2012 winter┊︎short story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
浅草橋駅、徒歩十分。
食事処『小鳥箱』。
私の行きつけの飲み屋に『奢りで』と誘われ、私はハイボールが並々と入ったジョッキを傾けていた。
目の前に座る男は恋人でもなんでもない。
天地がひっくり返ってもありえない話だ。
腐れ縁。同級生。同僚。
同じくジョッキに入れられたジンジャーエールを片手に、五条は唐揚げを咀嚼していた。
「ホワイトデー、お返し何がいいと思う?」
「女と付き合うのは慣れてるはずだろう?」
言うまでもないがこれは嫌味だ。
目の前の男が世間一般的な、きちんとした『恋人』を作った…という話はとんと聞かない。
女遊びは非常にちゃらんぽらんしていたようだが、どこかで子供を作ったとか隠し子だとかそういう話も流れてこない。
彼の家柄を考えたら当然といえば当然なのだが、その辺りは『割り切った』関係が全てだったのだろう。
「バレンタインだってたんまり貰っていただろう。」
「お返しはしたことないんだよなぁ〜」
「うわぁ。やーい、クーズ。」
気持ちがないのにお返しをする方が失礼なのか。
それとも簡単なものすらお返しをしない方が失礼なのか。
私は生まれてこの方、一応女なので貰った回数はたかが知れている。
親から貰ったお零れか、中学時代の友チョコか。まぁそんなところだ。本命などあるわけがない。
一方、目の前の銀髪の薄情野郎が過去に贈られたチョコの中には本命がいくつもあっただろうに。
『だからお前はクズなんだよ』と心の中でそっと毒づいた。
「何が欲しいか本人に聞いたら?」
「それだったら面白くないじゃん。」
「ホワイトデーのお返しに面白味を求めるんじゃない。本命童貞め」
担当している可愛い生徒からチョコレートを受け取り、保健室で死ぬ程騒ぎ散らかしたのが一ヶ月程前。
義理だと分かっていても嬉しいものは嬉しかったらしい。
そのはしゃぎっぷりが正直うるさくて、『私も同じもの貰ったけどね』と水を差しても五条は浮かれきっていた。
そして何をお返しすればいいのか分からないため『ホワイトデー会議』という大義名分の下、こうして居酒屋で食事をしている。
ムードもへったくれもない。元々微塵もないが。あってたまるか。
「あの子の性格だ。やたらと高い物を選んだら萎縮するだろうね。……とりあえずそのスマホで開いているティファニーのページを閉じたらどうだ?」
ちらりと見えたウェブサイトのページは、鮮やかな金や清廉としたプラチナカラー、柔らかい光を放つピンクゴールドの貴金属がずらりと並んだものだった。
金額もさることながら、あの子の性格から察するにそんな物を贈られた日には困惑するに違いない。
――更に言えば付き合ってすらいない。
息をするように自分の生徒へ指輪を贈ろうとするんじゃない。
高専に教育委員会があるのなら、私は間違いなくこの男を委員会へ突き出していただろう。
「そもそも義理だろう。お菓子でいいんじゃないか?」
「ラデュレとか、マルコリーニとか?」
「五条。お前の中の辞書には『加減』『程々』という単語が抜け落ちてるのか?」
いや。本当にないのかもしれない。
良くも悪くもこの男は全力か、適当の二択だ。
ニュートラルというか『一般人的な感覚』というものが自然と抜け落ちている為、付き合わされているこちらからしてみれば説教する気も起きない。
――他の知り合いの女性に聞けばいいものを。
そこまで考え、ポンポンと音を立てて候補が霧散した。
冥冥さんはそれこそ金銭感覚が一般人とはかなり違う。
そして五条が歌姫先輩に相談する姿は、更に想像がつかない。
その他大勢の、爛れた関係だった女性達に……は、聞けないだろうし聞く気もないだろう。
(……そういえば、そういう噂はトンと聞いていないな)
ここ一年程。
五条悟が小指の先程まともになった、小さくて大きいターニングポイント。
余程そういう噂を聞かれたくないのか、まさかとは思うがまともな『先生』に見られたいのか。
後者は手遅れだと腹を抱えて笑うところだろう。となれば、理由は間違いなく前者。
(全く、相談する相手が私だけというのも考えものだな)
人を寄せつける割には、自分の懐には入れない五条らしい。
職業柄、性格上、家柄故。
色々理由はつけられるが、一番の理由は『五条悟』だからとしか言いようがなかった。
そんな彼がウンウン頭を抱えて「あーでもないこーでもない」と知恵を振り絞る姿を見るのは、滑稽なようで――少し微笑ましかった。
「花とかは?あの子なら喜んで部屋に飾るだろう。」
「わ……硝子って、意外とロマンチスト?」
「熱燗、鼻から注いであげようか?」
前言撤回。
やっぱりこの男はクズのろくでなしだ。
ホワイト・プラン
「はい、名無し。ホワイトデー。」
結局あの後、いくら考えても正解が出なかったため僕は大人しく花を渡すことにした。
春らしい、目にも鮮やかなチューリップ。
ピンク色の花弁はふっくら円やかで、まるで子供の手のようにやわらかだった。
「わ、ありがとうございます!」
花よりもぱっと咲く、可愛らしい笑顔。
僕が貪欲でなければそれで十分満足しただろう。
「……他に何か欲しいものないの?」
「欲しいもの、ですか?」
「だってホワイトデーだからね。」
もっと喜んでもらいたいと思うのはいけないことだろうか。
リクエストを投げかければ、じっと花を凝視しながら考え込む名無し。
幼さが残る目元をそっと伏せ、何やら真剣に熟考しているようだった。
彼女が望めば時計もバッグも二つ返事で買ってあげるのも吝かではないのに。
「なんでもいいんですか?」
「勿論。僕、お給料はたくさんもらっているし。ドーンとリクエストしちゃいなさい!ドーンと。」
そう言えば「え。」と目を丸くしてたじろぐ名無し。
その反応を見て僕もつい「え?」と返してしまった。
……まさかの見当違い?
