青藍の冬至
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『何しにここに来た。』
『え。』
『保護が必要なら高専で請け負うことも出来る。お前は、なぜ呪術師になりたいと聞いている』
『私は――』
青藍の冬至#07
「…………………………ちびるかと思いました」
「あの見た目だからねぇ」
バクバクと鳴り響く心臓が、一向に落ち着かない。
見た目が完全に堅気ではない夜蛾学長の面接を終え、私は高専の寮を案内してもらっていた。
「まぁ、入るのはもう少し先なんだけどね。僕が出張の時はここで寝泊まりするといいよ。」
「……あの、早めに入寮できないんですか?」
「出来るけど?」
「じゃ、じゃあ……」
「そんな!名無しは僕と生活するのが嫌なんだ…!」
わっ、と鳴き真似をし出す五条さん。
こういう時どういう反応をすれば正解なのか未だに謎だ。
「嫌、というか。ご迷惑じゃないかな、と」
「僕は全然。それに、今の名無しにはしっかりご飯を食べてもらって、しっかり栄養をつけないとね」
確かに。
街を歩いただけで息が上がるのは論外なのだろう。
落ちてしまった人並みの筋肉も、随分細くなってしまった食も、一朝一夕では元に戻らない。
入学までは大人しくお世話になっておこう。
「じゃあ誰も使っていないみたいだし、グラウンドに行こうか。」
「え。あの、私…運動できるような格好じゃないですよ?」
「大丈夫ダイジョーブ。
使えていたんでしょ?呪術。ちょっとどんなものか見せてもらおうかな、って」
***
「……何も起きないねぇ」
「そうなんですよ…全然うんともすんとも使えなくなって。」
困り顔の名無し。
さっきから地面にぺたぺたと手のひらを当てているが、何も起こる気配がない。
考えられる理由はひとつ。
「ちょっと見てみようか。」
目元を覆っていた目隠しを取り払い、瞼を開ける。
フィルターなしで見下ろした名無しは、ちょっと笑ってしまう程にぽかんとした顔で僕を見上げていた。
「どしたの?」
「いえ。五条さんが目隠しを取ったところを初めて見たので」
あぁ、そういう。
「どう?カッコイイ?」
目を細めてくすりと笑みを浮かべてみる。
――大抵の女の子はこれではしゃいでくれた。愛想を良くするだけで好印象を持たれるなら、幾らでも安売りしてあげるのに。
「あ、はい。そうですね。」
「えー。もっと驚くかと思ったのに。」
「ビックリはしてます。
……えーと…その、不躾ですみません。目が悪いとか…そういうのじゃなかったんですね?」
なるほど。
「全然。むしろ良い方だよ」
「それなら良かったです。その、全盲の人や光に対して過敏な方は、いつもサングラスかけたりされるので」
納得した。
気にならない訳がない目隠しについて彼女が何も触れなかったのは、それが僕にとって『デリケート』な事だと勘違いしたからか。
つくづく『善良』に服を着せて歩いているような女の子だ。
あんな目にあった境遇なのだから、もっとひねくれてもいいだろうに。
「心配してくれてたんだ?」
「そうですね…不自由じゃないかな、足元見えてるのかな、って。」
「気になったら聞いてくれたらいいのに。生徒からの質問は大歓迎だよ。」
ほらほら、気になることがあるなら先生に言ってみなさいな。
そう促せば名無しは口元に手を当てて暫し考え込む。
きっと当たり障りのない、僕が聞かれても困らないような質問を考えているのだろう。
『現代最強』と言われている僕が、まさか心配される日が来ようとは。
名無しの無知さと無垢さが、妙に新鮮で、酷く心地よかった。
――あぁ、そうか。
彼女は『特級呪術師の五条悟』ではなく、本当にただの『五条悟』として僕を見ているのか。
これは人生で初めての経験だ。
貴重で、ワクワクして、なんだか少し勿体ない。
