僕達のロズウェル事件簿
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「背中、洗ってあげよーか?」
汚名返上のつもりだった。
最初は手を繋いだまま名無しから視線を逸らしていたが、どうも背中を洗えず四苦八苦していた彼女へ、つい見兼ねて声を掛けてしまった。
「じゃあ、お願いします。」と二つ返事でお許しが出たので、僕は狭い浴室で身体の方向を改めた。
「お、意外とあっさり。もうちょっと『キャー!五条先生のエッチ』とか言われるかと思ったのに」
「私だって人並みに恥じらいくらいはありますよ。まぁ、五条さんには一度ほぼ真っ裸見られてますし」
初対面の、血溜まりの中。
検査服のようななけなしの布切れは纏っていたが、あれを服とは到底いえないだろう。
更に踏み込んだ言い方をするなら、あの状況を『裸を見てしまった』と欲情するようなシーンでもなかった、と言うべきだ。
「あれはノーカンじゃない?」
言葉がつい、口をついた。
「で、今は?『キャー!先生のエッチ』とか言わないの?」
「ご冗談を。第一、いつも仲良くしている女性方はボンキュッボンなんでしょう?」
どこで聞いた。
いや、おおよそ予想はついているが。
女性関係は……まぁ爛れていたと言えば、爛れていた。
ほぼ一年程前までは後腐れなく適当に遊んでいたが、今は完全に改めている。
――いや。正確には、一度だけ。
名無しと暮らし始めて間もない頃、一度だけ欲を吐き出すために名前も思い出せない女とホテルに行こうとした。
けれど、脳裏に過ぎるのは名無しのことばかり。
『寂しがっていないだろうか』
『もしかしたら夕飯の買い出しに行っている時間かもしれない。』
『あぁ、この新作のスイーツ。お土産に持って帰ったら喜びそうだな』…なんて。
結局ホテルに向かう道中、『やっぱ今日は勃たないわ』と適当に理由をつけて家路についたことはよく覚えている。
それからというものの右手とずっと仲良しだ。自分でも笑ってしまう。
だから彼女の前では、自制して、雄を抑えて、平常心で保護者を装っている。
取っ換え引っ換えしていた時期の僕が見たら、腰を抜かす程驚くに違いない。
……なんなら今だって脳内でずっと素数を数えている。
そうでもしていなければ、この白くて細い背中に噛み付いてしまいそうだったから。
「……えー、どこから聞くのさ。その眉唾情報」
「硝子さんと七海さん。」
「あいつら。」
誤情報ではないが、ありのまま話すこともないだろう。
僕になんの恨みが――いや、結構あるかも。
だからといって、よりにもよって名無しに話すことはないだろう。血も涙もない同僚達だ。
もこもこと泡立つ背中。
うっかり事故を装ってキスマークのひとつふたつ落としてやりたいが、まだ『先生』としての信頼を失うには早すぎる気がして二の足を踏んでしまう。
ほら見てよ、硝子、七海。僕って意外と紳士じゃん。
「むしろ五条さんが女性に不自由してたらビックリですよ。顔もいいのに。」
不意に送られたお褒めの言葉。
名無しが僕の容姿について褒めるなんて、本当に珍しい。
こんなに顔のいい男がすぐそばにいるのに顔色一つ変えないもんだから、名無しは僕のことをジャガイモとして認識されている疑惑が浮上していた。どうやらそうではないらしい。
「お?名無しちゃんの五条先生、意外にも童貞かもよ?」
「いや、ブラのホックを片手で外す人がそんな訳ないでしょう」
やっぱりそうだよね。
まぁ童貞なんて十年以上前、とっくに捨てているんだけど。
「ありがとうございます、助かりました。」と背中を向けたままお礼を言う名無し。
白い背中を滑る泡。
風呂椅子に押し潰された柔らかそうな桃尻を見て、ついゴクリと生唾を飲んでしまった。
……これくらい見ても許されるんじゃない?なにせ、身体の前は紺色の大判タオルで鉄壁ガードをされているのだから。
むしろこの妄想と欲情を掻き立てる状況下でも、煩悩を断ち切って大人しくしている僕の息子を褒めてあげて欲しい。
自分でも驚きだが、鋼の理性を持ち合わせていたようだ。
「――よし。今度は私が流しましょうか?」
「え。」
完全な不意打ち。
僕は思わず、大層間抜けな声で聞き返してしまった。
「だって背中洗えないでしょう?」
「あ、うん。じゃあ、はい。」
場所をくるりと入れ替わり、先程まです名無しの背中を擦っていたボディタオルを手渡した。
一度丁寧に洗い、石鹸でしっかりと泡立てる。
その所作のひとつひとつを横目で何となく観察するが、動作のどれをとっても彼女の几帳面さが垣間見れた。
くしゃりと背中へ押し当てられるボディタオル。
強すぎず、しかし弱すぎず。絶妙な力加減だ。
背中を流してもらうなんて何十年ぶりだろうか。
物心つく前の、実家にいた使用人に流してもらった以来だろう。
――こんなにも、背中を洗ってもらうのは心地いいものだったか?
