紫黒の雨水
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「あれ、何です。」
紫黒の雨水#05
家入さんの治療を受けながら、様子を見に来た五条先生に問うた。
「アレって何?僕エスパーじゃないから分からな〜い」
「名無しの事。」
態とらしく茶化す五条先生を無視して明確な個人名を出す。
ガーゼを当て、俺の腕に包帯を巻いてくれていた家入さんの手が一瞬止まり、包帯の目隠しの下でヘラヘラ笑っていた五条先生の笑顔が固まる。
「あ〜、陰陽五行のこと?あれ、術の命令式をむちゃくちゃ細かく使うから扱いが難しいらしくて」
「拳銃で頭撃ち抜かれても生きてました。」
そっちの術式も気にはなるが、それよりも、だ。
呪術師とはいえ一見身体は普通の人間だ。
人間である、はずなのだ。
「……なるほど?『見られちゃった』って、そーゆーこと。」
五条先生は、保健室に来る前に名無しに会ったのだろうか。
納得したようにぽそりと呟いた声は、先程のチャラチャラとしたノリを一瞬にして潜めていた。
「ま、恵が最初から視てたモノだよ。」
「具体的に言ってください。」
「呪いが乗っかってるのには最初から気づいていたんでしょ?」
「……あれだけヤバかったら、そりゃあ」
呪いに関して多少敏感な人間なら、必ず目を引く存在だ。
深海の海を覗き込んだような、得体の知れぬ『何か』。
人ではない。世の理から外れた呪いの粋。
本格的に呪いと関わり始めたのはここ半年だが、あれは一目見ただけで『危険』だと理解した。
だから――初対面の時は、心の底から手が震えた。
身体の芯からフッと冷えていくような恐怖。
見た目の『ガワ』があまりにも普遍的で、人間で、普通の同級生でもおかしくないような外見をしているからこそ、その異質さがより際立った。
しかし、実際のところの彼女はどうだ。
彼女自身が纏うドロドロとした『呪い』なんて、当人は知らぬ存ぜぬといった態度。
何時しか……俺自身も身の毛がよだつような呪いを気にすることはなくなり、おっかない話だがそれが当たり前になった。
そして自然に、次は彼女自身の人格にフォーカスされた。
驚く程に常識人で、芯が強く、なんならこの場にいる誰よりも『普通』だ。
五条先生のようにデリカシーがなく無遠慮ではない。
学長のように堅気の人間ではなさそうな見た目もしていない。
彼女が五条先生の教え子だということがにわかに信じ難いくらい、思慮深く、気配り上手で、姉を彷彿させるくらいやさしかった。
その矢先にこれだ。
式神なのか。呪骸なのか。はたまた人ではない何かなのか。
俺の中の『ななし名無し』という、間違いなく善人に分類される人物の根幹が、今後揺らぐことはないにせよ――
『ごめんね。』
何の、謝罪だ。
それが気になって仕方がない。
俺のあれこれ考えていることが手に取るように分かるのか、五条先生は刈り上げた襟足周りを掻きながら小さく溜息をついた。
「ああ、でも勘違いしないであげてね。あれ、後天的かつ本人が望んだ体質じゃないから」
薄情が服を着て歩いているような五条先生が珍しくフォローを入れる。
それだけ名無しが大事なのか、それとも何かしら思い入れがあるのか。
その辺の事情は詳しく知らないけれど、珍しく真面目な声音で五条先生はそっと口を開いた。
「呪具に仕立てあげられたんだよ。『人魚の肉』を食わされて。」
***
家入さんの治療が終わり、俺は保健室の丸椅子から立ち上がった。
「名無しに会いに行ってきます。」
そう言うと家入さんは目を丸くし、意外そうに視線を逸らした。
「意外だな。」
「何がです?」
「五条に聞いていた話と随分違うからね。もっと軽薄な子だと思っていたよ。」
あの人、何を吹き込んでいるんだ。
先程、呪詛師の『事後処理』へ向かった五条先生に内心舌打ちを贈る。
おおよそ予想はつく。中学校での素行の悪さを言っているのだろう。
軽薄。無関心。
……そう。少し前の俺は、そうだった。
今でもそうだと思っているけれど、それでも俺は――これからは、間違えないようにきちんと『選択』したいと思う。
この手から善人が滑り落ちるのは、もう沢山だ。
「俺も、そう思います。……どこかの寮母の、お節介が移ったのかもしれません。」
