さよならマーメイド
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正月明けの、任務帰り。
補助監督さんが運転する車の後部座席に座った途端、ポケットに入れていたスマートフォンのコール音が声を上げた。
ディスプレイには『五条さん』の四文字。
というより、私のスマートフォンの発着信履歴には『五条さん』『高専』『五条さん』『伊地知さん』『五条さん』『硝子さん』『五条さん』と交互に五条さんの着信履歴が残っているくらいなので、電話が来たところで特に驚くことはない。
友達がいない──というか同級生がいない為、こうなることは必然である。
仕事が忙しくて交友関係が狭まってきた社会人って、多分こんな『ぎゅわっ』とした気持ちになるのだろう。きっと。
五条さんからの電話は、至って他愛ないものばかりだ。
『僕の出張中寂しくな〜い?』とか、
『今、お土産選んでるんだけどー、静岡茶のバウムクーヘンと、こっこと、うなぎパイのどれがいい?』だとか、
『見て♡伊地知クンと呪霊退治デートなう♡』とビデオ通話までされる始末だ。当然だが呪霊は映らない。
勿論、担任らしい電話もあるにはあるのだが、七割は友人とするような会話だ。
……あの人は忙しいのか暇なのか、どっちだろう。
数コール鳴った後、補助監督さんへ「失礼します」と一言断って電話を取れば、軽薄そうな声音が耳に届いた。
『やーやー、名無し。あっけおめ〜。お餅何個食べた?喉詰まらせてない?初夢はもちろん一富士、二鷹、三・四の五条だよね?』
いつもよりテンションが二割増の五条さんの声が鼓膜を叩く。
思わず耳から2cmほど電話を離してしまった。
あと三人も四人も五条さんが夢に出てきたらそれはそれでホラーな絵面なので遠慮したい。一人で十分です。
「……明けましておめでとうございます、五条先生。お元気そうで何よりです。」
『そう?元気そうに見える?』
「まぁ、声だけは。」
年末、五条家の本家がある京都へ向かう前。
『面倒くさい、行きたくない、名無しと夜通しマリオパーティして年越しするもん』と小学生のような駄々を捏ねていた姿は記憶に新しい。
「おせち、ありがとうございました。硝子さん達と一緒に頂きました。」
『どう?美味しかった?』
「はい。田作りと棒鱈が特に美味しかったです」
『そりゃ良かった。本家の方にもまた連絡しとこうかな』
五条さんの言葉尻に違和感を感じ、私は小さく首を傾げる。
「……?、京都にいらっしゃるのでは?」
『って思うでしょ。名無し〜、後ろ後ろ。』
『志村、後ろ後ろ』と同じトーンで呼ばれ、補助監督さんが運転する車のリアウィンドウへ振り向けば、そこには一台のタクシー。
タクシーの運転手のおじさんと、その後部座席からにこやかに手を振るのは、見紛うはずもない。五条悟その人だった。
「…新手のメリーさんですか?今あなたの後ろにいるの、みたいな」
『せめて平成の007って言って欲しいな、僕は』
そんなストーカーみたいなスパイいてたまるか。
ジェーム〇・ボンドに謝ってください。
***
「……で、どうして神社に?」
「え、正月ボケ?神社といえば初詣でしょ」
タクシーから補助監督の車へ乗り換え、僕が指示した行先は都内の神社。
初縁日で賑わう神社の境内には、厚着の人と食欲を唆る匂いでいっぱいの屋台でごった返していた。
しかし鼻先を赤く染めて「すん、」と鼻を鳴らす名無しの格好は、木枯らしが頬を叩く冬にしては些か軽装備に見える。
制服の上からダッフルコートを一枚。それだけだ。
「名無し、手とか首元寒くないの?」
「車移動だったので完全に油断してました。」
「初詣行くとは思っていませんでしたし…」とこちらをジトリと見上げてくる視線。
遠慮も忖度もない。それが心地いいとさえ感じてしまう辺り、僕も大概末期だろう。
