです。」
強いて言うなら『目の前に置かれたパフェは私ではなく、目の前の男性か注文した物です』と内心苦笑いしてしまったことか。
名無しは豪華なパフェを崩さぬよう、自分の手元から五条の目の前にそろりと動かした。
大きめのパフェグラスにはアイスクリーム、苺、練乳、昔ながらのウエハースが添えられている。
一見すれば『女子』が好きそうなデザートだが、残念ながら注文したのは名無しではなく、間違いなく五条その人だった。
といっても、間違えるのも無理はない。
五条の今の格好は、暖かくなってきたため仕事着よりも随分薄手の格好だ。だからこそ背格好が余計に際立つ。
筋肉質な身体。加えて、190cmをゆうに超える長身。
そしてサングラスをかけているので目元は隠れているが、それでも滲み出る『顔のいい男』特有の雰囲気と、春の日差しによく目立つ銀髪。
見た目で判断するのは愚かなことではあるが、それでもこの男が超がつくほど甘党だと、まさか初対面では誰も考えつくはずがない。
明らかに二人分程あるパフェを目の前にして、ご機嫌に口元を緩める五条。
それを見て名無しは本日二度目の苦笑いを零してしまった。
「なんというか、よく入りますね?」
「甘い物は別腹ってよく言うでしょ?」
「入るところは一緒ですよ。」
好物を目の前にすれば胃が大きくなって、本当に『別腹』が出来てしまうのだが、摂取するカロリーは変わらないのだ。
特に『甘い!美味い!カロリー!』と訴えてくるパフェのカロリーは……気にしてはいけない数値だろう。
「名無しは食べないの?」
てっぺんに鎮座していた苺を一口で頬張る五条は小さく首を傾げる。
そう。五条は、彼ほどでないにせよ、名無しが甘い物好きなのを知っていたからこそカフェに誘っているのだから。
──無論、教師としての立場上『名無しとデートしたい』という大義名分はこっそり心の内に隠しているが。
それがどうしたことか。
名無しの目の前にはブレンドコーヒーがひとつだけ。
いつもより入れるミルクの量も少ない。
テーブルに備えられていれば一つ二つ気分で入れる角砂糖も、本日は全く出番がないようだった。
「……甘いものは、その、最近控えているので。」
「ダイエット?やめときな、成長期に良くないよ。」
果たして不老不死である彼女に成長期があるのか疑問ではあるが。
肉体年齢は永遠の16歳。本人の年齢は20歳。
実年齢を考えれば成長期は過ぎ去ったものだが、さて。どうしたものか。
「ほら、見て〜この艶々の苺。なめらかなアイスクリーム。超美味しそ〜、さと子テンアゲ〜」
「五条さん…それ死語…」
最近めっきり聞かない台詞に、名無しは本日三度目の苦笑いを浮かべた。
「…というかダイエットする羽目になったの、五条さんのせいでもあるんですよ。」
「えー、僕のせい?」
「だって五条さんが毎度毎度お土産くださるし、美味しいご飯連れて行ってくれるから……」
と、言葉にした後、名無しは数秒間を置いて首を横に振った。
「………………いえ、違いますね。私がお腹減ったからといって時々深夜にお土産つまむのがよくないんですけど…」
悩ましげに眉を寄せ、甘さの欠片もないコーヒーを少し口に含む。
そんな彼女を正面から眺めつつ、五条はパフェに添えられていたウエハースを半分齧った。
(まぁ、そのあたりは意図的なんだけど。)
日中はよく動く為、高専の生徒は軒並みよく食べる。
五条が学生時代だった頃、夏油は勿論、家入も『腹減った。』と宣いカップ麺を深夜に啜っていたくらいだ。
少しでも名無しの肉付きを良くする為、課外授業の帰りにラーメンを食べに寄り道をしたり、事ある事にご当地の銘菓の差し入れをしたりしていたのは、当然五条の作戦だった。
とある漫画の主人公の台詞を拝借するなら、まさに『計画通り。』というやつだ。
「前が骨と皮だっただけで、今やっと平均に足りないくらいでしょ。僕としてはもっとやわらかい方がいいんだけど」
「私の肉付きが、どうして五条さんに関係あるんですか。」
「ありまクリスティーじゃ〜ん。僕、担任よ?」
「セクハラ教師…」
当然『担任だから』なんて理由にならない。
『保護者だから』という言い訳も、ただのお節介だろう。
ただ単に、『美味しいですね』と名無しがご機嫌で食べる姿を、五条が見たいだけ。
更に言えば、後ろから抱きすくめた時にやわらかい方が嬉しい。そんな邪な理由が、本音である。
そんな五条の本心を知る由もなく、名無しは困ったように溜息をひとつ零した。
「…………五条さんの家に住まわせて頂いていた頃、買ってもらったズボンが最近キツいんですよ…」
名無しの困り果てた様子の一言に五条は刮目する。
その『ズボン』は恐らく、五条が名無しを保護した後すぐ買いに出かけた服のことだろう。
あの時名無しは文字通り『骨と皮』だけだったのだから、きちんとした生活をすればキツくなるのは当然だ。
「むしろあれがまだ入ってたことに僕ビックリ。あれ一番小さいヒョロヒョロサイズでしょ。」
骨盤で辛うじて引っかかっていたくらいのサイズだったはず。
ベルトで締めてやっとずり落ちないズボンだったと記憶している。
「服くらい新しいの買ってあげるからしっかり食べなよ。」
そう言いながら、生クリームをたっぷりのせたココアを口に含む五条。
本日四度目の苦笑いを浮かべて、「いえ、服は自分で買うんですけど、」と名無しは言い淀んだ。
「……五条さんから頂いたものが、使えなくなるのは嫌だな、と思っただけです」
ダイエット攻防戦
五条は、ココアを噎せた。
「ご、五条さん?」
「名無し僕をどうしたいの……?自覚なし?そりゃそうか、意図もないよね。とんでもないな、ホント」
「なんで半ギレなんですか」
「決めた。今日は食いだおれ&ショッピングね。名無しをぷくぷくに太らせよ〜っと。」
「な、何なんですか、その悪意のある予定!」
たかが服。されど服。
五条からしてみれば深い意味もなく、ただ生活必需品だったから買い与えたものだ。
それを『貰った服が着れなくなるから』という理由で、ダイエットをしようとする名無しが、可愛くないわけがない。
きっと彼女のことだ。サイズアウトしたところで、大事に大事に箪笥に取っておくのだろう。
『五条がくれた服』という、たった一つの理由で。
五条はこれ以上ないくらい頬を緩ませる。
アイスクリームをたっぷり添えた、真っ赤ないちご。
それをパフェスプーンにのせて、困惑する名無しの口元へ楽しそうに運んだ。
「ほら、名無し。あーん♡」
甘くて、酸っぱい。
これはきっと──そう。この上ない、幸せの味だ。