さよならマーメイド
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「ななし、ちょっといいか。」
呪霊から受けた毒が抜け、全快になり、晴れて予想通り謹慎処分になった。
謹慎──と言っても、ここは高専で、寮住まい。実質部屋に缶詰ということは難しい。
授業と実習がない分、残っていた座学の課題を済ませ、謹慎処分らしい奉仕活動として校内の掃除を黙々と行っている時のことだった。
サングラスをかけた、強面の男性。
滅多に顔を突き合わせることはないが、それでも身構えてしまう程の悪い印象がないのは『五条と家入の元担任』という肩書きがあるからだろうか。
「夜蛾学長、いかがされました?」
竹箒を動かす手を止め、首を傾げる。
説教だろうか。しかしそれも致し方ない。
名無しは静かに怒鳴られる覚悟をしていたが──夜蛾の口から出てきたのは、探り探り聞いてくるような声音だった。
「京都校へ出張することになって、一週間ほど高専を空けることになった。」
「大変ですね。お気をつけていってらっしゃいませ」
「あぁ。…………ななしは歳下の相手は得意か?」
「…………はい?」
***
高専の、とある一室。
古めかしい建物の外観とは裏腹に、通された部屋は実に明るい──
そう。有り体に言えば、子供部屋だった。
「パンダだ。よろしくな。」
そこにいたのは白と黒のツートンカラーの毛並みをした……どこからどう見てもパンダである。
パンダが、プラレールで遊んでいた。
「今どきのパンダって賢いんですね…」
「ま、呪骸だしな。俺。」
喋るパンダに面食らう名無しだが、よくよく考えてみれば夜蛾は呪骸の第一人者である。
何度も彼が造った呪骸を見てきたが──喋る呪骸は初めて目の当たりにした。
「学長からお借りした呪骸はみんな表情豊かではありましたけど…おしゃべり出来るのは初めてです」
『一人にするのは心許ない。様子を見てやってくれるか?』
そう夜蛾から頼まれ、部屋に来た。
まさかこんな風にコミュニケーションが取れるとは思わず、正直に言えばかなり面食らってしまった。
「ま、俺パンダだしな」
「……なるほど?」
納得したような、していないような。
いや。していなくても現実、パンダが喋っている。しかも流暢に。
更に言えばプラレールの線路を、ふわふわの手で器用に繋げている。
「名無しだったか?歳はいくつなんだ?」
「今は20歳ですね。」
「なんだ、俺より歳上なのか。」
「パンダくんはいくつなんですか?」
「6歳だぞ。」
少年のあどけなさが多少残る声なだけに、6歳は少々意外だった。
いや。夜蛾がパンダに用意したこの部屋の雰囲気は、確かに小学生の男の子向けではあるのだが……。
「……小学生にしてはしっかりしてて、ちょっとビックリしました。」
受け答えも落ち着いており、見た目も相まって脳がバグってしまいそうだ。
「パンダを小学生扱いか〜」
つぶらな目元を楽しそうに細め、ふわふわと柔らかそうなマズルが僅かに吊り上がる。
「ごめんなさい、嫌でした?」
「いや。新鮮でいいな」
笑ったような表情と、弾むような声。
世辞ではなく本当に面白いと思ったのだろう。パンダの表情はどこか満足気だった。
「名無し、だったら歳下相手に敬語じゃなくてもいいんじゃないか?」
完成した線路に車両を乗せ、走らせる。
青い線路をカタカタと走る電池式の車両を見下ろしながら、名無しは困ったように小さく笑った。
「……敬語で喋るのが慣れてしまって。」
「もっと砕けていいんじゃないか?しかもパンダ相手だぞ?もっと砕けた感じで……」
──ピーン、と。
天啓が降りてきた時のようにパンダはポンと手を叩き……ふわふわ、しかして逞しい腕を大きく広げた。
「名無し。」
「は、はい。」
「もふもふ、したいだろ?」
今度は名無しがゴクリと生唾を飲み込む番だった。
白い毛並みは羽毛のようで、黒い毛並みは濡羽色のように艶やかだ。
極めつけは、やや丸みを帯びたフォルムの身体。
顔を埋めればさぞかしやわらかく、滑らかな毛並みは至極の一言に尽きるだろう。
「い、いやいや。初対面なのにそんな失礼なことは」