つい今朝まで本家で浴びていた煩わしい視線とは大違いだ。
「貸したげる。」
つけていた手袋を差し出せば、「…えっと、ありがとうございます。」と数瞬躊躇った後、珍しく受け取ってもらえた。
細い指先は寒々しく赤らんでおり、どうやらかなり寒かったらしい。帰りに温かいものでも食べに連れて行こう。
僕が渡したデンツの手袋をつけた後、指先の余った布地をまじまじと眺める名無し。
「どうかした?」
「いえ。男の人の手なんだなぁ、って思いまして」
……無意識だろうか。無意識だろうね。
普段『保護者』か『担任』としか見られない僕からすれば、天を仰ぐような発言だと彼女は気づいているのだろうか。
というか、もっと意識してくれてもいいんじゃないの?こんな顔のいい男が隣にいるのに。
「そりゃね。ほーら、名無しの頬っぺたもすっぽり。大っきいでしょ」
両手で名無しの頬を包めば、ひやりとした冷たさと、作りたての求肥のような柔らかさに眩暈がした。
「くすぐったいです、五条さん。」と抗議する名無しだったが、僕の手が思った以上に温かかったからか。
どこか嬉しそうに見えたのは、きっと気の所為ではないはず。
***
「ところで、三が日…今日まで本家におられるんじゃ?」
参拝の列に並んだ五条さんを見上げれば、サングラスの向こうで悪戯っぽくウインクする表情が見えた。嫌な予感。
「抜けてきちゃった♡」
「うわぁ……」
可愛く言えば許されると思っているのか。
振り回される本家の方々の苦労が偲ばれるようで、他人事ながら心底呆れた声が零れてしまった。
「僕のことより、三が日はのんびり過ごすこと、って約束。忘れちゃったの?」
にこっと笑う五条さんの笑顔の圧に、思わず視線を逸らしてしまう。
「……課題は終わっちゃいましたし、ゲームも飽きちゃいましたから。それに、皆さん忙しそうにされているのにのんびりするのはちょっと……」
「出た〜。日本人特有のワーカーホリック。学生の特権よ?冬休み。大人になったら嫌でも働くんだから。初詣とか福袋買いに行ったりとかさ、遊びに出掛けてもよかったのに」
「まぁ、そうですね…」
大晦日は高専へ缶詰になったいた硝子さんと年越しそばを食べた。
硝子さんは食べ終わる前に急患で席を外し、彼女の年越しそばはすっかり伸びてしまい、戻ってきた硝子さんは肩を落としていた。
元旦は、五条さんから送られてきたおせちを、任務の付き添いで朝帰りの伊地知さんと、同じく任務の報告書を持って来た七海さんと三人で食べた。
二人して『仕事納めってなんですかね』と忌々しそうに呟いていた声が、未だに耳の奥に張り付いている。
余談だが硝子さんも同じ言葉を大晦日に呪詛のように呟いていた。
朝の9時になると治療が終わった硝子さんがふらりとやって来て、おせちを肴に酒瓶を傾け始めたので最終的に四人でおせちを食べた。
……が、伊地知さんが『すみません、仮眠を取ります』と席を外し、七海さんがソファでうたた寝しはじめ、硝子さんが酒瓶を抱きしめたまま私の膝で眠り出したのは、朝の10時頃だったか。
死屍累々(勿論死んでいないのだが)といった光景を目の当たりにして、学生だからと任務を断れるほど私の神経は図太くなかった。
そして、簡単な任務を引き取り、見つかり、今に至る。
「それにしても五条さんが律儀に初詣とか、ちょっと似合わないですね。」
「えー。信心深そうに見えない?」
「見えると思っていらっしゃるんですか…?」
むしろ神様なんて『クソ喰らえ』と吐き捨てそうなタイプに見えるのだが。
かくいう私も神様なんてものは信じておらず、仮にいたとしても『なんて残酷なんだろう』とせせら笑ってしまうかもしれない。
神様がいるにせよいないにせよ、願って叶うなら儲けものだ。
願う事は決まっている。これ一つで十分だ。
