萌黄の清明
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「八百比丘尼を、持ち出したそうだな。」
五条家の『当主代理』を務める目の前の男が、重々しく口を開いた。
「保護しただけだろ。持ち出した、なんて言い方しないでくれる?」
じとりと男を見遣れば、僅かにたじろぐ身体。
――六眼で視ても、男自体は大した術式は持っていない。
しかし、この男が当主代理である所以は、危機管理能力と腐敗しきった上層部の『悪い噂』を拾う術に長けているからだ。
そんな当主代理に呼び出された。
『八百比丘尼も持って来い』という、余計な一言付きで。
「八百比丘尼を造った徒党は、表向きは始末された。」
引っ掛かる言い方だ。
その言い方に思わず片眉を釣り上げた。
「上層部の一部が噛んでいたようだ。内密に保護した――なんて話も出ている」
あくまで噂。しかし、火のないところに煙は立たない。
可能性があるなら考慮しない手はない。
「また造るっての?阿呆らしい。そん特級呪物の適合者がホイホイいるわけないだろ。」
「そう。いるわけがない。だから『成功例』が解析のために必要だとしたら?」
男の言葉に五条は一瞬だけ息を止める。
――確かに『成功例』がいるすれば、量産する事も出来るだろう。
良くて術式によるクローン。
考えたくないパターンとしては……名無しは『女』だ。器が新たに必要とするならば、子を無理矢理にでも産ませてしまうのが一番手っ取り早いかもしれない。
「言い方は不敬かもしれぬが、五条家の権力はお前が牛耳っている。家の者からは誰も咎めはしない。否定もしない。だからこれはあくまで忠言だ。
お前は人として正しい事をしたかもしれんが、あれは呪具に変質している。
――天元様の元で指定封印がアレの為にも、今後の為にもなるのではないのか?」
道徳的には正解。
しかし今後の呪術界を長い目で見るとすれば、どうだろう。
当主代理のこの男も、そこまで冷血な人間ではない。
かといって現状、五条家をワンマンで取り仕切っているのは実質五条悟その人だ。
選択を、見誤るわけにはいかない。
「ありがた〜い御忠告どぉーも。
けどね――あの子は、名無しは呪術師だ。俺の生徒だ。」
予想はしていた。
上層部の老人共も死ぬのは怖いはずだから。
ならば誰か『抜け駆け』をしてもおかしくない、と。
だからといって貴重な青春時代を四年間もドブに捨てられた彼女の時間は、もう取り戻せない。
これ以上『ななし名無し』という少女から、何も奪ってはいけない。誰も奪える権利なんてないのだから。
「……あぁ、そうそう。今度『アレ』とか言ったら、首が飛ぶから覚悟してよね。」
長い睫毛に縁取られた目元を音もなく細める五条に、当主代理の男は困ったように肩を竦めるのであった。
萌黄の清明#10
「名無し、待った〜?」
スパンと開け放たれた障子。
滑りよく、あまりにも乾いた音に私は思わず肩を揺らした。
「び、っくりした……って、どなた様ですか…」
「ん?あぁ、これ。」
そう言って羽織の裾を持つ五条さん。
いつもの黒い服ではなく、着物と羽織を纏った姿に、正直驚いた。
落ち着いた色合いの、見るからに上等な着物。
特徴的な白髪と吹き抜けるような鮮やかな碧眼がなければ分からなかったかもしれない。
「挨拶するんだからキチンとした格好にしろ、って煩くてさ。似合わないでしょ?」
「いえ。顔がいいと何でも似合うんだな、と面食らった次第ですけど。」
むしろこの人に似合わない格好なんてあるのだろうか。
長らく待たされた色んなあれこれが全部吹き飛んだ。顔がいいとなんでもありなんだな。
「お話は終わりました?」
「ん。大した事ない、ただの世間話だったよ。」
畳の上に胡座をかいて座り込む五条さん。
そんな彼を一瞥して私は「それは良かった」と小さく返事を返した。
「そうそう。もう時間が遅いからさ、ここに泊まるけどいい?」
「え、あ、はい。」
反射的に返事をしたが――いいのだろうか。
少なくとも、私はここの家の方々に歓迎されていないだろうに。
「じゃ、そうと決まれば」
畳の上に座り直し、しゃんと背筋を伸ばす五条さん。
世の女性が見たら卒倒するのではないのかと思う程に、綺麗な綺麗な笑顔を浮かべて。
「ようこそ、五条家へ。御三家が一角、五条家の代表として歓迎致します、ななし名無し殿。」
誰だ、この人。
人格が変わったのではないかと疑ってしまう程に、スラスラと出てくる口上に息の仕方すら忘れる。
「……なーんて。ドキッとした?」
「五条さんも、その、ちゃんとした大人なんだな…と思いました。」
「えぇ〜まるで僕が普段ちゃらんぽらんしてるみたいじゃないの。」
そう言いながら私の痺れた足を容赦なく指先で突いてくる。
ホント、そういうところだぞ、五条悟。