「いいのか?ふわふわだぞ?魅惑のボディだぞ?癒しが少ない高専。しかもみんな大好き、人気者のパンダ。パンダに抱きつく機会なんて早々ないぞ?」
魅惑的な提案を通販番組のようにプレゼンするパンダ。
生まれて数年経ったパンダの毛は豚毛のように固くなると聞いているが、彼の毛並みは明らかに上質なラグよりも繊細で、撫でれば跡がつきそうなくらい見た目にもやわらかそうだ。
そういった『可愛い』を無遠慮に、全力で謳歌するはずだった時代は無残にも時間の流れに奪われた。
そこで目の前へ差し出された魅惑のふわふわパンダのボディ。
エロ本を目の前にした男子中学生が生唾を飲むように、名無しも同じ様子で生唾をゴクリと飲み込んだ。……こちらはエロ本ではなく、パンダだが。
「……いいんです…?」
「オイオイ〜。可愛いパンダをモフるのに、戦々恐々お堅〜い感じで触るのはご法度だぞ?」
「セクハラって、訴えない?」
「大丈夫大丈夫。」
ようやく取れた畏まった語尾に、パンダは満足そうに笑う。
名無しは名無しで恐る恐る毛並みを撫で、抱きしめ、やわらかさを全身で堪能するように顔を埋めた。
最高級のベルベット生地よりもしなやかで、やわらかい。
ほのかに温かく、ほっとするような触り心地は永遠に頬擦りしたくなる。
「う、わ。ふかふか……あったかい…いい匂いがする……」
「今時のパンダは身嗜みにも気をつかってんだ。」
「そうなんだ。……ふふっ、初めて知った。」
***
「パンダ、名無し来てる?」
正道の元・教え子。今は高専の教師。
胡散臭い目隠しをつけた人間、五条悟がのこのこやってきた。
「何。寝てんの?」
「アニマルテラピーってヤツだよ。いいだろ。」
「素直に羨ましいから場所代わってよ。」
冗談めいた口調ではあるものの、多分これはマジのトーンだ。
勿論、俺の魅惑のボディを堪能したいから名無しの場所を譲れ──ではなく、単純に抱きつかれている俺の立場が羨ましいのだろう。
なぜなら以前『別に僕、動物に癒しは求めてないし』と取り付く島もない発言を聞いているからだ。パンダは別格だろうが。
俺の腹に顔を埋めてすぅすぅ寝息を立てる名無しの表情は、少し疲れているようだった。
初対面の人間だから普段と比較しようもないのだが、なにせあの正道が『話し相手になってやってくれ』と頼み込んでくるくらいだ。
つまりアレだ。俺はこのふわふわボディで癒してやれ、と解釈したわけ。
呪骸を『みんな』と言ったり、俺を小学生扱いしたり。
変なやつ、と思いはしたものの、悪い気はしなかった。
そりゃそうだ。物扱いされて乱雑に扱われるより、生き物として扱われた方が嬉しいに決まっている。
喋らずとも、人の形をしていなくとも、確かに呪骸にも心はあるのだから。
「一週間のキンシン?を受ける割には存外まともでビックリしたな」
「僕の生徒だよ?いい子に決まってるじゃん」
「悟の生徒だからむしろ身構えたんだが?」
「嫌な6歳児。」
「パンダの6歳は人間の18歳だぞ。」
6歳児程幼稚でもないが、18歳程大人びている訳でもない。
精神年齢が曖昧なのは、俺が呪骸であるせいなのかもしれない。
そういう『ちぐはぐ』という意味では寝息を立てている名無しも似たようなものだろうが。
「20歳と18歳って、いい感じの年の差だと思わん?」
「思いませ〜ん。6歳と20歳のカップルなんて認めないからね、僕は。」
「新手のおねショタかよ」と吐き捨てる悟はあからさまに不機嫌だ。
「悟の許可いるのか?」
「いるよ。彼女の保護者だもん」
保護者。……保護者ねぇ。
ななし名無しにとって、五条悟という男は、教師であり保護者でもある。
そうであるはず──なのだけど。
向けられる、どろりとした感情。
俺の魅惑のふわふわボディを羨む『それ』ならまだ話は単純だった。
人間の『恋』という感情を、ジリジリと肌を焦がすような『嫉妬』と同時に、俺は生まれて初めて目にした。
パンダ・エンカウンター
「……ふーん。」
「何。」
「いや?人間って、メンドクセーんだな、って思って。」
難儀なことだ。
呪術界最強と謳われる人間離れした男も、本命の前では酷く不器用なのだから。
