立夏と六花
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「あれ?いないっスね。」
駅のロータリーに車を停車させ、新田が辺りを忙しなく見回す。
「約束の時間は?」
「ピッタリっス。」
任務帰りの名無しを拾って高専に戻るはずだった。
基本的には時間厳守の、生真面目気質である彼女が定刻通り待ち合わせ場所にいないのは珍しい。
「遅れる連絡は?」
「ないっスね。むしろ呪詛師の調査、ハズレだったみたいなので任務が押してる…なんてことはないんっスけどね。」
簡単な報告として、新田宛に名無しからメッセージが届いていた。
数時間前に受信した連絡を最後に、電話もメッセージも何もないのだ。勿論、遅刻するという連絡も。
「買い物っスかね?」
年頃の女の子ならままあることだ。
ショッピングに夢中になって、遅刻する──なんて、可愛らしい失敗は。
「あの子に限ってそれはないかな。」
人並みに買い物を楽しむことがあっても、時間を忘れて買い物に没頭するなんてことはまずない。
それは名無しが自由に外を出歩くにしても、何かしらの条件をつけられるせいか。
はたまた監禁されていた年数があまりにも長かったせいで、普通の女の子が当たり前のように楽しむことや、人の多い場所にまだ不慣れなためか。
多感な年頃に、青春を謳歌するどころか理不尽に自由を奪われ、痛みと苦痛ばかり味わされてきた結果がこうならば、これ程までに哀しいことはないだろう。
「僕、ちょっと辺りを見てくるから、新田は待機ね。」
「はい!」
セダンの後部座席からするりと降り、辺りを見回す。
六眼で見る世界に、あの独特な呪力は映らない。
本当にこの辺りにはいないようだ。
駅の構内。
駅の地下。
もう少し足を伸ばして駅前の商店街を散策しても、名無しの呪力は見当たらなかった。
(……待ち合わせ場所を間違えたとか…はないよね。)
それなら彼女から一言問い合わせの連絡があってもいいはずだ。
なんなら、待ち合わせ場所へ到着次第『着きました』とまめに連絡を寄越すような性格である。
新田にその連絡が来ていない──ということは、恐らく待ち合わせ場所にすら着いていないということ。
(はぁ、嫌な予感。)
商店街からはずれ、雑居ビルが立ち並ぶ路地裏。
そこから更に人通りのない通りに入り、抜け道なのか大通りに出る手前のことだった。
迷うことなく辿り着いた場所には、呪力を僅かに帯びた蜂の死骸。
蜂が刺したのは相手は彼女なのか、針先についた血痕から僅かに見える呪力は見覚えがあった。
そして、
「……偶然にしては出来すぎじゃない?」
「悟。」
五条袈裟を纏った夏油が何食わぬ顔でそこに立っていた。
「何。またお前、妙なこと企んでんの?」
「人聞きが悪いな。私も人探しの最中だっていうのに。」
夏油と名無しが関わるとろくな事にならない。主に、名無しが。
あの冬から数えて一年半ぶりの再会。
それは素直に喜べる──訳もなく。
あの日あの時袂を分かち、歩む道を違えた両者は遅かれ早かれ『殺し合う』運命になる。
当人達が望む・望まないではない。
呪術師と呪詛師であるなら当然の結末だ。
(落ち着け。)
一瞬揺れてしまった感情を、呼吸ひとつで整える。
目の前の夏油に敵意は、ない。
用意周到な彼なら名無しに持たせた呪骸も目敏く見つけ、すぐに壊しているだろう。
その残骸もなければ、残穢もない。
何よりこの現場には呪霊操術を使った痕跡はあるものの、蠅頭程度の微かな残穢だ。
鵜呑みには出来ないが、名無しがいない理由にこの男が関わっている可能性は限りなく低いと考えていいだろう。
「菜々子の、スマホ」
夏油の足元に座り込んだ少女が呆然と呟く。
僅かに呪力を纏ったそれは、女子高生や女子中学生が使うようなケースに覆われている。
知り合いの物なのか黒髪の少女はスマホを大事そうに抱え込み、真っ青な顔で小さく震えている。
「私の知らない残穢も僅かに残ってるね。第三者が菜々子達を連れ去ったみたいだけど、」
コンクリートの地面をそっと撫でながら夏油は言う。
「どういうことだよ。」
「私のところの家族が、偶然彼女と一緒にいたみたいでね。……『呪物』目当てなのか、はたまた別の理由か。二人纏めて拉致されたようだ」
此処に残った証拠といえば、名無しの血痕と、夏油の傘下にいる者の私物と、五条も夏油も知らない呪力の残穢と蜂の死骸。
