立夏と六花
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「最近、あの政治家やたらと羽振りが良くなったね。」
拠点のひとつである、盤星教のものだった寺を闊歩しながら夏油は問うた。
「そうですね。一年ほど前は月百万程の献金でしたが――」
「今や一千万。倍だもんね。」
バインダー片手に一歩後ろを歩くのは夏油の『家族』である菅田真奈美。
秘書のような役目を担う彼女は、献金リストを確認しながら「はい。」と短く返事を返した。
「それに彼、ここ数ヶ月前から見えてるみたいだし」
献金が増えた件の政治家は、呪いが見えない性質の典型的な非呪術師だったはずだ。
しかし最近になって夏油は気付いた。
ここ数ヶ月の間、気まぐれに肩に乗せていた呪霊や建物の監視カメラ代わりに配置していた呪霊を、政治家の男は視線をそちらへ向け、『確実に』見ていたのだ。
しかも最初の頃は全く気付いていなかったというのに、献金が増え始めた頃から突然。
「そうなんですか?」
「そうだよ。」
些細な変化に菅田は気付いていなかったらしい。
無理もない。夏油は彼のことを、見えるようになったと確信を持ってからも、以前と変わらず『猿』と影で罵っていたのだから。
「でもまぁ、猿には変わりないよ。彼は『こちら側の人間』になる器じゃない。」
どういった手品なのか。
他人の強烈な呪力に当てられ『見える』ようになることは殊更珍しいことでもなければ特筆するようなことでもない。
ただ、その時期から不自然に金の羽振りが良くなっているのがきな臭い。
夏油は菅田にも気付かれない程の小さな溜息をそっと吐き出し、上座に敷かれた質のいい座布団へ座り込んだ。
午後からは信者へ説法を行う予定だ。
教祖も楽じゃないな、と欠伸をひとつ噛み殺し、菅田が用意してくれた程よい熱さの茶をスゾッと啜った。
「あの、夏油様」
上座の袖から顔を出したのは、美々子だ。
憔悴した彼女の様子を見て細めていた目を僅かに開き夏油は問う。
「どうしたんだい、美々子。ここに来るのは珍しいね。むしろ初めてじゃないかな?」
基本的に美々子と菜々子は夏油の寺に出入りはしても、気を遣って仕事の邪魔は今までして来なかった。
それは彼女達が幼い頃からずっと。
それがどうだ。家族になってからの六年間、頑なに守ってきた双子のルールが今破られたことに、夏油は静かに驚いていた。
「あの、菜々子を、見かけませんでしたか?……喧嘩を、してしまって…帰ってこないんです……」
泣き腫らした目を擦りながら美々子が問う。
菜々子が仕事中の夏油に会っているとは考えにくいが、藁にすがる思いなのだろう。
喜怒哀楽がはっきりした菜々子に比べ、美々子は基本的に淡々としてる。
にも関わらず、散々泣いて、探して、見つからず、お手上げ状態になってしまっているのだ。
「美々子、夏油様はお忙しいの。分かっているでしょう?」
諭すように声を掛けながら、菅田はそっと退室を促す。
ぐっと下唇を噛む美々子を見つめていた夏油だが、腹の奥底で小さな気配が『ぱちん』と弾けた感覚に、思わず息を呑んだ。
それは彼だけが分かる。彼だから分かる、僅かな変化。
「……仕方ない。午後からの予定はキャンセルしようか。」
「夏油様!」
立夏と六花#03
夏油はゆっくりと立ち上がり、菅田へ指示を飛ばす。
不安そうにぬいぐるみを抱きしめる美々子の頭をそっと撫で、夏油は忌々しそうに呟く。
「――菜々子につけていた蠅頭が祓われた。異常事態だよ。」
拠点のひとつである、盤星教のものだった寺を闊歩しながら夏油は問うた。
「そうですね。一年ほど前は月百万程の献金でしたが――」
「今や一千万。倍だもんね。」
バインダー片手に一歩後ろを歩くのは夏油の『家族』である菅田真奈美。
秘書のような役目を担う彼女は、献金リストを確認しながら「はい。」と短く返事を返した。
「それに彼、ここ数ヶ月前から見えてるみたいだし」
献金が増えた件の政治家は、呪いが見えない性質の典型的な非呪術師だったはずだ。
しかし最近になって夏油は気付いた。
ここ数ヶ月の間、気まぐれに肩に乗せていた呪霊や建物の監視カメラ代わりに配置していた呪霊を、政治家の男は視線をそちらへ向け、『確実に』見ていたのだ。
しかも最初の頃は全く気付いていなかったというのに、献金が増え始めた頃から突然。
「そうなんですか?」
「そうだよ。」
些細な変化に菅田は気付いていなかったらしい。
無理もない。夏油は彼のことを、見えるようになったと確信を持ってからも、以前と変わらず『猿』と影で罵っていたのだから。
「でもまぁ、猿には変わりないよ。彼は『こちら側の人間』になる器じゃない。」
どういった手品なのか。
他人の強烈な呪力に当てられ『見える』ようになることは殊更珍しいことでもなければ特筆するようなことでもない。
ただ、その時期から不自然に金の羽振りが良くなっているのがきな臭い。
夏油は菅田にも気付かれない程の小さな溜息をそっと吐き出し、上座に敷かれた質のいい座布団へ座り込んだ。
午後からは信者へ説法を行う予定だ。
教祖も楽じゃないな、と欠伸をひとつ噛み殺し、菅田が用意してくれた程よい熱さの茶をスゾッと啜った。
「あの、夏油様」
上座の袖から顔を出したのは、美々子だ。
憔悴した彼女の様子を見て細めていた目を僅かに開き夏油は問う。
「どうしたんだい、美々子。ここに来るのは珍しいね。むしろ初めてじゃないかな?」
基本的に美々子と菜々子は夏油の寺に出入りはしても、気を遣って仕事の邪魔は今までして来なかった。
それは彼女達が幼い頃からずっと。
それがどうだ。家族になってからの六年間、頑なに守ってきた双子のルールが今破られたことに、夏油は静かに驚いていた。
「あの、菜々子を、見かけませんでしたか?……喧嘩を、してしまって…帰ってこないんです……」
泣き腫らした目を擦りながら美々子が問う。
菜々子が仕事中の夏油に会っているとは考えにくいが、藁にすがる思いなのだろう。
喜怒哀楽がはっきりした菜々子に比べ、美々子は基本的に淡々としてる。
にも関わらず、散々泣いて、探して、見つからず、お手上げ状態になってしまっているのだ。
「美々子、夏油様はお忙しいの。分かっているでしょう?」
諭すように声を掛けながら、菅田はそっと退室を促す。
ぐっと下唇を噛む美々子を見つめていた夏油だが、腹の奥底で小さな気配が『ぱちん』と弾けた感覚に、思わず息を呑んだ。
それは彼だけが分かる。彼だから分かる、僅かな変化。
「……仕方ない。午後からの予定はキャンセルしようか。」
「夏油様!」
立夏と六花#03
夏油はゆっくりと立ち上がり、菅田へ指示を飛ばす。
不安そうにぬいぐるみを抱きしめる美々子の頭をそっと撫で、夏油は忌々しそうに呟く。
「――菜々子につけていた蠅頭が祓われた。異常事態だよ。」