呪霊から受けた毒が抜け、全快になり、晴れて予想通り謹慎処分になった。
謹慎──と言っても、ここは高専で、寮住まい。実質部屋に缶詰ということは難しい。
授業と実習がない分、残っていた座学の課題を済ませ、謹慎処分らしい奉仕活動として校内の掃除を黙々と行っている時のことだった。
サングラスをかけた、強面の男性。
滅多に顔を突き合わせることはないが、それでも身構えてしまう程の悪い印象がないのは『五条と家入の元担任』という肩書きがあるからだろうか。
「夜蛾学長、いかがされました?」
竹箒を動かす手を止め、首を傾げる。
説教だろうか。しかしそれも致し方ない。
名無しは静かに怒鳴られる覚悟をしていたが──夜蛾の口から出てきたのは、探り探り聞いてくるような声音だった。
「京都校へ出張することになって、一週間ほど高専を空けることになった。」
「大変ですね。お気をつけていってらっしゃいませ」
「あぁ。…………ななしは歳下の相手は得意か?」
「…………はい?」
***
高専の、とある一室。
古めかしい建物の外観とは裏腹に、通された部屋は実に明るい──
そう。有り体に言えば、子供部屋だった。
「パンダだ。よろしくな。」
そこにいたのは白と黒のツートンカラーの毛並みをした……どこからどう見てもパンダである。
パンダが、プラレールで遊んでいた。
「今どきのパンダって賢いんですね…」
「ま、呪骸だしな。俺。」
喋るパンダに面食らう名無しだが、よくよく考えてみれば夜蛾は呪骸の第一人者である。
何度も彼が造った呪骸を見てきたが──喋る呪骸は初めて目の当たりにした。
「学長からお借りした呪骸はみんな表情豊かではありましたけど…おしゃべり出来るのは初めてです」
『一人にするのは心許ない。様子を見てやってくれるか?』
そう夜蛾から頼まれ、部屋に来た。
まさかこんな風にコミュニケーションが取れるとは思わず、正直に言えばかなり面食らってしまった。
「ま、俺パンダだしな」
「……なるほど?」
納得したような、していないような。
いや。していなくても現実、パンダが喋っている。しかも流暢に。
更に言えばプラレールの線路を、ふわふわの手で器用に繋げている。
「名無しだったか?歳はいくつなんだ?」
「今は20歳ですね。」
「なんだ、俺より歳上なのか。」
「パンダくんはいくつなんですか?」
「6歳だぞ。」
少年のあどけなさが多少残る声なだけに、6歳は少々意外だった。
いや。夜蛾がパンダに用意したこの部屋の雰囲気は、確かに小学生の男の子向けではあるのだが……。
「……小学生にしてはしっかりしてて、ちょっとビックリしました。」
受け答えも落ち着いており、見た目も相まって脳がバグってしまいそうだ。
「パンダを小学生扱いか〜」
つぶらな目元を楽しそうに細め、ふわふわと柔らかそうなマズルが僅かに吊り上がる。
「ごめんなさい、嫌でした?」
「いや。新鮮でいいな」
笑ったような表情と、弾むような声。
世辞ではなく本当に面白いと思ったのだろう。パンダの表情はどこか満足気だった。
「名無し、だったら歳下相手に敬語じゃなくてもいいんじゃないか?」
完成した線路に車両を乗せ、走らせる。
青い線路をカタカタと走る電池式の車両を見下ろしながら、名無しは困ったように小さく笑った。
「……敬語で喋るのが慣れてしまって。」
「もっと砕けていいんじゃないか?しかもパンダ相手だぞ?もっと砕けた感じで……」
──ピーン、と。
天啓が降りてきた時のようにパンダはポンと手を叩き……ふわふわ、しかして逞しい腕を大きく広げた。
「名無し。」
「は、はい。」
「もふもふ、したいだろ?」
今度は名無しがゴクリと生唾を飲み込む番だった。
白い毛並みは羽毛のようで、黒い毛並みは濡羽色のように艶やかだ。
極めつけは、やや丸みを帯びたフォルムの身体。
顔を埋めればさぞかしやわらかく、滑らかな毛並みは至極の一言に尽きるだろう。
「い、いやいや。初対面なのにそんな失礼なことは」
「いいのか?ふわふわだぞ?魅惑のボディだぞ?癒しが少ない高専。しかもみんな大好き、人気者のパンダ。パンダに抱きつく機会なんて早々ないぞ?」
