榛と白露
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【あの時、あの女が手を貸してくれていれば】
我らが滅ぶことはなかったかもしれない。
噂に聞き及んだ八百比丘尼。
呪いに長け、冗談かもしれないが不老不死だという。
我らが囲った呪術師と共に源氏へぶつけてしまえば、一網打尽にできたかもしれない。
『私は、戦には関与致しませぬ』
『呪術は、民草を守るためにあるものです』
『私怨で使うものでは、決してございませぬ』
そう言ってあの女はこの地を立ち去った。
まるで、我らが滅ぶことを予見していたのかのように。
榛と白露#05
探索しはじめて数日が経過した。
村のはずれに散乱する、医療用パック。
ラベルは何も貼られていないが、赤黒く乾いた汚れから察するに輸血パックだろうか。
一つ二つの数ではない。
見つけたものだけでも十個程。
「不法投棄にしては気味が悪いですね。」
僅かに残った血痕から発せられる呪力の残穢。
その『濃さ』を例える術を私は持ち合わせてはいない。
何者かに輸血――したわけではなさそうだ。
血液を通すためのチューブもなければ針もない。
極めつけはレトルトカレーを開封したように、輸血パックが豪快に開封されている様子から見て
(何かに掛けたか、混ぜたか)
ろくでもない用途に使ったことだけは分かる。
「ななしさん。回収して伊地知君に調べてもらいます。手伝って貰えますか」
「分かりました。」
振り返って声を掛ければ、いつも通り笑いながら頷く彼女。
――そう。どう思い返しても『いつも通り』だったのだ。
***
夕方。
小休憩を取り、また今晩も呪霊狩りだ。
本当にどこから沸いてくるのやら。呆れてしまう。
待ち合わせ時間に正確な彼女が、部屋から出てこない。
その時点で私は違和感を感じるべきだったのだ。
「……た……ります…で……い…と」
民宿の襖一枚隔てて、微かに聞こえてくるのはななしさんの声。
独り言ではなさそうだ。電話でもしているのか。
呼び出す為に取手に手を掛けたが――さて、どうしたものか。
「四年分出回ってるかと思ったら、頭が痛くなる案件ですね…」
溜息混じりの声。
声のトーンが沈んでいるように聞こえるのは気のせいではない。
「はい、はい。……はい。いえ、大丈夫です。…まぁ、予想していなかったわけじゃないので……」
「……………は?会合ほっぽり出す?何言ってるんですか、駄目ですよ。本当に大丈夫です。子供じゃないんですから尻拭いくらい出来ます」
「あの、休憩もう終わりなので電話切りますよ?いや、だから……あぁもう、失礼します。」
呆れたような声。
早足でこちらに向かってきている気配がして、私は咄嗟に待ち合わせ場所とは反対方向の廊下の角へ隠れてしまった。
スっと開いた襖は、一瞬にしてピシャリと閉められる。
足音が遠ざかるのを聞きながら、私はほんの少しだけ罪悪感に胸を痛めた。
まるでこれは、そう。盗み聞きだ。
自己嫌悪にそっと息を吐き出して、サングラスを掛け直す。
ちょうどそのタイミングを見計らっていたかのように、ポケットに入れていたスマートフォンに一件の通知が届いた。
『無茶をしないか、目を離さないでね』
誰からのメッセージか。誰のことを言っているのか。そんなものは愚問だろう。
走ってもいないのに脈が早くなる心臓。
虫の知らせとはまさにこういうことを言うのだろう。
鉈をきちんと携帯していることを、ジャケットの上からもう一度確認し、私は早足で待ち合わせ場所の玄関へ向かうのであった。
我らが滅ぶことはなかったかもしれない。
噂に聞き及んだ八百比丘尼。
呪いに長け、冗談かもしれないが不老不死だという。
我らが囲った呪術師と共に源氏へぶつけてしまえば、一網打尽にできたかもしれない。
『私は、戦には関与致しませぬ』
『呪術は、民草を守るためにあるものです』
『私怨で使うものでは、決してございませぬ』
そう言ってあの女はこの地を立ち去った。
まるで、我らが滅ぶことを予見していたのかのように。
榛と白露#05
探索しはじめて数日が経過した。
村のはずれに散乱する、医療用パック。
ラベルは何も貼られていないが、赤黒く乾いた汚れから察するに輸血パックだろうか。
一つ二つの数ではない。
見つけたものだけでも十個程。
「不法投棄にしては気味が悪いですね。」
僅かに残った血痕から発せられる呪力の残穢。
その『濃さ』を例える術を私は持ち合わせてはいない。
何者かに輸血――したわけではなさそうだ。
血液を通すためのチューブもなければ針もない。
極めつけはレトルトカレーを開封したように、輸血パックが豪快に開封されている様子から見て
(何かに掛けたか、混ぜたか)
ろくでもない用途に使ったことだけは分かる。
「ななしさん。回収して伊地知君に調べてもらいます。手伝って貰えますか」
「分かりました。」
振り返って声を掛ければ、いつも通り笑いながら頷く彼女。
――そう。どう思い返しても『いつも通り』だったのだ。
***
夕方。
小休憩を取り、また今晩も呪霊狩りだ。
本当にどこから沸いてくるのやら。呆れてしまう。
待ち合わせ時間に正確な彼女が、部屋から出てこない。
その時点で私は違和感を感じるべきだったのだ。
「……た……ります…で……い…と」
民宿の襖一枚隔てて、微かに聞こえてくるのはななしさんの声。
独り言ではなさそうだ。電話でもしているのか。
呼び出す為に取手に手を掛けたが――さて、どうしたものか。
「四年分出回ってるかと思ったら、頭が痛くなる案件ですね…」
溜息混じりの声。
声のトーンが沈んでいるように聞こえるのは気のせいではない。
「はい、はい。……はい。いえ、大丈夫です。…まぁ、予想していなかったわけじゃないので……」
「……………は?会合ほっぽり出す?何言ってるんですか、駄目ですよ。本当に大丈夫です。子供じゃないんですから尻拭いくらい出来ます」
「あの、休憩もう終わりなので電話切りますよ?いや、だから……あぁもう、失礼します。」
呆れたような声。
早足でこちらに向かってきている気配がして、私は咄嗟に待ち合わせ場所とは反対方向の廊下の角へ隠れてしまった。
スっと開いた襖は、一瞬にしてピシャリと閉められる。
足音が遠ざかるのを聞きながら、私はほんの少しだけ罪悪感に胸を痛めた。
まるでこれは、そう。盗み聞きだ。
自己嫌悪にそっと息を吐き出して、サングラスを掛け直す。
ちょうどそのタイミングを見計らっていたかのように、ポケットに入れていたスマートフォンに一件の通知が届いた。
『無茶をしないか、目を離さないでね』
誰からのメッセージか。誰のことを言っているのか。そんなものは愚問だろう。
走ってもいないのに脈が早くなる心臓。
虫の知らせとはまさにこういうことを言うのだろう。
鉈をきちんと携帯していることを、ジャケットの上からもう一度確認し、私は早足で待ち合わせ場所の玄関へ向かうのであった。