青藍の冬至
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雪がちらつく夜の帰り道。
名無しは五条の背中におぶられ、ゆらゆら揺られながら家路についていた。
他愛ない会話も特になく――しかし沈黙が気まずいということも、不思議となかった。
ただ、薄く積もった雪道を、五条の靴がサクサクと踏む音だけが人気のない住宅街に響く。
ふわり、ふわり。
二人分の白い息が夜闇に溶ける。
――お互いの息遣いが、近くで聞こえる。
背中越しに伝わる、一定のリズムを刻む鼓動。
羽織わされた五条のコートは指先すら出てこず、手袋いらずなくらい温かい。
本人は寒くないだろうか。風邪を引かないだろうか。
そんな心配が伝わったのか「名無し、あったかいねぇ」と彼はなんでもないようにニコニコ笑っていた。
「――あの、五条さん。」
「ん〜?」
聞きたいことは、色々ある。
夏油傑はどうなったのか。
彼とは知り合いなのか。
五条は怪我をしていないか。
浮かんでは、泡沫のように弾けていく。
聞きたい。
けど、聞けない。
森の中で最後に見た五条の顔が。
――夏油傑を目にした時の表情が、あまりにも辛そうだったから。
「あの、靴とか服とか、買ってくださったのに、駄目にしてしまってすみません。」
「なんのなんの。それくらい必要経費だからね。名無しが生きてるならそれで十分お釣りがくるってもんさ」
あっけらかんと笑う五条につられ、名無しもついつい表情を崩す。
――やはり、聞けない。
聞けるはずもなかった。
「傑とはね、親友だったんだ。」
息を吐くように紡がれたのは、聞きたかったことの答え。
質問を投げかけてすらいないのに返ってきた回答に、名無しは小さく肩を揺らしてしまった。
読心術の術式でも持っているんじゃないのか、と勘繰ってしまう。
「あれ?気になっていたんじゃないの?」
「あっ……えっ、と…。そう、です、けど」
図星を突かれてついしどろもどろ答えてしまう。
後ろめたいわけではないし、尋ねて当然だろう。なぜなら巻き込まれた当事者なのだから。
それでも訊くのを躊躇してしまうのは――
「…無闇に訊いて、五条さんが嫌な思いしないかな、と思って。」
「説明義務はあると思うけど?」
「それでも。五条さんが言いたくないなら、言わなくてもいいんです。だって……」
親友『だった』。
その一言に全ての意味が込められているじゃないか。
あの時見た表情が物語っているじゃないか。
そんなやわらかい所にズカズカと踏み入る権利も図々しさも持ち合わせてはいない。
だってそれは『五条悟』という人物にとって、とても繊細で、大切で、癒えることのない古傷なのではないのか?
名無しのポソポソと紡がれ、途中で途絶えてしまった声に耳を傾けながら、五条は見えないようにそっと苦笑いを零す。
(困った子。)
聡いのも考えものだ。
優しすぎるのも、遠慮しがちなのも。
本心である言葉を丁寧に、相手を傷付けないように選んでいるのがよく分かる。
そんな彼女が呪術師だなんて、世の中何が起こるか分からないものだ。
敵味方から『最強の特級呪術師』なんて言われている人間を、こんな損得勘定なしに優しく扱うなんて後にも先にも彼女くらいだろう。
擽ったくて、それでいて嬉しくて。
上手く言葉に出来ない感情が溢れて、ほんの少しだけ……苦しくなった。
「名無し。」
名前を、呼ぶ。
背中にしがみつく温かい体温。
ふわりと耳に当たる吐息。
なんら『普通』と変わらない少女。
生きてる。心もある。
彼女は、『物』なんかじゃない。
それはとても尊くて、大切で、とてもとても大事にしたくて。
この温かみを、手放したくなくなった。
「また少しずつ僕のこと話すからさ。その時はちゃんと聞いてくれる?」
「私なんかでよければ。」
「名無しがいーの。」
期限のない曖昧な約束。
それでも名無しは綻ぶような表情を浮かべ「はい。」と小さく頷いた。
「――ありがとね。」「ありがとうございます。」
青藍の冬至#17
被った言葉。
重なった声。
お互い顔をつい見合わせて、呼吸が混ざるような近さで笑いあった。
