立夏と六花
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「茶髪の小娘。出ろ。」
歌舞伎や文楽に出てくる黒衣に近い服装をした男が低く唸る。
顔を見られないようにしているのは、呪われない為の配慮か、それとも顔が割れては困るような……そう。やましい事をしているためか。
名無しの勘が正しければ、後者。もしくは両方だ。
「痛っ!ちょっと、もっと優しくしなさいよ!」
牢屋から出ようとしない菜々子の腕を捻りあげるように掴み、無理やり立たせる男。
後ろ手で拘束されているのだから関節が悲鳴を上げるのは当然だろう。
「よく喋る『餌』だな。小喧しいったらありゃしねぇ」
吐き捨てるように呟く黒衣の男の表情は全く見えないが、少なくとも友好的なものではないだろう。
他の牢屋からも冷たい鉄の音が聞こえてくる。
牢屋の錠を一時的に開ける音。
手枷を掴み、無理やり立たせる気配。
痛みでくぐもる声。
男から視線を外し、鉄格子の向こうを見遣れば何人かの捕虜が菜々子と同じように連れ出されている最中だった。
──その面子の中に任務で調査対象だった呪詛師の男の姿もあるではないか。
暗がりの中で正確に判別は出来ないが、恐らく。もぬけの殻になっていたのはここに拉致されたからだろう。
「そっちの女も、少しでも長く生きたいなら大人しくしとくんだな。」
ガシャン。ガチャッ。
鉄格子が閉まる音。仰々しい南京錠が再び掛けられる音。
鉄格子越しに一瞬視線が絡む菜々子の表情は強ばっていて、泣き出したい・叫び出したいのを食いしばって耐えているようなものだった。
『だいじょうぶ』
声もなく、口の動きだけで答える。
読唇術なんて私も彼女も心得ていないだろうが、これが精一杯の返事だ。
意味は分からずとも意図が伝わったのか。
彼女は小さく頷いて、黒装束の男に連れられて行ってしまった。
「──さて、」
脱獄の時間だ。
これを菜々子がいる時にしなかった理由はいくつかある。
ひとつ、見てて気持ちのいいものじゃないから。
ひとつ、万が一悲鳴を上げられても困るから。
ひとつ、少なくともここにいる捕虜を連れて『どこかへ連れて行っている』時は、警備が手薄になっているはずだから。
(といっても、結局『迎えに行く』のなら最後のは意味がないんだけど)
どうせろくでもないことになっているに違いない。
守衛を蹴散らして菜々子を連れ出すというなら、結果的に相手取る頭数は大して変わらないだろう。
足を擦り合わせるようにしてスニーカーを脱ぐ。行儀が悪いのは承知だが、今は手が使えないのだから仕方ない。
靴下の足先を反対の足の踵で踏みつけ、靴下も脱ぎ捨てた。
両足の裏には冷たいコンクリートの床の感触。
黴臭い地下の空気を肺いっぱいに吸い込み、
悲鳴を上げぬように、
拍子に舌を噛まぬように、
痛みで躊躇わぬように、
奥歯が軋む程に歯を食いしばり、呪力を足の裏へ込めた。
──前提として、術式を発動するには物に『触れる』必要がある。
しかし両手は後ろ手で鉄枷によって雁字搦めにされている。
なら、手が使えぬのなら自由にしてやればいい。
どうやって?
簡単だ。足で『触れて』術式を発動すればいい。
……指で触れるよりも大味で、精度が落ちるのが欠点だが。
立夏と六花#06
コンクリートで出来た斧に近い槌が枷で縛られた左手首を押し潰し、
骨が碎ける感覚と肉が圧壊する痛覚で、網膜の裏で白い火花が爆ぜた。
歌舞伎や文楽に出てくる黒衣に近い服装をした男が低く唸る。
顔を見られないようにしているのは、呪われない為の配慮か、それとも顔が割れては困るような……そう。やましい事をしているためか。
名無しの勘が正しければ、後者。もしくは両方だ。
「痛っ!ちょっと、もっと優しくしなさいよ!」
牢屋から出ようとしない菜々子の腕を捻りあげるように掴み、無理やり立たせる男。
後ろ手で拘束されているのだから関節が悲鳴を上げるのは当然だろう。
「よく喋る『餌』だな。小喧しいったらありゃしねぇ」
吐き捨てるように呟く黒衣の男の表情は全く見えないが、少なくとも友好的なものではないだろう。
他の牢屋からも冷たい鉄の音が聞こえてくる。
牢屋の錠を一時的に開ける音。
手枷を掴み、無理やり立たせる気配。
痛みでくぐもる声。
男から視線を外し、鉄格子の向こうを見遣れば何人かの捕虜が菜々子と同じように連れ出されている最中だった。
──その面子の中に任務で調査対象だった呪詛師の男の姿もあるではないか。
暗がりの中で正確に判別は出来ないが、恐らく。もぬけの殻になっていたのはここに拉致されたからだろう。
「そっちの女も、少しでも長く生きたいなら大人しくしとくんだな。」
ガシャン。ガチャッ。
鉄格子が閉まる音。仰々しい南京錠が再び掛けられる音。
鉄格子越しに一瞬視線が絡む菜々子の表情は強ばっていて、泣き出したい・叫び出したいのを食いしばって耐えているようなものだった。
『だいじょうぶ』
声もなく、口の動きだけで答える。
読唇術なんて私も彼女も心得ていないだろうが、これが精一杯の返事だ。
意味は分からずとも意図が伝わったのか。
彼女は小さく頷いて、黒装束の男に連れられて行ってしまった。
「──さて、」
脱獄の時間だ。
これを菜々子がいる時にしなかった理由はいくつかある。
ひとつ、見てて気持ちのいいものじゃないから。
ひとつ、万が一悲鳴を上げられても困るから。
ひとつ、少なくともここにいる捕虜を連れて『どこかへ連れて行っている』時は、警備が手薄になっているはずだから。
(といっても、結局『迎えに行く』のなら最後のは意味がないんだけど)
どうせろくでもないことになっているに違いない。
守衛を蹴散らして菜々子を連れ出すというなら、結果的に相手取る頭数は大して変わらないだろう。
足を擦り合わせるようにしてスニーカーを脱ぐ。行儀が悪いのは承知だが、今は手が使えないのだから仕方ない。
靴下の足先を反対の足の踵で踏みつけ、靴下も脱ぎ捨てた。
両足の裏には冷たいコンクリートの床の感触。
黴臭い地下の空気を肺いっぱいに吸い込み、
悲鳴を上げぬように、
拍子に舌を噛まぬように、
痛みで躊躇わぬように、
奥歯が軋む程に歯を食いしばり、呪力を足の裏へ込めた。
──前提として、術式を発動するには物に『触れる』必要がある。
しかし両手は後ろ手で鉄枷によって雁字搦めにされている。
なら、手が使えぬのなら自由にしてやればいい。
どうやって?
簡単だ。足で『触れて』術式を発動すればいい。
……指で触れるよりも大味で、精度が落ちるのが欠点だが。
立夏と六花#06
コンクリートで出来た斧に近い槌が枷で縛られた左手首を押し潰し、
骨が碎ける感覚と肉が圧壊する痛覚で、網膜の裏で白い火花が爆ぜた。