お賽銭を投げ、鈴を鳴らし、二礼二拍手と──
「で、名無しは何をお願いするの?」
「人に教えたら叶わないそうなので、言いません。」
願掛けする直前、隣の五条さんが不意に声をかけてきた。
周りに人がいるのだ。願掛けを手早く済ませ、賽銭箱の前を譲るべきだろう。
だというのに隣の彼はニタリと笑い、長身をわざわざ屈めて耳元へ囁いてきた。
「『五条さんが健康に過ごせますように〜』とか?」
──完全に、不意打ちだ。
内緒話をするいたずらっ子のようなひそめた声。
氷のように冷えきった耳を擽る、人肌温度の息。
何より、一言一句間違うことのない『私の願い事』を言い当てられ、心の内を見透かされた気がして頬へブワッと血が登ってしまった。
……周りの視線が痛い。早く退けてくれと言いたいのだろう。
ニヤついた五条さんの腕を引き、行列から離れたところまで足早に逸れるが、全力疾走した後のように心臓がやたらと煩かった。
「…図星だった?」
「…………どうするんですか、叶わなくなったら。」
神様なんてものは信じていないが、験担ぎくらいは気にするのだ。
特に、この人のことなら尚更。
人様の願い事を当てることが出来たのが余程嬉しいのか、サングラスの向こうの空色の双眸は心底楽しそうに細められていた。
私のささやかな落胆を知ってか知らずか、五条さんは私の頬を両手で挟み、捏ねるように揉みほぐしてくる。
「そんなの、神様なんかに頼むんじゃなくて僕に願ってよ。」
新春に願う
「じゃ、お参り終わったし、屋台見よっか。何食べる〜?焼きそば?クレープ?フルーツ飴もいいよね〜」
いつも通りを装った軽口で、手袋でブカブカになった名無しの手を引く。
僕の心が情けなくもあたたかく、ぽやぽやと呑気に浮き足立つ。
仕方がない。当然だろう。だって、
(僕の願い事と一緒だったなんて、笑っちゃうでしょ)
願わくば、今年も来年も、ずっと君が健やかにすごせますように。
補助監督さんが運転する車の後部座席に座った途端、ポケットに入れていたスマートフォンのコール音が声を上げた。
ディスプレイには『五条さん』の四文字。
というより、私のスマートフォンの発着信履歴には『五条さん』『高専』『五条さん』『伊地知さん』『五条さん』『硝子さん』『五条さん』と交互に五条さんの着信履歴が残っているくらいなので、電話が来たところで特に驚くことはない。
友達がいない──というか同級生がいない為、こうなることは必然である。
仕事が忙しくて交友関係が狭まってきた社会人って、多分こんな『ぎゅわっ』とした気持ちになるのだろう。きっと。
五条さんからの電話は、至って他愛ないものばかりだ。
『僕の出張中寂しくな〜い?』とか、
『今、お土産選んでるんだけどー、静岡茶のバウムクーヘンと、こっこと、うなぎパイのどれがいい?』だとか、
『見て♡伊地知クンと呪霊退治デートなう♡』とビデオ通話までされる始末だ。当然だが呪霊は映らない。
勿論、担任らしい電話もあるにはあるのだが、七割は友人とするような会話だ。
……あの人は忙しいのか暇なのか、どっちだろう。
数コール鳴った後、補助監督さんへ「失礼します」と一言断って電話を取れば、軽薄そうな声音が耳に届いた。
『やーやー、名無し。あっけおめ〜。お餅何個食べた?喉詰まらせてない?初夢はもちろん一富士、二鷹、三・四の五条だよね?』
いつもよりテンションが二割増の五条さんの声が鼓膜を叩く。
思わず耳から2cmほど電話を離してしまった。
あと三人も四人も五条さんが夢に出てきたらそれはそれでホラーな絵面なので遠慮したい。一人で十分です。
「……明けましておめでとうございます、五条先生。お元気そうで何よりです。」
『そう?元気そうに見える?』
「まぁ、声だけは。」
年末、五条家の本家がある京都へ向かう前。
