榛と白露
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呪われた土地。
丑三つ時になると夜な夜な怪しげな影が闊歩し、迂闊にで歩けば次の日その人物は忽然と『神隠し』に遭う。
『源氏憎し』『平家よ永遠なれ』
その亡霊は妄言のように繰り返し呟き、息を潜めた村にて彷徨う。
榛と白露#02
「平家の隠れ里、ですか?」
「えぇ。地元の方々の口伝しか残っていないので正確な資料があまり残っていませんが、その山間の一帯は隠れ里だったようです。」
ハンドルを握る伊地知が下調べした資料を思い出しながら補足する。
七海と名無しの手元にも同じような資料があるが、タブレットの画面で見るよりも伊地知の説明の方が分かりやすい。ありがたい話だ。
時は、平安時代末期。
治承・寿永の乱――後に源平合戦と呼ばれるようになった、源氏と平家の戦い。
かの有名な壇ノ浦の戦いや屋島の戦い、一ノ谷の戦いを経て、勝利を手にしたのは源氏だった。
敗者となった平家の主要人物は粛清され、よくて島流しにされたり。
二度と覇権を握ることのないよう、権力を手に入れた源氏から様々な処遇を言い渡されることとなった。
しかし、分家や平家の血筋であるものの遠縁の者達、または平家に与しても尚落ち延びた者達は、なんとか各地へ逃げ仰せることが出来た。
そうした者達が息を潜めるようにして肩を寄せ合い、人がいない山間部にて作った集落が『平家の隠れ里』だ。
「今となって呪いに転じたとなれば、全く迷惑な話です。」
確かに。
七海のうんざりとした声に車中の面々は小さく頷く。
何せ八百年程前の出来事だ。今更感が否めない。
資料によると、隠れ里は些細なきっかけで外界に暴かれた。
それは用事で山を降りた時に尾行されたとか、洗濯物を上流から流してしまったとか。そんな小さな切欠。
当時の幕府に密告され、今から向かう群馬の奥地にある隠れ里は源氏によって滅ぼされた。
そして時は流れ、土地を求め、山を拓き、隠れ里の跡地を平家と縁のない人々が新たな集落として命を吹き込んだ。
そうして数百年は経っているというのに、今更土地が呪いに転じるなど。
突然すぎて不自然といえば不自然だった。
「――まぁ、現地に着けば分かるでしょう。」
「それもそうですね。」
後部座席にて深く座り直す七海。
助手席に座る名無しは同意するように小さく頷き、「伊地知さん、缶コーヒー開けましょうか?」と訊ねる。
「ありがとうございます」と破顔する後輩の顔を斜め後ろから眺めながら、七海は真新しいサングラスをそっと掛け直した。
***
「どんな子なんですか?」
お手洗いから出てきた伊地知君は丁寧にハンカチを畳みながら首を傾げた。
「えっと、ななしさんですか?」
「他にいないでしょう。」
「いい子ですよ。何度か任務で同行していますけど、五条さんみたいに理不尽なこと言わないし、気遣い上手ですし、何より最近は笑顔が増えました。」
人のいい伊地知君らしい。
いや、彼の性格を加味しても随分と手放しで褒めるではないか。
それは彼女とセットでよく居る五条さんと比較した結果そう見えるだけなのか、彼女自体が善人なのか。
――大体、呪術師に善人だなんて。
良い奴程早く死ぬとはまさにこの業界の為にあるような言葉だ。
理不尽。陰謀。暗躍。暗殺。
労働はクソだが、呪術師ももっとクソだ。
それでも戻って来れたのは、善人の象徴たる大事な親友を既に喪っており、虚しい程に背負うものがなく身軽なせいか。
私には、もうこれしかないのだ。
「……五条さんに似ていないようで安心しました。」
「あんな歩く台風みたいな人は一人で十分手に余りますから…」
歩く台風とは言い得て妙だ。
私の探りを理解したのか、眼鏡の据わりを直しながら伊地知君が改めて答えてくれた。
「本当にいい子ですよ。真面目ですし、しっかり者で。逆に心配になっちゃいますけど……」
面倒見のいい彼らしい。
しかし、先程から言葉の端々が妙に引っかかる。
それを問おうと、私が口を開いた瞬間だった。
「すみません、おまたせしました!」
『帰りはクタクタだろうから、行きがけにお土産買ってもいいですか?』なんて言い出したななしさんが、常温でも大丈夫そうな土産を両手いっぱい抱えて戻って来る。
甘そうな饅頭の大箱は――さしずめ五条さんへの土産だろう。
