青藍の冬至
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『ごめんごめん。言い方が悪かったね。』
そう前置きをして、五条さんは目隠しを付け直した。
『取り込んだ特級呪物の影響があまりにも大きくて、元々名無しが持っているはずの生得術式が阻害されてるっぽいねぇ』
『…もう少し噛み砕いて話して下さると助かります。』
『そうだね。術式自体は上書きされてない、って言えばいいかな。
で。身体が二つの術式に適応できていないから、今まであったはずの生得術式が使えなくなってる。』
キャパオーバー。
電気配線が絡まってるイメージ。
そう例えながら五条さんは身振り手振り教えてくれた。
『時間が解決してくれるとは思うけど、年単位かもね。取り込まされて…何年くらいかな?』
『…大体、4年くらいだと思います。』
『そっかそっか。まぁ呪力を少しずつ流して、術式を身体に慣らしていこうか』
そう言われたのが、ひと月程前の話。
青藍の冬至#08
「そういえばさ、名無しの術式って僕聞いたっけ?」
組手で派手に吹き飛ばされた私は、畳の上で青天になっていた。
といっても目の前に広がるのは青空ではなく、随分見なれてしまった木目の天井なのだが。
高専内にある道場の、古い畳の匂い。
汗ひとつかいていない五条さんが思い出したように尋ねてきた。
「物凄く、今更ですね…?」
「術式、絡まっちゃってるからね。『視認』だけではちょっと見づらくて」
八百比丘尼としての術式と、生得術式。
……以前は使えていたはずの生得術式は、相変わらずうんともすんとも言わないのだけど。
「陰陽五行はご存知ですか?」
「陰と陽、木・火・土・金・水の要素が互いに作用する『呪術』だね。」
「はい。質問するまでもなかったですね」
日本で呪術が最も発展したのが平安時代だそうだ。
疫病や飢饉、謀殺や計略が蔓延ったその時代では、呪いを祓うために呪術が進歩し、また悪意をもって呪術を使う為に呪いは強くなっていった。
その中でも『陰陽師』は、まさに呪術のエキスパートと言っても過言ではなかった。
一番有名なのは、かの安倍晴明だろう。
「まず、陰陽五行の大前提として、物事の法則には『太極』という考えがあります。」
陰と陽。
破壊と構築。
男と女。
対になり、お互い作用・反作用を繰り返し、世界が廻る。そういった『呪術』だ。
「陰陽五行を扱う上で、破壊と構築は基礎の基礎です。
呪霊自体も突き詰めてしまえば人間の『呪い』から生まれた『もの』なので、それを破壊することによって祓っていました。」
「それはマイナスの呪力と、反転術式のプラスの呪力と考えたらいいの?」
「そうですね。ただ、その……御先祖様は、陰の気を扱う方が優れていたみたいでして。」
蘆屋道満というルーツを考えたらそうだろう。
「次に五行の考え方ですが、これも結局のところ『太極』の思想が根底にあります。」
「相克と相生?」
「流石。説明するまでもないですね」
さすが呪術のプロだ。もしかしたら私よりも詳しいかもしれない。
五行は『互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する』というものだ。
木は土を侵し、土は水を濁らせる。
水は火を殺し、火は金を分解する。
金は木を穿ち、木は再び土を侵す。
これが五行相克。
木は燃えて火を生み、火はその灰で土を肥やす。
肥えた土は金を孕み、金は水を集め、留める。
水は木を育み、再び木は燃えて火になり、灰になる。
これが五行相生。
一見相反するものの、一つ要素が無くなっただけで複雑な『太極』が成り立たなくなるため、こちらの方がより高度な術式の理解と操作、呪力が必要となる。
陰陽と五行は別で考えられることがままあるが、結局のところ『太極』という大前提の上、成り立っている。
森羅万象のあらゆるものは太極から生じ、また太極そのものである。
突き詰めてしまえば『全は一、一にして全』という結果に行きつく。
「私が扱えていたのは術式の破壊くらいだったので…」
「呪物を取り込まされたことによって術式のバランスが崩れた?」
「という解釈で、いいとは思うんです」
説明が上手だった両親のようにはいかない。
その知識はある。しかし根本的なところで『理解』は出来ていても『実践』する程の技量はなかった。
しかしもうこの世に、師である両親はいない。
教えを乞うことはもはや叶わず、与えられた知識で自ら解いていくしかない。
「じゃあ、反転術式に負けないくらい呪力を錬る練習をしなきゃね。ほら、もう一回。僕から一本取る練習。」
「…………思ったんですけど、五条さんから一本取るって、無理難題じゃないですかね?」
「目標は高く持たなきゃね。まぁ受け身の練習だと思って」
