立夏と六花
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何体呪霊を祓っただろう。
呪霊の攻撃を避けた足で、裸足の足裏でコンクリートの床を踏みつける。
術式によって針山のように地面が怒り立ち、呪霊の血肉を撒き散らしながら勢いよく穿つ。
串刺しになった呪霊の首を切り落とし息の根を完全に止めれば、血の雨が文字通り降り注ぎ、生臭い臭いに鼻が曲がりそうになる。
仕留め損ねた呪霊へ氷の刃を投擲すれば、耳障りな断末魔が結界内に反響した。まさに地獄絵図だ。
空気中に含まれる水分がある限り、氷の刃は繰り出せる手段ではあるが──さて、いつまで屠ればいいのか。
多数に無勢。完全無傷というわけにはいかず、呪霊の鋭利な爪で肩から袈裟斬りに裂かれた傷が脈打つ度にじゅくじゅくと疼く。
治りかけとはいえ、完治させるために一息つく間もなければ骨が砕けて肉が裂かれた傷は残念ながら浅くない。
肺を持っていかれなかっただけマシとはいえ、ひっきりなしに襲いかかってくる呪霊の相手はキリがなかった。
何せ、こっちは菜々子を護りながらなのだから。
(結界の中を丸ごと爆発させたら、生身の人間は無傷じゃすまないし)
刃こぼれし始めている剥き身の刀を、改めて握り直す。
鉄枷を材料に『作った』これと、コンクリートに含まれる化合物、それと空気中の水分と酸素。
これらを分解して再構築してやれば、結界の中──下手をすれば建物丸ごと木っ端微塵に出来るだろう。ここにいる全員を生き埋めにして。
しかし手っ取り早い方法が常にベストとは限らない。
目的はあくまで『脱出』なのだから。せめて、菜々子だけでも。
思わぬ出血で血みどろになった高専のジャケットを宙に放り投げれば、死体に群がる蛆のように『八百比丘尼』の血を求めて呪霊が一斉に集まる。
(あまり、気分のいい手段じゃないけど)
その光景はまるで死肉に群がる小鬼のようだ。
僅かに出来た間髪に、上がりきっていた息を整えるため大きく息を吸い込む。
硬く、鋭く。
小枝の先を細かく手折るような音を鳴らしながら、氷の針を幾数も宙に形成する。
それを寸分違わず。確実に息の根を止められるように。
氷柱よりも鋭く磨いた棒手裏剣を幾重にも穿たれ、血飛沫と断末魔を上がる呪霊の姿は文字通り死体の山となった。
「名無しさん、上!」
巻き込まれぬように結界の端へ寄っていた菜々子が声を張り上げる。
同時に翳る、頭上。足元。結界の内。
雷に打たれたように跳び退けば、先程まで立っていた場所が轟々と燃え盛る火柱で満ちる。
肉の焼ける臭い。
右手に携えていた刀は溶解し、ぶすぶすと音を立てて煙を上げる前腕。
痛覚を感じる神経すら焼き切れて、中途半端に大火傷をした境目が叫びたくなる程に痛みが爆ぜた。
「……ぅ、ッあ、」
息を呑んだ拍子に零れた、小さな呻き。
脳髄まで響く痛みに声すら出ない。
炎を降らせた呪霊は、大型とは言えない。もしかすると幼体かもしれない。
それでも吐き出される炎は天災に近く──そう。一見すればその呪霊は御伽噺に出てくる『龍』そのものだった。
「嘘……あんなの、どうやって、」
愕然とした表情で菜々子が代弁する。
結界の遥か上を悠々と游ぐ姿は一見神々しくもあるが、あれは呪霊だ。
燃えるように朱々とした鱗が人工光に反射して、ギラギラとこちらを睨みつけてくるようだった。
……槍を形成して投擲しても避けられるのは目に見えている。
確実に祓うには、もっと速く、もっと鋭く。
狙いを定めて、もっと遠くへ──
立夏と六花#08
『もう一度見せろ、だと?』
二対の双眸を細めて、怪訝そうな顔をされる。
『小癪にも真似るつもりか?』
呆れたような声音だが、突き放すような冷たさはない。
『火の気はどうも相性が悪いので、水……というか氷で、ですけれど。』
彼の繰り出す炎も、構えも、強く美しいと思ったのだ。
