2012 autumn┊︎short story
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「そう考えたら、アンタのとこの名無しも可哀想な子ね」
高専の医務室で硝子と話をしていると、東京へ仕事でやってきた歌姫がそう言った。
話の前後はあまりはっきりと覚えていない。話半分に聞き流しながら、歌姫の手土産である生八ツ橋を頬張っていたから。
術式を発露させるために呪物を無理矢理埋め込まれた、残念な呪詛師を処分した話……だったと思う。
急用で一時離席した硝子がいなくなったタイミングで、先程の言葉である。
名無しの境遇をどこかで耳にしたのだろう。
歌姫は声のトーンを落として、憂鬱そうに缶コーヒーを傾けた。
「えー、どこが?」
僕は生八ツ橋の最後の一切れを頬張り、あっけらかんと返事をする。
「アンタねぇ……」
「歯を食いしばって何度でも立ち上がる子に対して、可哀想なんて言葉は最大の侮辱だよ。歌姫」
「あの子の、そーゆーとこが僕は好きなんだから」と付け加え、僕は甘ったるい缶コーヒーのカフェオレを飲み干した。
「……性格が至極真っ当そうなのに、アンタに好かれてることが最大の悲劇な気がしてきたわ」
仕事着にしている巫女装束とは違う、カジュアルな服装で足を組み直す歌姫。
思いもよらなかった一言に、今度は僕が刮目する番だった。
「真っ当?……ふぅん、歌姫にはそう見えるんだ」
「どういうことよ。」
「何度も殺される生き地獄味わっておいて、正気を保っていられるのって、十分イカれてると思うんだけどね。僕は」
呪術師はそもそも『普遍』ではやっていけない職業だ。
あまり関わりのない人間である歌姫が、彼女のことを『真っ当』だと認識できているなら、きっと大多数の目にはまるで至極普通のように映っているのだろう。
僕のように白髪でもなければ、冥冥さんのような妖艶な雰囲気でもない。
見た目や雰囲気など目立ったものは一切なく、驚く程に名無しは普通の女の子である。
内面だって誠実が服を着たような性格をしており、これといった短所は見受けられないくらいだ。
彼女のバックボーンを知らなければ、それは一見何処にでもいるようなただの少女だろう。
けれど、残念ながら僕は知っている。
腹を貫かれようと肩を抉られようと、歯を食いしばって膝をつかないこと。
呪霊へ決定的な一打をぶち込むために、呼吸すら忘れて奥歯を食いしばること。
普段は純新無垢な双眸をかっ開き、射殺すように視線を逸らさないこと。
恐らくこの界隈で誰よりも痛みに強く、タフで、血反吐を吐きながらでも立ち上がる異常さを持ち合わせているのが、僕の知りうる『ななし名無し』という少女だ。
肉を切らせて骨を断つことを厭わない、致命的に『呪術師』としての素質を持ち合わせた彼女は、残酷なくらい強かだった。
時々それが、無性に腹立たしくなるけど……それでも。
ガラス玉みたいに綺麗な瞳が、獲物を狙う鷹よりも鋭く見据えられる。
思考を研ぎ澄まし、喜怒哀楽が欠落した一振の刃のような表情は、
僕の背筋が粟立ち、視線を奪って見惚れてしまうくらい──
(綺麗、なんて言ったら歌姫にドン引きされるんだろうな)
なんだろうね、これが世間でいうトコのギャップ萌えってやつ?
