榛と白露
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訪れたのは群馬のとある山奥の集落。
過疎化が進む僻地にしては子供もそれなりに住んでおり、町というには少し寂れており、村というには賑わっていた。
到着したのは夕暮れ時。
日没まであと三十分はある。
「呪霊に関する捜索は日中行いましょう。深夜は……長丁場になると思いますが、呪霊を祓うことに専念します。」
「了解です、七海さん。」
簡単な打合せ。
私にブランクがあるにも関わらず馬鹿にする様子もなく、キビキビと返事をする声はいっそ清々しい。
敬遠もせず、物怖じもせず。かといって失礼な態度も一切ない。
本当にこの子は五条さんの生徒なのか疑わしくなってくる程だ。
「私がメインで立ち回ります。ななしさんはサポートを。焦らず、無理のない範囲で結構です。」
「分かりました。…途中でメインとサポート交代します?疲れませんか?」
「大丈夫でしょう。子供の君を前線に立たせておくのは忍びないですから」
私がそう答えれば一瞬だけ目を丸くさせ、驚いたような表情を浮かべる彼女。
しかしすぐになりを潜め、愛想のいい笑顔を綺麗に浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。
でも……うーん、そうですね。割とタフなので私の事はお気になさらず。ちゃっちゃと任務を片付けちゃいましょう。」
榛と白露#03
(本当に五条さんの教え子か?)
丑三つ時。
土地の呪力に引き寄せられ、数えるのも馬鹿らしくなる程の呪霊がぞろぞろと寄ってくる。
それを一撃で仕留めながら、私は正直舌を巻いていた。
サポートを任せたのは大正解だった。
それは彼女を前線に立たせるのが役不足だった――という意味では勿論ない。
よく、私の動きを見ている。
足場が必要であれば呪力で形成した樹木や岩を。
湧いてくる呪霊の数が多ければ無理のない範囲で呪術で間引き、私の突破口を分かりやすく作ってくれた。
痒いところに手が届くような、気持ちのいいサポートを正確に寄越す。
率直に言おう。
ななし名無しという少女は、かなりの手練だ。
そして目がいいのだろう。人の動きを本当によく見ていた。
『何が出来るかって?』
『えぇ。同じ任務に就くのなら事前情報くらいは欲しいので』
『んー…何でも出来るんじゃない?』
『なんですか、そのふざけた回答は。』
『いや。結構これ真面目よ?僕。』
そんな五条さんとの会話が脳裏に蘇る。
『見ればわかる』と言っていたが、なるほど。見れば分かった。
チームプレイも、恐らく一人でもそれなりに立ち回れる。周りの状況を把握するのがとても上手い。
これが一年生だというのだから、本当に末恐ろしい。
(……そう考えたらやっぱりあの人の生徒ですね。)
脳内でダブルピースをする五条さんをかき消して、私は数年ぶりに振るう鉈を大きく振りかぶった。
***
「またどうして呪術師なんかに?」
朝日が登れば呪霊は消える。
まるでちゃちなB級ゾンビ映画のようだ。
日の出と共に憔悴しきった住人がまばらに外へ顔を出す。
私達はというと、風呂と朝食を頂き、午前は休み、昼食をとった後に調査に取り掛かる。
つまり暫くは昼夜逆転生活になる、ということだ。
風呂を頂き、土や泥で汚れていた身なりをさっぱりさせたななしさんに問う。
民宿の朝食を美味しそうに頬張っていた彼女は、鳩が豆鉄砲食らったような顔でこちらを見返してきた。
「ええっと、…というのは?」
「単刀直入で申し訳ないのですが。…君、呪われていませんか?」
箸を止めた彼女は、困ったように笑う。
「まぁ、そんなとこです。」
「解呪の手立てなんか、あの人なら仕事の片手間に探せるでしょう。」
「あの人?」
「五条さん。」
「あー…」
名前を出せば納得したように声を漏らす。
――そもそも、高専のシステムは納得できない。
呪術師が必要なのは理解している。
しかし実際に身を置いて、体験して、死を見て。
理解した上で、私は納得できないのだ。
いざ自分が大人になり、歳若い生徒を一時的とはいえ預かる立場になって、尚更そう思う。
呪われているなら呪いを解いてもらえるのを大人しく待っていればいい。
呪術師なんて、どうしようもない人間がやるべきものだ。
「強いて言うなら…そうですね。『僕に置いていかれないくらい強くなってよ』って言われたからですかね。」
「誰に。」
「五条先生に。」
置いていかれないように?
強く?
そんなの、そんなの。
「はは、ははは!」
つい、乾いた笑いが零れてしまった。
こんな声を上げて笑ったのはいつぶりだろう。
いや。
こんなこと。
――笑えない、冗談だ。
「無理ですよ。無謀にも程がある。」
あの人の無茶振りは昔からだが、冗談も程々にして欲しい。
本当に馬鹿げてる。
置いていかれないように?