「……お金で済むものじゃないんですけど…いいですか?その、五条さんのお手間を取らせてしまうことなんですけど…」
少し恥ずかしそうにモゴモゴと言い淀む名無し。
申し訳なさそうな彼女の言葉を促すべく、「大丈夫だよ、言ってご覧?」と僕はしゃがみ込んだ。
「………………ご、五条さんが作った、ご飯が食べたい…です。」
予想の斜め上。
なるほど、手間を取らせると遠慮していた理由が分かった。
確かに料理は手間がかかるものだが、彼女は知っているのだろうか。
大切な人のために作る特別な料理は、作り手も心が躍るということを。
「あの、ダメですか?」
「くくっ…。勿論いいよ。」
頭をポンと撫でてやれば、子供扱いが擽ったいのか恥ずかしそうにはにかむ名無し。
――そうだそうだ。この子はこういう子だった。
「そうと決まれば。さーて、何が食べたい?悟シェフにリクエスト言っちゃって?」
「玉子粥!」
「それは風邪引いた時に。もっと美味しいものを作ってあげようね〜」
その夜。
名無しの寮の個室で花瓶に生けた花を囲み、ささやかなディナーを楽しむ先生と生徒がいたとか。
食事処『小鳥箱』。
私の行きつけの飲み屋に『奢りで』と誘われ、私はハイボールが並々と入ったジョッキを傾けていた。
目の前に座る男は恋人でもなんでもない。
天地がひっくり返ってもありえない話だ。
腐れ縁。同級生。同僚。
同じくジョッキに入れられたジンジャーエールを片手に、五条は唐揚げを咀嚼していた。
「ホワイトデー、お返し何がいいと思う?」
「女と付き合うのは慣れてるはずだろう?」
言うまでもないがこれは嫌味だ。
目の前の男が世間一般的な、きちんとした『恋人』を作った…という話はとんと聞かない。
女遊びは非常にちゃらんぽらんしていたようだが、どこかで子供を作ったとか隠し子だとかそういう話も流れてこない。
彼の家柄を考えたら当然といえば当然なのだが、その辺りは『割り切った』関係が全てだったのだろう。
「バレンタインだってたんまり貰っていただろう。」
「お返しはしたことないんだよなぁ〜」
「うわぁ。やーい、クーズ。」
気持ちがないのにお返しをする方が失礼なのか。
それとも簡単なものすらお返しをしない方が失礼なのか。
私は生まれてこの方、一応女なので貰った回数はたかが知れている。
親から貰ったお零れか、中学時代の友チョコか。まぁそんなところだ。本命などあるわけがない。
一方、目の前の銀髪の薄情野郎が過去に贈られたチョコの中には本命がいくつもあっただろうに。
『だからお前はクズなんだよ』と心の中でそっと毒づいた。
「何が欲しいか本人に聞いたら?」
「それだったら面白くないじゃん。」
「ホワイトデーのお返しに面白味を求めるんじゃない。本命童貞め」
担当している可愛い生徒からチョコレートを受け取り、保健室で死ぬ程騒ぎ散らかしたのが一ヶ月程前。
義理だと分かっていても嬉しいものは嬉しかったらしい。
そのはしゃぎっぷりが正直うるさくて、『私も同じもの貰ったけどね』と水を差しても五条は浮かれきっていた。
そして何をお返しすればいいのか分からないため『ホワイトデー会議』という大義名分の下、こうして居酒屋で食事をしている。
ムードもへったくれもない。元々微塵もないが。あってたまるか。
「あの子の性格だ。やたらと高い物を選んだら萎縮するだろうね。……とりあえずそのスマホで開いているティファニーのページを閉じたらどうだ?」
ちらりと見えたウェブサイトのページは、鮮やかな金や清廉としたプラチナカラー、柔らかい光を放つピンクゴールドの貴金属がずらりと並んだものだった。
金額もさることながら、あの子の性格から察するにそんな物を贈られた日には困惑するに違いない。
――更に言えば付き合ってすらいない。
息をするように自分の生徒へ指輪を贈ろうとするんじゃない。
高専に教育委員会があるのなら、私は間違いなくこの男を委員会へ突き出していただろう。
「そもそも義理だろう。お菓子でいいんじゃないか?」
