雪白と帰り花
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
時は戻り、1月の恐山。
──恐山とは、青森県のカルデラ湖である宇曽利山湖を囲う山々の総称である。
古くは『宇曽利山』と呼ばれていたが、『ウソリヤマ』が転化し『おそれやま』と呼ばれるようになったらしい。
更に言えば『ウソリ』とはアイヌ語の『窪み』という意味から派生した名前と言われている。
つまり古い歴史を紐解けば、少なくともアイヌ呪術連とも関わりのある土地──ということだ。曰くがつかない訳がない。
カルデラに分類されているだけあって、辺り一帯は水蒸気・火山性ガスの発生が盛んだ。
特に、独特の硫黄臭。有毒ガスによる頭痛や倦怠感で体調を崩す参拝者も珍しくない。
更に火山ガスによる影響で、草木が生えぬ一帯があるくらいだ。
さぞかし古来は『この世の地獄』だと大いに恐れられたのだろう。
死者の山とされ、恐山菩提寺が建てられたくらいだ。
……人々の恐れと信仰。様々な呪いが集まる地である事は、想像に容易かった。
さて。
しかし一歩間違えば呪いの聖地になりそうな恐山だが、夏期の間は参拝のため山開きをしている。
その人々が呪霊に襲われない訳とは──
(特級呪物を置いて、呪いを寄せ付けない。)
毒を以て毒を制す、と言ったところか。
呪術師不足が故の、何ともお粗末な対応と言わざるを得ない。
──大尽山の北側。
そこにある小さな祠に、目的の特級呪物があるはずだった。
「おー、ホントに来た。こんな深〜い雪の中ご苦労さん。」
五条より少し歳上くらいだろうか。
目的の祠の屋根の上に、足を組んで座る男が一人。
厚みのあるダウンジャケットの下に、山伏のような出で立ちの服。
一見修行僧のようにも見えるが、細めた瞳から向けられる蛇のような視線は嫌悪感しか湧かなかった。
それに『ホントに来た』と。
まるで、名無しがここに来ることを最初から知っていたかのような口振りだ。
「……先客がいるなんて聞いていませんけど。」
「そりゃね。だって俺の目的は特級呪物は特級呪物なんだけど」
「『特級呪物・八百比丘尼』だもん。」
祠を先に暴いたのか。
厳重に貼られた札が巻かれた『それ』。
目的の特級呪物が男の手の中にあることを確認し、名無しは動揺する素振りを見せることなく白い息を吐き出した。
「返して下さい。それ、持って帰る任務なんですよ。」
「いいよ?ほら。」
予想に反し、放り投げられる『指』。
名無しの視線が宙を舞った特級呪物へ向けられると同時に、男の低い声が辺りに木霊した。
「『唵』。」
稲妻が奔る、轟音。
帳に似た結界が降り、雪の下から異形が湧き出てくる。
その数、十・二十なんて可愛い数ではない。
ざっと数えただけで、五十は超える。
「驚いた?コイツらは僕のコレクション。各地で集めた呪物さ。
──あぁ、ついでだから術式の開示もしちゃおうかな。
10km四方の結界内にある呪物は、僕の制御下で受肉する。『呪霊操術』に比べて効果は結界の範囲内ってデメリットがあるけど──ほら。」
質量のある影が、墜ちる。
舞い上がる雪。
火緋色の髪。
露わになった上半身は一糸纏わず、昔の流刑になった罪人のような刺青が黒々と刻まれている。
「どんな呪術師も葬りされなかった『最強の特級呪物』も、僕の下でこうして蘇るわけだ。」
二対の腕。
二対の双眸。
異形の男と絡む視線。
その男は──実に嬉しそうに、それでいて好戦的に。
白い歯を剥いて、笑った。
「久しいな、名無し。千年ぶりか?」
雪白と帰り花#02
危機的状況だと、頭では理解している。分かっている。
