紫黒の雨水
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「名無し。」
高専の敷地内にある寮の中庭。
そこで竹箒を持った彼女へ声をかければ、困ったように笑われた。
まるで『見つかってしまったか』と八の字に曲がるものだから、俺は一瞬たじろいだ。
「あぁ、伏黒くん。怪我、治してもらえた?」
「あぁ。」
「そっかそっか。今日は寮の空き部屋を準備したから、危ないし念の為泊まっていきなさい。嫌だったら五条さんの家にでも泊めてもらって――」
「『ごめんね』って、どういう意味だよ。」
単刀直入に問えば、箒を動かしていた手をピタリと止める名無し。
困ったような笑顔はそのままに、「うーん」と理由を考えているようだった。
「や、気持ち悪いもの見せたな、と思って。
怪我とか勝手に治っちゃうからさ、拳銃の弾が残ったら取り出すの大変だから『すぐ取らなきゃ〜!』って思って。」
まるで『鍋が吹きこぼれたから火を止めた』といった様子で身振り手振り説明してくる。
「普通死ぬよねぇ、あんなの。ホラー映画のゾンビみたいだよね。気持ち悪くて、本当にごめんね。」
――あぁ。
身から出た錆ではないか。
多分、本人は意識していないのかもしれないが、俺と初対面で会った時の反応を気にしているのか。
いや。もしかしたら五条先生や家入さんのように親しい人物以外の全員に対して、なにか引け目のようなものがあるのかもしれない。
もしあの時。初対面の時、俺が手を叩き落とさなければ。
もっと普通に『ありがとうございます』と言えていれば。
――後悔しても遅い。
俺が、この善人である彼女の心に傷をひとつ付けたのは間違いようがない事実なのだから。
「謝らなくて、いい。……呪術師になるって決めたんだ。それぐらいでビビるわけにはいかないだろ」
俺がそう答えれば「そっか、そうだね。」と名無しがそっと口元を緩ませる。
気休めのような言葉だが、本人の表情が僅かでも和らいだのが救いだ。
「あーあ、あれで死ねたら簡単なのにね。」
竹箒の柄の先端を指でグリグリと押しながら、名無しが肩を竦める。
「あれでアンタが死んでも目覚めが悪い。」
「あ、それもそうだね。」
からからと笑いながら名無しが竹の節をなぞった。
ふと。
先程の名無しの言葉が、喉に小骨が刺さったように引っかかる。
あの言い方じゃ、まるで、
「縁起でもないことを聞くが、まさか死にたいのか?」
本当に縁起でもない。
実際あれは『一度死んだ』のだろう。
それでも高度な、しかもオートで発動する反転術式で生きているに過ぎない。
だから不躾な問いであることは重々承知している。
「いつかはね。」
どこか遠くを見るような目で、名無しが諦めたように目を細めた。
それは叶わない夢を諦めるような。
幼さが残る童顔には似つかわしくない、達観した表情が網膜に焼き付いた。
「出来れば……そうだな〜。伏黒くんの曾孫が見れるくらいまでは生きたいんだけど。」
「俺が子供作るの前提か。」
「変かな。マメだし、優しいし、似合うと思うよ。」
「……伏黒パパ。うん、うん。いいんじゃない?」と口走る名無しの顔に、先程の儚い笑顔はもう既に消え失せていた。
「あ。五条さんには内緒ね。そんなこと言った日には、あれこれ考えて多分一生懸命になってくれるだろうから」
「名無しでも五条先生に隠し事あるんだな。」
「あるある。結構あるよ?秘密は女のアクセサリーって不二子ちゃんが言ってたし。」
茶化しているのか本気で言っているのか。
『その辺は五条先生にそっくりだな』なんて言ったら、本人はきっと嫌そうな顔するに違いない。
「俺には言っていいのか」
「だって伏黒くん、無闇矢鱈に他人に喋ったりしないでしょ?」
「……試されてんのか?これ。」
「んーん。言葉のままだよ」
手の甲で汗を拭い、名無しは竹箒を持ち直した。
「キミがいい子なのは知ってるもの。緑茶、折角買ってくれていたのにあんな使い方してごめんね。」
元々名無しに差し入れるため買ったものだ。
気にしなくていいと言っても、きっと目の前のお人好しは困ったように笑うのだろう。
紫黒の雨水#06
「緑茶で呪詛師をはっ倒す呪術師もそういないだろうな。」
「レアでしょ?」
「アンタの手助けになったのなら、緑茶も俺も本望だよ。」
