萌黄の清明
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大江山。
それはかつて平安時代、京の都を荒らしていた鬼共が居着いていた場所。
諸説あるが――鬼とは、被呪者である人間が『呪い』そのものに転じたものと言われている。
本来、意思の疎通は不可能。呪いに焼かれた意識は最早ヒトのものでは非ず。
女子供を攫い、喰らい、金品や食料を民草からまきあげ、暴虐の限りを尽くしたという。
その中でも一際異彩を放っている鬼がいた。
『酒呑童子』。
『茨木童子』。
有名どころで言えばこんなところだろう。
大江山のもつ『呪力』を喰らい、知恵と自我を手に入れた鬼達は、当時の都にとって大きな脅威となった。
やがて酒呑童子をはじめとする鬼は、源頼光らに退治される運びとなったが――根付いた呪いは、それはそれは根よりも深く。
数十年に一度『呪い』として蘇り、死霊のように湧いてでる。
それは『呪い』の残滓なので、ひとつひとつは大した事はないのが事実だ。
しかし、かつての大江山を牛耳っていた鬼の数は尋常ではなく。
祓う呪霊の数が『群れ』であるなら話は別だ。
本来なら京都に籍を置く呪術師が班を組み、祓うのがセオリーだ。
だが呪術師界隈は常に人手不足が叫ばれている業界でもある。
二級呪術師以上を複数名集めるよりも、特級呪術師である『五条悟』を一人呼んだ方が効率がいい。そう判断されたまで。
「ホント、使えないよねぇ。」
「まぁ…人手不足なら仕方がないんじゃないですか?」
嫌味っぽく言い放つ五条の隣で、困ったように眉を寄せる名無し。
現場である大江山に向かう途中、現地の高専関係者の人間に車で送ってもらっているのだが――
「なんで私が運転なのよ!」
「だって暇でしょ?歌姫。」
「暇じゃないわよ!っていうか、私の方が歳上!先輩!敬え!」
「ん?イ・ヤ。」
和服を着た女性は、庵 歌姫。
高専には東京校と京都校があり、その『京都校』で教師をしているそうだ。
つまり勤務先は違えども五条の同僚、ということになる。
「アンタのせいで折角の休日丸潰れじゃないの。」
「本拠地のくせに人手不足なのが悪いんじゃん。僕悪くないし。」
「そういうところ本当にムカつく。生意気。信じらんない!」
怒る歌姫。飄々と躱す五条。
名無しはというと、五条の隣の後部座席で膝に拳を置いて固く縮こまっていた。
正直、居た堪れない。
「ほらほら。歌姫がヒステリー起こしちゃうから僕の可愛い生徒が怯えちゃってるじゃん。おぉ〜名無し、可哀想に〜」
「誰のせいよ!」
山道の入口を抜け、苔の轍が出来た道路を車が走る。
奥まった山道にガードレールは、ない。
斜面にびっしり生えた太ましい広葉樹のおかげで、ハンドル操作を見誤れば崖下に真っ逆さま――ということはなさそうだが、見てて肝を冷やす光景であることは間違いない。
車窓を閉めていても聞こえてきそうな、木々のざわめき。
揺らぐ空気。
異質な『魔』の気配がそこにあった。
「んー、名無し。」
「はい。」
いつもの飄々とした表情は一切崩さず、五条が名前を呼ぶ。
「実地訓練といこうか」
「わかりました。」
名無しは小さく頷き、ドアノブに手をかける。
運転していた歌姫がブレーキを踏むと同時に、トンと軽い足取りで山道へ降り立った。
萌黄の清明#06
(五条先生も煽らなければいいのに。)
底意地悪い担当教師に内心溜息をついて、名無しは腰のポーチに手を掛けた。
目の前に立ちはだかるのは異形と化した大蜘蛛。
この地にはるか昔より居着く呪霊『土蜘蛛』だ。
