2012 winter┊︎short story
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世の中には『猫吸い』というものがある。
猫の腹や背に顔を埋めて、匂いを嗅ぐ――というものらしい。
効果はリラックス、ストレス軽減…と様々である。
なぜこの説明をしているかというと、ストレス耐久度が限界の男が目の前にいるからだ。
「反転術式でさぁ、ストレスって吹っ飛ばせないの?」
上層部に呼び出しをされ、その愚痴を一通り吐き出し終えた男はふてぶてしくそう言った。
「そんな便利なものがあるなら私が使っているさ」
「だよね〜。はー、ホント爺共ムカつく。死ねばいいのに。」
『明日は雨か〜嫌だな〜』なんて軽い口調でとんでもない発言が出てくるのだから、どう返してやればいいのやら。
「猫カフェでも行けばいいじゃないか。」
「猫ォ?また何で。」
「猫吸いというものがあるらしい。猫に顔を埋めて吸ったらストレス軽減になるらしいよ。」
「それ、自分家で飼っている前提でしょ。第一、匂いを吸うだけでストレス解消って、そんな論理的じゃないことある?」
無下限とか訳の分からないものを現実に引っ張り出してきている男がよく言う。
呪術界一破天荒な五条がもっともらしい正論を吐く様は些か滑稽だった。
「硝子さん、ただいま帰りました。……って、五条さん。探してもいないと思ったら…ここにおられたんですか。」
保健室の引き戸を開けたのは名無しだ。
郊外の単独任務と聞いていたが、制服の汚れ具合から見てもなんてことはない内容だったらしい。
「おかえり、名無し。恙無く片付いたのかい?」
「はい。あ、これお土産の地酒です。」
「近くに酒蔵があって、つい寄ってもらっちゃいました」なんて笑う彼女は可愛い可愛い妹分だ。
私の酒の好みもきちんと把握し、こういった気遣いも抜かりない。
――最初、五条の生徒にしておくにはかなり不安があった。
何せあの性格だ。無茶な要求や無理難題、加減というものを知らない教師の教鞭ほど恐ろしいものはないだろう。
しかし予想に反し、名無しは素直なまま歪むことなく成長してくれている。
本当に、五条の生徒にしておくのは勿体ない。
そんなことをぼんやりと考えていれば、名無しの背後でふらりと揺れる影。
気配を消して近づく様はさながらゾンビ映画のようだ。
…いや。ストレスが限界に近い五条は、ある意味ゾンビよりタチが悪いが。
「っびゃ!?」
そのゾンビが首筋に噛み付いた――という訳ではない。
自販機より高い背丈で滑稽にも前屈みになり、名無しの首筋に顔を埋めて深呼吸している。
勿論、逃げられないようにかしっかりホールド済だ。
高専が真っ当な教育機関だったなら警察へ突き出されている案件だろう。
「なんっ…何やってるんですか、五条さん!」
「……あー、これは…」
一度首筋から鼻先を離し、もう一度深く顔を埋める五条。
その不審な行動と首筋に当たる髪の毛が擽ったいのか、はたまた別の理由か。
顔を真っ赤に染めて抵抗する名無しは正直言って可愛い。……彼女の背後にいる五条は脳内映像で削除するとして。
逃げようとする鰻のように身体を必死に捩る名無しだが、しっかり抱き抱えられた状態で逃げられるわけがなく。
「えっ、何です!?何の儀式ですか、これ!」
「あー」
名無しは、確かにいい匂いだ。
石鹸とシャンプーと、ほんのり香る甘い匂い。
よくよく考えるまでもない。五条からすればドンピシャだろう。
困惑する妹分に対して、私は気のない返事しか返せなかった。
「硝子、前言撤回。論理とか理屈とかどーでもいいや。これは確かにいい。」
「ちょっ…首元で喋らないでください!」
恐らく、満足そうな顔で。
顔を埋めたまま喋る五条に対し、状況が飲み込めていない名無しが何とか腕を引き剥がそうと必死にもがく。
……『猫吸い』をされている猫も、実はこんな心境なのかもしれない。
「あー、名無し。暫く吸わせてやって。ストレス溜まりまくった結果、JKの匂いに飢えてるんだってさ」
「それ誤解を生むからやめてくんない?」
それは変態のように聞こえるからか。
それとも『女子高生』という括りではなく『名無し限定だ』という意味だろうか。
まぁ間違いなく後者だろう。
「は、はぁ?…せめて別のストレス解消方法にしません…?」
「例えば?」
「……………………け、ケーキバイキング…とか…?」
五条が好きそうなものを選んだのだろう。
名無しの制服の襟元から顔を上げ、その細い肩に顎を乗せながら無駄に顔のいい男は問うた。
「それ、名無し付き合ってくれるの?」
「え。……まぁ、私でよければ」
グッバイ、ストレス!
