榛と白露
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「もしもし〜?」
9月に入って早々。
お昼前にかかってきた一本の電話を、五条は意外そうな顔で取った。
一言、二言。
言葉を交わす度に擡げていた首は真っ直ぐに伸ばされ、口元には楽しそうな笑顔が浮かび上がる。
「どしたの、僕に会いたくなっちゃった?」
名無しはというと残暑が厳しい日差しに目を細めるばかり。
長電話になりそうな気がして、とりあえず自販機で冷たいお茶を買うことにした。
榛と白露#01
久しぶりに踏み入れた校舎は相変わらず古めかしく、鼻を擽る田舎臭い匂いも記憶の通りだった。
違うのは生徒の顔ぶれ。
苦手な先輩が教鞭を振るっているという事実。
そして、
「粗茶ですが、どうぞ。」
応接室に通され出されたのはよく冷えた緑茶。
来客用のグラスは僅かな汗をかきはじめ、木製のコースターを早速濡らし始めていた。
あまり手馴れていない所作とはいえ、丁寧に茶を出してくれたのは……制服から察するに高専の女子生徒だろう。
さっぱりと切られたショートヘアを揺らしながら早足に応接室を出ていく背中を見送り、私は目の前の男に問うた。
「高専の生徒ですか?」
「そ。僕の初めての生徒のななし名無しちゃん。可愛いでしょ?」
学生時代のサングラスではなく、胡散臭さ満載の黒い目隠しをした先輩が――これまた満面の笑みで答えてくれる。
が、見ればわかるような質問を投げかけたのは意味がある。
私はそんな個人情報や五条さんの個人的な主観を聞きたいわけではないのだから。
「彼女、呪われてますけど。」
見れば分かる。
一般人の呪いを自覚するか否か程度の蝿頭が憑いてるなんて可愛らしいものではない。
人の形を成しているものの、詳しく呪いを見れたものじゃない。
もしかすると『呪われている』というより『呪いに転じている』と言った方がしっくりくる程だ。
「そこはあまり気にしちゃダメだよ。」
いや、無理でしょう。
教師になっても無茶振りは相変わらずのようだ。
学生時代の露骨な破天荒さはなりを潜めているものの、根本的なところはやはり変わっていないらしい。
……やはりこの人に復帰話を持ち掛けたのは失敗かもしれない。
が、確実にまだ『こっちの世界』で『五体満足に生きている』であろう人物は、真っ先にこの五条悟が思い浮かんだのも事実だ。
「ま、最終階級は立派なもんだけど、4年もブランクがあったらねぇ。すぐに一級相当の任務は無理でしょ?」
「無理でしょうね。」
意地を張ったところで仕方ない。
些細な嫌味はスルーして無理のない範囲でリハビリをしたい。
どうせこの人の事だ。ムキになって『一級任務でも大丈夫ですよ』なんて言った日には容赦なく依頼を押し付けてくるだろう。
「いやぁ、よかったよかった。七海なら安心して任せられるよ〜」
「は?」
パンっと手を叩き、にっこり破顔する五条さんに対して、つい短く返事を返してしまう。
ムキになっても、無理をせずとも、この人と関わると面倒くさいことになる。
そう。私はこの4年間ですっかり失念してしまっていたのだ。
***
『じゃ、僕の代わりによろしくゥ。本家に呼び出されちゃってさぁ。課外授業、見てあげてね』
お土産楽しみにしててねん。
なんて、弾んだ声で押し付けられた。
「えっと、七海先生……で、いいんですかね?」
重々しく溜息を吐き出す私に対して、困惑した表情で問うてくる生徒――ななし名無し。
自己紹介も程々に、そして淡々と終わらせ、私はこの少女と現場に向かっていた。
「教職ではありませんから先生はやめましょう。好きに呼んでください。」
「えっと、じゃあ、七海さん。」
へらりと口元を緩めるななしさん。
あの人のようにふざけた呼び方をしないあたり、ちゃんとこの子はまともなようだ。
いや。一周まわって変な子かもしれない。
明らかに異質な呪いを背負っているにも関わらず、あまりにも普通なのだ。
身体に異変が起きているわけでもなく、体調に不調が現れている様子もない。
まるで『呪われているのが自然』といった様子なのだから、根本的におかしいのかもしれない。
というより、あの五条さんに気に入られる子なんて、大抵変な子ばかりだろう。
「至らないところが多々あるとは思いますが、ご指導よろしくお願い致します。」
「いえ。私もブランクが大きいと思うので期待はしないでください。」
礼儀正しく頭を下げる姿を見ながら、私は心の中で何度目かの溜息をそっと零した。
