2012 autumn┊︎short story
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『摘出したものは、正直使い物にならないな』
痛みで視界がバチバチと弾ける。
下腹部のぽっかりと空いた感覚があまりにも恐ろしくて、奥歯がガチガチと音を立てて震えた。
言葉では言い表せない程に恐ろしくて、堪らなく怖くて、痛くて、指先まで氷のように冷えきってしまっているのに、裂かれた腹部が燃えるように熱い。
ひゅーひゅーと過呼吸になりそうな息を必死に繋ぎ止めながら肺に精一杯酸素を送り込む度に、痛みに引き攣る下腹部が悲鳴を上げた。
『やはり呪力ありきか。無駄骨だったな』
『内臓の再生も時間がかかる上、流れる血も無駄だ。成果が見合わんな』
まるで軽い気持ちで摘出したみたいな言い分に、怒りを通り越して怖くなる。
私は、人のかたちをした人ではない『何か』なのだと聞かされている気分だ。
『まあ、《これ》は死なないからな。新たな使い道をじっくり探せばいいさ』
終わりがない。果てがない。
誰か、誰か。私を 。
cranberry girl#後篇
ベッドの中でぴくりとも動かず眠っていた名無しが、ゆるゆると目を覚ました。
ぼんやりと天井を見上げる横顔はまだ完全に目が覚めていない様子なのに、どこかほっとした表情にも見える。
「起きた?」
弱火でコトコトと火を入れた土鍋からは、白い湯気が出汁の香りをのせて立ち上る。
身体を温める生姜や、鉄分の多いほうれん草も入れた。気に入ってくれるといいんだけど。
僕とぱちりと視線を合わせるや否や、血色の悪い顔色を更に青ざめさせて名無しは慌てて頭を下げた。
「っ五条さん、すみまモゴッ」
「リンゴも剥いたから、ご飯の後に食べようね。あ、でもどうせだし今一個食べちゃう?」
彼女の謝罪の言葉よりも早く、僕は剥いたばかりのリンゴを柔らかい唇に押し当てた。唇に触れられるリンゴが少し羨ましい。
困惑した様子のまま、名無しはシャクシャクと遠慮がちに音を立てながら、一切れのリンゴをゆっくり飲み込んだ。
「……あの、授業」
「大丈夫。買い物がてら祓ってきたから」
冷蔵庫の中身を勝手に使うのも憚られた為、ぱぱっと買い出しに行ってきた。
ついでに実習の授業で使う予定だった、呪霊がうぞうぞと蛆の様に沸いた場所も綺麗さっぱり祓っておいた。
「す……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。」
謝辞が一瞬飛び出るが、続ければろくな事にならないと学習したのだろう。
感謝の言葉を聞いて僕は小さく頷き、満足した。
「じゃ〜ん、GTG特製、鍋焼きうどんだよ〜。ご飯は食べられそう?」
雑炊も考えたけど、鍋焼きうどんの方が沢山具を入れても味の邪魔をしないかと思い、今回はこちらにした。
僕が作った玉子粥を絶賛していた名無しだが、今回は彼女の好みよりも栄養と食べ応えを優先させてもらった。
「美味しそう…」
「美味しいよ。なんたって、僕が作ったんだし」
なんて自信満々に言ってみるが、ちょっとだけ緊張する。
何せ好きな子に振る舞う手料理だ。
全国の手料理を振る舞う恋人達は大した度胸だと感心するし、全国の手料理を振る舞われる相手は嘘でも『美味しい』と絶賛すべきだと、横暴なことを考えてしまった。
少なくとも僕は美味しいって言ってもらいたい。
「いただきます。」
ベッドからもそりと這い出て、行儀よく手を合わせる名無し。
薄手のTシャツで寝ていた格好のまま食べようとするものだから、僕は椅子に掛けてあった彼女のパーカーを掴んで肩にかけてあげた。
「美味しいです」
「それはよかった」
つるり、つるりと吸い込まれていく白い麺。