どうして名無しと夏油の傘下の者が一緒にいたのか理由は分からないが、電話を鳴らしても連絡が取れない理由は分かった。
──何故なら夏油傑は呪詛師であり、彼の今の身内も呪詛師だからだ。
八百比丘尼が目当ての連中ならもっと狡猾に、痕跡を残さず、誰にも気取られることなく『名無しだけ』を連れ去っているだろう。
要は巻き込まれたのだ。僕の可愛い生徒は。
はぁ、と溜息を吐き出して髪を掻き毟る。
「呪詛師の誘拐。……どうせ知ってるんだろ。だからわざわざお前のところの蠅頭までつけてたんじゃないのか?」
GPS代わりに呪霊を憑ける、なんて芸当を行うのは夏油くらいだ。
……五条自身も手当り次第名無しを探していたわけじゃない。
消えそうな煙よりもか細い、微かに感じる残穢。
それは酷く懐かしく、五条は嫌という程見慣れていたものだった。
それを追ってやって来たら、此処に辿り着いた……というわけだ。
「悟に見つかるのは予想外だけどね。」なんて笑う夏油だが、さしたる驚きはないようだ。
「最近、『呪霊が見える猿』が増えてきてね。気味が悪いから念の為、家族に保険としてつけていただけさ」
呪霊が見える非呪術師の増加。
それと呪詛師の失踪が符号する出来事なら、五条の予想は大方当たっているだろう。
それも、最悪の形で。
「情報交換と行こうじゃないか。生憎、連れ去られたのは私の大事な『家族』でね。あまり時間をかけたくないんだ」
「悟だってそうだろう?」と笑う夏油は、昔と変わらないように見える。
その笑顔が昔よりも狡猾に見え、突き放したようなものに見えるのは、互いの立場が真反対に位置するものになってしまった所以か。
それはとても、
──とても。
立夏と六花#04
「……お前、高専出て行ってからいい性格になってんな。」
「褒め言葉かい?ありがとう。」
「嫌味だよ、バーカ。」
「本当、バカなヤツ。」と五条は呟く。
夏油は……彼は、実の両親を手にかけている。
非呪術師だから。それだけの理由で。
『例外は認めない』といった彼の表情は、底抜けに昏いものだった。
そして今は別の『家族』を擁している。
それは酷く歪で、後戻りが出来ないよう彼自身で逃げ場を絶っているように見えて。
(本当に、バカなヤツ。)
駅のロータリーに車を停車させ、新田が辺りを忙しなく見回す。
「約束の時間は?」
「ピッタリっス。」
任務帰りの名無しを拾って高専に戻るはずだった。
基本的には時間厳守の、生真面目気質である彼女が定刻通り待ち合わせ場所にいないのは珍しい。
「遅れる連絡は?」
「ないっスね。むしろ呪詛師の調査、ハズレだったみたいなので任務が押してる…なんてことはないんっスけどね。」
簡単な報告として、新田宛に名無しからメッセージが届いていた。
数時間前に受信した連絡を最後に、電話もメッセージも何もないのだ。勿論、遅刻するという連絡も。
「買い物っスかね?」
年頃の女の子ならままあることだ。
ショッピングに夢中になって、遅刻する──なんて、可愛らしい失敗は。
「あの子に限ってそれはないかな。」
人並みに買い物を楽しむことがあっても、時間を忘れて買い物に没頭するなんてことはまずない。
それは名無しが自由に外を出歩くにしても、何かしらの条件をつけられるせいか。
はたまた監禁されていた年数があまりにも長かったせいで、普通の女の子が当たり前のように楽しむことや、人の多い場所にまだ不慣れなためか。
多感な年頃に、青春を謳歌するどころか理不尽に自由を奪われ、痛みと苦痛ばかり味わされてきた結果がこうならば、これ程までに哀しいことはないだろう。
「僕、ちょっと辺りを見てくるから、新田は待機ね。」
「はい!」
セダンの後部座席からするりと降り、辺りを見回す。
六眼で見る世界に、あの独特な呪力は映らない。
本当にこの辺りにはいないようだ。
駅の構内。
駅の地下。
もう少し足を伸ばして駅前の商店街を散策しても、名無しの呪力は見当たらなかった。
(……待ち合わせ場所を間違えたとか…はないよね。)
それなら彼女から一言問い合わせの連絡があってもいいはずだ。
なんなら、待ち合わせ場所へ到着次第『着きました』とまめに連絡を寄越すような性格である。
新田にその連絡が来ていない──ということは、恐らく待ち合わせ場所にすら着いていないということ。
(はぁ、嫌な予感。)