いや、それは多分、名無しが洗っているからだろう。
安心して背中を晒すことが出来る、数少ない人物。
片手が塞がっておらず、もっと楽な姿勢で、下心を無理に隠すこともなく、柄にもなく『賢者モード』ぶる必要がなければもっと無防備に出来たのだろうが。
「五条さん、細身に見えてやっぱりムキムキですね。」
「まー呪術師やっていればねー」
当の本人は露知らず。
呑気に人様の筋肉を観察しては感嘆の息を漏らしていた。
……これが男としての魅力に感心しているのならよかったのだが。
残念ながら純粋に僕の『筋肉』に興味を向けられている。泣けばいいのか、笑えばいいのか。
「こうしてお背中流してると、意外と古傷あるんですね。ちょっと意外です。」
「そう?」
「はい。五条さんが怪我してるの見たことありませんし…」
昔から無下限が自由自在に使えたわけじゃない。
反転術式と無下限を自由に使いこなせるようになってからは、確かに怪我ひとつしなくなった。
だから古傷はどんどん古くなる一方だし、新しいものが刻まれることは滅多にないのだが。
(名無しの身体には傷一つなかったなぁ)
当たり前。だけど、それが何だか悲しい。
だから尚更珍しがっているのか。
いや。彼女のことだがらもしかしたら羨ましがっているのかもしれない。
……それを確かめる術も言葉も残念ながら持ち合わせてはいないが。
#03.ハリボテの理性
おもむろに、名無しの指が肩から背中を滑る。
薄らとケロイド状に突っ張った傷跡を指の腹でそっと撫でられるのは、身を捩るくらい擽ったかった。
ついでに言えば数えていた素数も一瞬にして吹き飛んだ。
「ん、名無し、擽ったい。」
「あ、すみません。つい」
つい、零れた声。
視線を足と足の間に落とせば、ぐっしょり濡れそぼった紺色のタオルが立派なテントを設置しているではないか。
指先ひとつで崩れ落ちた、鋼だと思っていた理性。
前言撤回。やはり名無しの前では僕の理性なんて、波打ち際に建てられた砂の城以下だったようだ。
汚名返上のつもりだった。
最初は手を繋いだまま名無しから視線を逸らしていたが、どうも背中を洗えず四苦八苦していた彼女へ、つい見兼ねて声を掛けてしまった。
「じゃあ、お願いします。」と二つ返事でお許しが出たので、僕は狭い浴室で身体の方向を改めた。
「お、意外とあっさり。もうちょっと『キャー!五条先生のエッチ』とか言われるかと思ったのに」
「私だって人並みに恥じらいくらいはありますよ。まぁ、五条さんには一度ほぼ真っ裸見られてますし」
初対面の、血溜まりの中。
検査服のようななけなしの布切れは纏っていたが、あれを服とは到底いえないだろう。
更に踏み込んだ言い方をするなら、あの状況を『裸を見てしまった』と欲情するようなシーンでもなかった、と言うべきだ。
「あれはノーカンじゃない?」
言葉がつい、口をついた。
「で、今は?『キャー!先生のエッチ』とか言わないの?」
「ご冗談を。第一、いつも仲良くしている女性方はボンキュッボンなんでしょう?」
どこで聞いた。
いや、おおよそ予想はついているが。
女性関係は……まぁ爛れていたと言えば、爛れていた。
ほぼ一年程前までは後腐れなく適当に遊んでいたが、今は完全に改めている。
――いや。正確には、一度だけ。
名無しと暮らし始めて間もない頃、一度だけ欲を吐き出すために名前も思い出せない女とホテルに行こうとした。
けれど、脳裏に過ぎるのは名無しのことばかり。
『寂しがっていないだろうか』
『もしかしたら夕飯の買い出しに行っている時間かもしれない。』
『あぁ、この新作のスイーツ。お土産に持って帰ったら喜びそうだな』…なんて。
結局ホテルに向かう道中、『やっぱ今日は勃たないわ』と適当に理由をつけて家路についたことはよく覚えている。
それからというものの右手とずっと仲良しだ。自分でも笑ってしまう。
だから彼女の前では、自制して、雄を抑えて、平常心で保護者を装っている。
取っ換え引っ換えしていた時期の僕が見たら、腰を抜かす程驚くに違いない。
……なんなら今だって脳内でずっと素数を数えている。
そうでもしていなければ、この白くて細い背中に噛み付いてしまいそうだったから。
「……えー、どこから聞くのさ。その眉唾情報」
「硝子さんと七海さん。」
「あいつら。」
誤情報ではないが、ありのまま話すこともないだろう。
