青藍の冬至
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「駄目だよ。」
「いえ、本当に大丈夫ですから…!」
さっきから繰り返されている、押し問答。
「風邪引いちゃったらどうするの。今は冬だよ?」
「本当に大丈夫です。ほら、カーペットあるだけでもありがたい話ですし」
「せめてそこはソファで寝るとか言いなよぉ。僕が人でなしみたいじゃないか」
「いえ。五条さんは人でなしではありません。」
「あ、そこは間髪入れずに訂正してくれるのね…じゃなくて。」
ぽんぽんとベッドを軽く叩けば、洗いたてのシーツの柔らかい感触。
「一緒のベッドに寝た方が暖かいじゃん?」
「それは、ちょっと。」
彼女が戸惑うのも無理はないだろう。
……本当の理由は、彼女への追手を警戒して。
まぁあの呪術師達も馬鹿ではないだろうから、この線は薄い。
なにせ呪詛師として登録・抹殺される方が高リスクだ。
一番の可能性は名無しの血肉を求めて『呪霊』が寄ってくること。
呪物の塊になった彼女自体が、呪霊にとってドーピングなのは間違いない。
それが『八百比丘尼』――生きた人魚の肉ならば、尚更。
流石に僕だって何年も監禁されて、やっと自由の身になった少女に対して『常に危険がつきまとう』だなんて、酷な宣告はしない。まだ。
明確に理由を伝えれば、聡そうな彼女ならあっさり納得するかもしれない。
しかし。しかし、だ。
それは常に恐怖と不安を抱えて過ごさなければいけないことと同一だ。
合理的ではないのは分かっているが、どうしてもその選択肢を取ることはできなかった。
「じゃあベッド譲ろうか?」
「それは絶対にダメです。だったら私はベランダで寝ます。」
「そんな未成年に手を出すほど、僕だってケダモノじゃないよ。」
「いえ、そうじゃなくて」
頬を赤らめる訳でもなく、困ったように視線を右往左往させる名無し。
痩せた彼女の薄い唇から、ぽそりと零れた一言に、僕は頭が痛くなった。
「…………だって、気持ち悪くないですか?」
うつむき加減になった名無しの表情は見えない。
『何が』なんて聞くほど、僕だって野暮じゃない。
「…私は、だって、もう人間じゃ、」
「ストップ。それは禁句だよ。」
人差し指を立てて、名無しのカサカサになった唇に押し当てる。
嗚呼、あぁ。
ちょっと僕が浅はかだった。
思った以上にななし名無しという少女は賢くて、真面目で、繊細で。
自分がかけるべきだった言葉は、理論的な現実でも、遠回しな気遣いでもなかったのだ。
「君は、普通とは少しかけ離れてしまったかもしれないけれど、ちゃんと人間だ。
自分を傷付けるような言葉を口にしちゃあいけない。
――言葉には、大なり小なり力がある。それは時には呪いになり、刃になることもある。これ以上自分に罰を与える必要は、ないんじゃないかな。」
自分を、嫌いになってはいけない。
行き場のない、どうしようもない嫌悪は、己にとって害でしかない。
誰よりも近い、何よりも深い、祓うことが――いや、赦すことが出来ない呪いに相成ってしまう。
好きになれだなんて酷なことは言わない。
納得して、噛み砕いて、受け入れることが大事だ。……それが、どんなに難しくても。
「……五条さんは、なんか先生みたいですね。」
「中々鋭いねぇ、実はそうなんだ。ななし名無しさんに10点あげよう。」
おどけながら答えれば、綻ぶように小さく笑う名無し。
彼女の笑った顔を見て心の奥底でそっと安堵の息をつく自分がいたことに、ほんの少しだけ驚いてしまったのは内緒だ。
「だから大丈夫だよ。それこそ、教師が未成年に手を出した〜なんて、格好のスキャンダルになるからね。」
「新聞の一面を飾りそうですね。」
「それは言い過ぎでしょ」
少なくともあの脳筋学長にはぶん殴られるだろう。それは避けたいところだ。
「……わかりました。寝相が悪かったり、鼾が煩かったら容赦なく起こしてくださいね」
「ん。」
短く返事をすれば、漸く観念したのかベッドの端で遠慮がちに横になる。
寝相が良くてもベッドから落ちそうな位置なのがなんだかおかしくて、僕は思わず小さく笑ってしまった。
「おやすみ、名無し。」
青藍の冬至#03
肩まで布団を掛けてやれば、一瞬だけ目を丸くする彼女。
くすぐったそうに目を細め、ほどけるようなはにかみ笑顔を浮かべる表情は、年相応のものだった。