訴えるように視線を向ければ、それはいつも通りに笑う彼が、そこにいた。
五条家の『当主代理』を務める目の前の男が、重々しく口を開いた。
「保護しただけだろ。持ち出した、なんて言い方しないでくれる?」
じとりと男を見遣れば、僅かにたじろぐ身体。
――六眼で視ても、男自体は大した術式は持っていない。
しかし、この男が当主代理である所以は、危機管理能力と腐敗しきった上層部の『悪い噂』を拾う術に長けているからだ。
そんな当主代理に呼び出された。
『八百比丘尼も持って来い』という、余計な一言付きで。
「八百比丘尼を造った徒党は、表向きは始末された。」
引っ掛かる言い方だ。
その言い方に思わず片眉を釣り上げた。
「上層部の一部が噛んでいたようだ。内密に保護した――なんて話も出ている」
あくまで噂。しかし、火のないところに煙は立たない。
可能性があるなら考慮しない手はない。
「また造るっての?阿呆らしい。そん特級呪物の適合者がホイホイいるわけないだろ。」
「そう。いるわけがない。だから『成功例』が解析のために必要だとしたら?」
男の言葉に五条は一瞬だけ息を止める。
――確かに『成功例』がいるすれば、量産する事も出来るだろう。
良くて術式によるクローン。
考えたくないパターンとしては……名無しは『女』だ。器が新たに必要とするならば、子を無理矢理にでも産ませてしまうのが一番手っ取り早いかもしれない。
「言い方は不敬かもしれぬが、五条家の権力はお前が牛耳っている。家の者からは誰も咎めはしない。否定もしない。だからこれはあくまで忠言だ。
お前は人として正しい事をしたかもしれんが、あれは呪具に変質している。
――天元様の元で指定封印がアレの為にも、今後の為にもなるのではないのか?」
道徳的には正解。
しかし今後の呪術界を長い目で見るとすれば、どうだろう。
当主代理のこの男も、そこまで冷血な人間ではない。
かといって現状、五条家をワンマンで取り仕切っているのは実質五条悟その人だ。
選択を、見誤るわけにはいかない。
「ありがた〜い御忠告どぉーも。
けどね――あの子は、名無しは呪術師だ。俺の生徒だ。」
予想はしていた。
上層部の老人共も死ぬのは怖いはずだから。
ならば誰か『抜け駆け』をしてもおかしくない、と。
だからといって貴重な青春時代を四年間もドブに捨てられた彼女の時間は、もう取り戻せない。
これ以上『ななし名無し』という少女から、何も奪ってはいけない。誰も奪える権利なんてないのだから。
「……あぁ、そうそう。今度『アレ』とか言ったら、首が飛ぶから覚悟してよね。」
長い睫毛に縁取られた目元を音もなく細める五条に、当主代理の男は困ったように肩を竦めるのであった。
萌黄の清明#10
「名無し、待った〜?」
スパンと開け放たれた障子。
滑りよく、あまりにも乾いた音に私は思わず肩を揺らした。
「び、っくりした……って、どなた様ですか…」
「ん?あぁ、これ。」
そう言って羽織の裾を持つ五条さん。
いつもの黒い服ではなく、着物と羽織を纏った姿に、正直驚いた。
落ち着いた色合いの、見るからに上等な着物。
特徴的な白髪と吹き抜けるような鮮やかな碧眼がなければ分からなかったかもしれない。
「挨拶するんだからキチンとした格好にしろ、って煩くてさ。似合わないでしょ?」
「いえ。顔がいいと何でも似合うんだな、と面食らった次第ですけど。」
むしろこの人に似合わない格好なんてあるのだろうか。
長らく待たされた色んなあれこれが全部吹き飛んだ。顔がいいとなんでもありなんだな。
「お話は終わりました?」
「ん。大した事ない、ただの世間話だったよ。」
畳の上に胡座をかいて座り込む五条さん。
そんな彼を一瞥して私は「それは良かった」と小さく返事を返した。
「そうそう。もう時間が遅いからさ、ここに泊まるけどいい?」
「え、あ、はい。」
反射的に返事をしたが――いいのだろうか。
少なくとも、私はここの家の方々に歓迎されていないだろうに。
「じゃ、そうと決まれば」
畳の上に座り直し、しゃんと背筋を伸ばす五条さん。
世の女性が見たら卒倒するのではないのかと思う程に、綺麗な綺麗な笑顔を浮かべて。
「ようこそ、五条家へ。御三家が一角、五条家の代表として歓迎致します、ななし名無し殿。」
誰だ、この人。
人格が変わったのではないかと疑ってしまう程に、スラスラと出てくる口上に息の仕方すら忘れる。
「……なーんて。ドキッとした?」
「五条さんも、その、ちゃんとした大人なんだな…と思いました。」
「えぇ〜まるで僕が普段ちゃらんぽらんしてるみたいじゃないの。」
そう言いながら私の痺れた足を容赦なく指先で突いてくる。
ホント、そういうところだぞ、五条悟。
訴えるように視線を向ければ、それはいつも通りに笑う彼が、そこにいた。