僕達のロズウェル事件簿
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後輩をパシリにする先輩程、クソと言えるものはないだろう。
お気に入りのベーカリーに入る直前。
着信音がけたたましく鳴るスマートフォンを、つい反射的に取ってしまい、我ながら呆れて溜息が零れた。
発信元があの人なら尚更。
『なーなみ。今どこ〜?』
「どうして貴方に言わなきゃいけないんですか」
『パン屋?』
「人の話聞いてます?」
せめて名乗れ。
いや、番号を登録しているから誰なのかは分かっているのだが。
しかもどうしてパン屋だと分かるのか。
GPSでも仕掛けられているのではないかと疑ってしまった。あの人ならやりかねない。
『お金払うからさぁ、ちょっとパン買って来てくれない?』
口調はまだマシ…いや、比較的丁寧だが、完全にパシリではないか。
不快感が真っ先に先走り、脊椎反射で《お断りします》と打ち返そうとした時だった。
『ちょっ…五条さん!七海さんに頼むの失礼でしょう!?』
『大丈夫、大丈夫。どうせ昼過ぎに高専に来る用事あるんだからさ』
ここひと月前くらいからよく聞く声が電話越しに聞こえた。
ななしさんの慌てた様子から察するに、どうやらただの『おつかい』ではなさそうだ。
……というか私の予定も把握済みですか、そうですか。
伊地知君を締め上げたのは安易に想像出来て、溜息が盛大に溢れ出た。
「どうしてななしさんが?」
『僕ら今ちょっくら呪われちゃっててさ。身動き取れないんだよ』
僕ら。
五条さんが呪われるなんてかなりレアケースだが、ななしさんまで。
正直五条さんだけなら放っておこうかと思ったが、彼女も困っているなら話は別だ。
「五条さんだけなら兎も角、ななしさんがいるなら仕方ありませんね…」
『お前、僕に対して塩対応すぎない?』
当然だ。なんなら理由は自分の胸に手を当てて考えて欲しい。
#07.デリバリー七海
「何がどうなってこうなったんですか」
「本当にすみません……」
「話せば長くなるけど聞きたい?」
「いえ。やはり結構です」
例えるなら縄によって繋がれた犬。
いや、そっちの方が四肢の自由が利くからマシかもしれない。
手が離れない呪いらしい。……また変なものに呪われたものだ。
しかもこの人と一緒だなんて。
ななしさんの気苦労を察してしまって、つい私は本日何度目かの溜息を零した。
「五条さんは好きそうな菓子パンを買ってきたので勝手に選んでください。
ななしさんにはこれを。以前食べてみたいと言っていたでしょう」
「わ、カスクート!ありがとうございます!」
「本当にすみません」と何度も頭を下げるななしさんに対し、五条さんは当たり前のようにメロンパンとクリームパンを物色していた。
――が、数秒間を置いた後、五条さんは珍しく首を傾げる。
「……君ら、いつの間にそんな仲良くなってんの?」
「どこかの理不尽な先輩と違って、ななしさんはいい子ですから。」
「答えになってなくなーい?」
珍しい。
いくら自分の担当である生徒とはいえ、この人が他人の人間関係に興味を持つなんて。
周りの人間に興味や関心が高い――とはお世辞にも言えない『五条悟』が、パンひとつでニコニコと破顔する彼女の交友関係を気にするとは前代未聞だ。
それはななしさんが特殊な身の上だから――
「先日高専に来られた時、差し入れ頂いたり、手合わせしてもらったんですよ」
「は?」
――というわけでは、なさそうだ。
聞き返す声が本気のトーンである。
そう。まさにこれは『過保護』というやつだ。
……あの五条さんが。まさかの。
「初耳なんだけど。」
「言っていませんから。」
「五条さ…先生は、その時は出張でおられなかったので…」
「すみません」と何故か謝るななしさんの声も聞いているのか聞いていないのか。
ジトリとサングラス越しに、私へ向けられる視線はまさに不機嫌そのものだった。