好き嫌いせずにほうれん草や人参、椎茸や鶏肉も澱みなく食べる姿を見て、僕はそっと胸を撫で下ろした。
「あの、五条さん」
「ん?」
「なんか……えっと、怒ってますか?」
ちょっとだけ言いにくそうに。
そして、申し訳なさそうに。
不意に核心を突かれ、僕はついザラリとした襟足を困ったように掻き毟った。
「名無しって、読心術でも心得てるの?」
「いえ。全然。」
知ってる。これは彼女が他人をよく観察している成果であることを。
「すみません、折角の授業に穴開けてしまって」
「あー。違う違う。その件じゃなくて」
鋭いのやら、鈍いのやら。
真っ先に『自分に非がある』と思ってしまう性格はどうにかならないものか。
数年もの間、人間扱いされなければそうなってしまうのか──はたまた彼女の元来の性格なのか分からないけれど。
箸を止めてしまった名無しは、続けられる言葉を待っているようだ。
催促する訳でもなく、ただ黙って僕の言葉を待っている。
「……気づいてあげられなかった僕自身に腹が立ってるというか。」
数ヶ月だけの間だが、ひとつ屋根の下で暮らしていたというのに。
彼女の体調の異変にはもっと敏感になっておくべきだったし、早いうちに硝子に診せるべきだったのだ。
医者だとか、あぁいう『身体を調べる』手合いのものに対して警戒してしまうのではないかと遠慮した結果が裏目に出てしまった。
──保護した後すぐ、実験記録が残っていたものに関しては、吐き気を催しながらも目を通した。通し切った。
立ち会ってしまったが故に資料に目を通さざるを得なかった伊地知は、あまりの惨さに顔を青ざめて本当に吐いてしまっていたけど。これには珍しく同情してしまった。
八百比丘尼の器を『増やす』実験の過程で、生殖器の内臓を生きたまま切除。
結局その実験は身を結ばず、散々切り刻まれた臓器はゴミのように破棄されたらしい。
今ある内臓はつまるところ『もう一度再生したもの』なのだろう。そりゃ内臓としての機能が元通り戻っているかなんて、期待していなかったのは当然だろう。
他にも『どんな毒で死ぬのか』『火に炙れば』『切り刻めば』……口に出すのも憚られるようなことばかり、実験結果の資料として出てくるものだから、凄惨な現場を星のように見てきた僕だけど流石にこれには閉口した。
呪術界がイカレているのは知っていたし、それを体現したような術師が僕だ、なんて陰口もよく聞くけど。
──ふざけんな。
僕はそんな惨い仕打ち、天地がひっくり返っても彼女にするものか。外道と一緒にされるなんて、心底心外だ。
惨たらしいと形容するしかない仕打ちに当然ながら怒りを覚えるが、そんな『女の子であれば当たり前』の事に気づいてあげられなかった自分自身に一番腹が立つ。
知っていたじゃないか。
彼女は、ななし名無しという女の子は、手負いの獣のように疵を隠すのが異常なまでに上手いことを。
言っておくけど、これは褒めてないからね。悪癖だよね、どう考えても。
「……あの、月ものを把握されるのは、それはそれで少し、恥ずかしいです…」
困ったように苦笑いを浮かべる名無しは、僕の本心を知ってか知らずか。
いや、聡い彼女のことだ。僕の腹の内なんてもしかしたら見透かしているのかもしれない。
「…赤飯でも炊こうか?」
「それ、最近嫌がる子増えてるらしいですよ」
らしいね。
話が一段落ついたからか、止めていた箸を再び動かしはじめる名無し。
つるり、つるんとうどんを啜り、時々ほうれん草を咀嚼する子気味良い音が静かな部屋にそっと響いた。
「五条さん」
不意に、呼ばれた。
僕の燻る自己嫌悪を融かすように、綺麗にそっと笑う名無し。
「こうして気遣ってくださるだけでも、十分なくらい嬉しいです。私には、勿体ないくらい。」
泣き出してしまいそうな、今にも崩れてしまいそうな笑顔に、僕は腹の奥がきゅっと縮こまるような切なさを静かに噛み締めた。