どこにでもいそうな少女の笑顔を見て、私は喉まで出掛けた言葉を一思いに呑み込んだ。
丑三つ時になると夜な夜な怪しげな影が闊歩し、迂闊にで歩けば次の日その人物は忽然と『神隠し』に遭う。
『源氏憎し』『平家よ永遠なれ』
その亡霊は妄言のように繰り返し呟き、息を潜めた村にて彷徨う。
榛と白露#02
「平家の隠れ里、ですか?」
「えぇ。地元の方々の口伝しか残っていないので正確な資料があまり残っていませんが、その山間の一帯は隠れ里だったようです。」
ハンドルを握る伊地知が下調べした資料を思い出しながら補足する。
七海と名無しの手元にも同じような資料があるが、タブレットの画面で見るよりも伊地知の説明の方が分かりやすい。ありがたい話だ。
時は、平安時代末期。
治承・寿永の乱――後に源平合戦と呼ばれるようになった、源氏と平家の戦い。
かの有名な壇ノ浦の戦いや屋島の戦い、一ノ谷の戦いを経て、勝利を手にしたのは源氏だった。
敗者となった平家の主要人物は粛清され、よくて島流しにされたり。
二度と覇権を握ることのないよう、権力を手に入れた源氏から様々な処遇を言い渡されることとなった。
しかし、分家や平家の血筋であるものの遠縁の者達、または平家に与しても尚落ち延びた者達は、なんとか各地へ逃げ仰せることが出来た。
そうした者達が息を潜めるようにして肩を寄せ合い、人がいない山間部にて作った集落が『平家の隠れ里』だ。
「今となって呪いに転じたとなれば、全く迷惑な話です。」
確かに。
七海のうんざりとした声に車中の面々は小さく頷く。
何せ八百年程前の出来事だ。今更感が否めない。
資料によると、隠れ里は些細なきっかけで外界に暴かれた。
それは用事で山を降りた時に尾行されたとか、洗濯物を上流から流してしまったとか。そんな小さな切欠。
当時の幕府に密告され、今から向かう群馬の奥地にある隠れ里は源氏によって滅ぼされた。
そして時は流れ、土地を求め、山を拓き、隠れ里の跡地を平家と縁のない人々が新たな集落として命を吹き込んだ。
そうして数百年は経っているというのに、今更土地が呪いに転じるなど。
突然すぎて不自然といえば不自然だった。
「――まぁ、現地に着けば分かるでしょう。」
「それもそうですね。」
後部座席にて深く座り直す七海。
助手席に座る名無しは同意するように小さく頷き、「伊地知さん、缶コーヒー開けましょうか?」と訊ねる。
「ありがとうございます」と破顔する後輩の顔を斜め後ろから眺めながら、七海は真新しいサングラスをそっと掛け直した。
***
「どんな子なんですか?」
お手洗いから出てきた伊地知君は丁寧にハンカチを畳みながら首を傾げた。
「えっと、ななしさんですか?」
「他にいないでしょう。」
「いい子ですよ。何度か任務で同行していますけど、五条さんみたいに理不尽なこと言わないし、気遣い上手ですし、何より最近は笑顔が増えました。」
人のいい伊地知君らしい。
いや、彼の性格を加味しても随分と手放しで褒めるではないか。
それは彼女とセットでよく居る五条さんと比較した結果そう見えるだけなのか、彼女自体が善人なのか。
――大体、呪術師に善人だなんて。
良い奴程早く死ぬとはまさにこの業界の為にあるような言葉だ。
理不尽。陰謀。暗躍。暗殺。
労働はクソだが、呪術師ももっとクソだ。
それでも戻って来れたのは、善人の象徴たる大事な親友を既に喪っており、虚しい程に背負うものがなく身軽なせいか。
私には、もうこれしかないのだ。
「……五条さんに似ていないようで安心しました。」
「あんな歩く台風みたいな人は一人で十分手に余りますから…」
歩く台風とは言い得て妙だ。
私の探りを理解したのか、眼鏡の据わりを直しながら伊地知君が改めて答えてくれた。
「本当にいい子ですよ。真面目ですし、しっかり者で。逆に心配になっちゃいますけど……」
面倒見のいい彼らしい。
しかし、先程から言葉の端々が妙に引っかかる。
それを問おうと、私が口を開いた瞬間だった。
「すみません、おまたせしました!」
『帰りはクタクタだろうから、行きがけにお土産買ってもいいですか?』なんて言い出したななしさんが、常温でも大丈夫そうな土産を両手いっぱい抱えて戻って来る。
甘そうな饅頭の大箱は――さしずめ五条さんへの土産だろう。
どこにでもいそうな少女の笑顔を見て、私は喉まで出掛けた言葉を一思いに呑み込んだ。