誰が、どの口で言っているのだ。
あの人が『あの時』『あの場所』にいたら、善性の塊のような友人は死ななかったはずだ。
あの人が、最初から祓えば。
あの人が全部、全部、
「だってもう、あの人一人でいいじゃないですか」
――五条さんが、悪いわけではないのは分かっている。
悪いのは案件の難易度を見誤った上層部だ。
悪いのは灰原を守れなかった私だ。
蓋を、したんだ。
だから逃げ出した。
一般人に溶け込めるよう『社会』へ逃げた。呪霊と一切の関わりを絶って、忘れるように。
それでもいいと思っていた。
それでいいと思っていた。
でも、私は戻ってきた。
戻ってきてしまったんだ。
このどうしようもなく惨めな気持ちを抱えて、割り切れないまま。
過疎化が進む僻地にしては子供もそれなりに住んでおり、町というには少し寂れており、村というには賑わっていた。
到着したのは夕暮れ時。
日没まであと三十分はある。
「呪霊に関する捜索は日中行いましょう。深夜は……長丁場になると思いますが、呪霊を祓うことに専念します。」
「了解です、七海さん。」
簡単な打合せ。
私にブランクがあるにも関わらず馬鹿にする様子もなく、キビキビと返事をする声はいっそ清々しい。
敬遠もせず、物怖じもせず。かといって失礼な態度も一切ない。
本当にこの子は五条さんの生徒なのか疑わしくなってくる程だ。
「私がメインで立ち回ります。ななしさんはサポートを。焦らず、無理のない範囲で結構です。」
「分かりました。…途中でメインとサポート交代します?疲れませんか?」
「大丈夫でしょう。子供の君を前線に立たせておくのは忍びないですから」
私がそう答えれば一瞬だけ目を丸くさせ、驚いたような表情を浮かべる彼女。
しかしすぐになりを潜め、愛想のいい笑顔を綺麗に浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。
でも……うーん、そうですね。割とタフなので私の事はお気になさらず。ちゃっちゃと任務を片付けちゃいましょう。」
榛と白露#03
(本当に五条さんの教え子か?)
丑三つ時。
土地の呪力に引き寄せられ、数えるのも馬鹿らしくなる程の呪霊がぞろぞろと寄ってくる。
それを一撃で仕留めながら、私は正直舌を巻いていた。
サポートを任せたのは大正解だった。
それは彼女を前線に立たせるのが役不足だった――という意味では勿論ない。
よく、私の動きを見ている。
足場が必要であれば呪力で形成した樹木や岩を。
湧いてくる呪霊の数が多ければ無理のない範囲で呪術で間引き、私の突破口を分かりやすく作ってくれた。
痒いところに手が届くような、気持ちのいいサポートを正確に寄越す。
率直に言おう。
ななし名無しという少女は、かなりの手練だ。
そして目がいいのだろう。人の動きを本当によく見ていた。
『何が出来るかって?』
『えぇ。同じ任務に就くのなら事前情報くらいは欲しいので』
『んー…何でも出来るんじゃない?』
『なんですか、そのふざけた回答は。』
『いや。結構これ真面目よ?僕。』
そんな五条さんとの会話が脳裏に蘇る。
『見ればわかる』と言っていたが、なるほど。見れば分かった。
チームプレイも、恐らく一人でもそれなりに立ち回れる。周りの状況を把握するのがとても上手い。
これが一年生だというのだから、本当に末恐ろしい。
(……そう考えたらやっぱりあの人の生徒ですね。)
脳内でダブルピースをする五条さんをかき消して、私は数年ぶりに振るう鉈を大きく振りかぶった。
***
「またどうして呪術師なんかに?」
朝日が登れば呪霊は消える。
まるでちゃちなB級ゾンビ映画のようだ。
日の出と共に憔悴しきった住人がまばらに外へ顔を出す。
私達はというと、風呂と朝食を頂き、午前は休み、昼食をとった後に調査に取り掛かる。
つまり暫くは昼夜逆転生活になる、ということだ。
風呂を頂き、土や泥で汚れていた身なりをさっぱりさせたななしさんに問う。
民宿の朝食を美味しそうに頬張っていた彼女は、鳩が豆鉄砲食らったような顔でこちらを見返してきた。
「ええっと、…というのは?」
「単刀直入で申し訳ないのですが。…君、呪われていませんか?」
箸を止めた彼女は、困ったように笑う。
「まぁ、そんなとこです。」
「解呪の手立てなんか、あの人なら仕事の片手間に探せるでしょう。」
「あの人?」
「五条さん。」
「あー…」
名前を出せば納得したように声を漏らす。
――そもそも、高専のシステムは納得できない。
呪術師が必要なのは理解している。
しかし実際に身を置いて、体験して、死を見て。
理解した上で、私は納得できないのだ。
いざ自分が大人になり、歳若い生徒を一時的とはいえ預かる立場になって、尚更そう思う。
呪われているなら呪いを解いてもらえるのを大人しく待っていればいい。
呪術師なんて、どうしようもない人間がやるべきものだ。
「強いて言うなら…そうですね。『僕に置いていかれないくらい強くなってよ』って言われたからですかね。」
「誰に。」
「五条先生に。」
置いていかれないように?
強く?
そんなの、そんなの。
「はは、ははは!」
つい、乾いた笑いが零れてしまった。
こんな声を上げて笑ったのはいつぶりだろう。
いや。
こんなこと。
――笑えない、冗談だ。
「無理ですよ。無謀にも程がある。」
あの人の無茶振りは昔からだが、冗談も程々にして欲しい。
本当に馬鹿げてる。
置いていかれないように?
誰が、どの口で言っているのだ。
あの人が『あの時』『あの場所』にいたら、善性の塊のような友人は死ななかったはずだ。
あの人が、最初から祓えば。
あの人が全部、全部、
「だってもう、あの人一人でいいじゃないですか」
――五条さんが、悪いわけではないのは分かっている。
悪いのは案件の難易度を見誤った上層部だ。
悪いのは灰原を守れなかった私だ。
蓋を、したんだ。
だから逃げ出した。
一般人に溶け込めるよう『社会』へ逃げた。呪霊と一切の関わりを絶って、忘れるように。
それでもいいと思っていた。
それでいいと思っていた。
でも、私は戻ってきた。
戻ってきてしまったんだ。
このどうしようもなく惨めな気持ちを抱えて、割り切れないまま。