青藍の冬至
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「いたいた。おーい、名無し。」
雪がうっすら振り積もった、第二グラウンド。
あまり使われていないせいか枯れた雑草が散り散りと地面を覆っていた。
そこでひたすら的の空き缶を呪力で打ち込む。
術式が使えるように、呪力の精度を上げていく訓練なのだが――。
「五条さん。おかえりなさい。」
「どう?進捗は。」
「…あまり。」
そう。
呪力はある。コントロールの感覚も悪くない。
ただ『術式だけが起動しない』。
呪術師としてそれはある意味致命的だ。
天与呪縛による肉体強化があれば話は別だが、残念ながら肉体はまだ脆弱。
4年に渡る監禁生活のハンディキャップは思った以上に深刻だった。
「ま、一朝一夕でどうにかなるものじゃないからね。」
『出張』に行く前と進歩がないというのに、五条さんは慰めるように私の頭をぽすりと撫でた。
雪で濡れた髪。
泥と土で汚れた手。
彼の優しさがいたたまれなくて、泣きたくなるほど惨めになった。
(泣くな、泣くな。)
鼻先がツンと痛くなるが、誤魔化すように大きく深呼吸をする。
――大丈夫だ。泣くな。泣かないことには、慣れてる。
「ところで名無し。この後ヒマ?」
「訓練以外は、特に」
「じゃあフリーだ。
――ね、僕とデートしようか。」
***
「お待たせしました。スペシャルストロベリースフレパンケーキとストロベリーサンデーです。」
「いやぁ、やっぱり出張終わった後は甘い物だよね。」
店員さんに持ってきて貰ったスイーツを目の前にして、五条さんは満面の笑みで手を合わせた。
『とりあえず何か頼みなよ』と言われ、目に付いたストロベリーサンデーを私は頼んだのだが…。
「すごく失礼なこと言ってもいいですか?」
「なぁに?」
「……パンケーキがここまで似合わない人も珍しいな、と。」
目の前には黒ずくめの大男。
細身とはいえ体格もよく、背丈も2mに近い程ある。
そんな成人男性が。期間限定のパンケーキを目の前にしてはしゃいでいる。
趣味趣向を否定する気はないが、異様な光景であることは間違いなかった。
「やだなぁ、こんな顔がいい男に向かって。」
「自分で言っちゃいますか…いや、事実ですけど…」
するりと目隠しを下ろし、眉を寄せる五条さん。
嫌味に聞こえるが、実際顔は確かにいい。否定する気はなかった。
「僕の術式は頭使うからね。それでいつの間にか甘党になっちゃったワケ。」
パンケーキを一口サイズに切り分けて、口へ放り込む。
生クリームをたっぷり添えたそれは、甘党の女子なら大喜びしそうな代物だった。
甘い物は嫌いじゃないけれど、何事も程々が丁度いい。
私の場合、あの量は流石に食べきれないだろう。
「ほら。名無し。アーンしてごらん」
透き通るような浅縹色の瞳を細め、ズィッとフォークを突き出してくる五条さん。
苺とブルーベリー、小さなクランベリーまで丁寧に乗せた豪華な一口。
あまりにも綺麗な満面の笑みに、私はどうしたものかと視線を泳がせてしまった。
「じ、自分で食べられますよ」
「いいじゃないの、餌付けくらい。親鳥と雛鳥みたいでさ。僕は癒されたいの、疲れてるの、労って欲しいの〜」
これが果たして癒しになるのか。
労り方なら色々方法があるんじゃないのか。肩もみとか。
浮かんでは消えた疑問を振り払い、駄々を捏ねる子供のような彼に視線を戻す。
期待に満ちた目でこちらを凝視してくるものだから、ついに観念してしまった。
恥を捨てきれないまま口を開けて、ふわふわのパンケーキを頬張る。
とろけるような食感と、瑞々しい果物のアクセント。
甘酸っぱさと卵の甘みが引き立ったパンケーキの生地は絶品の一言に尽きた。
「美味しいです。」
「デショ?」
満足気に笑う五条さん。
彼が再びパンケーキを咀嚼し始めたのを見届けた後、私は未だ手付かずだったアイスクリームにスプーンを差し入れた。
「寒いのにアイスは体冷えない?」
「大丈夫です。体を動かした後なので丁度いいです」
「いいなぁ、若いって。」
「五条さんも若いでしょう?いくつなんですか」
「ん?23。」
「ピチピチですね。」
「全然。四捨五入したらアラサーだもん。」
「私と4つしか違わないじゃないですか」
そんな他愛ない会話。
特に意識はしていなかった。
私の歳を伝えたところ、一瞬だけ彼の表情が固くなる。