いつもなら『僕にお土産は?』と図々しいことを口走るのに、今回はそうではないらしい。
――彼女には同級生がいない。呪術師自体マイノリティなのだからそう珍しいことではないのだが……。
黙々と一人で鍛錬をしているので、つい見兼ねて『時間潰しです。手合わせでもしますか?』と声を掛けた。
筋トレをしていた彼女が汗を拭い、元気よく頷いた姿は記憶に新しい。
その時たまたま他愛ない世間話で、パン屋とカスクートの話になり『今度買ってきます』と口約束をした。
が、五条さんの様子を見る限り、機嫌を損ねた理由は
『差し入れした』
『鍛錬に付き合った』
この二つのどちらでもないらしい。
「……あげないよ?」
「私が買ってきたパンですよ」
「そっちじゃねーよ」
かまをかける。
いつもならその程度、軽口を叩きながら流す余裕があるはずなのにそれがない。
昔に比べたら気持ち悪い程に丁寧になった口調のメッキも、つい剥がれ落ちてしまうくらいに。
他人の色恋沙汰に興味がない私でも、この面倒くさい先輩の真意を察してしまう。
保護者としての親心とも、担任としての責任とも違う『もの』が、サングラスの奥で揺らめくのが見えてしまった。
「級友がいない、上級生も少ない。一人で鍛錬も限りがあると思って声を掛けただけですよ」
「ご親切にどーも」
私と五条さんのやり取りを心配そうに眺めていたななしさん。
話題の渦中であることは分かっているのだろうが、そこにある『本当の意味』には気付いていないようだった。それも当然だろう。
……むしろそっちの方が幸せかもしれない。
「今度から僕の出張、ぜーんぶ七海に押し付けちゃお」
「その時はパワハラで訴えますので、そのつもりで。」
「やだやだ、最近の若者は。すーぐパワハラだのセクハラだの喚くんだから」
「貴方、私の一つしか歳が違わないでしょう」
団塊の世代のような物言いをする五条さんに呆れながら、私は視線をそっと落とした。
五条さんの左手と、ななしさんの右手。
一見『バカップル』に見える光景だが、そういう訳ではないのは分かっている。明らかに呪われているからだ。
「……しかし不便そうですね。」
「はい、とても。」
「そうでもないよ?」
二者二様の返事。
ななしさんの答えが真っ当だ。
この状況、五条さんはむしろ僥倖だろう。
……とんでもなく悪く、狡い大人だ。
ななしさんのケロッとした様子から察するに、犯罪紛い手出しはされていないようだった。
「まさかとは思いますが呪いが解けるまで片手で食事できるようなもので済ませるつもりですか?」
「えっと、お箸持ったりは出来るんですけど、料理はちょっと…出来なくて…」
そうでしょうね。
私は無意識のうちに「はーーー…」と溜息が零る。ここに来て何度目だ。数えるのも馬鹿馬鹿しい。
それと同時に『ここまで来たのだから』と腹を括ってしまう、己の性分にも嫌気が差す。
身体が資本の世界だ。ましてや育ち盛りの未成年が三食片手で食べられるファーストフードで食事を済ませるなど、看過できない。
「ななしさん、食材は?」
「え?あ、任務の前に買ったものが」
「腐っても勿体ないでしょう。迷惑でなければ作り置きしておきます」
片手で食べられて、野菜も取れるもの。
今日は鮭のドリア、明日はカレー…。子供向けメニューのオンパレードだが、日持ちを考えたら仕方あるまい。
「はぁん。七海、名無しに対してやけに優しいじゃん」
「貴方以外には優しくしているつもりですよ」
「お?先輩を敬え。」
「そう思うなら敬われる行動してください。」
「と言いつつも、僕の分もちゃんと作ってくれる優しい七海なのであったとさ!」
「貴方が栄養不足でパフォーマンスを発揮出来なくなると、伊地知君やななしさん、そして皺寄せが来るであろう私の為になりませんから」
ニヤリと笑う五条さんは「ホント、可愛くない後輩だこと」という言葉とは裏腹に、腹が立つほどにいい笑顔を浮かべていた。
