立夏と六花
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「……は、」
ちぎれた左手首を枷から振り落として引き抜き、強引に傷口へ押し当てる。
目を背けたくなるようなグロテスクな光景は、自分の身体が常人離れしていることを如実に物語っていた。
生やすことも出来なくはないが、呪力消費が激しい上、汚い『切り口』だとしてもくっ付けてしまうのが一番早い。
骨、神経、血管、筋肉、皮膚。
ふうふうと呼吸を整えている合間に、自由になった左手首は忽ち繋がった。
暗がりの中でも赤々と目立つ血痕だけが鮮やかで、真紅に染まった左手でグーパーとゆっくり動作確認を行う。
気味が悪い程にいつも通りの動き。呪力の流れも問題ない。
痛みだけが残響のように身体中へ広がり、嫌な脂汗が額に滲んだ。
(……便利なんだか、気味が悪いんだか。)
鉄枷に触れて『分解』してしまえば、両手は自由。ここを抜け出すことも容易だ。
──菜々子を見捨てて、逃げ出すことだって。
(見捨てたってバチは当たらないかもしれないけど)
『大丈夫』だと約束した。
帰れるのか?という彼女の泣き出しそうな問いかけに『勿論。』と答えた。
(それは私が私を赦さない。)
残念ながらそこまで人でなしにはなれそうもないのだ。
立夏と六花#07
放たれた呪霊に、逃げ惑う術師が哀れにも喰われていく。
『さあさあ皆様!本日の《酒池肉林》もいよいよ大詰め!』
劈く悲鳴。
空気を割くような断末魔。
一緒に連れてこられた呪詛師は肉塊に変わったり喰われたり。
気がつけば私ひとりになっていた。
古代ローマやファンタジー小説に出てくる、コロシアムのような囲い。
トンネルの穴に似た出入口からは呪霊が結界をすり抜けて次々と入ってくる。
喰われた術師の何人かは結界から脱出しようと抵抗していたが──結果はご覧の通り。
『久方ぶりの若い女の餌です!嬲らせましょうか、犯しましょうか!如何にして呪霊に喰わせましょう!』
帳とは違う、ガラスのように透明な結界の向こう。
悪趣味なマイクアナウンスがフロアに響き渡る。
呪霊と呪詛師を放った結界をぐるりと取り囲む『観客席』に陣取っている人間は、一見すると非呪術師のように見えた。
けれど、アイツらは恐らく『見えている』。
呪詛師でも呪術師でもなさそうなのに。
大嫌いな『猿』のようなのに。
──呪霊が、見えているのだ。こんなに大勢の人間が。
手枷で上手く走るどころか思うようにも動けない。
術式を使って抵抗しようにも、媒体となるスマホもここにはない。
為す術なく私は殺されるの?
こんな見世物にされて、無残に、惨たらしく。
嫌だ。嫌だ。いやだ。
助けて、夏油様。助けて、美々子。
──助けて、
思わず両肩が跳ねてしまう、ガラスが砕ける音。
蹴り破られる結界。無色透明のはずのそれは、スパンコールを宙へ巻き散らしたように瞬いた。
私に牙を剥こうとしていた呪霊の首が宙を舞い、観客席目掛けて吹っ飛ぶ。
生々しい赤紫色の血液を撒き散らしながらぶつかり、血と脂をべったりと結界になすりつけながら地面へ転がり落ちる。
『首が飛んでくる』と思ったのだろう。最寄りの観客席に座っていた男は大層驚いた様子だった。
反対に──私の目の前に立ちはだかる彼女は、僅かに息を切らしているだけで至って平然とした様子だ。
「よかった。死んじゃっていたら寝覚めが悪かったの。」
ほっと息をつきながら表情を緩める彼女。
片手には刀の形状をした黒い鉄。
呪霊の血が纏わるようにこびりついたそれは、目を刺すような水銀燈に照らされて黒光りしているように見えた。
「名無しさん、」
「怪我はない?」
転けたりはしたものの、かすり傷程度だ。
私が首を小刻みに縦へ振ると「ならよかった。」と笑いながら、いとも簡単に鉄枷を外してくれた。
「帰りたいのは山々だけど、呪霊を片付けてからね。」
割れるようにして外れ、ただの鉄の塊になった枷を拾い上げる名無しさん。
刀鍛冶の鎚を振るうように拳を振り上げ、叩けば火の粉が地面へ落ちる。
一度、二度、三度。
鉄から零れ落ちた《不純物》が煤になり、不格好な鉄クズだった鉄枷が、瞬く間に立派な刀へ。
柄もない、鞘もない。
