雪白と帰り花
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「足場が悪いの、ホントどうにかならないものですか、ね!」
「動かなければどうということはなかろう。」
「流石グーで呪霊を祓う方は違いますね、あぁもう」
山の天気は変わりやすいとはいうが、ここまで吹雪くのは聞いていない。
ホワイトアウトし始めた視界に眉を顰め、珍しく文句を零しながら名無しは呪霊を祓っていく。
『叛逆』と見なされたのだろう。
傍観していたはずの両面宿儺にも呪霊が襲いかかって来ているので、最早乱戦状態だ。…全くもって無謀としか言いようがないが。
しかし、祓っても祓っても雪の上に落ちた肉片から再生する呪霊を見てそうも言っていられない。
一見、そう。不死である『八百比丘尼』のようではあるが──
「というより、なんだコイツらは。不死か?霞を殴っている気分だな」
「いえ。恐らく呪物を元に受肉している呪霊なので」
氷塊、一擲。
おどろおどろしい呪霊の眼球を狙い撃てば、霧が晴れるように霧散していく肉体。
踏み荒らされた雪の上には、潰された眼球がただひとつ。
「核である呪物を壊せば、どうということないかと。」
というものの、結界内の呪霊はそれぞれ『核』になっている呪物が異なる。
それを狙い撃てというのだから、無理難題というものだ。
「骨が折れる。全く、この小娘を連れ去っただけでこの仕打ちとはな。割に合わん。」
「すみませんね、助けて頂いて。お願いした覚えもありませんけど!」
雪白と帰り花#05
「呪いの王様なんでしょう?なんかこう、一気に片付けられないんですか」
「手立てはあるが、無理だな。呪力が足りん。」
「チッ」と忌々しそうに舌打ちを零す両面宿儺は、苛立ちを隠すことなく吐き捨てた。
呪力が足りないことだけが原因ではない。殺せど、屠れども、再び湧いて出る呪霊に嫌気が差しているのだろう。
それは私も同じ事だ。
消耗戦になれば数が圧倒的に少ないこちらが不利に決まっている。
だからこうして態勢を整え、策を練るために身を潜めている訳だが──。
「でも、分かったことがひとつ。」
「なんだ。」
「呪物を媒介に呪霊を手足のように使っているから、もしかしたら呪霊の視界も術者と共有しているかと思ったんですけど……こうして身を潜めている場所がバレていないところから察するに、違うみたいですね」
両面宿儺の二対の双眸を見ながら、私は冷えきった手を息で温める。
肺まで凍りそうな冷気を吸って吐き出した呼吸は、暖を取るには物足りないがないよりマシだ。
なにせ両面宿儺によって腕やら腹を切られ、高専の制服は夏服よりも布面積が心許ないものになっていたのだから。
(寒さで動けなくなっても、死ぬことはないはずだけど)
ただただ死ぬ程寒いだけで。
いっそ凍死で死ねた方が楽かもしれない。
「近くに術者がいるということか。」
「はい。遮蔽物が多いので身を隠しているのかと」
木々が雑多に立ち並ぶ山肌。
冬の厚い雪化粧に覆われた山中は、立っているだけで呪霊も人もよく目立つ。
あくまで予想だが、木の影で身を潜め、呪霊に指示を与えているのだろう。
それに気づいたのは、呪霊の群れとしての的確な行動と、統一されてない種にも関わらず統率の取れた動きをしていたからだ。
恐らく呪詛師がこちらを監視し、采配を揮っていると考えられた。
「言っておくが、受肉した際の縛りで俺はあの三下を殺せぬぞ。」
仮に呪力が足りたとして、周りの遮蔽物と呪霊を一掃出来たとして。
──それもそうだろう。でなければ、何故か彼の不興を買った呪詛師は、今頃憐れな肉塊になっているに違いない。
「分かってます。こっちも聞きたいことがあるので丁度良かった。」
殺されたら困るので好都合だ。
何せ聞きたいことは山程あるのだから。
「──で。どうするつもりだ?」
肉体は元通りになっているものの、蓄積されたダメージは消えない。
失血した血もまだ足りていないので本調子とも言えない。
だから、この目の前の彼に手を貸してもらうしか方法はない。
あまり使いたくない手段だが背に腹はかえられぬ。
「私の血で呪力は賄えますか?」
私がそう問えば、二対の双眸は意外そうに見開かれるではないか。
しかしそれは一瞬でなりを潜め、赤い瞳を薄く細めながら残虐な色を浮かべた表情で笑った。
