立夏と六花
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「呪詛師が消えた、ですか?」
度重なる肩透かしに流石の五条も辟易しているようだった。
彼の任務『だった』内容は、詐欺紛い商売を生業にしている呪詛師の捕縛。
実際に現場へ行けば文字通りもぬけの殻だったのだ。
「そ。また草臥れ損。」
「…呪詛師がいなくなったのなら、結果オーライなのでは?」
「そしたら僕の仕事も減っていいんだけどね。争った形跡があまりないんだ、これが。」
「変な話でしょ」と軽い口調で笑う五条だが、空気は全く笑っていなかった。
教室にある生徒用の木製椅子は窮屈そうで、反対向きに座った彼は気だるそうに背もたれへ顎を乗せる。
『面倒くさい』と口に出すことは珍しくない五条だが、お手上げ状態になっている姿を名無しは初めて見た。
大した慰労にならないかもしれないが、個包装のチョコレートを取り出して名無しは五条の口へ放り込んだ。
「……呪詛師の誘拐とかですかね?」
「ん。それ有り得るかもよ」
一粒大のチョコレートを頬袋で転がしながら五条は乾いた笑顔で肩を小さく竦める。
「江戸時代に御前試合と名ばかりの、術師同士の殺し合いを御三家にさせるくらいだからね。
御三家内から人員を出したり、はたまた地方から拉致してきた呪術師を殺し合わせたり……まぁ、前例があるわけ」
――御三家といえば、五条家、禪院家、加茂家のことだ。
呪術師の家系が先祖代々続くこの血統は諍いが絶えず、互いに浅からぬ因縁が星の数程ある。
その中のひとつが、御前試合という名の殺し合いだ。
「……それ、見世物じゃないですか。」
「本当にね。でも、勝った方にはたんまりコレが貰えるともなれば話は別なわけ」
下世話っぽく親指と人差し指で丸を作る五条。
つまりそう。『金』だ。
江戸時代は安土桃山時代――所謂戦国の時代に比べ戦の数はめっきり減り、死者の数が緩やかに減っていった時代と言える。
飢饉や病はあるものの、『戦』という天災以上に理不尽な死は人の営みから遠のきつつあった。
そこで唸ったのは当時の呪術師達だ。
まじない・祈祷の類は細々とあるものの、その当時の彼らの生業は『人を呪い、殺し、如何にして相手の力を削ぐか』という殺伐としたものだった。
――それもそうだ。先代の時代は群雄割拠の戦の世だったのだから。
人を救う術よりも、人を殺す術の方が金になった時代が長すぎた。
人を救うための呪術はゆるやかに死んでいったのだ。
そこで幕府は考えた。
『御前試合』。
つまり、体のいい見世物だ。
御三家の中でも意見は様々だった。
プライドが許さない者。
金に目が眩んだ者。
幕府の勅令なら仕方がないと諦める者。
幕府に呪術を売り込む算段をする者。
なぜ『非呪術師』に我らの術を見せねばならぬのかと憤る者。
……ただ、とある一点は誰も異を唱えなかった。
宿敵とも言える他の御三家を公的に殺す機会を与えられた事に。
商売敵になりうる他の術師を正当な理由で淘汰する機会を与えられたことに、誰も『気が狂っている』と声を上げることはなかった。
「薄々勘づいていたとは思うんだけどね。当時のお偉いさん方が目障りな御三家や呪術界全体の疲弊を狙っているとか、いつか自分達に牙を剥く可能性のある呪術師の数を単純に減らしたいだとか。」
それでも生きていく上で金は必要だし、何より他の御三家を気遣う理由などないのだ。
陰謀と策略が巡らされていたとしても当時の御三家にとってまさに渡りに船と言えた。
「嫌な話ですね。」
「ホント、バカだよねぇ。」
過ぎたることとはいえ愚かな事だとせせら笑う五条。
当時の呪術界の切羽詰まった事情を知る由もないが、それでも誰しもが『ただの消耗・使い捨て』だと理解出来る。
それに縋らなければいけないほどその時代の呪術師達は生きていくことに必死だったのかもしれないが。
「まぁ、呪術師なんて一般人からしたら人外に等しいものだし?ハブとマングースの決闘ショーを娯楽として見てるようなものだよね」
動物愛護の観点から今や鳴りを潜めた催し。
それがもし、今も『呪術師』で行われているとしたら――
立夏と六花#01
「……悪趣味ですよ。」
「でもそれを愉しみにしている外道は、残念ながら現代社会でもいるってことさ」
