青藍の冬至
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「これも買っちゃおう〜。」
鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌の五条さん。
私を鏡の前に立たせてはあれやこれやと服を合わせて、腕に抱えていく。
…………この人の金銭感覚はどうなっているんだ。
最初、べらぼうに高い服屋さんに連れて行かれた時には、いたたまれなさ・値段・店員さんの雰囲気、全てにおいて胃が痛くなった。
なんとか説得してショッピングモールに入っているような服屋さんに入ったのはいいが、あれやこれやと選ぶ始末。
トータル金額をざっと計算すると、軽く5万は超えている。
五条なだけにか。いや、笑えないんですけど。
「あの、五条さん。上着は一着だけでいいですし、服もこんなにたくさんは大丈夫です…」
「あれぇ?あんま好きじゃなかった?」
「いえ。さすが東京といいますか…おしゃれで可愛いですし、とてもいいとは思うんですけど」
「あ、店員さん。このスカート、もう一つサイズが小さいのあります?」
「聞いてます?」
飄々とした彼の考えていることは分からない。
真意を計れない以上、善意は素直に受け取っておくべきなのだろうが…。
反面、申し訳なさで胃に穴が空いてしまいそうだ。
(……………胃に穴が空いても、この場合勝手に治るんだろうか……)
妙な体質になったことをぼんやりと考えながら、私は『どうにでもなれ』と言わんばかりに溜息を小さく吐き出した。
***
「絶対あのブーツ似合うと思ったんだけどなぁ」
「私はスニーカーひとつあれば十分です。」
肩がちぎれるのではないかと思う程の買い物袋。
久しぶりの外。
初めて見るくらいの人混み。
正直、目眩がしそうだ。
ちょっと疲れてしまったのも本音。
足取りがまだまだ元気な五条さんを追いかけるように歩けば、不意にすれ違う『黒』。
異形。
人ならざる影。
生まれたばかりのそれは狭い雑居ビルの間にするりと入り、人の喧騒から遠ざかるように逃げていく。
「やっぱり見えてるんだ?」
思わず、立ち止まっていた。
五条さんの声が上から降ってきて、私は思わず大きく肩を揺らしてしまう。
五条さんの手には先程の呪霊。
生まれたばかりの人の『悪意』を、彼は軽く握りつぶしながら小さく首を傾げた。
……どうして彼の手の中にいるかは、深く考えないことにしよう。
「いつから?」
「……物心、ついた時から…だと思います」
墓場。山奥のトンネル。学校の翳った場所。
草木からは花が咲き、空には雲がぽっかり浮かぶ。
そんな当たり前のことのように、呪霊はすぐそばにいた。
それを祓うことに違和感も疑問も、抱いていなかった。
だって生まれた時からそうだったし、普通の人には見えなくて当然なんだからひけらかすこともなかった。
「あのさ、」
五条さんが、ぽそりと呟く。
「名無し、高専においでよ。」
「……こうせん?」
「そ。東京都立呪術高等専門学校。」
呪術。
呪霊を祓うもの。
――そう、正しい使い方は――本来は、そうだったはずなのだ。
「呪術は、嫌い?」
五条さんが腰をかがめて私の顔を覗き込んでくる。
嫌いだとか、好きだとか、そうじゃない。
元々見えていたし、父も母も普通の仕事の片手間に、身近な呪霊を祓っていた。
それが『いつも』の生活だった。
それを一変させたのも、呪術。
私を『造り変えた』のも、呪術。
天災のように、私の全てを呑み込んでいったのも、呪術。
嫌いじゃなかった。特別好きでもなかった。
でも、今は――
「好きじゃ、ないです。」
好きじゃない。
これが本心。
「それもそうだろうね。
でも、残念だけど今の名無しは呪霊にとっては格好のご馳走だ。性質的には完全に特級呪物そのものだからね」
ふわりと立った髪の毛を、困ったように掻きむしる五条さん。
「呪術を学んでも、卒業後に呪術師になる必要はないんだ。そんなヤツもいるし、そういう生き方も僕はありだと思う。
だからねぇ……そうだなぁ……自由に生きるために呪術を学んでみない?」
買い物袋を持ち直して、いつものようにへらりと笑う。
自由、に。
覚束無い篝火ひとつ下で、死体のように生きていくこともなく。
行きたいところに行く。私の、意思で。
「……私は、自由に生きられるのでしょうか?」
呪いに成ったこの身体で。
本当にそんなことが出来るのだろうか。
出来たらまるで夢のようだ。
――あぁ、本当は今この瞬間も夢なのかもしれないけど。
くしゃりと撫でられた頭。
さっぱりと切りそろえられた黒髪が、大きくて力強い手のひらで無造作に乱された。
「できるさ。
――知ってた?人間はね、心ひとつで何処へだって生きて行けるんだ。」