刀装具が一切ない、剥き身の刀身だけの『刃』。
「危ないから下がっていてね。」
ちぎれた左手首を枷から振り落として引き抜き、強引に傷口へ押し当てる。
目を背けたくなるようなグロテスクな光景は、自分の身体が常人離れしていることを如実に物語っていた。
生やすことも出来なくはないが、呪力消費が激しい上、汚い『切り口』だとしてもくっ付けてしまうのが一番早い。
骨、神経、血管、筋肉、皮膚。
ふうふうと呼吸を整えている合間に、自由になった左手首は忽ち繋がった。
暗がりの中でも赤々と目立つ血痕だけが鮮やかで、真紅に染まった左手でグーパーとゆっくり動作確認を行う。
気味が悪い程にいつも通りの動き。呪力の流れも問題ない。
痛みだけが残響のように身体中へ広がり、嫌な脂汗が額に滲んだ。
(……便利なんだか、気味が悪いんだか。)
鉄枷に触れて『分解』してしまえば、両手は自由。ここを抜け出すことも容易だ。
──菜々子を見捨てて、逃げ出すことだって。
(見捨てたってバチは当たらないかもしれないけど)
『大丈夫』だと約束した。
帰れるのか?という彼女の泣き出しそうな問いかけに『勿論。』と答えた。
(それは私が私を赦さない。)
残念ながらそこまで人でなしにはなれそうもないのだ。
立夏と六花#07
放たれた呪霊に、逃げ惑う術師が哀れにも喰われていく。
『さあさあ皆様!本日の《酒池肉林》もいよいよ大詰め!』
劈く悲鳴。
空気を割くような断末魔。
一緒に連れてこられた呪詛師は肉塊に変わったり喰われたり。
気がつけば私ひとりになっていた。
古代ローマやファンタジー小説に出てくる、コロシアムのような囲い。
トンネルの穴に似た出入口からは呪霊が結界をすり抜けて次々と入ってくる。
喰われた術師の何人かは結界から脱出しようと抵抗していたが──結果はご覧の通り。
『久方ぶりの若い女の餌です!嬲らせましょうか、犯しましょうか!如何にして呪霊に喰わせましょう!』
帳とは違う、ガラスのように透明な結界の向こう。
悪趣味なマイクアナウンスがフロアに響き渡る。
呪霊と呪詛師を放った結界をぐるりと取り囲む『観客席』に陣取っている人間は、一見すると非呪術師のように見えた。
けれど、アイツらは恐らく『見えている』。
呪詛師でも呪術師でもなさそうなのに。
大嫌いな『猿』のようなのに。
──呪霊が、見えているのだ。こんなに大勢の人間が。
手枷で上手く走るどころか思うようにも動けない。
術式を使って抵抗しようにも、媒体となるスマホもここにはない。
為す術なく私は殺されるの?
こんな見世物にされて、無残に、惨たらしく。
嫌だ。嫌だ。いやだ。
助けて、夏油様。助けて、美々子。
──助けて、
思わず両肩が跳ねてしまう、ガラスが砕ける音。
蹴り破られる結界。無色透明のはずのそれは、スパンコールを宙へ巻き散らしたように瞬いた。
私に牙を剥こうとしていた呪霊の首が宙を舞い、観客席目掛けて吹っ飛ぶ。
生々しい赤紫色の血液を撒き散らしながらぶつかり、血と脂をべったりと結界になすりつけながら地面へ転がり落ちる。
『首が飛んでくる』と思ったのだろう。最寄りの観客席に座っていた男は大層驚いた様子だった。
反対に──私の目の前に立ちはだかる彼女は、僅かに息を切らしているだけで至って平然とした様子だ。
「よかった。死んじゃっていたら寝覚めが悪かったの。」
ほっと息をつきながら表情を緩める彼女。
片手には刀の形状をした黒い鉄。
呪霊の血が纏わるようにこびりついたそれは、目を刺すような水銀燈に照らされて黒光りしているように見えた。
「名無しさん、」
「怪我はない?」
転けたりはしたものの、かすり傷程度だ。
私が首を小刻みに縦へ振ると「ならよかった。」と笑いながら、いとも簡単に鉄枷を外してくれた。
「帰りたいのは山々だけど、呪霊を片付けてからね。」
割れるようにして外れ、ただの鉄の塊になった枷を拾い上げる名無しさん。
刀鍛冶の鎚を振るうように拳を振り上げ、叩けば火の粉が地面へ落ちる。
一度、二度、三度。
鉄から零れ落ちた《不純物》が煤になり、不格好な鉄クズだった鉄枷が、瞬く間に立派な刀へ。
柄もない、鞘もない。
刀装具が一切ない、剥き身の刀身だけの『刃』。
「危ないから下がっていてね。」