……今度いい肉を奢らせることにしよう。やはり少しだけ腹が立つ。
お気に入りのベーカリーに入る直前。
着信音がけたたましく鳴るスマートフォンを、つい反射的に取ってしまい、我ながら呆れて溜息が零れた。
発信元があの人なら尚更。
『なーなみ。今どこ〜?』
「どうして貴方に言わなきゃいけないんですか」
『パン屋?』
「人の話聞いてます?」
せめて名乗れ。
いや、番号を登録しているから誰なのかは分かっているのだが。
しかもどうしてパン屋だと分かるのか。
GPSでも仕掛けられているのではないかと疑ってしまった。あの人ならやりかねない。
『お金払うからさぁ、ちょっとパン買って来てくれない?』
口調はまだマシ…いや、比較的丁寧だが、完全にパシリではないか。
不快感が真っ先に先走り、脊椎反射で《お断りします》と打ち返そうとした時だった。
『ちょっ…五条さん!七海さんに頼むの失礼でしょう!?』
『大丈夫、大丈夫。どうせ昼過ぎに高専に来る用事あるんだからさ』
ここひと月前くらいからよく聞く声が電話越しに聞こえた。
ななしさんの慌てた様子から察するに、どうやらただの『おつかい』ではなさそうだ。
……というか私の予定も把握済みですか、そうですか。
伊地知君を締め上げたのは安易に想像出来て、溜息が盛大に溢れ出た。
「どうしてななしさんが?」
『僕ら今ちょっくら呪われちゃっててさ。身動き取れないんだよ』
僕ら。
五条さんが呪われるなんてかなりレアケースだが、ななしさんまで。
正直五条さんだけなら放っておこうかと思ったが、彼女も困っているなら話は別だ。
「五条さんだけなら兎も角、ななしさんがいるなら仕方ありませんね…」
『お前、僕に対して塩対応すぎない?』
当然だ。なんなら理由は自分の胸に手を当てて考えて欲しい。
#07.デリバリー七海
「何がどうなってこうなったんですか」
「本当にすみません……」
「話せば長くなるけど聞きたい?」
「いえ。やはり結構です」
例えるなら縄によって繋がれた犬。
いや、そっちの方が四肢の自由が利くからマシかもしれない。
手が離れない呪いらしい。……また変なものに呪われたものだ。
しかもこの人と一緒だなんて。
ななしさんの気苦労を察してしまって、つい私は本日何度目かの溜息を零した。
「五条さんは好きそうな菓子パンを買ってきたので勝手に選んでください。
ななしさんにはこれを。以前食べてみたいと言っていたでしょう」
「わ、カスクート!ありがとうございます!」
「本当にすみません」と何度も頭を下げるななしさんに対し、五条さんは当たり前のようにメロンパンとクリームパンを物色していた。
――が、数秒間を置いた後、五条さんは珍しく首を傾げる。
「……君ら、いつの間にそんな仲良くなってんの?」
「どこかの理不尽な先輩と違って、ななしさんはいい子ですから。」
「答えになってなくなーい?」
珍しい。
いくら自分の担当である生徒とはいえ、この人が他人の人間関係に興味を持つなんて。
周りの人間に興味や関心が高い――とはお世辞にも言えない『五条悟』が、パンひとつでニコニコと破顔する彼女の交友関係を気にするとは前代未聞だ。
それはななしさんが特殊な身の上だから――
「先日高専に来られた時、差し入れ頂いたり、手合わせしてもらったんですよ」
「は?」
――というわけでは、なさそうだ。
聞き返す声が本気のトーンである。
そう。まさにこれは『過保護』というやつだ。
……あの五条さんが。まさかの。
「初耳なんだけど。」
「言っていませんから。」
「五条さ…先生は、その時は出張でおられなかったので…」
「すみません」と何故か謝るななしさんの声も聞いているのか聞いていないのか。
ジトリとサングラス越しに、私へ向けられる視線はまさに不機嫌そのものだった。
いつもなら『僕にお土産は?』と図々しいことを口走るのに、今回はそうではないらしい。