(満更でもなさそうな顔をしていたことは……黙っておくか)
名無しは無意識だろうが。
そんなことを教えた日には五条の場合、調子に乗りかねない。
絶対に教えてやるものか。
「五条、次は私が吸うから早く代われ。」
「は、はい!?」
「嫌だよ。硝子は煙草でも吸ってれば〜?」
「禁煙したと言っただろう。」
五条の手を容赦なく払い除け、名無しの両肩を思い切り掴む。
私より少し低いくらいの少女の視線は『マジですか』と訴えてきている。
残念ながら大マジだ。
「名無し。」
「は、はい?」
「猫吸いって、知ってるかな?」
問うだけ問うて、名無しの胸元に顔を埋める。
「あーーーっ!?」「ひぇぇっ!?」という悲鳴が同時に聞こえたような気がしたが、気にしないことにしよう。
うん、確かにいい匂いだ。
猫の腹や背に顔を埋めて、匂いを嗅ぐ――というものらしい。
効果はリラックス、ストレス軽減…と様々である。
なぜこの説明をしているかというと、ストレス耐久度が限界の男が目の前にいるからだ。
「反転術式でさぁ、ストレスって吹っ飛ばせないの?」
上層部に呼び出しをされ、その愚痴を一通り吐き出し終えた男はふてぶてしくそう言った。
「そんな便利なものがあるなら私が使っているさ」
「だよね〜。はー、ホント爺共ムカつく。死ねばいいのに。」
『明日は雨か〜嫌だな〜』なんて軽い口調でとんでもない発言が出てくるのだから、どう返してやればいいのやら。
「猫カフェでも行けばいいじゃないか。」
「猫ォ?また何で。」
「猫吸いというものがあるらしい。猫に顔を埋めて吸ったらストレス軽減になるらしいよ。」
「それ、自分家で飼っている前提でしょ。第一、匂いを吸うだけでストレス解消って、そんな論理的じゃないことある?」
無下限とか訳の分からないものを現実に引っ張り出してきている男がよく言う。
呪術界一破天荒な五条がもっともらしい正論を吐く様は些か滑稽だった。
「硝子さん、ただいま帰りました。……って、五条さん。探してもいないと思ったら…ここにおられたんですか。」
保健室の引き戸を開けたのは名無しだ。
郊外の単独任務と聞いていたが、制服の汚れ具合から見てもなんてことはない内容だったらしい。
「おかえり、名無し。恙無く片付いたのかい?」
「はい。あ、これお土産の地酒です。」
「近くに酒蔵があって、つい寄ってもらっちゃいました」なんて笑う彼女は可愛い可愛い妹分だ。
私の酒の好みもきちんと把握し、こういった気遣いも抜かりない。
――最初、五条の生徒にしておくにはかなり不安があった。
何せあの性格だ。無茶な要求や無理難題、加減というものを知らない教師の教鞭ほど恐ろしいものはないだろう。
しかし予想に反し、名無しは素直なまま歪むことなく成長してくれている。
本当に、五条の生徒にしておくのは勿体ない。
そんなことをぼんやりと考えていれば、名無しの背後でふらりと揺れる影。
気配を消して近づく様はさながらゾンビ映画のようだ。
…いや。ストレスが限界に近い五条は、ある意味ゾンビよりタチが悪いが。
「っびゃ!?」
そのゾンビが首筋に噛み付いた――という訳ではない。
自販機より高い背丈で滑稽にも前屈みになり、名無しの首筋に顔を埋めて深呼吸している。
勿論、逃げられないようにかしっかりホールド済だ。
高専が真っ当な教育機関だったなら警察へ突き出されている案件だろう。
「なんっ…何やってるんですか、五条さん!」
「……あー、これは…」
一度首筋から鼻先を離し、もう一度深く顔を埋める五条。
その不審な行動と首筋に当たる髪の毛が擽ったいのか、はたまた別の理由か。
顔を真っ赤に染めて抵抗する名無しは正直言って可愛い。……彼女の背後にいる五条は脳内映像で削除するとして。
逃げようとする鰻のように身体を必死に捩る名無しだが、しっかり抱き抱えられた状態で逃げられるわけがなく。
「えっ、何です!?何の儀式ですか、これ!」
「あー」
名無しは、確かにいい匂いだ。
石鹸とシャンプーと、ほんのり香る甘い匂い。
よくよく考えるまでもない。五条からすればドンピシャだろう。
困惑する妹分に対して、私は気のない返事しか返せなかった。
「硝子、前言撤回。論理とか理屈とかどーでもいいや。これは確かにいい。」
「ちょっ…首元で喋らないでください!」
恐らく、満足そうな顔で。
顔を埋めたまま喋る五条に対し、状況が飲み込めていない名無しが何とか腕を引き剥がそうと必死にもがく。
……『猫吸い』をされている猫も、実はこんな心境なのかもしれない。
「あー、名無し。暫く吸わせてやって。ストレス溜まりまくった結果、JKの匂いに飢えてるんだってさ」
「それ誤解を生むからやめてくんない?」
それは変態のように聞こえるからか。
それとも『女子高生』という括りではなく『名無し限定だ』という意味だろうか。
まぁ間違いなく後者だろう。
「は、はぁ?…せめて別のストレス解消方法にしません…?」
「例えば?」
「……………………け、ケーキバイキング…とか…?」
五条が好きそうなものを選んだのだろう。
名無しの制服の襟元から顔を上げ、その細い肩に顎を乗せながら無駄に顔のいい男は問うた。
「それ、名無し付き合ってくれるの?」
「え。……まぁ、私でよければ」
グッバイ、ストレス!
(満更でもなさそうな顔をしていたことは……黙っておくか)
名無しは無意識だろうが。
そんなことを教えた日には五条の場合、調子に乗りかねない。
絶対に教えてやるものか。
「五条、次は私が吸うから早く代われ。」
「は、はい!?」
「嫌だよ。硝子は煙草でも吸ってれば〜?」
「禁煙したと言っただろう。」
五条の手を容赦なく払い除け、名無しの両肩を思い切り掴む。
私より少し低いくらいの少女の視線は『マジですか』と訴えてきている。
残念ながら大マジだ。
「名無し。」
「は、はい?」
「猫吸いって、知ってるかな?」
問うだけ問うて、名無しの胸元に顔を埋める。
「あーーーっ!?」「ひぇぇっ!?」という悲鳴が同時に聞こえたような気がしたが、気にしないことにしよう。
うん、確かにいい匂いだ。