2012 spring┊︎short story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後の実習の授業をするため教室へ足を踏み入れれば、彼女一人しかいない殺風景とした部屋へ、見事なくしゃみが響いていた。
「へっくしゅん!」
くしゃみ、後、紙が擦れるやわらかい音。鼻をかむ音。啜り泣くような音。
紙が擦れる音から察するに、どうやらティッシュを箱ごと持ってきたらしい。
白いふわふわのアザラシの写真が特徴的な、《鼻セ〇ブ》を後生大事そうに抱え、彼女は席についていた。
「お手本みたいなクシャミするね、名無し。」
「おはようございます、五条、さ、っへ、くしゅっ!」
僕の名前を呼ぶこともままならないらしい。
泣き腫らしたように真っ赤に染まった目元。
小動物のような鼻は痛々しげに充血し、くしゃみさえなければ泣き腫らしたような姿だった。
「花粉症?」
「いえ、多分……黄砂ですね……」
窓の外を眺めて「あー、なるほど。」と僕は頷いた。
そういえば昨日の夕方、伊地知が運転する車の中でぼんやり見ていたワンセグ放送で『明日は空が霞む程の黄砂が〜』とニュースキャスターが喋っていた気がする。
僕に関係ない話なので適当に聞き流していたことをぼんやり思い出した。
春らしい淡い空色が、今日は一層白んで見える。
特に遠くの山が景色へ滲むように霞みがかって見えるものだから、本日の黄砂の飛散量は相当だろう。
「わ。目まで真っ赤じゃん。つらそ〜」
アイマスクをずり上げ、名無しの顔を改めて覗き込めば、不機嫌そうに眉を顰められてしまった。
「……ズビッ…五条さんは平気なんですか?」
「僕?僕はほら。無下限ガードがあるし。」
「なんですか、そのチート。羨ましい…!」
「グスッ」と涙目になっている目元を、ティッシュで抑える名無し。
(泣いてるみたい。)
心身共に痛みに対して随分と耐性がある彼女。
まだ半年程の付き合いなのだが、泣き顔を拝んだことは一度もない。
見たいような、見たくないような。正直に白状すれば複雑な気分だ。
彼女の喜怒哀楽を全て知りたいだとか、どうせ泣かせるなら僕がいいだとか。言葉にするには随分と悪質な欲求。
──それとは逆に、彼女が泣くとすれば
(想像を絶するような)
痛みや、凄惨な何かを目の当たりにした時くらいだろう。
呪術高専に入ったからには避けては通れない道ではあるが、彼女が『それ』で泣く姿は見たくないなんて、我ながら随分と虫のいい話で笑ってしまいそうになった。
そんな僕の下衆な思考は、ほんの1秒で自己完結した。
とりあえず、黄砂で鼻を鳴らしている姿は、不憫の一言に尽きる。
「これから実習だけど、外出れる?」
「出、ます」
まぁそうだろう。
生真面目な彼女は文句一つ零すことなく、二つ返事で頷いた。
だから、席から立ち上がる名無しの前で、僕は大きく両手を広げた。
「ん。」
「……?なんですか…?」
「ハグだよ、ハグ。」
「授業となんの関係が…?」
「黄砂、酷いんでしょ?僕に触れていれば無下限張れるよ。」
珍しく『その手があったか!』と言わんばかりに、まぁるい黒い瞳を大きく見開く名無し。(充血していて、本当に痛そうだ。)
かといって、僕にベタベタとスキンシップをすることは、悲しいかな得意ではないらしい。
今まで大抵の女の子からは、ワーワーキャーキャー持て囃された僕からすれば、警戒する野良猫のようなこの反応は酷く新鮮なものだった。
だからこそ余計に、とろけるくらいに手懐けて、存分に甘やかしてやりたいと思うのかもしれないが。
(すんごい躊躇ってる)
彼女にとってハグはかなりハードルが高いらしい。
最初、他人に触れることも触れられることも躊躇っていた彼女からすれば、即答で『No』と言わなくなったあたり、かなりの進歩だろう。
うんうんと唸り、鼻をすすり、目を擦り、くしゃみをする。
──黄砂の攻撃は、さすがに堪えがたかったらしい。
「…………………………………手を繋ぐのでも、大丈夫ですか?」
「勿論。」
僕は表情・内心共に破顔する。
彼女を拾ったあの日。僕の手を握ることすら躊躇っていた彼女は、もういない。
神童だと祭り上げられたこの術式も、彼女や世間に迷惑をかけまくっている黄砂も、そう悪いものじゃないのかもしれない。
指を絡め、壊れないように薄い手を繋ぐ。
「ありがとうございます」とはにかむ名無しを見て、僕は『ずっと黄砂が飛んでくればいいのに』なんて傍迷惑な願いを心の内で呟いた。
おねがい!偏西風
「お。お二人仲良しっスね!」
「デショ。名無しがど〜しても僕と手を繋ぎたいって言ってきかなくてさぁ〜」