「…成長。16歳くらいから止まってるんですよ。中身と外見が釣り合わないって、なんか変な感じです。」
五条さんのことだ。
きっと私の経歴なんて全部調べているのだろう。
それに対して嫌悪はない。
至極当たり前のことだろう。なぜならこんな得体の知れないものを匿うのだから。
尋問されないだけマシというものだ。
「――私、これからどうなるんでしょう。」
ポツリと無意識のうちに呟いた言葉。
それは間違いなく、私の本音。
呪力があっても術式がなければ、呪術師として真っ当に活動するのは難しいだろう。
ならば本来の『呪具』として、その血肉を提供するのか、と問われれば――正直、嫌だ。怖い。
ぐるぐる巡る思考。
答えもなければ未だに解決する糸口も見つからない。
まるで息が出来ない水底に沈んでしまった気分だ。
「いざとなったら僕が死ぬまでは傍にいてあげるよ。」
パンケーキを刺したフォークを指で弄びながら五条さんが笑う。
心強い言葉であると同時に、それは『彼の方が先に死ぬ』という、なんとも寂しい言葉だった。
オリジナルの八百比丘尼の寿命は1000年だったらしい。
実際生きた年数は800年程らしいが、それでも気が遠くなりそうな長い年月だ。
どれだけ沢山の人と出会って、死を看取ってきたのだろう。
私には、耐え切れそうにない。
「でも、呪術師は死に方を選べません。」
私の両親がそうだったように。
正しい死なんて、呪術師には訪れない。
呪いに関わるというのはそういうことだ。
――言って欲しい。
『大丈夫だよ、僕は最強だから』と。
少しだけ寂しくなる、しかし根拠のある強い言葉をかけて欲しい。
この時の私は、この人に心のどこかで甘えていたんだ。
「じゃあさ、僕が死に方を選べるくらい……」
俯いていた視界を、弾かれたように上げた。
視線が絡む、青。
この人もこんな顔をするのか、とその時はどこか他人事のように思ったのをよく覚えている。
「僕に置いていかれないくらい、強くなってよ。」
それは祈るような声。
頬杖をつき、口元を手で隠していたから正確な表情は読み取れない。
いや。この人はきっと、本心を表情に出すことは滅多にないのだろう。
それでも、
――それでも。
青藍の冬至#09
(泣きそうな顔を、していたんだ。)
雪がうっすら振り積もった、第二グラウンド。
あまり使われていないせいか枯れた雑草が散り散りと地面を覆っていた。
そこでひたすら的の空き缶を呪力で打ち込む。
術式が使えるように、呪力の精度を上げていく訓練なのだが――。
「五条さん。おかえりなさい。」
「どう?進捗は。」
「…あまり。」
そう。
呪力はある。コントロールの感覚も悪くない。
ただ『術式だけが起動しない』。
呪術師としてそれはある意味致命的だ。
天与呪縛による肉体強化があれば話は別だが、残念ながら肉体はまだ脆弱。
4年に渡る監禁生活のハンディキャップは思った以上に深刻だった。
「ま、一朝一夕でどうにかなるものじゃないからね。」
『出張』に行く前と進歩がないというのに、五条さんは慰めるように私の頭をぽすりと撫でた。
雪で濡れた髪。
泥と土で汚れた手。
彼の優しさがいたたまれなくて、泣きたくなるほど惨めになった。
(泣くな、泣くな。)
鼻先がツンと痛くなるが、誤魔化すように大きく深呼吸をする。
――大丈夫だ。泣くな。泣かないことには、慣れてる。
「ところで名無し。この後ヒマ?」
「訓練以外は、特に」
「じゃあフリーだ。
――ね、僕とデートしようか。」
***
「お待たせしました。スペシャルストロベリースフレパンケーキとストロベリーサンデーです。」
「いやぁ、やっぱり出張終わった後は甘い物だよね。」
店員さんに持ってきて貰ったスイーツを目の前にして、五条さんは満面の笑みで手を合わせた。
『とりあえず何か頼みなよ』と言われ、目に付いたストロベリーサンデーを私は頼んだのだが…。
「すごく失礼なこと言ってもいいですか?」
「なぁに?」
「……パンケーキがここまで似合わない人も珍しいな、と。」
目の前には黒ずくめの大男。
細身とはいえ体格もよく、背丈も2mに近い程ある。
そんな成人男性が。期間限定のパンケーキを目の前にしてはしゃいでいる。
趣味趣向を否定する気はないが、異様な光景であることは間違いなかった。
「やだなぁ、こんな顔がいい男に向かって。」
「自分で言っちゃいますか…いや、事実ですけど…」