それでも、それでも。
尋ねずにはいられなかった。
「──あの、どちら様ですか?」
──恐山とは、青森県のカルデラ湖である宇曽利山湖を囲う山々の総称である。
古くは『宇曽利山』と呼ばれていたが、『ウソリヤマ』が転化し『おそれやま』と呼ばれるようになったらしい。
更に言えば『ウソリ』とはアイヌ語の『窪み』という意味から派生した名前と言われている。
つまり古い歴史を紐解けば、少なくともアイヌ呪術連とも関わりのある土地──ということだ。曰くがつかない訳がない。
カルデラに分類されているだけあって、辺り一帯は水蒸気・火山性ガスの発生が盛んだ。
特に、独特の硫黄臭。有毒ガスによる頭痛や倦怠感で体調を崩す参拝者も珍しくない。
更に火山ガスによる影響で、草木が生えぬ一帯があるくらいだ。
さぞかし古来は『この世の地獄』だと大いに恐れられたのだろう。
死者の山とされ、恐山菩提寺が建てられたくらいだ。
……人々の恐れと信仰。様々な呪いが集まる地である事は、想像に容易かった。
さて。
しかし一歩間違えば呪いの聖地になりそうな恐山だが、夏期の間は参拝のため山開きをしている。
その人々が呪霊に襲われない訳とは──
(特級呪物を置いて、呪いを寄せ付けない。)
毒を以て毒を制す、と言ったところか。
呪術師不足が故の、何ともお粗末な対応と言わざるを得ない。
──大尽山の北側。
そこにある小さな祠に、目的の特級呪物があるはずだった。
「おー、ホントに来た。こんな深〜い雪の中ご苦労さん。」
五条より少し歳上くらいだろうか。
目的の祠の屋根の上に、足を組んで座る男が一人。
厚みのあるダウンジャケットの下に、山伏のような出で立ちの服。
一見修行僧のようにも見えるが、細めた瞳から向けられる蛇のような視線は嫌悪感しか湧かなかった。
それに『ホントに来た』と。
まるで、名無しがここに来ることを最初から知っていたかのような口振りだ。
「……先客がいるなんて聞いていませんけど。」
「そりゃね。だって俺の目的は特級呪物は特級呪物なんだけど」
「『特級呪物・八百比丘尼』だもん。」
祠を先に暴いたのか。
厳重に貼られた札が巻かれた『それ』。
目的の特級呪物が男の手の中にあることを確認し、名無しは動揺する素振りを見せることなく白い息を吐き出した。
「返して下さい。それ、持って帰る任務なんですよ。」
「いいよ?ほら。」
予想に反し、放り投げられる『指』。
名無しの視線が宙を舞った特級呪物へ向けられると同時に、男の低い声が辺りに木霊した。
「『唵』。」
稲妻が奔る、轟音。
帳に似た結界が降り、雪の下から異形が湧き出てくる。
その数、十・二十なんて可愛い数ではない。
ざっと数えただけで、五十は超える。
「驚いた?コイツらは僕のコレクション。各地で集めた呪物さ。
──あぁ、ついでだから術式の開示もしちゃおうかな。
10km四方の結界内にある呪物は、僕の制御下で受肉する。『呪霊操術』に比べて効果は結界の範囲内ってデメリットがあるけど──ほら。」
質量のある影が、墜ちる。
舞い上がる雪。
火緋色の髪。
露わになった上半身は一糸纏わず、昔の流刑になった罪人のような刺青が黒々と刻まれている。
「どんな呪術師も葬りされなかった『最強の特級呪物』も、僕の下でこうして蘇るわけだ。」
二対の腕。
二対の双眸。
異形の男と絡む視線。
その男は──実に嬉しそうに、それでいて好戦的に。
白い歯を剥いて、笑った。
「久しいな、名無し。千年ぶりか?」
雪白と帰り花#02
危機的状況だと、頭では理解している。分かっている。
それでも、それでも。
尋ねずにはいられなかった。
「──あの、どちら様ですか?」