ポーチに差した瓶を手に、名無しは小さく息を吸い込んだ。
それはかつて平安時代、京の都を荒らしていた鬼共が居着いていた場所。
諸説あるが――鬼とは、被呪者である人間が『呪い』そのものに転じたものと言われている。
本来、意思の疎通は不可能。呪いに焼かれた意識は最早ヒトのものでは非ず。
女子供を攫い、喰らい、金品や食料を民草からまきあげ、暴虐の限りを尽くしたという。
その中でも一際異彩を放っている鬼がいた。
『酒呑童子』。
『茨木童子』。
有名どころで言えばこんなところだろう。
大江山のもつ『呪力』を喰らい、知恵と自我を手に入れた鬼達は、当時の都にとって大きな脅威となった。
やがて酒呑童子をはじめとする鬼は、源頼光らに退治される運びとなったが――根付いた呪いは、それはそれは根よりも深く。
数十年に一度『呪い』として蘇り、死霊のように湧いてでる。
それは『呪い』の残滓なので、ひとつひとつは大した事はないのが事実だ。
しかし、かつての大江山を牛耳っていた鬼の数は尋常ではなく。
祓う呪霊の数が『群れ』であるなら話は別だ。
本来なら京都に籍を置く呪術師が班を組み、祓うのがセオリーだ。
だが呪術師界隈は常に人手不足が叫ばれている業界でもある。
二級呪術師以上を複数名集めるよりも、特級呪術師である『五条悟』を一人呼んだ方が効率がいい。そう判断されたまで。
「ホント、使えないよねぇ。」
「まぁ…人手不足なら仕方がないんじゃないですか?」
嫌味っぽく言い放つ五条の隣で、困ったように眉を寄せる名無し。
現場である大江山に向かう途中、現地の高専関係者の人間に車で送ってもらっているのだが――
「なんで私が運転なのよ!」
「だって暇でしょ?歌姫。」
「暇じゃないわよ!っていうか、私の方が歳上!先輩!敬え!」
「ん?イ・ヤ。」
和服を着た女性は、庵 歌姫。
高専には東京校と京都校があり、その『京都校』で教師をしているそうだ。
つまり勤務先は違えども五条の同僚、ということになる。
「アンタのせいで折角の休日丸潰れじゃないの。」
「本拠地のくせに人手不足なのが悪いんじゃん。僕悪くないし。」
「そういうところ本当にムカつく。生意気。信じらんない!」
怒る歌姫。飄々と躱す五条。
名無しはというと、五条の隣の後部座席で膝に拳を置いて固く縮こまっていた。
正直、居た堪れない。
「ほらほら。歌姫がヒステリー起こしちゃうから僕の可愛い生徒が怯えちゃってるじゃん。おぉ〜名無し、可哀想に〜」
「誰のせいよ!」
山道の入口を抜け、苔の轍が出来た道路を車が走る。
奥まった山道にガードレールは、ない。
斜面にびっしり生えた太ましい広葉樹のおかげで、ハンドル操作を見誤れば崖下に真っ逆さま――ということはなさそうだが、見てて肝を冷やす光景であることは間違いない。
車窓を閉めていても聞こえてきそうな、木々のざわめき。
揺らぐ空気。
異質な『魔』の気配がそこにあった。
「んー、名無し。」
「はい。」
いつもの飄々とした表情は一切崩さず、五条が名前を呼ぶ。
「実地訓練といこうか」
「わかりました。」
名無しは小さく頷き、ドアノブに手をかける。
運転していた歌姫がブレーキを踏むと同時に、トンと軽い足取りで山道へ降り立った。
萌黄の清明#06
(五条先生も煽らなければいいのに。)
底意地悪い担当教師に内心溜息をついて、名無しは腰のポーチに手を掛けた。
目の前に立ちはだかるのは異形と化した大蜘蛛。
この地にはるか昔より居着く呪霊『土蜘蛛』だ。
ポーチに差した瓶を手に、名無しは小さく息を吸い込んだ。