するりと目隠しを下ろし、眉を寄せる五条さん。
嫌味に聞こえるが、実際顔は確かにいい。否定する気はなかった。
「僕の術式は頭使うからね。それでいつの間にか甘党になっちゃったワケ。」
パンケーキを一口サイズに切り分けて、口へ放り込む。
生クリームをたっぷり添えたそれは、甘党の女子なら大喜びしそうな代物だった。
甘い物は嫌いじゃないけれど、何事も程々が丁度いい。
私の場合、あの量は流石に食べきれないだろう。
「ほら。名無し。アーンしてごらん」
透き通るような浅縹色の瞳を細め、ズィッとフォークを突き出してくる五条さん。
苺とブルーベリー、小さなクランベリーまで丁寧に乗せた豪華な一口。
あまりにも綺麗な満面の笑みに、私はどうしたものかと視線を泳がせてしまった。
「じ、自分で食べられますよ」
「いいじゃないの、餌付けくらい。親鳥と雛鳥みたいでさ。僕は癒されたいの、疲れてるの、労って欲しいの〜」
これが果たして癒しになるのか。
労り方なら色々方法があるんじゃないのか。肩もみとか。
浮かんでは消えた疑問を振り払い、駄々を捏ねる子供のような彼に視線を戻す。
期待に満ちた目でこちらを凝視してくるものだから、ついに観念してしまった。
恥を捨てきれないまま口を開けて、ふわふわのパンケーキを頬張る。
とろけるような食感と、瑞々しい果物のアクセント。
甘酸っぱさと卵の甘みが引き立ったパンケーキの生地は絶品の一言に尽きた。
「美味しいです。」
「デショ?」
満足気に笑う五条さん。
彼が再びパンケーキを咀嚼し始めたのを見届けた後、私は未だ手付かずだったアイスクリームにスプーンを差し入れた。
「寒いのにアイスは体冷えない?」
「大丈夫です。体を動かした後なので丁度いいです」
「いいなぁ、若いって。」
「五条さんも若いでしょう?いくつなんですか」
「ん?23。」
「ピチピチですね。」
「全然。四捨五入したらアラサーだもん。」
「私と4つしか違わないじゃないですか」
そんな他愛ない会話。
特に意識はしていなかった。
私の歳を伝えたところ、一瞬だけ彼の表情が固くなる。
「…成長。16歳くらいから止まってるんですよ。中身と外見が釣り合わないって、なんか変な感じです。」
五条さんのことだ。
きっと私の経歴なんて全部調べているのだろう。
それに対して嫌悪はない。
至極当たり前のことだろう。なぜならこんな得体の知れないものを匿うのだから。
尋問されないだけマシというものだ。
「――私、これからどうなるんでしょう。」
ポツリと無意識のうちに呟いた言葉。
それは間違いなく、私の本音。
呪力があっても術式がなければ、呪術師として真っ当に活動するのは難しいだろう。
ならば本来の『呪具』として、その血肉を提供するのか、と問われれば――正直、嫌だ。怖い。
ぐるぐる巡る思考。
答えもなければ未だに解決する糸口も見つからない。
まるで息が出来ない水底に沈んでしまった気分だ。
「いざとなったら僕が死ぬまでは傍にいてあげるよ。」
パンケーキを刺したフォークを指で弄びながら五条さんが笑う。
心強い言葉であると同時に、それは『彼の方が先に死ぬ』という、なんとも寂しい言葉だった。
オリジナルの八百比丘尼の寿命は1000年だったらしい。
実際生きた年数は800年程らしいが、それでも気が遠くなりそうな長い年月だ。
どれだけ沢山の人と出会って、死を看取ってきたのだろう。
私には、耐え切れそうにない。
「でも、呪術師は死に方を選べません。」
私の両親がそうだったように。
正しい死なんて、呪術師には訪れない。
呪いに関わるというのはそういうことだ。
――言って欲しい。
『大丈夫だよ、僕は最強だから』と。
少しだけ寂しくなる、しかし根拠のある強い言葉をかけて欲しい。
この時の私は、この人に心のどこかで甘えていたんだ。
「じゃあさ、僕が死に方を選べるくらい……」
俯いていた視界を、弾かれたように上げた。
視線が絡む、青。
この人もこんな顔をするのか、とその時はどこか他人事のように思ったのをよく覚えている。
「僕に置いていかれないくらい、強くなってよ。」
それは祈るような声。
頬杖をつき、口元を手で隠していたから正確な表情は読み取れない。
いや。この人はきっと、本心を表情に出すことは滅多にないのだろう。
それでも、
――それでも。
青藍の冬至#09
(泣きそうな顔を、していたんだ。)