萌黄の清明
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『なんだ、そんなことですか。』
洗いざらい現状を伝えれば、意外にも――いや、意外でもないか。
呑気に食後の茶を啜りながら名無しが小さく頷いた。
『いえ。多分当人達も罰せられていないんだろうな、とは見当がついてましたし』
業が深い人間程《不老不死は人類の夢だ》と宣う者がいる。
そして呪術界の上層部には、そういった老害が蛆のように存在した。
『ごめんね』と謝れば、彼女は『なんで五条先生が謝るんですか?』と困ったように笑う。
『きっと皆、死ぬのは怖いはずですから』
それはどこか他人事のように。
諦めたような声音に聞こえたのは、きっと思い違いではない。
萌黄の清明#12
(聞きそびれたな)
衝立一枚向こう側。
規則的に上下する掛け布団。
しかし聞き慣れた穏やかな寝息は聞こえて来ず、息を潜めたような息遣いが聞こえてくるばかり。
違う環境だから眠れないのだろうか。
……いや、きっと多分、そうじゃない。
名無しの表情が曇っていたのは、本当にあれだけだったのだろうか。
本人は『教えて下さりありがとうございます』とスッキリした顔をしていたが、どうも腑に落ちない。
でも――問い質しても教えてくれないだろう。
悔しいが隠し事は向こうの方が一枚上手だ。
いや。嘘が上手というより、この場合――
……考えても仕方がない。
起きているなら、本人に聞いた方が手っ取り早い。
元来、五条も嘘をつくのが上手というわけではない。
――その点、夏油はとても上手かったが。
五条自身、周りを欺く程弱い訳でもなく、強者故に嘘をつく必要が今までなかった。
呪術界の汚い部分を多く見てきたとはいえ、そういった『動物が致命傷を負っても上手く隠す』ようなことを見抜く芸当は、持ち合わせてはいなかった。
だからここは、ストレートに問う。
「ね、名無し。」
「はい。」
狸寝入りをされるわけでもなく、驚いた様子もなく。
夜だから声は潜められているものの、しっかり覚醒している声で返事が返ってきた。
「僕に何か言っておかなきゃいけないこととかない?」
「何ですか、藪から棒に。」
「えー。だってぇ、僕はちゃんと白状したんだよ?名無しは隠し事ないのかな、って」
「ないですよ。」
即答。
予測していた事だが、それはそれで。
まるで『ここから先は踏み入ってくれるな』と言われているようで、少しだけ寂しかった。
『傑、ちょっと痩せた?大丈夫か?』
『ただの夏バテさ。大丈夫』
過去、親友の些細な変化に気付きながらも、触れずにいた。
放っておいてしまった。
その結果が『現状』なのだから、笑うに笑えない。
だから今度は二の轍は踏まない。
そう。
デリカシーがなく、人の嫌なところにも踏み込んでいくのが『五条悟』なのだから。
「可愛げがないなぁ。さっきの話、怖いとか不安に思ったりとか、あったら言ってくれてもいいのに。」
「ないことはないですよ。でも、言っても困らせちゃうだけですから」
『そんなものあるわけない』と強がるのかと思いきや、意外な返事。
素直なようで、喉に小骨が引っかかったような物言いに、五条は名無しの次の言葉を黙って待った。
「怖いとか不安だとか、泣いても喚いても現実は変わりません。そんなことをする暇があったら、少しでも自分で自分の身を守れるようになった方がいいですし」
「なぁんか淡白。歳の割に達観してるよねぇ」
「だって、そうするしかないじゃないですか。」
――諦観。
名無しのこれは、達観でも淡白でもない。
四年間、ずっと変わらなかった現実。
当の間に泪は枯れ果てて、慟哭に噎ぶ喉は何度も潰れたのだろう。
(その通りなんだけどさ、)
正論。
まさに、正論だろう。
理論的な部分は『全くもってその通りだ』と拍手喝采しているというのに、五条の感情だけがついてこない。
本当の自由を彼女自身が勝ち取るには、強くなるしか道はない。
そんなこと分かっている。その道を示したのは五条なのだから。
でも。それでも。
『それだけじゃ駄目だ』と身体の奥が叫んでいる。
(あぁ、だから正論って嫌い。)
多角的に捉えることが出来ない。
型にはまった方法しか手段が取れない。
昔の自分は『反抗心』故に《正論なんて嫌いだ》と豪語していたが、今はそうじゃない。
それだけじゃ、ないんだ。
「なんというか、ちぐはぐだねぇ」
「というのは?」
「んー…言葉のままかな。」
心がしっかり育つための時間を、奪われた。奪われてしまった。
身体は少女のまま、覚悟を抱えた心だけが大人びていく。
不安や恐怖を押し殺して、力強く踏み出すその一歩一歩が痛ましくさえ思えた。
「――泣きたくなった時はさぁ、」
「?」
「先生の胸をいつでも貸してあげるから、思いっきり泣いちゃいなよ。」
「ふふっ、なんですか、それ。」
「だってほら。名無しは僕の大事な生徒だし?」
「考えておきますね。」
声が、少しだけ弾む。
それが社交辞令の言葉でも今は良かった。
泣ける場所があるのだと。
泣いてもいいのだと。
どうしても、――どうしても、伝えたかったんだ。