「間違いじゃないですけど、なんか誤解を生む言い方はやめましょうよ……!」
手を繋いでいる現場を新田に見られた名無しは、恥ずかしそうに顔を覆ったらしい。
「へっくしゅん!」
くしゃみ、後、紙が擦れるやわらかい音。鼻をかむ音。啜り泣くような音。
紙が擦れる音から察するに、どうやらティッシュを箱ごと持ってきたらしい。
白いふわふわのアザラシの写真が特徴的な、《鼻セ〇ブ》を後生大事そうに抱え、彼女は席についていた。
「お手本みたいなクシャミするね、名無し。」
「おはようございます、五条、さ、っへ、くしゅっ!」
僕の名前を呼ぶこともままならないらしい。
泣き腫らしたように真っ赤に染まった目元。
小動物のような鼻は痛々しげに充血し、くしゃみさえなければ泣き腫らしたような姿だった。
「花粉症?」
「いえ、多分……黄砂ですね……」
窓の外を眺めて「あー、なるほど。」と僕は頷いた。
そういえば昨日の夕方、伊地知が運転する車の中でぼんやり見ていたワンセグ放送で『明日は空が霞む程の黄砂が〜』とニュースキャスターが喋っていた気がする。
僕に関係ない話なので適当に聞き流していたことをぼんやり思い出した。
春らしい淡い空色が、今日は一層白んで見える。
特に遠くの山が景色へ滲むように霞みがかって見えるものだから、本日の黄砂の飛散量は相当だろう。
「わ。目まで真っ赤じゃん。つらそ〜」
アイマスクをずり上げ、名無しの顔を改めて覗き込めば、不機嫌そうに眉を顰められてしまった。
「……ズビッ…五条さんは平気なんですか?」
「僕?僕はほら。無下限ガードがあるし。」
「なんですか、そのチート。羨ましい…!」
「グスッ」と涙目になっている目元を、ティッシュで抑える名無し。
(泣いてるみたい。)
心身共に痛みに対して随分と耐性がある彼女。
まだ半年程の付き合いなのだが、泣き顔を拝んだことは一度もない。
見たいような、見たくないような。正直に白状すれば複雑な気分だ。
彼女の喜怒哀楽を全て知りたいだとか、どうせ泣かせるなら僕がいいだとか。言葉にするには随分と悪質な欲求。
──それとは逆に、彼女が泣くとすれば
(想像を絶するような)
痛みや、凄惨な何かを目の当たりにした時くらいだろう。
呪術高専に入ったからには避けては通れない道ではあるが、彼女が『それ』で泣く姿は見たくないなんて、我ながら随分と虫のいい話で笑ってしまいそうになった。
そんな僕の下衆な思考は、ほんの1秒で自己完結した。
とりあえず、黄砂で鼻を鳴らしている姿は、不憫の一言に尽きる。
「これから実習だけど、外出れる?」
「出、ます」
まぁそうだろう。
生真面目な彼女は文句一つ零すことなく、二つ返事で頷いた。
だから、席から立ち上がる名無しの前で、僕は大きく両手を広げた。
「ん。」
「……?なんですか…?」
「ハグだよ、ハグ。」
「授業となんの関係が…?」
「黄砂、酷いんでしょ?僕に触れていれば無下限張れるよ。」
珍しく『その手があったか!』と言わんばかりに、まぁるい黒い瞳を大きく見開く名無し。(充血していて、本当に痛そうだ。)
かといって、僕にベタベタとスキンシップをすることは、悲しいかな得意ではないらしい。
今まで大抵の女の子からは、ワーワーキャーキャー持て囃された僕からすれば、警戒する野良猫のようなこの反応は酷く新鮮なものだった。
だからこそ余計に、とろけるくらいに手懐けて、存分に甘やかしてやりたいと思うのかもしれないが。
(すんごい躊躇ってる)
彼女にとってハグはかなりハードルが高いらしい。
最初、他人に触れることも触れられることも躊躇っていた彼女からすれば、即答で『No』と言わなくなったあたり、かなりの進歩だろう。
うんうんと唸り、鼻をすすり、目を擦り、くしゃみをする。
──黄砂の攻撃は、さすがに堪えがたかったらしい。
「…………………………………手を繋ぐのでも、大丈夫ですか?」
「勿論。」
僕は表情・内心共に破顔する。
彼女を拾ったあの日。僕の手を握ることすら躊躇っていた彼女は、もういない。
神童だと祭り上げられたこの術式も、彼女や世間に迷惑をかけまくっている黄砂も、そう悪いものじゃないのかもしれない。
指を絡め、壊れないように薄い手を繋ぐ。
「ありがとうございます」とはにかむ名無しを見て、僕は『ずっと黄砂が飛んでくればいいのに』なんて傍迷惑な願いを心の内で呟いた。
おねがい!偏西風
「お。お二人仲良しっスね!」
「デショ。名無しがど〜しても僕と手を繋ぎたいって言ってきかなくてさぁ〜」
「間違いじゃないですけど、なんか誤解を生む言い方はやめましょうよ……!」
手を繋いでいる現場を新田に見られた名無しは、恥ずかしそうに顔を覆ったらしい。