晴着に花めく
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「よくお似合いですよ。」
青紺と白で染め分けた正絹と、熨斗文様が流れるように描かれた振袖。
よく見る古典柄とは一線を画した、折り重なるように舞う花文様は華やかの一言に尽きる。
正絹の手触りは驚く程に滑らかで、指先で触れることすら躊躇ってしまうくらいだ。
所作が綺麗なメイクさんに化粧を施され、還暦を過ぎたくらいの女性にテキパキと着付けられた。
ちなみに、ここまで何をするかなんて説明は、一切なしだ。
「着付け出来た?」
ひょっこり顔を出してきたのは、五条さんその人だ。
いつもの黒い服ではなく、正装らしい三つ揃えの黒いスーツ。
おろしたてであろう、埃一つないスーツは見惚れる程によく似合っていた。
しかし、
「あの、情報が完結しないんですけど…」
そう。一体何をしようとしているのか。
──いや、何となく検討がついてきている。ついているのだけど。
「言ったでしょ。振袖着てるの見たいなーって。」
……まさか本当にやるとは思わないじゃないか。
綺麗なフォトスタジオ。
格式高そうな振袖。
丁寧に施された化粧。
あの忙しい年末年始の間、合間合間に準備してくれていたのかと理解した瞬間、申し訳なさで目眩がした。
当の五条さんはというと、振袖の着付けをしてくださった女性と談笑し始めた。
「わざわざこっちまで持ってきてくれてありがとね」
「とんでも御座いません。五条様も素晴らしいお見立てです。職人も存分に腕を奮い、満足しておりました」
「良いじゃん、辻が花文様。銀糸の刺繍も上品に仕上がってる。」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
会話の一端からしか考えられないが、まさか反物から仕立てたのだろうか。
この短期間で?そして銀糸の刺繍?つまり手作業では?
振袖や和服を詳しく知らない素人でも理解できた。
絶対、高級品だ。
「待ってください、五条さん。こんな高そうな振袖、」
「はいはい。お小言は帰ってから聞くよ。僕の我儘に付き合わせてるんだから、そこは気にしたら駄ァ〜目。」
『しぃっ』と人差し指を口元に当て、空色の瞳がやわらかく蕩ける。
とはいえ、限度があるだろう、限度が。
貰うばかりで返し切れない。あまりの歯痒さに口を噤む。
「今日の任務は、カメラの前でにこにこ笑って写真を撮られること。これは保護者として、僕がどうしても見たかったからやっただけ。
言うなれば僕のエゴなんだから、悪いけど今日は付き合ってくれる?」
一息に弁解し、困ったように彼は笑う。「あー。それとも、どうしても嫌?」と。
成人式を不参加にした理由を思い出したのかもしれない。
あの場に不釣り合いな姿 をしているから参加したく無かったのであって、別に──
(そうか、写真だけっていう手段もあったんだ。)
振袖が着たくないわけではなかった。
例え見た目と実年齢がちぐはぐで不釣り合いだったとしても。
自分の好きなように、自己満足ですればよかったんだ。
成人を嬉しそうに祝ってくれる父親や、心から喜んでくれる母親がいないから『もういいや』と、心のどこかで諦めてしまっていた。
それでも、この人がいた。
あまりにも年齢が近い保護者だけど、誰よりも祝ってくれる。喜んでくれる。
それはちょっとやりすぎな気がして、彼の普通と私の普通はちぐはぐだけど。
そのちぐはぐも、彼が用意してくれたという事実を噛み締めれば噛み締める程、言葉に出来ない何かが喉の奥からせり上がってきた。
憧れは、確かにあったのだ。
華やかな振袖。一生に一度の二十歳。
「嬉しいです。けど、その、驚いてしまって。」
私が饒舌ならもっとこの気持ちを上手く伝えられたのだろうか。