「…………おやすみなさい、五条さん。」
「いえ、本当に大丈夫ですから…!」
さっきから繰り返されている、押し問答。
「風邪引いちゃったらどうするの。今は冬だよ?」
「本当に大丈夫です。ほら、カーペットあるだけでもありがたい話ですし」
「せめてそこはソファで寝るとか言いなよぉ。僕が人でなしみたいじゃないか」
「いえ。五条さんは人でなしではありません。」
「あ、そこは間髪入れずに訂正してくれるのね…じゃなくて。」
ぽんぽんとベッドを軽く叩けば、洗いたてのシーツの柔らかい感触。
「一緒のベッドに寝た方が暖かいじゃん?」
「それは、ちょっと。」
彼女が戸惑うのも無理はないだろう。
……本当の理由は、彼女への追手を警戒して。
まぁあの呪術師達も馬鹿ではないだろうから、この線は薄い。
なにせ呪詛師として登録・抹殺される方が高リスクだ。
一番の可能性は名無しの血肉を求めて『呪霊』が寄ってくること。
呪物の塊になった彼女自体が、呪霊にとってドーピングなのは間違いない。
それが『八百比丘尼』――生きた人魚の肉ならば、尚更。
流石に僕だって何年も監禁されて、やっと自由の身になった少女に対して『常に危険がつきまとう』だなんて、酷な宣告はしない。まだ。
明確に理由を伝えれば、聡そうな彼女ならあっさり納得するかもしれない。
しかし。しかし、だ。
それは常に恐怖と不安を抱えて過ごさなければいけないことと同一だ。
合理的ではないのは分かっているが、どうしてもその選択肢を取ることはできなかった。
「じゃあベッド譲ろうか?」
「それは絶対にダメです。だったら私はベランダで寝ます。」
「そんな未成年に手を出すほど、僕だってケダモノじゃないよ。」
「いえ、そうじゃなくて」
頬を赤らめる訳でもなく、困ったように視線を右往左往させる名無し。
痩せた彼女の薄い唇から、ぽそりと零れた一言に、僕は頭が痛くなった。
「…………だって、気持ち悪くないですか?」
うつむき加減になった名無しの表情は見えない。
『何が』なんて聞くほど、僕だって野暮じゃない。
「…私は、だって、もう人間じゃ、」
「ストップ。それは禁句だよ。」
人差し指を立てて、名無しのカサカサになった唇に押し当てる。
嗚呼、あぁ。
ちょっと僕が浅はかだった。
思った以上にななし名無しという少女は賢くて、真面目で、繊細で。
自分がかけるべきだった言葉は、理論的な現実でも、遠回しな気遣いでもなかったのだ。
「君は、普通とは少しかけ離れてしまったかもしれないけれど、ちゃんと人間だ。
自分を傷付けるような言葉を口にしちゃあいけない。
――言葉には、大なり小なり力がある。それは時には呪いになり、刃になることもある。これ以上自分に罰を与える必要は、ないんじゃないかな。」
自分を、嫌いになってはいけない。
行き場のない、どうしようもない嫌悪は、己にとって害でしかない。
誰よりも近い、何よりも深い、祓うことが――いや、赦すことが出来ない呪いに相成ってしまう。
好きになれだなんて酷なことは言わない。
納得して、噛み砕いて、受け入れることが大事だ。……それが、どんなに難しくても。
「……五条さんは、なんか先生みたいですね。」
「中々鋭いねぇ、実はそうなんだ。ななし名無しさんに10点あげよう。」
おどけながら答えれば、綻ぶように小さく笑う名無し。
彼女の笑った顔を見て心の奥底でそっと安堵の息をつく自分がいたことに、ほんの少しだけ驚いてしまったのは内緒だ。
「だから大丈夫だよ。それこそ、教師が未成年に手を出した〜なんて、格好のスキャンダルになるからね。」
「新聞の一面を飾りそうですね。」
「それは言い過ぎでしょ」
少なくともあの脳筋学長にはぶん殴られるだろう。それは避けたいところだ。
「……わかりました。寝相が悪かったり、鼾が煩かったら容赦なく起こしてくださいね」
「ん。」
短く返事をすれば、漸く観念したのかベッドの端で遠慮がちに横になる。
寝相が良くてもベッドから落ちそうな位置なのがなんだかおかしくて、僕は思わず小さく笑ってしまった。
「おやすみ、名無し。」
青藍の冬至#03
肩まで布団を掛けてやれば、一瞬だけ目を丸くする彼女。
くすぐったそうに目を細め、ほどけるようなはにかみ笑顔を浮かべる表情は、年相応のものだった。
「…………おやすみなさい、五条さん。」