そう家入さんに伝えれば、満足そうに「そうか。」と小さく微笑まれた。
紫黒の雨水#05
家入さんの治療を受けながら、様子を見に来た五条先生に問うた。
「アレって何?僕エスパーじゃないから分からな〜い」
「名無しの事。」
態とらしく茶化す五条先生を無視して明確な個人名を出す。
ガーゼを当て、俺の腕に包帯を巻いてくれていた家入さんの手が一瞬止まり、包帯の目隠しの下でヘラヘラ笑っていた五条先生の笑顔が固まる。
「あ〜、陰陽五行のこと?あれ、術の命令式をむちゃくちゃ細かく使うから扱いが難しいらしくて」
「拳銃で頭撃ち抜かれても生きてました。」
そっちの術式も気にはなるが、それよりも、だ。
呪術師とはいえ一見身体は普通の人間だ。
人間である、はずなのだ。
「……なるほど?『見られちゃった』って、そーゆーこと。」
五条先生は、保健室に来る前に名無しに会ったのだろうか。
納得したようにぽそりと呟いた声は、先程のチャラチャラとしたノリを一瞬にして潜めていた。
「ま、恵が最初から視てたモノだよ。」
「具体的に言ってください。」
「呪いが乗っかってるのには最初から気づいていたんでしょ?」
「……あれだけヤバかったら、そりゃあ」
呪いに関して多少敏感な人間なら、必ず目を引く存在だ。
深海の海を覗き込んだような、得体の知れぬ『何か』。
人ではない。世の理から外れた呪いの粋。
本格的に呪いと関わり始めたのはここ半年だが、あれは一目見ただけで『危険』だと理解した。
だから――初対面の時は、心の底から手が震えた。
身体の芯からフッと冷えていくような恐怖。
見た目の『ガワ』があまりにも普遍的で、人間で、普通の同級生でもおかしくないような外見をしているからこそ、その異質さがより際立った。
しかし、実際のところの彼女はどうだ。
彼女自身が纏うドロドロとした『呪い』なんて、当人は知らぬ存ぜぬといった態度。
何時しか……俺自身も身の毛がよだつような呪いを気にすることはなくなり、おっかない話だがそれが当たり前になった。
そして自然に、次は彼女自身の人格にフォーカスされた。
驚く程に常識人で、芯が強く、なんならこの場にいる誰よりも『普通』だ。
五条先生のようにデリカシーがなく無遠慮ではない。
学長のように堅気の人間ではなさそうな見た目もしていない。
彼女が五条先生の教え子だということがにわかに信じ難いくらい、思慮深く、気配り上手で、姉を彷彿させるくらいやさしかった。
その矢先にこれだ。
式神なのか。呪骸なのか。はたまた人ではない何かなのか。
俺の中の『ななし名無し』という、間違いなく善人に分類される人物の根幹が、今後揺らぐことはないにせよ――
『ごめんね。』
何の、謝罪だ。
それが気になって仕方がない。
俺のあれこれ考えていることが手に取るように分かるのか、五条先生は刈り上げた襟足周りを掻きながら小さく溜息をついた。
「ああ、でも勘違いしないであげてね。あれ、後天的かつ本人が望んだ体質じゃないから」
薄情が服を着て歩いているような五条先生が珍しくフォローを入れる。
それだけ名無しが大事なのか、それとも何かしら思い入れがあるのか。
その辺の事情は詳しく知らないけれど、珍しく真面目な声音で五条先生はそっと口を開いた。
「呪具に仕立てあげられたんだよ。『人魚の肉』を食わされて。」
***
家入さんの治療が終わり、俺は保健室の丸椅子から立ち上がった。
「名無しに会いに行ってきます。」
そう言うと家入さんは目を丸くし、意外そうに視線を逸らした。
「意外だな。」
「何がです?」
「五条に聞いていた話と随分違うからね。もっと軽薄な子だと思っていたよ。」
あの人、何を吹き込んでいるんだ。
先程、呪詛師の『事後処理』へ向かった五条先生に内心舌打ちを贈る。
おおよそ予想はつく。中学校での素行の悪さを言っているのだろう。
軽薄。無関心。
……そう。少し前の俺は、そうだった。
今でもそうだと思っているけれど、それでも俺は――これからは、間違えないようにきちんと『選択』したいと思う。
この手から善人が滑り落ちるのは、もう沢山だ。
「俺も、そう思います。……どこかの寮母の、お節介が移ったのかもしれません。」
そう家入さんに伝えれば、満足そうに「そうか。」と小さく微笑まれた。