青藍の冬至
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カーテンの隙間から漏れるのは、目が潰れそうになる程の薔薇色の光。
他人の家の匂い。
黴と鉄と血の匂いで充満した、あの密室とは大違いの空気。
生活感があまりない部屋は、彼の趣味なのか…それともあまり家にいないからなのか。
シングルベッド二つ分程ありそうなベッドからそろりと抜け出して、ベランダに出るための窓を音を立てないよう開け放つ。
早朝の、肺に刺さるような冷たい空気。
冬の――雪が降る前の澄み切った匂い。
近くて遠い、始発の電車が線路を踏む音。
電線に止まっている鳥は、カラスだろうか。
黒いシルエットでしか判別出来ない程に、東の空から昇る太陽が眩くて仕方なかった。
(夢じゃ、なかった。)
数年ぶりの――網膜を焼くような朝日に目を細め、白い息をふわりと吐き出した。
青藍の冬至#02
時は少し遡り、昨晩のこと。
電話で簡易的な報告を夜蛾学長に済ませて、五条は行き場のない少女を匿った。
携帯電話の向こうで夜蛾が怒鳴っていた気がしたが……気にしたら負けということにしておこう。
とりあえず携帯電話の電源は即行落とした。
「……あの、お風呂、ありがとうございました」
おずおずと顔を出てきたのは、保護した少女。
彼女の名前は『ななし名無し』というらしい。
高専時代に使っていたジャージを貸したが、裾も丈も大きかったようだ。
丁寧に端を折られ、枝のような手足がひょろりと伸びていた。
「いいのいいの。ごめんねぇ。服、大きいのしかなくて。」
「十分過ぎるほどです。……改めて、匿って下さってありがとうございます」
深々と頭を下げ、礼を述べる名無し。
長さがバラバラの髪が帳のようにはらりと流れた。
「当たり前のことをしただけさ。若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。――何人たりともね。」
そう。
誰かの選択肢を、人生を、奪う権利なんて誰も持ち合わせてはいないのだ。
少し困ったように見上げる名無しに笑いかけ、パンパンとわざとらしく手を叩いてみせる。
「さてさて。とりあえず遅くなったけど夕飯にしちゃおう!歓迎会のご飯にしては質素だけどごめんねぇ」
食材がなかったわけではない。
ただ、恐らく――確信に近い勘だが、暫く食事という食事を摂らされていなかったのだろう。
それは骨が浮き出た手の甲や、歩けば折れてしまいそうな足首から容易に想像できることだった。
だからこそ、このチョイス。
これで駄目だったら重湯に切り替えよう。
こんな時、医者である級友の彼女に聞けば適切にアドバイス貰えるのだろうが。
小鍋からよそった、ほわほわの玉子粥。
鶏がらスープの素を隠し味で入れて、彩りを添えるために葱を散らした。
少し薄味のような気もしたが、お腹には優しいだろう。
名無しの目の前に差し出せば、粥と僕を何度か見比べる。
食べるように再度促せば、「いただきます」とこれまた丁寧に手を合わせてレンゲを手に取った。
「美味しい…」
ぽそりと零れた言葉。
それはお世辞っぽくない、無意識のうちに出てきた感想のようだった。
「今までで、一番のご馳走です。」
ほわりと浮かんだ控えめな笑顔。
「そりゃ僕が作ったご飯だからね」とおどけて答えれば、僅かに笑顔が深くなった。
他人の家の匂い。
黴と鉄と血の匂いで充満した、あの密室とは大違いの空気。
生活感があまりない部屋は、彼の趣味なのか…それともあまり家にいないからなのか。
シングルベッド二つ分程ありそうなベッドからそろりと抜け出して、ベランダに出るための窓を音を立てないよう開け放つ。
早朝の、肺に刺さるような冷たい空気。
冬の――雪が降る前の澄み切った匂い。
近くて遠い、始発の電車が線路を踏む音。
電線に止まっている鳥は、カラスだろうか。
黒いシルエットでしか判別出来ない程に、東の空から昇る太陽が眩くて仕方なかった。
(夢じゃ、なかった。)
数年ぶりの――網膜を焼くような朝日に目を細め、白い息をふわりと吐き出した。
青藍の冬至#02
時は少し遡り、昨晩のこと。
電話で簡易的な報告を夜蛾学長に済ませて、五条は行き場のない少女を匿った。
携帯電話の向こうで夜蛾が怒鳴っていた気がしたが……気にしたら負けということにしておこう。
とりあえず携帯電話の電源は即行落とした。
「……あの、お風呂、ありがとうございました」
おずおずと顔を出てきたのは、保護した少女。
彼女の名前は『ななし名無し』というらしい。
高専時代に使っていたジャージを貸したが、裾も丈も大きかったようだ。
丁寧に端を折られ、枝のような手足がひょろりと伸びていた。
「いいのいいの。ごめんねぇ。服、大きいのしかなくて。」
「十分過ぎるほどです。……改めて、匿って下さってありがとうございます」
深々と頭を下げ、礼を述べる名無し。
長さがバラバラの髪が帳のようにはらりと流れた。
「当たり前のことをしただけさ。若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。――何人たりともね。」
そう。
誰かの選択肢を、人生を、奪う権利なんて誰も持ち合わせてはいないのだ。
少し困ったように見上げる名無しに笑いかけ、パンパンとわざとらしく手を叩いてみせる。
「さてさて。とりあえず遅くなったけど夕飯にしちゃおう!歓迎会のご飯にしては質素だけどごめんねぇ」
食材がなかったわけではない。
ただ、恐らく――確信に近い勘だが、暫く食事という食事を摂らされていなかったのだろう。
それは骨が浮き出た手の甲や、歩けば折れてしまいそうな足首から容易に想像できることだった。
だからこそ、このチョイス。
これで駄目だったら重湯に切り替えよう。
こんな時、医者である級友の彼女に聞けば適切にアドバイス貰えるのだろうが。
小鍋からよそった、ほわほわの玉子粥。
鶏がらスープの素を隠し味で入れて、彩りを添えるために葱を散らした。
少し薄味のような気もしたが、お腹には優しいだろう。
名無しの目の前に差し出せば、粥と僕を何度か見比べる。
食べるように再度促せば、「いただきます」とこれまた丁寧に手を合わせてレンゲを手に取った。
「美味しい…」
ぽそりと零れた言葉。
それはお世辞っぽくない、無意識のうちに出てきた感想のようだった。
「今までで、一番のご馳走です。」
ほわりと浮かんだ控えめな笑顔。
「そりゃ僕が作ったご飯だからね」とおどけて答えれば、僅かに笑顔が深くなった。