魅惑的な提案を通販番組のようにプレゼンするパンダ。
生まれて数年経ったパンダの毛は豚毛のように固くなると聞いているが、彼の毛並みは明らかに上質なラグよりも繊細で、撫でれば跡がつきそうなくらい見た目にもやわらかそうだ。
そういった『可愛い』を無遠慮に、全力で謳歌するはずだった時代は無残にも時間の流れに奪われた。
そこで目の前へ差し出された魅惑のふわふわパンダのボディ。
エロ本を目の前にした男子中学生が生唾を飲むように、名無しも同じ様子で生唾をゴクリと飲み込んだ。……こちらはエロ本ではなく、パンダだが。
「……いいんです…?」
「オイオイ〜。可愛いパンダをモフるのに、戦々恐々お堅〜い感じで触るのはご法度だぞ?」
「セクハラって、訴えない?」
「大丈夫大丈夫。」
ようやく取れた畏まった語尾に、パンダは満足そうに笑う。
名無しは名無しで恐る恐る毛並みを撫で、抱きしめ、やわらかさを全身で堪能するように顔を埋めた。
最高級のベルベット生地よりもしなやかで、やわらかい。
ほのかに温かく、ほっとするような触り心地は永遠に頬擦りしたくなる。
「う、わ。ふかふか……あったかい…いい匂いがする……」
「今時のパンダは身嗜みにも気をつかってんだ。」
「そうなんだ。……ふふっ、初めて知った。」
***
「パンダ、名無し来てる?」
正道の元・教え子。今は高専の教師。
胡散臭い目隠しをつけた人間、五条悟がのこのこやってきた。
「何。寝てんの?」
「アニマルテラピーってヤツだよ。いいだろ。」
「素直に羨ましいから場所代わってよ。」
冗談めいた口調ではあるものの、多分これはマジのトーンだ。
勿論、俺の魅惑のボディを堪能したいから名無しの場所を譲れ──ではなく、単純に抱きつかれている俺の立場が羨ましいのだろう。
なぜなら以前『別に僕、動物に癒しは求めてないし』と取り付く島もない発言を聞いているからだ。パンダは別格だろうが。
俺の腹に顔を埋めてすぅすぅ寝息を立てる名無しの表情は、少し疲れているようだった。
初対面の人間だから普段と比較しようもないのだが、なにせあの正道が『話し相手になってやってくれ』と頼み込んでくるくらいだ。
つまりアレだ。俺はこのふわふわボディで癒してやれ、と解釈したわけ。
呪骸を『みんな』と言ったり、俺を小学生扱いしたり。
変なやつ、と思いはしたものの、悪い気はしなかった。
そりゃそうだ。物扱いされて乱雑に扱われるより、生き物として扱われた方が嬉しいに決まっている。
喋らずとも、人の形をしていなくとも、確かに呪骸にも心はあるのだから。
「一週間のキンシン?を受ける割には存外まともでビックリしたな」
「僕の生徒だよ?いい子に決まってるじゃん」
「悟の生徒だからむしろ身構えたんだが?」
「嫌な6歳児。」
「パンダの6歳は人間の18歳だぞ。」
6歳児程幼稚でもないが、18歳程大人びている訳でもない。
精神年齢が曖昧なのは、俺が呪骸であるせいなのかもしれない。
そういう『ちぐはぐ』という意味では寝息を立てている名無しも似たようなものだろうが。
「20歳と18歳って、いい感じの年の差だと思わん?」
「思いませ〜ん。6歳と20歳のカップルなんて認めないからね、僕は。」
「新手のおねショタかよ」と吐き捨てる悟はあからさまに不機嫌だ。
「悟の許可いるのか?」
「いるよ。彼女の保護者だもん」
保護者。……保護者ねぇ。
ななし名無しにとって、五条悟という男は、教師であり保護者でもある。
そうであるはず──なのだけど。
向けられる、どろりとした感情。
俺の魅惑のふわふわボディを羨む『それ』ならまだ話は単純だった。
人間の『恋』という感情を、ジリジリと肌を焦がすような『嫉妬』と同時に、俺は生まれて初めて目にした。
パンダ・エンカウンター
「……ふーん。」
「何。」
「いや?人間って、メンドクセーんだな、って思って。」
難儀なことだ。
呪術界最強と謳われる人間離れした男も、本命の前では酷く不器用なのだから。
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