自分には勿体ないなんて、早く思わなくなればいいのに。
痛みで視界がバチバチと弾ける。
下腹部のぽっかりと空いた感覚があまりにも恐ろしくて、奥歯がガチガチと音を立てて震えた。
言葉では言い表せない程に恐ろしくて、堪らなく怖くて、痛くて、指先まで氷のように冷えきってしまっているのに、裂かれた腹部が燃えるように熱い。
ひゅーひゅーと過呼吸になりそうな息を必死に繋ぎ止めながら肺に精一杯酸素を送り込む度に、痛みに引き攣る下腹部が悲鳴を上げた。
『やはり呪力ありきか。無駄骨だったな』
『内臓の再生も時間がかかる上、流れる血も無駄だ。成果が見合わんな』
まるで軽い気持ちで摘出したみたいな言い分に、怒りを通り越して怖くなる。
私は、人のかたちをした人ではない『何か』なのだと聞かされている気分だ。
『まあ、《これ》は死なないからな。新たな使い道をじっくり探せばいいさ』
終わりがない。果てがない。
誰か、誰か。私を 。
cranberry girl#後篇
ベッドの中でぴくりとも動かず眠っていた名無しが、ゆるゆると目を覚ました。
ぼんやりと天井を見上げる横顔はまだ完全に目が覚めていない様子なのに、どこかほっとした表情にも見える。
「起きた?」
弱火でコトコトと火を入れた土鍋からは、白い湯気が出汁の香りをのせて立ち上る。
身体を温める生姜や、鉄分の多いほうれん草も入れた。気に入ってくれるといいんだけど。
僕とぱちりと視線を合わせるや否や、血色の悪い顔色を更に青ざめさせて名無しは慌てて頭を下げた。
「っ五条さん、すみまモゴッ」
「リンゴも剥いたから、ご飯の後に食べようね。あ、でもどうせだし今一個食べちゃう?」
彼女の謝罪の言葉よりも早く、僕は剥いたばかりのリンゴを柔らかい唇に押し当てた。唇に触れられるリンゴが少し羨ましい。
困惑した様子のまま、名無しはシャクシャクと遠慮がちに音を立てながら、一切れのリンゴをゆっくり飲み込んだ。
「……あの、授業」
「大丈夫。買い物がてら祓ってきたから」
冷蔵庫の中身を勝手に使うのも憚られた為、ぱぱっと買い出しに行ってきた。
ついでに実習の授業で使う予定だった、呪霊がうぞうぞと蛆の様に沸いた場所も綺麗さっぱり祓っておいた。
「す……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。」
謝辞が一瞬飛び出るが、続ければろくな事にならないと学習したのだろう。
感謝の言葉を聞いて僕は小さく頷き、満足した。
「じゃ〜ん、GTG特製、鍋焼きうどんだよ〜。ご飯は食べられそう?」
雑炊も考えたけど、鍋焼きうどんの方が沢山具を入れても味の邪魔をしないかと思い、今回はこちらにした。
僕が作った玉子粥を絶賛していた名無しだが、今回は彼女の好みよりも栄養と食べ応えを優先させてもらった。
「美味しそう…」
「美味しいよ。なんたって、僕が作ったんだし」
なんて自信満々に言ってみるが、ちょっとだけ緊張する。
何せ好きな子に振る舞う手料理だ。
全国の手料理を振る舞う恋人達は大した度胸だと感心するし、全国の手料理を振る舞われる相手は嘘でも『美味しい』と絶賛すべきだと、横暴なことを考えてしまった。
少なくとも僕は美味しいって言ってもらいたい。
「いただきます。」
ベッドからもそりと這い出て、行儀よく手を合わせる名無し。
薄手のTシャツで寝ていた格好のまま食べようとするものだから、僕は椅子に掛けてあった彼女のパーカーを掴んで肩にかけてあげた。
「美味しいです」
「それはよかった」
つるり、つるりと吸い込まれていく白い麺。
好き嫌いせずにほうれん草や人参、椎茸や鶏肉も澱みなく食べる姿を見て、僕はそっと胸を撫で下ろした。
「あの、五条さん」
「ん?」