高専の敷地内にある寮の中庭。
そこで竹箒を持った彼女へ声をかければ、困ったように笑われた。
まるで『見つかってしまったか』と八の字に曲がるものだから、俺は一瞬たじろいだ。
「あぁ、伏黒くん。怪我、治してもらえた?」
「あぁ。」
「そっかそっか。今日は寮の空き部屋を準備したから、危ないし念の為泊まっていきなさい。嫌だったら五条さんの家にでも泊めてもらって――」
「『ごめんね』って、どういう意味だよ。」
単刀直入に問えば、箒を動かしていた手をピタリと止める名無し。
困ったような笑顔はそのままに、「うーん」と理由を考えているようだった。
「や、気持ち悪いもの見せたな、と思って。
怪我とか勝手に治っちゃうからさ、拳銃の弾が残ったら取り出すの大変だから『すぐ取らなきゃ〜!』って思って。」
まるで『鍋が吹きこぼれたから火を止めた』といった様子で身振り手振り説明してくる。
「普通死ぬよねぇ、あんなの。ホラー映画のゾンビみたいだよね。気持ち悪くて、本当にごめんね。」
――あぁ。
身から出た錆ではないか。
多分、本人は意識していないのかもしれないが、俺と初対面で会った時の反応を気にしているのか。
いや。もしかしたら五条先生や家入さんのように親しい人物以外の全員に対して、なにか引け目のようなものがあるのかもしれない。
もしあの時。初対面の時、俺が手を叩き落とさなければ。
もっと普通に『ありがとうございます』と言えていれば。
――後悔しても遅い。
俺が、この善人である彼女の心に傷をひとつ付けたのは間違いようがない事実なのだから。
「謝らなくて、いい。……呪術師になるって決めたんだ。それぐらいでビビるわけにはいかないだろ」
俺がそう答えれば「そっか、そうだね。」と名無しがそっと口元を緩ませる。
気休めのような言葉だが、本人の表情が僅かでも和らいだのが救いだ。
「あーあ、あれで死ねたら簡単なのにね。」
竹箒の柄の先端を指でグリグリと押しながら、名無しが肩を竦める。
「あれでアンタが死んでも目覚めが悪い。」
「あ、それもそうだね。」
からからと笑いながら名無しが竹の節をなぞった。
ふと。
先程の名無しの言葉が、喉に小骨が刺さったように引っかかる。
あの言い方じゃ、まるで、
「縁起でもないことを聞くが、まさか死にたいのか?」
本当に縁起でもない。
実際あれは『一度死んだ』のだろう。
それでも高度な、しかもオートで発動する反転術式で生きているに過ぎない。
だから不躾な問いであることは重々承知している。
「いつかはね。」
どこか遠くを見るような目で、名無しが諦めたように目を細めた。
それは叶わない夢を諦めるような。
幼さが残る童顔には似つかわしくない、達観した表情が網膜に焼き付いた。
「出来れば……そうだな〜。伏黒くんの曾孫が見れるくらいまでは生きたいんだけど。」
「俺が子供作るの前提か。」
「変かな。マメだし、優しいし、似合うと思うよ。」
「……伏黒パパ。うん、うん。いいんじゃない?」と口走る名無しの顔に、先程の儚い笑顔はもう既に消え失せていた。
「あ。五条さんには内緒ね。そんなこと言った日には、あれこれ考えて多分一生懸命になってくれるだろうから」
「名無しでも五条先生に隠し事あるんだな。」
「あるある。結構あるよ?秘密は女のアクセサリーって不二子ちゃんが言ってたし。」
茶化しているのか本気で言っているのか。
『その辺は五条先生にそっくりだな』なんて言ったら、本人はきっと嫌そうな顔するに違いない。
「俺には言っていいのか」
「だって伏黒くん、無闇矢鱈に他人に喋ったりしないでしょ?」
「……試されてんのか?これ。」
「んーん。言葉のままだよ」
手の甲で汗を拭い、名無しは竹箒を持ち直した。
「キミがいい子なのは知ってるもの。緑茶、折角買ってくれていたのにあんな使い方してごめんね。」
元々名無しに差し入れるため買ったものだ。
気にしなくていいと言っても、きっと目の前のお人好しは困ったように笑うのだろう。
紫黒の雨水#06
「緑茶で呪詛師をはっ倒す呪術師もそういないだろうな。」
「レアでしょ?」
「アンタの手助けになったのなら、緑茶も俺も本望だよ。」
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