晴着に花めく#02
「さぁさぁ。カメラマンも待ってるし?ガンガン撮ってもらっちゃお!」
青紺と白で染め分けた正絹と、熨斗文様が流れるように描かれた振袖。
よく見る古典柄とは一線を画した、折り重なるように舞う花文様は華やかの一言に尽きる。
正絹の手触りは驚く程に滑らかで、指先で触れることすら躊躇ってしまうくらいだ。
所作が綺麗なメイクさんに化粧を施され、還暦を過ぎたくらいの女性にテキパキと着付けられた。
ちなみに、ここまで何をするかなんて説明は、一切なしだ。
「着付け出来た?」
ひょっこり顔を出してきたのは、五条さんその人だ。
いつもの黒い服ではなく、正装らしい三つ揃えの黒いスーツ。
おろしたてであろう、埃一つないスーツは見惚れる程によく似合っていた。
しかし、
「あの、情報が完結しないんですけど…」
そう。一体何をしようとしているのか。
──いや、何となく検討がついてきている。ついているのだけど。
「言ったでしょ。振袖着てるの見たいなーって。」
……まさか本当にやるとは思わないじゃないか。
綺麗なフォトスタジオ。
格式高そうな振袖。
丁寧に施された化粧。
あの忙しい年末年始の間、合間合間に準備してくれていたのかと理解した瞬間、申し訳なさで目眩がした。
当の五条さんはというと、振袖の着付けをしてくださった女性と談笑し始めた。
「わざわざこっちまで持ってきてくれてありがとね」
「とんでも御座いません。五条様も素晴らしいお見立てです。職人も存分に腕を奮い、満足しておりました」
「良いじゃん、辻が花文様。銀糸の刺繍も上品に仕上がってる。」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
会話の一端からしか考えられないが、まさか反物から仕立てたのだろうか。
この短期間で?そして銀糸の刺繍?つまり手作業では?
振袖や和服を詳しく知らない素人でも理解できた。
絶対、高級品だ。
「待ってください、五条さん。こんな高そうな振袖、」
「はいはい。お小言は帰ってから聞くよ。僕の我儘に付き合わせてるんだから、そこは気にしたら駄ァ〜目。」
『しぃっ』と人差し指を口元に当て、空色の瞳がやわらかく蕩ける。
とはいえ、限度があるだろう、限度が。
貰うばかりで返し切れない。あまりの歯痒さに口を噤む。
「今日の任務は、カメラの前でにこにこ笑って写真を撮られること。これは保護者として、僕がどうしても見たかったからやっただけ。
言うなれば僕のエゴなんだから、悪いけど今日は付き合ってくれる?」
一息に弁解し、困ったように彼は笑う。「あー。それとも、どうしても嫌?」と。
成人式を不参加にした理由を思い出したのかもしれない。
あの場に不釣り合いな
(そうか、写真だけっていう手段もあったんだ。)
振袖が着たくないわけではなかった。
例え見た目と実年齢がちぐはぐで不釣り合いだったとしても。
自分の好きなように、自己満足ですればよかったんだ。
成人を嬉しそうに祝ってくれる父親や、心から喜んでくれる母親がいないから『もういいや』と、心のどこかで諦めてしまっていた。
それでも、この人がいた。
あまりにも年齢が近い保護者だけど、誰よりも祝ってくれる。喜んでくれる。
それはちょっとやりすぎな気がして、彼の普通と私の普通はちぐはぐだけど。
そのちぐはぐも、彼が用意してくれたという事実を噛み締めれば噛み締める程、言葉に出来ない何かが喉の奥からせり上がってきた。
憧れは、確かにあったのだ。
華やかな振袖。一生に一度の二十歳。
「嬉しいです。けど、その、驚いてしまって。」
私が饒舌ならもっとこの気持ちを上手く伝えられたのだろうか。
晴着に花めく#02
「さぁさぁ。カメラマンも待ってるし?ガンガン撮ってもらっちゃお!」