轟々と音を鳴らしながら燃える烈火に照らされた横顔も、獲物を射抜く眼差しも。
『駄目でしょうか?』
空を飛んでいたヒヨドリ──だった肉を掴みながら、彼は小さく溜息を吐く。
『見せるより教えた方が早い。』
『えっ』
『……なんだその顔は。』
『いえ、珍しいこともあるものだと思って……いたたた!耳!耳がちぎれます!』
今度は露骨に嫌そうな顔。
素直な感想を述べれば、不服だったのか余計な一言だったのか、容赦なく耳を引っ張られた。
本当に痛いのにどこか懐かしさすら感じるのはおかしな話だ。
『チッ。』と盛大な舌打ちを零し、彼は『一度だけ見せてやる』と背中を向けた。
名前を思い出せないその人は、夕焼け空を群れて飛ぶ雁に左の指先を向ける。
猛火を携え、堂々たる後ろ姿で弓を引く『彼』に『彼女』は小さく笑って礼を零した。
『……ありがとうございます、■■殿』
剛弓に負けぬよう、砕けた破片が飛び散るコンクリートを踏み締める。
左の手の甲を内側に向け、指先は真っ直ぐ獲物へ。
弓を打ち起こすように、表面の皮膚がまだ再生しきっていない肉色の右手を添え引けば、肘から血が不愉快に滴る。
パキ、バキッ。
氷結する、乾いた音。
それは先程投擲した氷の針よりももっと鋭く、触れるだけで指先が落ちてしまいそうな。
一切の空気を含まない、澄んだ氷の一矢が形成された。
『さながら六花だな』
放った一閃は音よりも速く宙を斬り裂き、龍の身体を深く穿った。
(ダメだ、まだ浅い!)
赤龍の姿をした呪霊は荒れ狂うように雄叫びを上げ、結界の中を無様にのたうち回る。
《死なば諸共》の精神なのか鋭い歯が並ぶ口を開けたまま、菜々子とまとめて押し潰さんばかりに巨体を降らせてくる。
その時だった。
砕ける天井。突然の嵐に悲鳴を上げる観客。
影を落としていた呪霊は消え、影も形もない。
人工光だけが降り注いでいた空間も最早なく、厄災が攫って行ったようにぽっかりと空が現れた。
瞬きをするような速さで崩壊した建物へ、飛び降りるように現れたのは──
「名無し!」
呪霊の攻撃を避けた足で、裸足の足裏でコンクリートの床を踏みつける。
術式によって針山のように地面が怒り立ち、呪霊の血肉を撒き散らしながら勢いよく穿つ。
串刺しになった呪霊の首を切り落とし息の根を完全に止めれば、血の雨が文字通り降り注ぎ、生臭い臭いに鼻が曲がりそうになる。
仕留め損ねた呪霊へ氷の刃を投擲すれば、耳障りな断末魔が結界内に反響した。まさに地獄絵図だ。
空気中に含まれる水分がある限り、氷の刃は繰り出せる手段ではあるが──さて、いつまで屠ればいいのか。
多数に無勢。完全無傷というわけにはいかず、呪霊の鋭利な爪で肩から袈裟斬りに裂かれた傷が脈打つ度にじゅくじゅくと疼く。
治りかけとはいえ、完治させるために一息つく間もなければ骨が砕けて肉が裂かれた傷は残念ながら浅くない。
肺を持っていかれなかっただけマシとはいえ、ひっきりなしに襲いかかってくる呪霊の相手はキリがなかった。
何せ、こっちは菜々子を護りながらなのだから。
(結界の中を丸ごと爆発させたら、生身の人間は無傷じゃすまないし)
刃こぼれし始めている剥き身の刀を、改めて握り直す。
鉄枷を材料に『作った』これと、コンクリートに含まれる化合物、それと空気中の水分と酸素。
これらを分解して再構築してやれば、結界の中──下手をすれば建物丸ごと木っ端微塵に出来るだろう。ここにいる全員を生き埋めにして。
しかし手っ取り早い方法が常にベストとは限らない。
目的はあくまで『脱出』なのだから。せめて、菜々子だけでも。
思わぬ出血で血みどろになった高専のジャケットを宙に放り投げれば、死体に群がる蛆のように『八百比丘尼』の血を求めて呪霊が一斉に集まる。
(あまり、気分のいい手段じゃないけど)
その光景はまるで死肉に群がる小鬼のようだ。
僅かに出来た間髪に、上がりきっていた息を整えるため大きく息を吸い込む。