もう少しすれば必然的に『特級呪術師の五条悟』として見られてしまうのだろうか。
「えーっと、……目がいいというのは?」
「いい質問だね。僕の目は六眼って言ってね。初見で術式情報が視認できたり、呪力のコントロールが人よりちょーっとだけ上手かったり…まぁそんなとこかな。」
まぁそのお陰で億単位の賞金首がかけられているのだけど。
それはあえて黙っておこう。いずれ知られることだろうし。
今はまだ『ちょっと目がいい五条先生』として彼女と接したかった。
簡潔に説明すれば、感心したように感嘆の声が彼女から零れる。
「こんなに綺麗な目なのに、凄いですね。」
「デショ。よく見てみる?」
「いいんですか?」
冗談半分で言ってみれば、興味津々と言わんばかりに顔を上げる名無し。
下から見上げるのは首が痛いだろうと思い、見やすいように僕が中腰になれば、丁寧に「失礼します」と一言断りを入れる。
……こんな純粋な興味で眼を見られるのも、初体験かもしれない。
「空色なのにキラキラしてて……うん。綺麗です。吸い込まれそう。」
不思議そうに覗き込んだ後、呪術師らしかぬ感想を述べる名無し。
口元には満足気な笑顔。どうやらお気に召したようだ。
(怖がったりしないんだなぁ)
少なくとも、仲間内ですら畏怖の対象として見られるというのに。
――このむず痒くなるような感情の名前を、僕は知らない。
コホン、と咳払いをひとつ。
……そう。眼球鑑賞させるために目隠しを取ったわけではない。
本来の目的を忘れてしまうところだった。
「さて。ななし名無しさん。」
「え、あ、はい。」
「六眼による診察結果を発表します。なんと………」
わざとおどけて「ドゥルドゥルドゥルドゥル…」とトリル音を口遊む。
こういうのは雰囲気も大事だ。……結果がどのようなものだとしても。
ごくり。
名無しの生白い喉がゆっくり上下した。
「呪術、下手すると一生使えないかもね。」
「………………………………………………はい?」
『え。』
『保護が必要なら高専で請け負うことも出来る。お前は、なぜ呪術師になりたいと聞いている』
『私は――』
青藍の冬至#07
「…………………………ちびるかと思いました」
「あの見た目だからねぇ」
バクバクと鳴り響く心臓が、一向に落ち着かない。
見た目が完全に堅気ではない夜蛾学長の面接を終え、私は高専の寮を案内してもらっていた。
「まぁ、入るのはもう少し先なんだけどね。僕が出張の時はここで寝泊まりするといいよ。」
「……あの、早めに入寮できないんですか?」
「出来るけど?」
「じゃ、じゃあ……」
「そんな!名無しは僕と生活するのが嫌なんだ…!」
わっ、と鳴き真似をし出す五条さん。
こういう時どういう反応をすれば正解なのか未だに謎だ。
「嫌、というか。ご迷惑じゃないかな、と」
「僕は全然。それに、今の名無しにはしっかりご飯を食べてもらって、しっかり栄養をつけないとね」
確かに。
街を歩いただけで息が上がるのは論外なのだろう。
落ちてしまった人並みの筋肉も、随分細くなってしまった食も、一朝一夕では元に戻らない。
入学までは大人しくお世話になっておこう。
「じゃあ誰も使っていないみたいだし、グラウンドに行こうか。」
「え。あの、私…運動できるような格好じゃないですよ?」
「大丈夫ダイジョーブ。
使えていたんでしょ?呪術。ちょっとどんなものか見せてもらおうかな、って」
***
「……何も起きないねぇ」
「そうなんですよ…全然うんともすんとも使えなくなって。」
困り顔の名無し。
さっきから地面にぺたぺたと手のひらを当てているが、何も起こる気配がない。
考えられる理由はひとつ。
「ちょっと見てみようか。」
目元を覆っていた目隠しを取り払い、瞼を開ける。
フィルターなしで見下ろした名無しは、ちょっと笑ってしまう程にぽかんとした顔で僕を見上げていた。