名無しは五条の背中におぶられ、ゆらゆら揺られながら家路についていた。
他愛ない会話も特になく――しかし沈黙が気まずいということも、不思議となかった。
ただ、薄く積もった雪道を、五条の靴がサクサクと踏む音だけが人気のない住宅街に響く。
ふわり、ふわり。
二人分の白い息が夜闇に溶ける。
――お互いの息遣いが、近くで聞こえる。
背中越しに伝わる、一定のリズムを刻む鼓動。
羽織わされた五条のコートは指先すら出てこず、手袋いらずなくらい温かい。
本人は寒くないだろうか。風邪を引かないだろうか。
そんな心配が伝わったのか「名無し、あったかいねぇ」と彼はなんでもないようにニコニコ笑っていた。
「――あの、五条さん。」
「ん〜?」
聞きたいことは、色々ある。
夏油傑はどうなったのか。
彼とは知り合いなのか。
五条は怪我をしていないか。
浮かんでは、泡沫のように弾けていく。
聞きたい。
けど、聞けない。
森の中で最後に見た五条の顔が。
――夏油傑を目にした時の表情が、あまりにも辛そうだったから。
「あの、靴とか服とか、買ってくださったのに、駄目にしてしまってすみません。」
「なんのなんの。それくらい必要経費だからね。名無しが生きてるならそれで十分お釣りがくるってもんさ」
あっけらかんと笑う五条につられ、名無しもついつい表情を崩す。
――やはり、聞けない。
聞けるはずもなかった。
「傑とはね、親友だったんだ。」
息を吐くように紡がれたのは、聞きたかったことの答え。
質問を投げかけてすらいないのに返ってきた回答に、名無しは小さく肩を揺らしてしまった。
読心術の術式でも持っているんじゃないのか、と勘繰ってしまう。
「あれ?気になっていたんじゃないの?」
「あっ……えっ、と…。そう、です、けど」
図星を突かれてついしどろもどろ答えてしまう。
後ろめたいわけではないし、尋ねて当然だろう。なぜなら巻き込まれた当事者なのだから。
それでも訊くのを躊躇してしまうのは――
「…無闇に訊いて、五条さんが嫌な思いしないかな、と思って。」
「説明義務はあると思うけど?」
「それでも。五条さんが言いたくないなら、言わなくてもいいんです。だって……」
親友『だった』。
その一言に全ての意味が込められているじゃないか。
あの時見た表情が物語っているじゃないか。
そんなやわらかい所にズカズカと踏み入る権利も図々しさも持ち合わせてはいない。
だってそれは『五条悟』という人物にとって、とても繊細で、大切で、癒えることのない古傷なのではないのか?
名無しのポソポソと紡がれ、途中で途絶えてしまった声に耳を傾けながら、五条は見えないようにそっと苦笑いを零す。
(困った子。)
聡いのも考えものだ。
優しすぎるのも、遠慮しがちなのも。
本心である言葉を丁寧に、相手を傷付けないように選んでいるのがよく分かる。
そんな彼女が呪術師だなんて、世の中何が起こるか分からないものだ。
敵味方から『最強の特級呪術師』なんて言われている人間を、こんな損得勘定なしに優しく扱うなんて後にも先にも彼女くらいだろう。
擽ったくて、それでいて嬉しくて。
上手く言葉に出来ない感情が溢れて、ほんの少しだけ……苦しくなった。
「名無し。」
名前を、呼ぶ。
背中にしがみつく温かい体温。
ふわりと耳に当たる吐息。
なんら『普通』と変わらない少女。
生きてる。心もある。
彼女は、『物』なんかじゃない。
それはとても尊くて、大切で、とてもとても大事にしたくて。
この温かみを、手放したくなくなった。
「また少しずつ僕のこと話すからさ。その時はちゃんと聞いてくれる?」
「私なんかでよければ。」
「名無しがいーの。」
期限のない曖昧な約束。
それでも名無しは綻ぶような表情を浮かべ「はい。」と小さく頷いた。
「――ありがとね。」「ありがとうございます。」
青藍の冬至#17
被った言葉。
重なった声。
お互い顔をつい見合わせて、呼吸が混ざるような近さで笑いあった。
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