洗いざらい現状を伝えれば、意外にも――いや、意外でもないか。
呑気に食後の茶を啜りながら名無しが小さく頷いた。
『いえ。多分当人達も罰せられていないんだろうな、とは見当がついてましたし』
業が深い人間程《不老不死は人類の夢だ》と宣う者がいる。
そして呪術界の上層部には、そういった老害が蛆のように存在した。
『ごめんね』と謝れば、彼女は『なんで五条先生が謝るんですか?』と困ったように笑う。
『きっと皆、死ぬのは怖いはずですから』
それはどこか他人事のように。
諦めたような声音に聞こえたのは、きっと思い違いではない。
萌黄の清明#12
(聞きそびれたな)
衝立一枚向こう側。
規則的に上下する掛け布団。
しかし聞き慣れた穏やかな寝息は聞こえて来ず、息を潜めたような息遣いが聞こえてくるばかり。
違う環境だから眠れないのだろうか。
……いや、きっと多分、そうじゃない。
名無しの表情が曇っていたのは、本当にあれだけだったのだろうか。
本人は『教えて下さりありがとうございます』とスッキリした顔をしていたが、どうも腑に落ちない。
でも――問い質しても教えてくれないだろう。
悔しいが隠し事は向こうの方が一枚上手だ。
いや。嘘が上手というより、この場合――
……考えても仕方がない。
起きているなら、本人に聞いた方が手っ取り早い。
元来、五条も嘘をつくのが上手というわけではない。
――その点、夏油はとても上手かったが。
五条自身、周りを欺く程弱い訳でもなく、強者故に嘘をつく必要が今までなかった。
呪術界の汚い部分を多く見てきたとはいえ、そういった『動物が致命傷を負っても上手く隠す』ようなことを見抜く芸当は、持ち合わせてはいなかった。
だからここは、ストレートに問う。
「ね、名無し。」
「はい。」
狸寝入りをされるわけでもなく、驚いた様子もなく。
夜だから声は潜められているものの、しっかり覚醒している声で返事が返ってきた。
「僕に何か言っておかなきゃいけないこととかない?」
「何ですか、藪から棒に。」
「えー。だってぇ、僕はちゃんと白状したんだよ?名無しは隠し事ないのかな、って」
「ないですよ。」
即答。
予測していた事だが、それはそれで。
まるで『ここから先は踏み入ってくれるな』と言われているようで、少しだけ寂しかった。
『傑、ちょっと痩せた?大丈夫か?』
『ただの夏バテさ。大丈夫』
過去、親友の些細な変化に気付きながらも、触れずにいた。
放っておいてしまった。
その結果が『現状』なのだから、笑うに笑えない。
だから今度は二の轍は踏まない。
そう。
デリカシーがなく、人の嫌なところにも踏み込んでいくのが『五条悟』なのだから。
「可愛げがないなぁ。さっきの話、怖いとか不安に思ったりとか、あったら言ってくれてもいいのに。」
「ないことはないですよ。でも、言っても困らせちゃうだけですから」
『そんなものあるわけない』と強がるのかと思いきや、意外な返事。
素直なようで、喉に小骨が引っかかったような物言いに、五条は名無しの次の言葉を黙って待った。
「怖いとか不安だとか、泣いても喚いても現実は変わりません。そんなことをする暇があったら、少しでも自分で自分の身を守れるようになった方がいいですし」
「なぁんか淡白。歳の割に達観してるよねぇ」
「だって、そうするしかないじゃないですか。」
――諦観。
名無しのこれは、達観でも淡白でもない。
四年間、ずっと変わらなかった現実。
当の間に泪は枯れ果てて、慟哭に噎ぶ喉は何度も潰れたのだろう。
(その通りなんだけどさ、)
正論。
まさに、正論だろう。
理論的な部分は『全くもってその通りだ』と拍手喝采しているというのに、五条の感情だけがついてこない。
本当の自由を彼女自身が勝ち取るには、強くなるしか道はない。
そんなこと分かっている。その道を示したのは五条なのだから。
でも。それでも。
『それだけじゃ駄目だ』と身体の奥が叫んでいる。
(あぁ、だから正論って嫌い。)
多角的に捉えることが出来ない。
型にはまった方法しか手段が取れない。
昔の自分は『反抗心』故に《正論なんて嫌いだ》と豪語していたが、今はそうじゃない。
それだけじゃ、ないんだ。
「なんというか、ちぐはぐだねぇ」
「というのは?」
「んー…言葉のままかな。」
心がしっかり育つための時間を、奪われた。奪われてしまった。
身体は少女のまま、覚悟を抱えた心だけが大人びていく。
不安や恐怖を押し殺して、力強く踏み出すその一歩一歩が痛ましくさえ思えた。
「――泣きたくなった時はさぁ、」
「?」
「先生の胸をいつでも貸してあげるから、思いっきり泣いちゃいなよ。」
「ふふっ、なんですか、それ。」
「だってほら。名無しは僕の大事な生徒だし?」
「考えておきますね。」
声が、少しだけ弾む。
それが社交辞令の言葉でも今は良かった。
泣ける場所があるのだと。
泣いてもいいのだと。
どうしても、――どうしても、伝えたかったんだ。
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