「どしたの?」
「いえ。五条さんが目隠しを取ったところを初めて見たので」
あぁ、そういう。
「どう?カッコイイ?」
目を細めてくすりと笑みを浮かべてみる。
――大抵の女の子はこれではしゃいでくれた。愛想を良くするだけで好印象を持たれるなら、幾らでも安売りしてあげるのに。
「あ、はい。そうですね。」
「えー。もっと驚くかと思ったのに。」
「ビックリはしてます。
……えーと…その、不躾ですみません。目が悪いとか…そういうのじゃなかったんですね?」
なるほど。
「全然。むしろ良い方だよ」
「それなら良かったです。その、全盲の人や光に対して過敏な方は、いつもサングラスかけたりされるので」
納得した。
気にならない訳がない目隠しについて彼女が何も触れなかったのは、それが僕にとって『デリケート』な事だと勘違いしたからか。
つくづく『善良』に服を着せて歩いているような女の子だ。
あんな目にあった境遇なのだから、もっとひねくれてもいいだろうに。
「心配してくれてたんだ?」
「そうですね…不自由じゃないかな、足元見えてるのかな、って。」
「気になったら聞いてくれたらいいのに。生徒からの質問は大歓迎だよ。」
ほらほら、気になることがあるなら先生に言ってみなさいな。
そう促せば名無しは口元に手を当てて暫し考え込む。
きっと当たり障りのない、僕が聞かれても困らないような質問を考えているのだろう。
『現代最強』と言われている僕が、まさか心配される日が来ようとは。
名無しの無知さと無垢さが、妙に新鮮で、酷く心地よかった。
――あぁ、そうか。
彼女は『特級呪術師の五条悟』ではなく、本当にただの『五条悟』として僕を見ているのか。
これは人生で初めての経験だ。
貴重で、ワクワクして、なんだか少し勿体ない。
もう少しすれば必然的に『特級呪術師の五条悟』として見られてしまうのだろうか。
「えーっと、……目がいいというのは?」
「いい質問だね。僕の目は六眼って言ってね。初見で術式情報が視認できたり、呪力のコントロールが人よりちょーっとだけ上手かったり…まぁそんなとこかな。」
まぁそのお陰で億単位の賞金首がかけられているのだけど。
それはあえて黙っておこう。いずれ知られることだろうし。
今はまだ『ちょっと目がいい五条先生』として彼女と接したかった。
簡潔に説明すれば、感心したように感嘆の声が彼女から零れる。
「こんなに綺麗な目なのに、凄いですね。」
「デショ。よく見てみる?」
「いいんですか?」
冗談半分で言ってみれば、興味津々と言わんばかりに顔を上げる名無し。
下から見上げるのは首が痛いだろうと思い、見やすいように僕が中腰になれば、丁寧に「失礼します」と一言断りを入れる。
……こんな純粋な興味で眼を見られるのも、初体験かもしれない。
「空色なのにキラキラしてて……うん。綺麗です。吸い込まれそう。」
不思議そうに覗き込んだ後、呪術師らしかぬ感想を述べる名無し。
口元には満足気な笑顔。どうやらお気に召したようだ。
(怖がったりしないんだなぁ)
少なくとも、仲間内ですら畏怖の対象として見られるというのに。
――このむず痒くなるような感情の名前を、僕は知らない。
コホン、と咳払いをひとつ。
……そう。眼球鑑賞させるために目隠しを取ったわけではない。
本来の目的を忘れてしまうところだった。
「さて。ななし名無しさん。」
「え、あ、はい。」
「六眼による診察結果を発表します。なんと………」
わざとおどけて「ドゥルドゥルドゥルドゥル…」とトリル音を口遊む。
こういうのは雰囲気も大事だ。……結果がどのようなものだとしても。
ごくり。
名無しの生白い喉がゆっくり上下した。
「呪術、下手すると一生使えないかもね。」
「………………………………………………はい?」