『面倒くさい、行きたくない、名無しと夜通しマリオパーティして年越しするもん』と小学生のような駄々を捏ねていた姿は記憶に新しい。
「おせち、ありがとうございました。硝子さん達と一緒に頂きました。」
『どう?美味しかった?』
「はい。田作りと棒鱈が特に美味しかったです」
『そりゃ良かった。本家の方にもまた連絡しとこうかな』
五条さんの言葉尻に違和感を感じ、私は小さく首を傾げる。
「……?、京都にいらっしゃるのでは?」
『って思うでしょ。名無し〜、後ろ後ろ。』
『志村、後ろ後ろ』と同じトーンで呼ばれ、補助監督さんが運転する車のリアウィンドウへ振り向けば、そこには一台のタクシー。
タクシーの運転手のおじさんと、その後部座席からにこやかに手を振るのは、見紛うはずもない。五条悟その人だった。
「…新手のメリーさんですか?今あなたの後ろにいるの、みたいな」
『せめて平成の007って言って欲しいな、僕は』
そんなストーカーみたいなスパイいてたまるか。
ジェーム〇・ボンドに謝ってください。
***
「……で、どうして神社に?」
「え、正月ボケ?神社といえば初詣でしょ」
タクシーから補助監督の車へ乗り換え、僕が指示した行先は都内の神社。
初縁日で賑わう神社の境内には、厚着の人と食欲を唆る匂いでいっぱいの屋台でごった返していた。
しかし鼻先を赤く染めて「すん、」と鼻を鳴らす名無しの格好は、木枯らしが頬を叩く冬にしては些か軽装備に見える。
制服の上からダッフルコートを一枚。それだけだ。
「名無し、手とか首元寒くないの?」
「車移動だったので完全に油断してました。」
「初詣行くとは思っていませんでしたし…」とこちらをジトリと見上げてくる視線。
遠慮も忖度もない。それが心地いいとさえ感じてしまう辺り、僕も大概末期だろう。
つい今朝まで本家で浴びていた煩わしい視線とは大違いだ。
「貸したげる。」
つけていた手袋を差し出せば、「…えっと、ありがとうございます。」と数瞬躊躇った後、珍しく受け取ってもらえた。
細い指先は寒々しく赤らんでおり、どうやらかなり寒かったらしい。帰りに温かいものでも食べに連れて行こう。
僕が渡したデンツの手袋をつけた後、指先の余った布地をまじまじと眺める名無し。
「どうかした?」
「いえ。男の人の手なんだなぁ、って思いまして」
……無意識だろうか。無意識だろうね。
普段『保護者』か『担任』としか見られない僕からすれば、天を仰ぐような発言だと彼女は気づいているのだろうか。
というか、もっと意識してくれてもいいんじゃないの?こんな顔のいい男が隣にいるのに。
「そりゃね。ほーら、名無しの頬っぺたもすっぽり。大っきいでしょ」
両手で名無しの頬を包めば、ひやりとした冷たさと、作りたての求肥のような柔らかさに眩暈がした。
「くすぐったいです、五条さん。」と抗議する名無しだったが、僕の手が思った以上に温かかったからか。
どこか嬉しそうに見えたのは、きっと気の所為ではないはず。
***
「ところで、三が日…今日まで本家におられるんじゃ?」
参拝の列に並んだ五条さんを見上げれば、サングラスの向こうで悪戯っぽくウインクする表情が見えた。嫌な予感。
「抜けてきちゃった♡」
「うわぁ……」
可愛く言えば許されると思っているのか。
振り回される本家の方々の苦労が偲ばれるようで、他人事ながら心底呆れた声が零れてしまった。
「僕のことより、三が日はのんびり過ごすこと、って約束。忘れちゃったの?」
にこっと笑う五条さんの笑顔の圧に、思わず視線を逸らしてしまう。
「……課題は終わっちゃいましたし、ゲームも飽きちゃいましたから。それに、皆さん忙しそうにされているのにのんびりするのはちょっと……」
「出た〜。日本人特有のワーカーホリック。学生の特権よ?冬休み。大人になったら嫌でも働くんだから。初詣とか福袋買いに行ったりとかさ、遊びに出掛けてもよかったのに」
