芒種の死
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それは、雨音がうるさい日のことだった。
初夏の繁忙期。呪いのオンパレード。
ただでさえ人員が足りないというのに、呪術師の忙しさは最高潮に達していた時のことだ。
階級を与えられたといっても、三級だ。
単独任務は例外以外認められておらず、今日も高専の関係者である初対面の術師と任務にあたっていた。
あたっていた、はずだった。
「聞いていないぞ、こんな数がいるなんて!」
断末魔に似た男の叫び声が、雑居ビルの合間に響く。
古い歓楽街の袋小路。
サポートにつくはずの補助監督もおらず、代わりに男が『帳』を降ろし、二人で対処するはずだった。
が、蓋を開ければ想定外のことばかり。
『窓』から報告を受けていた想定数よりも多く、二級の術師と三級の術師が本来祓えるはずがない等級の呪霊まで混じっている始末。
現に男は、即効性のある呪霊の毒で片腕が赤黒く変色してしまっている。
自分の骨と肉が腐っていく姿は、歴戦の猛者ですら血の気が引くような光景だ。
戦意を完全に喪失した彼は動揺を隠すことなく、腕を抑えて狼狽えるばかりだった。
「一旦引きましょう。態勢を整えて、もう一度」
「もう一度だと!?ふざけるな!こんな呪霊、特級か一級があたるべきだろう!それにこの数、逃げれば追って──」
言いかけた言葉。
男の『名案』が怒りを遮り、狂気を孕んだ笑みを浮かべて指を差す。
「そうだ、お前が囮になれ。噂では不死の化け物なんだって?俺が逃げる時間くらい、稼げるだろ!?」
久しぶりに他人から浴びせられた、容赦ない一言。
小さなささくれのような痛みは、何度も何度も浴びせられ、突きつけられ、我が身を持ってして経験している。
ただ、この痛みには慣れたと思っていた。……思っていたのだ。
指先に刺さった棘のように、顔を顰めるほどではないにせよ、その言葉に対してまだ『痛い』と感じることに、私は静かに驚いていた。
「どうぞ、ご勝手に」
これ以外の言葉が見つからなかった。
遠ざかっていく男の足音。
ざわりと揺れる、闇色の帳。
(帳を降ろした術師が現場を離れるとなると、解けるのも時間の問題。)
人気が元々少ない、旧歓楽街。
『工事』と宣い、人払いをしたとはいえ、ここから呪霊を逃すわけにはいかない。
案その1。逃げる前に仕留める。
それが出来れば苦労しない。
案その2。適度にあしらって撤退する。
他に回せる人員がいないというのに?
これでは呪霊を刺激して逃げる分、尚タチが悪い。
案その3。呪霊を逃がさなければいい。
垂涎ものの『囮』がここにいるのだから。
腰のポーチから玉鋼を取り出し、術式で小刀を形成する。
袖を捲りあげた腕へ刃渡りを押し当てればぷつりと皮膚が裂け、薄闇の下でも映える鮮やかな赤が皮膚を滑り、生々しく滴る。
──化け物なんて、
「自分が一番、よく知ってるよ。」
口の中で噛み殺すような独白。
言われるまでもない。
そんなことは分かっている。
現に、見ろ。目の前の呪霊の視線はこちらに釘付けだ。
最上級のご馳走の匂いを嗅ぎつけた、まるでハイエナのように。
芒種の死#01
「さて。私とキミら、どっちが早く死ぬか根比べといこうか」
初夏の繁忙期。呪いのオンパレード。
ただでさえ人員が足りないというのに、呪術師の忙しさは最高潮に達していた時のことだ。
階級を与えられたといっても、三級だ。
単独任務は例外以外認められておらず、今日も高専の関係者である初対面の術師と任務にあたっていた。
あたっていた、はずだった。
「聞いていないぞ、こんな数がいるなんて!」
断末魔に似た男の叫び声が、雑居ビルの合間に響く。
古い歓楽街の袋小路。
サポートにつくはずの補助監督もおらず、代わりに男が『帳』を降ろし、二人で対処するはずだった。
が、蓋を開ければ想定外のことばかり。
『窓』から報告を受けていた想定数よりも多く、二級の術師と三級の術師が本来祓えるはずがない等級の呪霊まで混じっている始末。
現に男は、即効性のある呪霊の毒で片腕が赤黒く変色してしまっている。
自分の骨と肉が腐っていく姿は、歴戦の猛者ですら血の気が引くような光景だ。
戦意を完全に喪失した彼は動揺を隠すことなく、腕を抑えて狼狽えるばかりだった。
「一旦引きましょう。態勢を整えて、もう一度」
「もう一度だと!?ふざけるな!こんな呪霊、特級か一級があたるべきだろう!それにこの数、逃げれば追って──」
言いかけた言葉。
男の『名案』が怒りを遮り、狂気を孕んだ笑みを浮かべて指を差す。
「そうだ、お前が囮になれ。噂では不死の化け物なんだって?俺が逃げる時間くらい、稼げるだろ!?」
久しぶりに他人から浴びせられた、容赦ない一言。
小さなささくれのような痛みは、何度も何度も浴びせられ、突きつけられ、我が身を持ってして経験している。
ただ、この痛みには慣れたと思っていた。……思っていたのだ。
指先に刺さった棘のように、顔を顰めるほどではないにせよ、その言葉に対してまだ『痛い』と感じることに、私は静かに驚いていた。
「どうぞ、ご勝手に」
これ以外の言葉が見つからなかった。
遠ざかっていく男の足音。
ざわりと揺れる、闇色の帳。
(帳を降ろした術師が現場を離れるとなると、解けるのも時間の問題。)
人気が元々少ない、旧歓楽街。
『工事』と宣い、人払いをしたとはいえ、ここから呪霊を逃すわけにはいかない。
案その1。逃げる前に仕留める。
それが出来れば苦労しない。
案その2。適度にあしらって撤退する。
他に回せる人員がいないというのに?
これでは呪霊を刺激して逃げる分、尚タチが悪い。
案その3。呪霊を逃がさなければいい。
垂涎ものの『囮』がここにいるのだから。
腰のポーチから玉鋼を取り出し、術式で小刀を形成する。
袖を捲りあげた腕へ刃渡りを押し当てればぷつりと皮膚が裂け、薄闇の下でも映える鮮やかな赤が皮膚を滑り、生々しく滴る。
──化け物なんて、
「自分が一番、よく知ってるよ。」
口の中で噛み殺すような独白。
言われるまでもない。
そんなことは分かっている。
現に、見ろ。目の前の呪霊の視線はこちらに釘付けだ。
最上級のご馳走の匂いを嗅ぎつけた、まるでハイエナのように。
芒種の死#01
「さて。私とキミら、どっちが早く死ぬか根比べといこうか」
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