数ヶ月後、担当教員になってくれる目の前の男は、悪びれる様子もなくあっけらかんと笑うだけだった。
そう前置きをして、五条さんは目隠しを付け直した。
『取り込んだ特級呪物の影響があまりにも大きくて、元々名無しが持っているはずの生得術式が阻害されてるっぽいねぇ』
『…もう少し噛み砕いて話して下さると助かります。』
『そうだね。術式自体は上書きされてない、って言えばいいかな。
で。身体が二つの術式に適応できていないから、今まであったはずの生得術式が使えなくなってる。』
キャパオーバー。
電気配線が絡まってるイメージ。
そう例えながら五条さんは身振り手振り教えてくれた。
『時間が解決してくれるとは思うけど、年単位かもね。取り込まされて…何年くらいかな?』
『…大体、4年くらいだと思います。』
『そっかそっか。まぁ呪力を少しずつ流して、術式を身体に慣らしていこうか』
そう言われたのが、ひと月程前の話。
青藍の冬至#08
「そういえばさ、名無しの術式って僕聞いたっけ?」
組手で派手に吹き飛ばされた私は、畳の上で青天になっていた。
といっても目の前に広がるのは青空ではなく、随分見なれてしまった木目の天井なのだが。
高専内にある道場の、古い畳の匂い。
汗ひとつかいていない五条さんが思い出したように尋ねてきた。
「物凄く、今更ですね…?」
「術式、絡まっちゃってるからね。『視認』だけではちょっと見づらくて」
八百比丘尼としての術式と、生得術式。
……以前は使えていたはずの生得術式は、相変わらずうんともすんとも言わないのだけど。
「陰陽五行はご存知ですか?」
「陰と陽、木・火・土・金・水の要素が互いに作用する『呪術』だね。」
「はい。質問するまでもなかったですね」
日本で呪術が最も発展したのが平安時代だそうだ。
疫病や飢饉、謀殺や計略が蔓延ったその時代では、呪いを祓うために呪術が進歩し、また悪意をもって呪術を使う為に呪いは強くなっていった。
その中でも『陰陽師』は、まさに呪術のエキスパートと言っても過言ではなかった。
一番有名なのは、かの安倍晴明だろう。
「まず、陰陽五行の大前提として、物事の法則には『太極』という考えがあります。」
陰と陽。
破壊と構築。
男と女。
対になり、お互い作用・反作用を繰り返し、世界が廻る。そういった『呪術』だ。
「陰陽五行を扱う上で、破壊と構築は基礎の基礎です。
呪霊自体も突き詰めてしまえば人間の『呪い』から生まれた『もの』なので、それを破壊することによって祓っていました。」
「それはマイナスの呪力と、反転術式のプラスの呪力と考えたらいいの?」
「そうですね。ただ、その……御先祖様は、陰の気を扱う方が優れていたみたいでして。」
蘆屋道満というルーツを考えたらそうだろう。
「次に五行の考え方ですが、これも結局のところ『太極』の思想が根底にあります。」
「相克と相生?」
「流石。説明するまでもないですね」
さすが呪術のプロだ。もしかしたら私よりも詳しいかもしれない。
五行は『互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する』というものだ。
木は土を侵し、土は水を濁らせる。
水は火を殺し、火は金を分解する。
金は木を穿ち、木は再び土を侵す。
これが五行相克。
木は燃えて火を生み、火はその灰で土を肥やす。
肥えた土は金を孕み、金は水を集め、留める。
水は木を育み、再び木は燃えて火になり、灰になる。
これが五行相生。
一見相反するものの、一つ要素が無くなっただけで複雑な『太極』が成り立たなくなるため、こちらの方がより高度な術式の理解と操作、呪力が必要となる。
陰陽と五行は別で考えられることがままあるが、結局のところ『太極』という大前提の上、成り立っている。
森羅万象のあらゆるものは太極から生じ、また太極そのものである。
突き詰めてしまえば『全は一、一にして全』という結果に行きつく。
「私が扱えていたのは術式の破壊くらいだったので…」
「呪物を取り込まされたことによって術式のバランスが崩れた?」
「という解釈で、いいとは思うんです」
説明が上手だった両親のようにはいかない。
その知識はある。しかし根本的なところで『理解』は出来ていても『実践』する程の技量はなかった。
しかしもうこの世に、師である両親はいない。
教えを乞うことはもはや叶わず、与えられた知識で自ら解いていくしかない。
「じゃあ、反転術式に負けないくらい呪力を錬る練習をしなきゃね。ほら、もう一回。僕から一本取る練習。」
「…………思ったんですけど、五条さんから一本取るって、無理難題じゃないですかね?」
「目標は高く持たなきゃね。まぁ受け身の練習だと思って」
数ヶ月後、担当教員になってくれる目の前の男は、悪びれる様子もなくあっけらかんと笑うだけだった。