硬く、鋭く。
小枝の先を細かく手折るような音を鳴らしながら、氷の針を幾数も宙に形成する。
それを寸分違わず。確実に息の根を止められるように。
氷柱よりも鋭く磨いた棒手裏剣を幾重にも穿たれ、血飛沫と断末魔を上がる呪霊の姿は文字通り死体の山となった。
「名無しさん、上!」
巻き込まれぬように結界の端へ寄っていた菜々子が声を張り上げる。
同時に翳る、頭上。足元。結界の内。
雷に打たれたように跳び退けば、先程まで立っていた場所が轟々と燃え盛る火柱で満ちる。
肉の焼ける臭い。
右手に携えていた刀は溶解し、ぶすぶすと音を立てて煙を上げる前腕。
痛覚を感じる神経すら焼き切れて、中途半端に大火傷をした境目が叫びたくなる程に痛みが爆ぜた。
「……ぅ、ッあ、」
息を呑んだ拍子に零れた、小さな呻き。
脳髄まで響く痛みに声すら出ない。
炎を降らせた呪霊は、大型とは言えない。もしかすると幼体かもしれない。
それでも吐き出される炎は天災に近く──そう。一見すればその呪霊は御伽噺に出てくる『龍』そのものだった。
「嘘……あんなの、どうやって、」
愕然とした表情で菜々子が代弁する。
結界の遥か上を悠々と游ぐ姿は一見神々しくもあるが、あれは呪霊だ。
燃えるように朱々とした鱗が人工光に反射して、ギラギラとこちらを睨みつけてくるようだった。
……槍を形成して投擲しても避けられるのは目に見えている。
確実に祓うには、もっと速く、もっと鋭く。
狙いを定めて、もっと遠くへ──
立夏と六花#08
『もう一度見せろ、だと?』
二対の双眸を細めて、怪訝そうな顔をされる。
『小癪にも真似るつもりか?』
呆れたような声音だが、突き放すような冷たさはない。
『火の気はどうも相性が悪いので、水……というか氷で、ですけれど。』
彼の繰り出す炎も、構えも、強く美しいと思ったのだ。
轟々と音を鳴らしながら燃える烈火に照らされた横顔も、獲物を射抜く眼差しも。
『駄目でしょうか?』
空を飛んでいたヒヨドリ──だった肉を掴みながら、彼は小さく溜息を吐く。
『見せるより教えた方が早い。』
『えっ』
『……なんだその顔は。』
『いえ、珍しいこともあるものだと思って……いたたた!耳!耳がちぎれます!』
今度は露骨に嫌そうな顔。
素直な感想を述べれば、不服だったのか余計な一言だったのか、容赦なく耳を引っ張られた。
本当に痛いのにどこか懐かしさすら感じるのはおかしな話だ。
『チッ。』と盛大な舌打ちを零し、彼は『一度だけ見せてやる』と背中を向けた。
名前を思い出せないその人は、夕焼け空を群れて飛ぶ雁に左の指先を向ける。
猛火を携え、堂々たる後ろ姿で弓を引く『彼』に『彼女』は小さく笑って礼を零した。
『……ありがとうございます、■■殿』
剛弓に負けぬよう、砕けた破片が飛び散るコンクリートを踏み締める。
左の手の甲を内側に向け、指先は真っ直ぐ獲物へ。
弓を打ち起こすように、表面の皮膚がまだ再生しきっていない肉色の右手を添え引けば、肘から血が不愉快に滴る。
パキ、バキッ。
氷結する、乾いた音。
それは先程投擲した氷の針よりももっと鋭く、触れるだけで指先が落ちてしまいそうな。
一切の空気を含まない、澄んだ氷の一矢が形成された。
『さながら六花だな』
放った一閃は音よりも速く宙を斬り裂き、龍の身体を深く穿った。
(ダメだ、まだ浅い!)
赤龍の姿をした呪霊は荒れ狂うように雄叫びを上げ、結界の中を無様にのたうち回る。
《死なば諸共》の精神なのか鋭い歯が並ぶ口を開けたまま、菜々子とまとめて押し潰さんばかりに巨体を降らせてくる。
その時だった。
砕ける天井。突然の嵐に悲鳴を上げる観客。
影を落としていた呪霊は消え、影も形もない。
人工光だけが降り注いでいた空間も最早なく、厄災が攫って行ったようにぽっかりと空が現れた。
瞬きをするような速さで崩壊した建物へ、飛び降りるように現れたのは──
「名無し!」