イカれた術師は好きだけど、その中でも名無しは抜きん出てイカれてる。
──つまるところ、彼女が《普通》であることがそもそも異常なのだ。
あの凄惨な地獄を味わい、既に心が砕かれた後だとしても、それでも『ななし名無し』としての人格を手放すことなく再び立ち上がった彼女は、きっと誰よりも美しく、強い。
だからこそ『可哀想』なんて言葉は彼女の表面だけに触れた言葉で、本質を見抜いたものではない。
それに、そんな哀れみを向けられたところで、きっと彼女は困ったように笑うだけだろう。
「私からしたらアンタの方がイカれてんのよ、五条。」
「だって僕、最強だからね。」
「ホンットそういうとこムカつくわ。」
僕は達観と諦観を知っているだけで、別にイカれてるわけじゃないと思うんだど。
他の御三家に比べて倫理は一欠片くらい握ってるつもりだが──まぁ、それを歌姫に説いても仕方がないことだ。
「つまるところさ、あの子は可哀想じゃないよ。だって僕の生徒なんだから」
僕の生徒の好きなところ
「それが一番残念なのよ」
「酷〜い。こう見えて僕、慕われているのにィ」
「寝言は寝てから言ってくれる?」
高専の医務室で硝子と話をしていると、東京へ仕事でやってきた歌姫がそう言った。
話の前後はあまりはっきりと覚えていない。話半分に聞き流しながら、歌姫の手土産である生八ツ橋を頬張っていたから。
術式を発露させるために呪物を無理矢理埋め込まれた、残念な呪詛師を処分した話……だったと思う。
急用で一時離席した硝子がいなくなったタイミングで、先程の言葉である。
名無しの境遇をどこかで耳にしたのだろう。
歌姫は声のトーンを落として、憂鬱そうに缶コーヒーを傾けた。
「えー、どこが?」
僕は生八ツ橋の最後の一切れを頬張り、あっけらかんと返事をする。
「アンタねぇ……」
「歯を食いしばって何度でも立ち上がる子に対して、可哀想なんて言葉は最大の侮辱だよ。歌姫」
「あの子の、そーゆーとこが僕は好きなんだから」と付け加え、僕は甘ったるい缶コーヒーのカフェオレを飲み干した。
「……性格が至極真っ当そうなのに、アンタに好かれてることが最大の悲劇な気がしてきたわ」
仕事着にしている巫女装束とは違う、カジュアルな服装で足を組み直す歌姫。
思いもよらなかった一言に、今度は僕が刮目する番だった。
「真っ当?……ふぅん、歌姫にはそう見えるんだ」
「どういうことよ。」
「何度も殺される生き地獄味わっておいて、正気を保っていられるのって、十分イカれてると思うんだけどね。僕は」
呪術師はそもそも『普遍』ではやっていけない職業だ。
あまり関わりのない人間である歌姫が、彼女のことを『真っ当』だと認識できているなら、きっと大多数の目にはまるで至極普通のように映っているのだろう。
僕のように白髪でもなければ、冥冥さんのような妖艶な雰囲気でもない。
見た目や雰囲気など目立ったものは一切なく、驚く程に名無しは普通の女の子である。
内面だって誠実が服を着たような性格をしており、これといった短所は見受けられないくらいだ。
彼女のバックボーンを知らなければ、それは一見何処にでもいるようなただの少女だろう。
けれど、残念ながら僕は知っている。
腹を貫かれようと肩を抉られようと、歯を食いしばって膝をつかないこと。
呪霊へ決定的な一打をぶち込むために、呼吸すら忘れて奥歯を食いしばること。
普段は純新無垢な双眸をかっ開き、射殺すように視線を逸らさないこと。
恐らくこの界隈で誰よりも痛みに強く、タフで、血反吐を吐きながらでも立ち上がる異常さを持ち合わせているのが、僕の知りうる『ななし名無し』という少女だ。
肉を切らせて骨を断つことを厭わない、致命的に『呪術師』としての素質を持ち合わせた彼女は、残酷なくらい強かだった。
時々それが、無性に腹立たしくなるけど……それでも。
ガラス玉みたいに綺麗な瞳が、獲物を狙う鷹よりも鋭く見据えられる。
思考を研ぎ澄まし、喜怒哀楽が欠落した一振の刃のような表情は、
僕の背筋が粟立ち、視線を奪って見惚れてしまうくらい──
(綺麗、なんて言ったら歌姫にドン引きされるんだろうな)
なんだろうね、これが世間でいうトコのギャップ萌えってやつ?
イカれた術師は好きだけど、その中でも名無しは抜きん出てイカれてる。
──つまるところ、彼女が《普通》であることがそもそも異常なのだ。
あの凄惨な地獄を味わい、既に心が砕かれた後だとしても、それでも『ななし名無し』としての人格を手放すことなく再び立ち上がった彼女は、きっと誰よりも美しく、強い。
だからこそ『可哀想』なんて言葉は彼女の表面だけに触れた言葉で、本質を見抜いたものではない。
それに、そんな哀れみを向けられたところで、きっと彼女は困ったように笑うだけだろう。
「私からしたらアンタの方がイカれてんのよ、五条。」
「だって僕、最強だからね。」
「ホンットそういうとこムカつくわ。」
僕は達観と諦観を知っているだけで、別にイカれてるわけじゃないと思うんだど。
他の御三家に比べて倫理は一欠片くらい握ってるつもりだが──まぁ、それを歌姫に説いても仕方がないことだ。
「つまるところさ、あの子は可哀想じゃないよ。だって僕の生徒なんだから」
僕の生徒の好きなところ
「それが一番残念なのよ」
「酷〜い。こう見えて僕、慕われているのにィ」
「寝言は寝てから言ってくれる?」