「ラデュレとか、マルコリーニとか?」
「五条。お前の中の辞書には『加減』『程々』という単語が抜け落ちてるのか?」
いや。本当にないのかもしれない。
良くも悪くもこの男は全力か、適当の二択だ。
ニュートラルというか『一般人的な感覚』というものが自然と抜け落ちている為、付き合わされているこちらからしてみれば説教する気も起きない。
――他の知り合いの女性に聞けばいいものを。
そこまで考え、ポンポンと音を立てて候補が霧散した。
冥冥さんはそれこそ金銭感覚が一般人とはかなり違う。
そして五条が歌姫先輩に相談する姿は、更に想像がつかない。
その他大勢の、爛れた関係だった女性達に……は、聞けないだろうし聞く気もないだろう。
(……そういえば、そういう噂はトンと聞いていないな)
ここ一年程。
五条悟が小指の先程まともになった、小さくて大きいターニングポイント。
余程そういう噂を聞かれたくないのか、まさかとは思うがまともな『先生』に見られたいのか。
後者は手遅れだと腹を抱えて笑うところだろう。となれば、理由は間違いなく前者。
(全く、相談する相手が私だけというのも考えものだな)
人を寄せつける割には、自分の懐には入れない五条らしい。
職業柄、性格上、家柄故。
色々理由はつけられるが、一番の理由は『五条悟』だからとしか言いようがなかった。
そんな彼がウンウン頭を抱えて「あーでもないこーでもない」と知恵を振り絞る姿を見るのは、滑稽なようで――少し微笑ましかった。
「花とかは?あの子なら喜んで部屋に飾るだろう。」
「わ……硝子って、意外とロマンチスト?」
「熱燗、鼻から注いであげようか?」
前言撤回。
やっぱりこの男はクズのろくでなしだ。
ホワイト・プラン
「はい、名無し。ホワイトデー。」
結局あの後、いくら考えても正解が出なかったため僕は大人しく花を渡すことにした。
春らしい、目にも鮮やかなチューリップ。
ピンク色の花弁はふっくら円やかで、まるで子供の手のようにやわらかだった。
「わ、ありがとうございます!」
花よりもぱっと咲く、可愛らしい笑顔。
僕が貪欲でなければそれで十分満足しただろう。
「……他に何か欲しいものないの?」
「欲しいもの、ですか?」
「だってホワイトデーだからね。」
もっと喜んでもらいたいと思うのはいけないことだろうか。
リクエストを投げかければ、じっと花を凝視しながら考え込む名無し。
幼さが残る目元をそっと伏せ、何やら真剣に熟考しているようだった。
彼女が望めば時計もバッグも二つ返事で買ってあげるのも吝かではないのに。
「なんでもいいんですか?」
「勿論。僕、お給料はたくさんもらっているし。ドーンとリクエストしちゃいなさい!ドーンと。」
そう言えば「え。」と目を丸くしてたじろぐ名無し。
その反応を見て僕もつい「え?」と返してしまった。
……まさかの見当違い?
「……お金で済むものじゃないんですけど…いいですか?その、五条さんのお手間を取らせてしまうことなんですけど…」
少し恥ずかしそうにモゴモゴと言い淀む名無し。
申し訳なさそうな彼女の言葉を促すべく、「大丈夫だよ、言ってご覧?」と僕はしゃがみ込んだ。
「………………ご、五条さんが作った、ご飯が食べたい…です。」
予想の斜め上。
なるほど、手間を取らせると遠慮していた理由が分かった。
確かに料理は手間がかかるものだが、彼女は知っているのだろうか。
大切な人のために作る特別な料理は、作り手も心が躍るということを。
「あの、ダメですか?」
「くくっ…。勿論いいよ。」
頭をポンと撫でてやれば、子供扱いが擽ったいのか恥ずかしそうにはにかむ名無し。
――そうだそうだ。この子はこういう子だった。
「そうと決まれば。さーて、何が食べたい?悟シェフにリクエスト言っちゃって?」
「玉子粥!」
「それは風邪引いた時に。もっと美味しいものを作ってあげようね〜」
その夜。
名無しの寮の個室で花瓶に生けた花を囲み、ささやかなディナーを楽しむ先生と生徒がいたとか。