僕になんの恨みが――いや、結構あるかも。
だからといって、よりにもよって名無しに話すことはないだろう。血も涙もない同僚達だ。
もこもこと泡立つ背中。
うっかり事故を装ってキスマークのひとつふたつ落としてやりたいが、まだ『先生』としての信頼を失うには早すぎる気がして二の足を踏んでしまう。
ほら見てよ、硝子、七海。僕って意外と紳士じゃん。
「むしろ五条さんが女性に不自由してたらビックリですよ。顔もいいのに。」
不意に送られたお褒めの言葉。
名無しが僕の容姿について褒めるなんて、本当に珍しい。
こんなに顔のいい男がすぐそばにいるのに顔色一つ変えないもんだから、名無しは僕のことをジャガイモとして認識されている疑惑が浮上していた。どうやらそうではないらしい。
「お?名無しちゃんの五条先生、意外にも童貞かもよ?」
「いや、ブラのホックを片手で外す人がそんな訳ないでしょう」
やっぱりそうだよね。
まぁ童貞なんて十年以上前、とっくに捨てているんだけど。
「ありがとうございます、助かりました。」と背中を向けたままお礼を言う名無し。
白い背中を滑る泡。
風呂椅子に押し潰された柔らかそうな桃尻を見て、ついゴクリと生唾を飲んでしまった。
……これくらい見ても許されるんじゃない?なにせ、身体の前は紺色の大判タオルで鉄壁ガードをされているのだから。
むしろこの妄想と欲情を掻き立てる状況下でも、煩悩を断ち切って大人しくしている僕の息子を褒めてあげて欲しい。
自分でも驚きだが、鋼の理性を持ち合わせていたようだ。
「――よし。今度は私が流しましょうか?」
「え。」
完全な不意打ち。
僕は思わず、大層間抜けな声で聞き返してしまった。
「だって背中洗えないでしょう?」
「あ、うん。じゃあ、はい。」
場所をくるりと入れ替わり、先程まです名無しの背中を擦っていたボディタオルを手渡した。
一度丁寧に洗い、石鹸でしっかりと泡立てる。
その所作のひとつひとつを横目で何となく観察するが、動作のどれをとっても彼女の几帳面さが垣間見れた。
くしゃりと背中へ押し当てられるボディタオル。
強すぎず、しかし弱すぎず。絶妙な力加減だ。
背中を流してもらうなんて何十年ぶりだろうか。
物心つく前の、実家にいた使用人に流してもらった以来だろう。
――こんなにも、背中を洗ってもらうのは心地いいものだったか?
いや、それは多分、名無しが洗っているからだろう。
安心して背中を晒すことが出来る、数少ない人物。
片手が塞がっておらず、もっと楽な姿勢で、下心を無理に隠すこともなく、柄にもなく『賢者モード』ぶる必要がなければもっと無防備に出来たのだろうが。
「五条さん、細身に見えてやっぱりムキムキですね。」
「まー呪術師やっていればねー」
当の本人は露知らず。
呑気に人様の筋肉を観察しては感嘆の息を漏らしていた。
……これが男としての魅力に感心しているのならよかったのだが。
残念ながら純粋に僕の『筋肉』に興味を向けられている。泣けばいいのか、笑えばいいのか。
「こうしてお背中流してると、意外と古傷あるんですね。ちょっと意外です。」
「そう?」
「はい。五条さんが怪我してるの見たことありませんし…」
昔から無下限が自由自在に使えたわけじゃない。
反転術式と無下限を自由に使いこなせるようになってからは、確かに怪我ひとつしなくなった。
だから古傷はどんどん古くなる一方だし、新しいものが刻まれることは滅多にないのだが。
(名無しの身体には傷一つなかったなぁ)
当たり前。だけど、それが何だか悲しい。
だから尚更珍しがっているのか。
いや。彼女のことだがらもしかしたら羨ましがっているのかもしれない。
……それを確かめる術も言葉も残念ながら持ち合わせてはいないが。
#03.ハリボテの理性
おもむろに、名無しの指が肩から背中を滑る。
薄らとケロイド状に突っ張った傷跡を指の腹でそっと撫でられるのは、身を捩るくらい擽ったかった。
ついでに言えば数えていた素数も一瞬にして吹き飛んだ。
「ん、名無し、擽ったい。」
「あ、すみません。つい」
つい、零れた声。
視線を足と足の間に落とせば、ぐっしょり濡れそぼった紺色のタオルが立派なテントを設置しているではないか。
指先ひとつで崩れ落ちた、鋼だと思っていた理性。
前言撤回。やはり名無しの前では僕の理性なんて、波打ち際に建てられた砂の城以下だったようだ。