――彼女には同級生がいない。呪術師自体マイノリティなのだからそう珍しいことではないのだが……。
黙々と一人で鍛錬をしているので、つい見兼ねて『時間潰しです。手合わせでもしますか?』と声を掛けた。
筋トレをしていた彼女が汗を拭い、元気よく頷いた姿は記憶に新しい。
その時たまたま他愛ない世間話で、パン屋とカスクートの話になり『今度買ってきます』と口約束をした。
が、五条さんの様子を見る限り、機嫌を損ねた理由は
『差し入れした』
『鍛錬に付き合った』
この二つのどちらでもないらしい。
「……あげないよ?」
「私が買ってきたパンですよ」
「そっちじゃねーよ」
かまをかける。
いつもならその程度、軽口を叩きながら流す余裕があるはずなのにそれがない。
昔に比べたら気持ち悪い程に丁寧になった口調のメッキも、つい剥がれ落ちてしまうくらいに。
他人の色恋沙汰に興味がない私でも、この面倒くさい先輩の真意を察してしまう。
保護者としての親心とも、担任としての責任とも違う『もの』が、サングラスの奥で揺らめくのが見えてしまった。
「級友がいない、上級生も少ない。一人で鍛錬も限りがあると思って声を掛けただけですよ」
「ご親切にどーも」
私と五条さんのやり取りを心配そうに眺めていたななしさん。
話題の渦中であることは分かっているのだろうが、そこにある『本当の意味』には気付いていないようだった。それも当然だろう。
……むしろそっちの方が幸せかもしれない。
「今度から僕の出張、ぜーんぶ七海に押し付けちゃお」
「その時はパワハラで訴えますので、そのつもりで。」
「やだやだ、最近の若者は。すーぐパワハラだのセクハラだの喚くんだから」
「貴方、私の一つしか歳が違わないでしょう」
団塊の世代のような物言いをする五条さんに呆れながら、私は視線をそっと落とした。
五条さんの左手と、ななしさんの右手。
一見『バカップル』に見える光景だが、そういう訳ではないのは分かっている。明らかに呪われているからだ。
「……しかし不便そうですね。」
「はい、とても。」
「そうでもないよ?」
二者二様の返事。
ななしさんの答えが真っ当だ。
この状況、五条さんはむしろ僥倖だろう。
……とんでもなく悪く、狡い大人だ。
ななしさんのケロッとした様子から察するに、犯罪紛い手出しはされていないようだった。
「まさかとは思いますが呪いが解けるまで片手で食事できるようなもので済ませるつもりですか?」
「えっと、お箸持ったりは出来るんですけど、料理はちょっと…出来なくて…」
そうでしょうね。
私は無意識のうちに「はーーー…」と溜息が零る。ここに来て何度目だ。数えるのも馬鹿馬鹿しい。
それと同時に『ここまで来たのだから』と腹を括ってしまう、己の性分にも嫌気が差す。
身体が資本の世界だ。ましてや育ち盛りの未成年が三食片手で食べられるファーストフードで食事を済ませるなど、看過できない。
「ななしさん、食材は?」
「え?あ、任務の前に買ったものが」
「腐っても勿体ないでしょう。迷惑でなければ作り置きしておきます」
片手で食べられて、野菜も取れるもの。
今日は鮭のドリア、明日はカレー…。子供向けメニューのオンパレードだが、日持ちを考えたら仕方あるまい。
「はぁん。七海、名無しに対してやけに優しいじゃん」
「貴方以外には優しくしているつもりですよ」
「お?先輩を敬え。」
「そう思うなら敬われる行動してください。」
「と言いつつも、僕の分もちゃんと作ってくれる優しい七海なのであったとさ!」
「貴方が栄養不足でパフォーマンスを発揮出来なくなると、伊地知君やななしさん、そして皺寄せが来るであろう私の為になりませんから」
ニヤリと笑う五条さんは「ホント、可愛くない後輩だこと」という言葉とは裏腹に、腹が立つほどにいい笑顔を浮かべていた。
……今度いい肉を奢らせることにしよう。やはり少しだけ腹が立つ。