度重なる肩透かしに流石の五条も辟易しているようだった。
彼の任務『だった』内容は、詐欺紛い商売を生業にしている呪詛師の捕縛。
実際に現場へ行けば文字通りもぬけの殻だったのだ。
「そ。また草臥れ損。」
「…呪詛師がいなくなったのなら、結果オーライなのでは?」
「そしたら僕の仕事も減っていいんだけどね。争った形跡があまりないんだ、これが。」
「変な話でしょ」と軽い口調で笑う五条だが、空気は全く笑っていなかった。
教室にある生徒用の木製椅子は窮屈そうで、反対向きに座った彼は気だるそうに背もたれへ顎を乗せる。
『面倒くさい』と口に出すことは珍しくない五条だが、お手上げ状態になっている姿を名無しは初めて見た。
大した慰労にならないかもしれないが、個包装のチョコレートを取り出して名無しは五条の口へ放り込んだ。
「……呪詛師の誘拐とかですかね?」
「ん。それ有り得るかもよ」
一粒大のチョコレートを頬袋で転がしながら五条は乾いた笑顔で肩を小さく竦める。
「江戸時代に御前試合と名ばかりの、術師同士の殺し合いを御三家にさせるくらいだからね。
御三家内から人員を出したり、はたまた地方から拉致してきた呪術師を殺し合わせたり……まぁ、前例があるわけ」
――御三家といえば、五条家、禪院家、加茂家のことだ。
呪術師の家系が先祖代々続くこの血統は諍いが絶えず、互いに浅からぬ因縁が星の数程ある。
その中のひとつが、御前試合という名の殺し合いだ。
「……それ、見世物じゃないですか。」
「本当にね。でも、勝った方にはたんまりコレが貰えるともなれば話は別なわけ」
下世話っぽく親指と人差し指で丸を作る五条。
つまりそう。『金』だ。
江戸時代は安土桃山時代――所謂戦国の時代に比べ戦の数はめっきり減り、死者の数が緩やかに減っていった時代と言える。
飢饉や病はあるものの、『戦』という天災以上に理不尽な死は人の営みから遠のきつつあった。
そこで唸ったのは当時の呪術師達だ。
まじない・祈祷の類は細々とあるものの、その当時の彼らの生業は『人を呪い、殺し、如何にして相手の力を削ぐか』という殺伐としたものだった。
――それもそうだ。先代の時代は群雄割拠の戦の世だったのだから。
人を救う術よりも、人を殺す術の方が金になった時代が長すぎた。
人を救うための呪術はゆるやかに死んでいったのだ。
そこで幕府は考えた。
『御前試合』。
つまり、体のいい見世物だ。
御三家の中でも意見は様々だった。
プライドが許さない者。
金に目が眩んだ者。
幕府の勅令なら仕方がないと諦める者。
幕府に呪術を売り込む算段をする者。
なぜ『非呪術師』に我らの術を見せねばならぬのかと憤る者。
……ただ、とある一点は誰も異を唱えなかった。
宿敵とも言える他の御三家を公的に殺す機会を与えられた事に。
商売敵になりうる他の術師を正当な理由で淘汰する機会を与えられたことに、誰も『気が狂っている』と声を上げることはなかった。
「薄々勘づいていたとは思うんだけどね。当時のお偉いさん方が目障りな御三家や呪術界全体の疲弊を狙っているとか、いつか自分達に牙を剥く可能性のある呪術師の数を単純に減らしたいだとか。」
それでも生きていく上で金は必要だし、何より他の御三家を気遣う理由などないのだ。
陰謀と策略が巡らされていたとしても当時の御三家にとってまさに渡りに船と言えた。
「嫌な話ですね。」
「ホント、バカだよねぇ。」
過ぎたることとはいえ愚かな事だとせせら笑う五条。
当時の呪術界の切羽詰まった事情を知る由もないが、それでも誰しもが『ただの消耗・使い捨て』だと理解出来る。
それに縋らなければいけないほどその時代の呪術師達は生きていくことに必死だったのかもしれないが。
「まぁ、呪術師なんて一般人からしたら人外に等しいものだし?ハブとマングースの決闘ショーを娯楽として見てるようなものだよね」
動物愛護の観点から今や鳴りを潜めた催し。
それがもし、今も『呪術師』で行われているとしたら――
立夏と六花#01
「……悪趣味ですよ。」
「でもそれを愉しみにしている外道は、残念ながら現代社会でもいるってことさ」
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