商店街からはずれ、雑居ビルが立ち並ぶ路地裏。
そこから更に人通りのない通りに入り、抜け道なのか大通りに出る手前のことだった。
迷うことなく辿り着いた場所には、呪力を僅かに帯びた蜂の死骸。
蜂が刺したのは相手は彼女なのか、針先についた血痕から僅かに見える呪力は見覚えがあった。
そして、
「……偶然にしては出来すぎじゃない?」
「悟。」
五条袈裟を纏った夏油が何食わぬ顔でそこに立っていた。
「何。またお前、妙なこと企んでんの?」
「人聞きが悪いな。私も人探しの最中だっていうのに。」
夏油と名無しが関わるとろくな事にならない。主に、名無しが。
あの冬から数えて一年半ぶりの再会。
それは素直に喜べる──訳もなく。
あの日あの時袂を分かち、歩む道を違えた両者は遅かれ早かれ『殺し合う』運命になる。
当人達が望む・望まないではない。
呪術師と呪詛師であるなら当然の結末だ。
(落ち着け。)
一瞬揺れてしまった感情を、呼吸ひとつで整える。
目の前の夏油に敵意は、ない。
用意周到な彼なら名無しに持たせた呪骸も目敏く見つけ、すぐに壊しているだろう。
その残骸もなければ、残穢もない。
何よりこの現場には呪霊操術を使った痕跡はあるものの、蠅頭程度の微かな残穢だ。
鵜呑みには出来ないが、名無しがいない理由にこの男が関わっている可能性は限りなく低いと考えていいだろう。
「菜々子の、スマホ」
夏油の足元に座り込んだ少女が呆然と呟く。
僅かに呪力を纏ったそれは、女子高生や女子中学生が使うようなケースに覆われている。
知り合いの物なのか黒髪の少女はスマホを大事そうに抱え込み、真っ青な顔で小さく震えている。
「私の知らない残穢も僅かに残ってるね。第三者が菜々子達を連れ去ったみたいだけど、」
コンクリートの地面をそっと撫でながら夏油は言う。
「どういうことだよ。」
「私のところの家族が、偶然彼女と一緒にいたみたいでね。……『呪物』目当てなのか、はたまた別の理由か。二人纏めて拉致されたようだ」
此処に残った証拠といえば、名無しの血痕と、夏油の傘下にいる者の私物と、五条も夏油も知らない呪力の残穢と蜂の死骸。
どうして名無しと夏油の傘下の者が一緒にいたのか理由は分からないが、電話を鳴らしても連絡が取れない理由は分かった。
──何故なら夏油傑は呪詛師であり、彼の今の身内も呪詛師だからだ。
八百比丘尼が目当ての連中ならもっと狡猾に、痕跡を残さず、誰にも気取られることなく『名無しだけ』を連れ去っているだろう。
要は巻き込まれたのだ。僕の可愛い生徒は。
はぁ、と溜息を吐き出して髪を掻き毟る。
「呪詛師の誘拐。……どうせ知ってるんだろ。だからわざわざお前のところの蠅頭までつけてたんじゃないのか?」
GPS代わりに呪霊を憑ける、なんて芸当を行うのは夏油くらいだ。
……五条自身も手当り次第名無しを探していたわけじゃない。
消えそうな煙よりもか細い、微かに感じる残穢。
それは酷く懐かしく、五条は嫌という程見慣れていたものだった。
それを追ってやって来たら、此処に辿り着いた……というわけだ。
「悟に見つかるのは予想外だけどね。」なんて笑う夏油だが、さしたる驚きはないようだ。
「最近、『呪霊が見える猿』が増えてきてね。気味が悪いから念の為、家族に保険としてつけていただけさ」
呪霊が見える非呪術師の増加。
それと呪詛師の失踪が符号する出来事なら、五条の予想は大方当たっているだろう。
それも、最悪の形で。
「情報交換と行こうじゃないか。生憎、連れ去られたのは私の大事な『家族』でね。あまり時間をかけたくないんだ」
「悟だってそうだろう?」と笑う夏油は、昔と変わらないように見える。
その笑顔が昔よりも狡猾に見え、突き放したようなものに見えるのは、互いの立場が真反対に位置するものになってしまった所以か。
それはとても、
──とても。
立夏と六花#04
「……お前、高専出て行ってからいい性格になってんな。」
「褒め言葉かい?ありがとう。」
「嫌味だよ、バーカ。」
「本当、バカなヤツ。」と五条は呟く。
夏油は……彼は、実の両親を手にかけている。
非呪術師だから。それだけの理由で。
『例外は認めない』といった彼の表情は、底抜けに昏いものだった。
そして今は別の『家族』を擁している。
それは酷く歪で、後戻りが出来ないよう彼自身で逃げ場を絶っているように見えて。
(本当に、バカなヤツ。)