「血を啜った後に、うっかりお前を八つ裂きにしてしまうかもしれんぞ?」
「それはないでしょう。」
──これは、勘だ。
「その寝惚けたような確信は何処から来るのやら。」
「……何となくですかね」
私が知っていることは、少なくとも『両面宿儺』と『八百比丘尼』は無関係ではない、ということ。
両面宿儺は八百比丘尼を利用される事に関して、いい感情を持っていないということ。
……それらはあくまで推測の域を出ないが。
あの呪詛師に連れて行かれるよりも、こっちに賭けた方が何倍もマシだ。
それに、
「使える手段は使わないと。くだらない見栄やプライドなんてただの足枷にしかなりませんから。」
あの暗く冷たい場所に戻るくらいなら、いくらでも卑怯な手を使おうじゃないか。
呪術師としての矜恃?だからなんだ。勝てば官軍だと昔の偉人はよく言ったものだ。
これは、命の取り合い。生き残った者の勝ちだ。
それに、約束をした。
『──頑張りますね。』
約束を違えるつもりなはない。
私は、特級呪物を持って帰る。
呪術師だと認めてくれている、あの人のところへ。
ふぅ、と息をつき、腰のポーチからサバイバルナイフを取り出し、鈍色の刃を自分に向ける。
「……で、何処を切ったら血を啜りやすいですかね。腕とか手のひら、」
「ここでいい。」
ブツリと皮膚が破ける音。
前触れのない行動に動揺して、取り出したばかりのナイフが手から滑り落ち、雪に埋もれた。
不意に与えられた痛覚に思わずくぐもった声が出てしまい、痺れるような感覚に息が詰まった。
吸血鬼じゃあるまいし、歯を立てる箇所が首である必要はあるのか。
動脈が走っているから血が新鮮で美味しいのかもしれないが、それでも首でなくてもいいのではないか。
言いたいことが浮かんでは、泡沫のように消える。
頬と頬が擦り合うような近さと、肩口を擽る両面宿儺の呼吸に思わず身を捩った。
首筋を這う唇と舌。
寒気とは違う悪寒にも似たソレが訳分からなくて、空いた両手で身体を押し返して抵抗をする。
が、四本の腕に抱えられればそれは文字通り『無駄な抵抗』に終わった。
耳元で聞こえる「ゴクリ」と喉が鳴る音。
生々しい喉越しの音と、生暖かい人肌の温度に目眩がしそうだ。
早く終われとひたすら念じながら、私はただただ瞼を固く瞑った。
「動かなければどうということはなかろう。」
「流石グーで呪霊を祓う方は違いますね、あぁもう」
山の天気は変わりやすいとはいうが、ここまで吹雪くのは聞いていない。
ホワイトアウトし始めた視界に眉を顰め、珍しく文句を零しながら名無しは呪霊を祓っていく。
『叛逆』と見なされたのだろう。
傍観していたはずの両面宿儺にも呪霊が襲いかかって来ているので、最早乱戦状態だ。…全くもって無謀としか言いようがないが。
しかし、祓っても祓っても雪の上に落ちた肉片から再生する呪霊を見てそうも言っていられない。
一見、そう。不死である『八百比丘尼』のようではあるが──
「というより、なんだコイツらは。不死か?霞を殴っている気分だな」
「いえ。恐らく呪物を元に受肉している呪霊なので」
氷塊、一擲。
おどろおどろしい呪霊の眼球を狙い撃てば、霧が晴れるように霧散していく肉体。
踏み荒らされた雪の上には、潰された眼球がただひとつ。
「核である呪物を壊せば、どうということないかと。」
というものの、結界内の呪霊はそれぞれ『核』になっている呪物が異なる。
それを狙い撃てというのだから、無理難題というものだ。
「骨が折れる。全く、この小娘を連れ去っただけでこの仕打ちとはな。割に合わん。」
「すみませんね、助けて頂いて。お願いした覚えもありませんけど!」
雪白と帰り花#05
「呪いの王様なんでしょう?なんかこう、一気に片付けられないんですか」
「手立てはあるが、無理だな。呪力が足りん。」
「チッ」と忌々しそうに舌打ちを零す両面宿儺は、苛立ちを隠すことなく吐き捨てた。
呪力が足りないことだけが原因ではない。殺せど、屠れども、再び湧いて出る呪霊に嫌気が差しているのだろう。
それは私も同じ事だ。
消耗戦になれば数が圧倒的に少ないこちらが不利に決まっている。
だからこうして態勢を整え、策を練るために身を潜めている訳だが──。
「でも、分かったことがひとつ。」
「なんだ。」
