2012 winter┊︎short story
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「名無し、今日ってキスの日なんだって。」
出張の見送りを行う直前。
五条は前触れなく――そしていつも通り、なんて事ない痴話話をするトーンでそう告げた。
「へぇ、そうなんですか。」
教えられたところでそういった恋仲の相手がいない名無しにとっては、今日の株価の話をされるくらい興味のない話題だった。
が、スルーしようにもこの男は執拗かった。
どれくらい執拗いかと言うと、七海曰く『ウザ絡みも特級ですね』と言わしめたレベルである。
まるでアメリカ映画のワンシーンのように肩を組まれ、その大きな体格へ引き寄せられる。
逃すつもりはないらしい。もうこうなったら自然災害だと思い込み、割り切るしかない。
「僕ね、連日の激務でヘトヘトなわけよ。」
「はい。」
「だから、チューして。」
「なんでそうなるんですか…」
話に脈絡があるようで、実の所ない。
まるで酔っ払いの絡み酒のようだが、残念ながら五条は素面である。
「女の子成分が足りてないの。」
「五条さんが『誰かー!僕にキスしてくださーい!』ってスクランブル交差点の真ん中で叫べば、誰かはキスしてくれるんじゃないですか?」
「それ完全に僕不審者だよね」
雑誌モデルや俳優よりも整った顔立ちをしているのだから、見ず知らずの女の子にキスして貰える奇跡くらい起こせそうなものだが。
破天荒な彼も、流石に名無しが投げやりに提案したアイデアには乗らないようだった。
「ヤダ〜!出張行きたくない〜!名無しがチューしてくれなきゃヤル気出ない〜!」
つまるところ本音はこれか。
出張に行きたくない気持ちは、分からないでもない。
しかしここで五条がゴネたところで時間が止まるわけでもなく、粛々と出張までのカウントダウンが行われているわけで。
迎えに来る予定である補助監督の胃に穴が空くくらいか。
……いや、結構大事だ。
そうでなくとも補助監督は手広く仕事をしているせいで苦労が多い。
伊地知はまさにその代表格とも言える。
補助監督を大抵振り回しているのは、この保護者兼担任である五条なのだが――。
名無しは小さく溜息をついて、くしゃりと髪を掻いた。
これで済むのなら安いものだ。
なにせ、キスはキスに違いないのだから。
「…そういうのはちゃんとしたお相手を作ってから頼むものでしょう。今回だけですよ。」
肩に回していた五条の腕を解き、彼の手を取る。
生白い肌。
大きな手。
指先の皮膚が固くなった手は、間違いなく男の手だった。
流れるように、舞踏会のダンスの前のように。
触れるだけのキスを長い指に落とし、名無しは掬い上げた手をそろりと手放した。
当の五条は……というと。
「………………僕一生手を洗わない…」
「ばっちいですよ、五条さん」
それはまるでさらうように
例えるなら、映画のワンシーンのようだった。
洋画の煌びやかなシーンでよく見る、ハンドクス。
それは流れるような仕草で、僕は柄にもなく面食らってしまった。
笑っちゃうよね。僕が強請ったことなのに。
伏せがちに閉じられた瞼。
影を落とす睫毛。
淡い肉色の薄い唇が僕の指先に触れるだけで目眩がしそうだった。
ダメ元で駄々を捏ねたのだが、まさかの不意打ちだ。
柄にもなく頬が熱く火照り、心拍数がフルマラソンした後のようにブチ上がる。
女の子に対してこんなにもドキドキしたのは、恐らく人生初なんじゃないか。
あぁ、もう。
この子は本当に。
(好きにならないわけがない。)
出張の見送りを行う直前。
五条は前触れなく――そしていつも通り、なんて事ない痴話話をするトーンでそう告げた。
「へぇ、そうなんですか。」
教えられたところでそういった恋仲の相手がいない名無しにとっては、今日の株価の話をされるくらい興味のない話題だった。
が、スルーしようにもこの男は執拗かった。
どれくらい執拗いかと言うと、七海曰く『ウザ絡みも特級ですね』と言わしめたレベルである。
まるでアメリカ映画のワンシーンのように肩を組まれ、その大きな体格へ引き寄せられる。
逃すつもりはないらしい。もうこうなったら自然災害だと思い込み、割り切るしかない。
「僕ね、連日の激務でヘトヘトなわけよ。」
「はい。」
「だから、チューして。」
「なんでそうなるんですか…」
話に脈絡があるようで、実の所ない。
まるで酔っ払いの絡み酒のようだが、残念ながら五条は素面である。
「女の子成分が足りてないの。」
「五条さんが『誰かー!僕にキスしてくださーい!』ってスクランブル交差点の真ん中で叫べば、誰かはキスしてくれるんじゃないですか?」
「それ完全に僕不審者だよね」
雑誌モデルや俳優よりも整った顔立ちをしているのだから、見ず知らずの女の子にキスして貰える奇跡くらい起こせそうなものだが。
破天荒な彼も、流石に名無しが投げやりに提案したアイデアには乗らないようだった。
「ヤダ〜!出張行きたくない〜!名無しがチューしてくれなきゃヤル気出ない〜!」
つまるところ本音はこれか。
出張に行きたくない気持ちは、分からないでもない。
しかしここで五条がゴネたところで時間が止まるわけでもなく、粛々と出張までのカウントダウンが行われているわけで。
迎えに来る予定である補助監督の胃に穴が空くくらいか。
……いや、結構大事だ。
そうでなくとも補助監督は手広く仕事をしているせいで苦労が多い。
伊地知はまさにその代表格とも言える。
補助監督を大抵振り回しているのは、この保護者兼担任である五条なのだが――。
名無しは小さく溜息をついて、くしゃりと髪を掻いた。
これで済むのなら安いものだ。
なにせ、キスはキスに違いないのだから。
「…そういうのはちゃんとしたお相手を作ってから頼むものでしょう。今回だけですよ。」
肩に回していた五条の腕を解き、彼の手を取る。
生白い肌。
大きな手。
指先の皮膚が固くなった手は、間違いなく男の手だった。
流れるように、舞踏会のダンスの前のように。
触れるだけのキスを長い指に落とし、名無しは掬い上げた手をそろりと手放した。
当の五条は……というと。
「………………僕一生手を洗わない…」
「ばっちいですよ、五条さん」
それはまるでさらうように
例えるなら、映画のワンシーンのようだった。
洋画の煌びやかなシーンでよく見る、ハンドクス。
それは流れるような仕草で、僕は柄にもなく面食らってしまった。
笑っちゃうよね。僕が強請ったことなのに。
伏せがちに閉じられた瞼。
影を落とす睫毛。
淡い肉色の薄い唇が僕の指先に触れるだけで目眩がしそうだった。
ダメ元で駄々を捏ねたのだが、まさかの不意打ちだ。
柄にもなく頬が熱く火照り、心拍数がフルマラソンした後のようにブチ上がる。
女の子に対してこんなにもドキドキしたのは、恐らく人生初なんじゃないか。
あぁ、もう。
この子は本当に。
(好きにならないわけがない。)