「まぁ、そうですね…」
大晦日は高専へ缶詰になったいた硝子さんと年越しそばを食べた。
硝子さんは食べ終わる前に急患で席を外し、彼女の年越しそばはすっかり伸びてしまい、戻ってきた硝子さんは肩を落としていた。
元旦は、五条さんから送られてきたおせちを、任務の付き添いで朝帰りの伊地知さんと、同じく任務の報告書を持って来た七海さんと三人で食べた。
二人して『仕事納めってなんですかね』と忌々しそうに呟いていた声が、未だに耳の奥に張り付いている。
余談だが硝子さんも同じ言葉を大晦日に呪詛のように呟いていた。
朝の9時になると治療が終わった硝子さんがふらりとやって来て、おせちを肴に酒瓶を傾け始めたので最終的に四人でおせちを食べた。
……が、伊地知さんが『すみません、仮眠を取ります』と席を外し、七海さんがソファでうたた寝しはじめ、硝子さんが酒瓶を抱きしめたまま私の膝で眠り出したのは、朝の10時頃だったか。
死屍累々(勿論死んでいないのだが)といった光景を目の当たりにして、学生だからと任務を断れるほど私の神経は図太くなかった。
そして、簡単な任務を引き取り、見つかり、今に至る。
「それにしても五条さんが律儀に初詣とか、ちょっと似合わないですね。」
「えー。信心深そうに見えない?」
「見えると思っていらっしゃるんですか…?」
むしろ神様なんて『クソ喰らえ』と吐き捨てそうなタイプに見えるのだが。
かくいう私も神様なんてものは信じておらず、仮にいたとしても『なんて残酷なんだろう』とせせら笑ってしまうかもしれない。
神様がいるにせよいないにせよ、願って叶うなら儲けものだ。
願う事は決まっている。これ一つで十分だ。
お賽銭を投げ、鈴を鳴らし、二礼二拍手と──
「で、名無しは何をお願いするの?」
「人に教えたら叶わないそうなので、言いません。」
願掛けする直前、隣の五条さんが不意に声をかけてきた。
周りに人がいるのだ。願掛けを手早く済ませ、賽銭箱の前を譲るべきだろう。
だというのに隣の彼はニタリと笑い、長身をわざわざ屈めて耳元へ囁いてきた。
「『五条さんが健康に過ごせますように〜』とか?」
──完全に、不意打ちだ。
内緒話をするいたずらっ子のようなひそめた声。
氷のように冷えきった耳を擽る、人肌温度の息。
何より、一言一句間違うことのない『私の願い事』を言い当てられ、心の内を見透かされた気がして頬へブワッと血が登ってしまった。
……周りの視線が痛い。早く退けてくれと言いたいのだろう。
ニヤついた五条さんの腕を引き、行列から離れたところまで足早に逸れるが、全力疾走した後のように心臓がやたらと煩かった。
「…図星だった?」
「…………どうするんですか、叶わなくなったら。」
神様なんてものは信じていないが、験担ぎくらいは気にするのだ。
特に、この人のことなら尚更。
人様の願い事を当てることが出来たのが余程嬉しいのか、サングラスの向こうの空色の双眸は心底楽しそうに細められていた。
私のささやかな落胆を知ってか知らずか、五条さんは私の頬を両手で挟み、捏ねるように揉みほぐしてくる。
「そんなの、神様なんかに頼むんじゃなくて僕に願ってよ。」
新春に願う
「じゃ、お参り終わったし、屋台見よっか。何食べる〜?焼きそば?クレープ?フルーツ飴もいいよね〜」
いつも通りを装った軽口で、手袋でブカブカになった名無しの手を引く。
僕の心が情けなくもあたたかく、ぽやぽやと呑気に浮き足立つ。
仕方がない。当然だろう。だって、
(僕の願い事と一緒だったなんて、笑っちゃうでしょ)
願わくば、今年も来年も、ずっと君が健やかにすごせますように。
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