「呪物を媒介に呪霊を手足のように使っているから、もしかしたら呪霊の視界も術者と共有しているかと思ったんですけど……こうして身を潜めている場所がバレていないところから察するに、違うみたいですね」
両面宿儺の二対の双眸を見ながら、私は冷えきった手を息で温める。
肺まで凍りそうな冷気を吸って吐き出した呼吸は、暖を取るには物足りないがないよりマシだ。
なにせ両面宿儺によって腕やら腹を切られ、高専の制服は夏服よりも布面積が心許ないものになっていたのだから。
(寒さで動けなくなっても、死ぬことはないはずだけど)
ただただ死ぬ程寒いだけで。
いっそ凍死で死ねた方が楽かもしれない。
「近くに術者がいるということか。」
「はい。遮蔽物が多いので身を隠しているのかと」
木々が雑多に立ち並ぶ山肌。
冬の厚い雪化粧に覆われた山中は、立っているだけで呪霊も人もよく目立つ。
あくまで予想だが、木の影で身を潜め、呪霊に指示を与えているのだろう。
それに気づいたのは、呪霊の群れとしての的確な行動と、統一されてない種にも関わらず統率の取れた動きをしていたからだ。
恐らく呪詛師がこちらを監視し、采配を揮っていると考えられた。
「言っておくが、受肉した際の縛りで俺はあの三下を殺せぬぞ。」
仮に呪力が足りたとして、周りの遮蔽物と呪霊を一掃出来たとして。
──それもそうだろう。でなければ、何故か彼の不興を買った呪詛師は、今頃憐れな肉塊になっているに違いない。
「分かってます。こっちも聞きたいことがあるので丁度良かった。」
殺されたら困るので好都合だ。
何せ聞きたいことは山程あるのだから。
「──で。どうするつもりだ?」
肉体は元通りになっているものの、蓄積されたダメージは消えない。
失血した血もまだ足りていないので本調子とも言えない。
だから、この目の前の彼に手を貸してもらうしか方法はない。
あまり使いたくない手段だが背に腹はかえられぬ。
「私の血で呪力は賄えますか?」
私がそう問えば、二対の双眸は意外そうに見開かれるではないか。
しかしそれは一瞬でなりを潜め、赤い瞳を薄く細めながら残虐な色を浮かべた表情で笑った。
「血を啜った後に、うっかりお前を八つ裂きにしてしまうかもしれんぞ?」
「それはないでしょう。」
──これは、勘だ。
「その寝惚けたような確信は何処から来るのやら。」
「……何となくですかね」
私が知っていることは、少なくとも『両面宿儺』と『八百比丘尼』は無関係ではない、ということ。
両面宿儺は八百比丘尼を利用される事に関して、いい感情を持っていないということ。
……それらはあくまで推測の域を出ないが。
あの呪詛師に連れて行かれるよりも、こっちに賭けた方が何倍もマシだ。
それに、
「使える手段は使わないと。くだらない見栄やプライドなんてただの足枷にしかなりませんから。」
あの暗く冷たい場所に戻るくらいなら、いくらでも卑怯な手を使おうじゃないか。
呪術師としての矜恃?だからなんだ。勝てば官軍だと昔の偉人はよく言ったものだ。
これは、命の取り合い。生き残った者の勝ちだ。
それに、約束をした。
『──頑張りますね。』
約束を違えるつもりなはない。
私は、特級呪物を持って帰る。
呪術師だと認めてくれている、あの人のところへ。
ふぅ、と息をつき、腰のポーチからサバイバルナイフを取り出し、鈍色の刃を自分に向ける。
「……で、何処を切ったら血を啜りやすいですかね。腕とか手のひら、」
「ここでいい。」
ブツリと皮膚が破ける音。
前触れのない行動に動揺して、取り出したばかりのナイフが手から滑り落ち、雪に埋もれた。
不意に与えられた痛覚に思わずくぐもった声が出てしまい、痺れるような感覚に息が詰まった。
吸血鬼じゃあるまいし、歯を立てる箇所が首である必要はあるのか。
動脈が走っているから血が新鮮で美味しいのかもしれないが、それでも首でなくてもいいのではないか。
言いたいことが浮かんでは、泡沫のように消える。
頬と頬が擦り合うような近さと、肩口を擽る両面宿儺の呼吸に思わず身を捩った。
首筋を這う唇と舌。
寒気とは違う悪寒にも似たソレが訳分からなくて、空いた両手で身体を押し返して抵抗をする。
が、四本の腕に抱えられればそれは文字通り『無駄な抵抗』に終わった。
耳元で聞こえる「ゴクリ」と喉が鳴る音。
生々しい喉越しの音と、生暖かい人肌の温度に目眩がしそうだ。
早く終われとひたすら念じながら、私はただただ瞼を固く瞑った。