青藍の冬至#06
私は上手く言葉にできない返事の代わりに、小さくひとつ頷いた。
鼻歌を歌い出しそうなくらい上機嫌の五条さん。
私を鏡の前に立たせてはあれやこれやと服を合わせて、腕に抱えていく。
…………この人の金銭感覚はどうなっているんだ。
最初、べらぼうに高い服屋さんに連れて行かれた時には、いたたまれなさ・値段・店員さんの雰囲気、全てにおいて胃が痛くなった。
なんとか説得してショッピングモールに入っているような服屋さんに入ったのはいいが、あれやこれやと選ぶ始末。
トータル金額をざっと計算すると、軽く5万は超えている。
五条なだけにか。いや、笑えないんですけど。
「あの、五条さん。上着は一着だけでいいですし、服もこんなにたくさんは大丈夫です…」
「あれぇ?あんま好きじゃなかった?」
「いえ。さすが東京といいますか…おしゃれで可愛いですし、とてもいいとは思うんですけど」
「あ、店員さん。このスカート、もう一つサイズが小さいのあります?」
「聞いてます?」
飄々とした彼の考えていることは分からない。
真意を計れない以上、善意は素直に受け取っておくべきなのだろうが…。
反面、申し訳なさで胃に穴が空いてしまいそうだ。
(……………胃に穴が空いても、この場合勝手に治るんだろうか……)
妙な体質になったことをぼんやりと考えながら、私は『どうにでもなれ』と言わんばかりに溜息を小さく吐き出した。
***
「絶対あのブーツ似合うと思ったんだけどなぁ」
「私はスニーカーひとつあれば十分です。」
肩がちぎれるのではないかと思う程の買い物袋。
久しぶりの外。
初めて見るくらいの人混み。
正直、目眩がしそうだ。
ちょっと疲れてしまったのも本音。
足取りがまだまだ元気な五条さんを追いかけるように歩けば、不意にすれ違う『黒』。
異形。
人ならざる影。
生まれたばかりのそれは狭い雑居ビルの間にするりと入り、人の喧騒から遠ざかるように逃げていく。
「やっぱり見えてるんだ?」
思わず、立ち止まっていた。
五条さんの声が上から降ってきて、私は思わず大きく肩を揺らしてしまう。
五条さんの手には先程の呪霊。
生まれたばかりの人の『悪意』を、彼は軽く握りつぶしながら小さく首を傾げた。
……どうして彼の手の中にいるかは、深く考えないことにしよう。
「いつから?」
「……物心、ついた時から…だと思います」
墓場。山奥のトンネル。学校の翳った場所。
草木からは花が咲き、空には雲がぽっかり浮かぶ。
そんな当たり前のことのように、呪霊はすぐそばにいた。
それを祓うことに違和感も疑問も、抱いていなかった。
だって生まれた時からそうだったし、普通の人には見えなくて当然なんだからひけらかすこともなかった。
「あのさ、」
五条さんが、ぽそりと呟く。
「名無し、高専においでよ。」
「……こうせん?」
「そ。東京都立呪術高等専門学校。」
呪術。
呪霊を祓うもの。
――そう、正しい使い方は――本来は、そうだったはずなのだ。
「呪術は、嫌い?」
五条さんが腰をかがめて私の顔を覗き込んでくる。
嫌いだとか、好きだとか、そうじゃない。
元々見えていたし、父も母も普通の仕事の片手間に、身近な呪霊を祓っていた。
それが『いつも』の生活だった。
それを一変させたのも、呪術。
私を『造り変えた』のも、呪術。
天災のように、私の全てを呑み込んでいったのも、呪術。
嫌いじゃなかった。特別好きでもなかった。
でも、今は――
「好きじゃ、ないです。」
好きじゃない。
これが本心。
「それもそうだろうね。
でも、残念だけど今の名無しは呪霊にとっては格好のご馳走だ。性質的には完全に特級呪物そのものだからね」
ふわりと立った髪の毛を、困ったように掻きむしる五条さん。
「呪術を学んでも、卒業後に呪術師になる必要はないんだ。そんなヤツもいるし、そういう生き方も僕はありだと思う。
だからねぇ……そうだなぁ……自由に生きるために呪術を学んでみない?」
買い物袋を持ち直して、いつものようにへらりと笑う。
自由、に。
覚束無い篝火ひとつ下で、死体のように生きていくこともなく。
行きたいところに行く。私の、意思で。
「……私は、自由に生きられるのでしょうか?」
呪いに成ったこの身体で。
本当にそんなことが出来るのだろうか。
出来たらまるで夢のようだ。
――あぁ、本当は今この瞬間も夢なのかもしれないけど。
くしゃりと撫でられた頭。
さっぱりと切りそろえられた黒髪が、大きくて力強い手のひらで無造作に乱された。
「できるさ。
――知ってた?人間はね、心ひとつで何処へだって生きて行けるんだ。」
青藍の冬至#06
私は上手く言葉にできない返事の代わりに、小さくひとつ頷いた。