「なんか……えっと、怒ってますか?」
ちょっとだけ言いにくそうに。
そして、申し訳なさそうに。
不意に核心を突かれ、僕はついザラリとした襟足を困ったように掻き毟った。
「名無しって、読心術でも心得てるの?」
「いえ。全然。」
知ってる。これは彼女が他人をよく観察している成果であることを。
「すみません、折角の授業に穴開けてしまって」
「あー。違う違う。その件じゃなくて」
鋭いのやら、鈍いのやら。
真っ先に『自分に非がある』と思ってしまう性格はどうにかならないものか。
数年もの間、人間扱いされなければそうなってしまうのか──はたまた彼女の元来の性格なのか分からないけれど。
箸を止めてしまった名無しは、続けられる言葉を待っているようだ。
催促する訳でもなく、ただ黙って僕の言葉を待っている。
「……気づいてあげられなかった僕自身に腹が立ってるというか。」
数ヶ月だけの間だが、ひとつ屋根の下で暮らしていたというのに。
彼女の体調の異変にはもっと敏感になっておくべきだったし、早いうちに硝子に診せるべきだったのだ。
医者だとか、あぁいう『身体を調べる』手合いのものに対して警戒してしまうのではないかと遠慮した結果が裏目に出てしまった。
──保護した後すぐ、実験記録が残っていたものに関しては、吐き気を催しながらも目を通した。通し切った。
立ち会ってしまったが故に資料に目を通さざるを得なかった伊地知は、あまりの惨さに顔を青ざめて本当に吐いてしまっていたけど。これには珍しく同情してしまった。
八百比丘尼の器を『増やす』実験の過程で、生殖器の内臓を生きたまま切除。
結局その実験は身を結ばず、散々切り刻まれた臓器はゴミのように破棄されたらしい。
今ある内臓はつまるところ『もう一度再生したもの』なのだろう。そりゃ内臓としての機能が元通り戻っているかなんて、期待していなかったのは当然だろう。
他にも『どんな毒で死ぬのか』『火に炙れば』『切り刻めば』……口に出すのも憚られるようなことばかり、実験結果の資料として出てくるものだから、凄惨な現場を星のように見てきた僕だけど流石にこれには閉口した。
呪術界がイカレているのは知っていたし、それを体現したような術師が僕だ、なんて陰口もよく聞くけど。
──ふざけんな。
僕はそんな惨い仕打ち、天地がひっくり返っても彼女にするものか。外道と一緒にされるなんて、心底心外だ。
惨たらしいと形容するしかない仕打ちに当然ながら怒りを覚えるが、そんな『女の子であれば当たり前』の事に気づいてあげられなかった自分自身に一番腹が立つ。
知っていたじゃないか。
彼女は、ななし名無しという女の子は、手負いの獣のように疵を隠すのが異常なまでに上手いことを。
言っておくけど、これは褒めてないからね。悪癖だよね、どう考えても。
「……あの、月ものを把握されるのは、それはそれで少し、恥ずかしいです…」
困ったように苦笑いを浮かべる名無しは、僕の本心を知ってか知らずか。
いや、聡い彼女のことだ。僕の腹の内なんてもしかしたら見透かしているのかもしれない。
「…赤飯でも炊こうか?」
「それ、最近嫌がる子増えてるらしいですよ」
らしいね。
話が一段落ついたからか、止めていた箸を再び動かしはじめる名無し。
つるり、つるんとうどんを啜り、時々ほうれん草を咀嚼する子気味良い音が静かな部屋にそっと響いた。
「五条さん」
不意に、呼ばれた。
僕の燻る自己嫌悪を融かすように、綺麗にそっと笑う名無し。
「こうして気遣ってくださるだけでも、十分なくらい嬉しいです。私には、勿体ないくらい。」
泣き出してしまいそうな、今にも崩れてしまいそうな笑顔に、僕は腹の奥がきゅっと縮こまるような切なさを静かに噛み締めた。
自分には勿体ないなんて、早く思わなくなればいいのに。