9月に入って早々。
お昼前にかかってきた一本の電話を、五条は意外そうな顔で取った。
一言、二言。
言葉を交わす度に擡げていた首は真っ直ぐに伸ばされ、口元には楽しそうな笑顔が浮かび上がる。
「どしたの、僕に会いたくなっちゃった?」
名無しはというと残暑が厳しい日差しに目を細めるばかり。
長電話になりそうな気がして、とりあえず自販機で冷たいお茶を買うことにした。
榛と白露#01
久しぶりに踏み入れた校舎は相変わらず古めかしく、鼻を擽る田舎臭い匂いも記憶の通りだった。
違うのは生徒の顔ぶれ。
苦手な先輩が教鞭を振るっているという事実。
そして、
「粗茶ですが、どうぞ。」
応接室に通され出されたのはよく冷えた緑茶。
来客用のグラスは僅かな汗をかきはじめ、木製のコースターを早速濡らし始めていた。
あまり手馴れていない所作とはいえ、丁寧に茶を出してくれたのは……制服から察するに高専の女子生徒だろう。
さっぱりと切られたショートヘアを揺らしながら早足に応接室を出ていく背中を見送り、私は目の前の男に問うた。
「高専の生徒ですか?」
「そ。僕の初めての生徒のななし名無しちゃん。可愛いでしょ?」
学生時代のサングラスではなく、胡散臭さ満載の黒い目隠しをした先輩が――これまた満面の笑みで答えてくれる。
が、見ればわかるような質問を投げかけたのは意味がある。
私はそんな個人情報や五条さんの個人的な主観を聞きたいわけではないのだから。
「彼女、呪われてますけど。」
見れば分かる。
一般人の呪いを自覚するか否か程度の蝿頭が憑いてるなんて可愛らしいものではない。
人の形を成しているものの、詳しく呪いを見れたものじゃない。
もしかすると『呪われている』というより『呪いに転じている』と言った方がしっくりくる程だ。
「そこはあまり気にしちゃダメだよ。」
いや、無理でしょう。
教師になっても無茶振りは相変わらずのようだ。
学生時代の露骨な破天荒さはなりを潜めているものの、根本的なところはやはり変わっていないらしい。
……やはりこの人に復帰話を持ち掛けたのは失敗かもしれない。
が、確実にまだ『こっちの世界』で『五体満足に生きている』であろう人物は、真っ先にこの五条悟が思い浮かんだのも事実だ。
「ま、最終階級は立派なもんだけど、4年もブランクがあったらねぇ。すぐに一級相当の任務は無理でしょ?」
「無理でしょうね。」
意地を張ったところで仕方ない。
些細な嫌味はスルーして無理のない範囲でリハビリをしたい。
どうせこの人の事だ。ムキになって『一級任務でも大丈夫ですよ』なんて言った日には容赦なく依頼を押し付けてくるだろう。
「いやぁ、よかったよかった。七海なら安心して任せられるよ〜」
「は?」
パンっと手を叩き、にっこり破顔する五条さんに対して、つい短く返事を返してしまう。
ムキになっても、無理をせずとも、この人と関わると面倒くさいことになる。
そう。私はこの4年間ですっかり失念してしまっていたのだ。
***
『じゃ、僕の代わりによろしくゥ。本家に呼び出されちゃってさぁ。課外授業、見てあげてね』
お土産楽しみにしててねん。
なんて、弾んだ声で押し付けられた。
「えっと、七海先生……で、いいんですかね?」
重々しく溜息を吐き出す私に対して、困惑した表情で問うてくる生徒――ななし名無し。
自己紹介も程々に、そして淡々と終わらせ、私はこの少女と現場に向かっていた。
「教職ではありませんから先生はやめましょう。好きに呼んでください。」
「えっと、じゃあ、七海さん。」
へらりと口元を緩めるななしさん。
あの人のようにふざけた呼び方をしないあたり、ちゃんとこの子はまともなようだ。
いや。一周まわって変な子かもしれない。
明らかに異質な呪いを背負っているにも関わらず、あまりにも普通なのだ。
身体に異変が起きているわけでもなく、体調に不調が現れている様子もない。
まるで『呪われているのが自然』といった様子なのだから、根本的におかしいのかもしれない。
というより、あの五条さんに気に入られる子なんて、大抵変な子ばかりだろう。
「至らないところが多々あるとは思いますが、ご指導よろしくお願い致します。」
「いえ。私もブランクが大きいと思うので期待はしないでください。」
礼儀正しく頭を下げる姿を見ながら、私は心の中で何度目かの溜息をそっと零した。
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