青藍の冬至
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呪術は、イメージだ。
昔、誰かがそう言っていた。
(動きが、良くなっている。)
最初に放った呪霊が抉った傷はまだ癒えていない。
火傷や切り傷の治りも遅く、反転術式を使うための呪力が枯渇してきていると思っていた。
けど。
手にした『游雲』でガラ空きの首を狙えば、遮るように土壁が迫り上がる。
肉を穿つ三節棍は、現れた『岩盤』を砕くだけに終わった。
先程から火前坊が放つ火球も壁に阻まれ直撃しない。
濃い煙で視界も悪く、空気も薄くなってきているというのに。
(ここに来て本来の術式か。)
しかし防戦一方で攻勢に出ることはない。
術がないのか、それとも――。
青藍の冬至#14
術式は、イメージだ。
陰陽の基礎である『破壊』と『生成』が使えるなら、あとは応用。
足から呪力を流してやれば、地面を利用して土壁が瞬く間に迫り上がる。
靴を履いていないことがここにきて役に立つとは。
要は『触れてしまえば』手足でもなんでもいい。両手が空くメリットは非常に大きい。
木・火・土・金・そして、水。
普段は気にしていなかった『ただそこに当たり前のようにある呪力』が、今なら手に取るように分かる。
空気が薄くなり、ギリギリの死線。
限界まで研ぎ澄まされた五感が、いつもは感知しない呪力すら拾い上げる。
(全ては、太極。)
分解と再構築。
相剋と相生。
相手が火を使うなら、祓う術は『水』が妥当だろう。
対抗するなら土も有効だが、それはただのその場凌ぎにしかならない。
かといって川など都合よくあるわけがない。それならもっと早く手を打っている。
水がなければ生成することなんて――
――いや、ある。
ここにあるじゃないか。
小さく口角を上げ、私は大きく息を吸い込む。
まだ炭になっていない大木に手を当て、覆い茂る葉を見上げた。
***
火の海になった森の中で、逃げる場所など最早限られている。
長期戦になればなるほど不利なのは分かっているだろうに。
(諦めたか?)
――いや。あの目は『そうじゃない』。
得体の知れない不気味さを感じ、私は游雲を握り直す。
負傷した箇所を治すために潜伏している可能性もある。気を抜いてはいけない。
あの『呪具』は、手に入れなければ。
呪術師が非呪術師に虐げられず、呪術師のための世界を作るために。
ガサリと、茂みが不自然に揺れる。
出てきたのはボロボロの出で立ちのななし名無し。
満身創痍のその姿は今にも斃れそうなのに、目だけは炎を灯したように爛々としていた。
「――『木気反殺』。」
凛とした、声。
澱みないその一言は、焔が爆ぜる音を掻き消すように辺りに響く。
――途端、信じられない事が起きた。
まだ灰になっていなかった木々が一斉に枯れ、その瞬間土砂降りのような豪雨が、前振りもなく落ちてくる。
降る・というより、まさにバケツを引っくり返したかのような降水量。
滝壺に投げ入れられたかのような錯覚に陥る程だ。
帳を降ろしたこの区画では、外からの視認はおろか、雲さえ遮っている。
それがどうだ。
雨が、降っているではないか。
こんな水、どこから――
(反殺。)
五行の思想にある、相生。
火が土を生み、土が金を生むという、自然界のサイクルを表したものだ。
――それがもし、呪力で逆転できたら?
木が溜め込んだ水を、一気に放出させたなら。
鎮火していく炎。
視界を遮っていたはずの煙は水に祓われ、火前坊の姿が無防備になる。
……これは、呪力を使って生成したに過ぎない、ただの雨だ?
こんなものでは呪霊は祓えない。
そんなこと、分かっているだろうに――
「そんなことは、勿論。」
ぬかるんだ地面を走る彼女。
手には剥き身の刀身。
鮮やかに赤い、濡れた鉄のような――
(血で、)
形成した刀。
紛うことなき『水』だ。
そして、呪力を込める媒介としては最上級だろう。
纏う炎も煙も無様に剥がされた呪霊・火前坊は、鮮やかにして撫でるように首を撥ねられた。
昔、誰かがそう言っていた。
(動きが、良くなっている。)
最初に放った呪霊が抉った傷はまだ癒えていない。
火傷や切り傷の治りも遅く、反転術式を使うための呪力が枯渇してきていると思っていた。
けど。
手にした『游雲』でガラ空きの首を狙えば、遮るように土壁が迫り上がる。
肉を穿つ三節棍は、現れた『岩盤』を砕くだけに終わった。
先程から火前坊が放つ火球も壁に阻まれ直撃しない。
濃い煙で視界も悪く、空気も薄くなってきているというのに。
(ここに来て本来の術式か。)
しかし防戦一方で攻勢に出ることはない。
術がないのか、それとも――。
青藍の冬至#14
術式は、イメージだ。
陰陽の基礎である『破壊』と『生成』が使えるなら、あとは応用。
足から呪力を流してやれば、地面を利用して土壁が瞬く間に迫り上がる。
靴を履いていないことがここにきて役に立つとは。
要は『触れてしまえば』手足でもなんでもいい。両手が空くメリットは非常に大きい。
木・火・土・金・そして、水。
普段は気にしていなかった『ただそこに当たり前のようにある呪力』が、今なら手に取るように分かる。
空気が薄くなり、ギリギリの死線。
限界まで研ぎ澄まされた五感が、いつもは感知しない呪力すら拾い上げる。
(全ては、太極。)
分解と再構築。
相剋と相生。
相手が火を使うなら、祓う術は『水』が妥当だろう。
対抗するなら土も有効だが、それはただのその場凌ぎにしかならない。
かといって川など都合よくあるわけがない。それならもっと早く手を打っている。
水がなければ生成することなんて――
――いや、ある。
ここにあるじゃないか。
小さく口角を上げ、私は大きく息を吸い込む。
まだ炭になっていない大木に手を当て、覆い茂る葉を見上げた。
***
火の海になった森の中で、逃げる場所など最早限られている。
長期戦になればなるほど不利なのは分かっているだろうに。
(諦めたか?)
――いや。あの目は『そうじゃない』。
得体の知れない不気味さを感じ、私は游雲を握り直す。
負傷した箇所を治すために潜伏している可能性もある。気を抜いてはいけない。
あの『呪具』は、手に入れなければ。
呪術師が非呪術師に虐げられず、呪術師のための世界を作るために。
ガサリと、茂みが不自然に揺れる。
出てきたのはボロボロの出で立ちのななし名無し。
満身創痍のその姿は今にも斃れそうなのに、目だけは炎を灯したように爛々としていた。
「――『木気反殺』。」
凛とした、声。
澱みないその一言は、焔が爆ぜる音を掻き消すように辺りに響く。
――途端、信じられない事が起きた。
まだ灰になっていなかった木々が一斉に枯れ、その瞬間土砂降りのような豪雨が、前振りもなく落ちてくる。
降る・というより、まさにバケツを引っくり返したかのような降水量。
滝壺に投げ入れられたかのような錯覚に陥る程だ。
帳を降ろしたこの区画では、外からの視認はおろか、雲さえ遮っている。
それがどうだ。
雨が、降っているではないか。
こんな水、どこから――
(反殺。)
五行の思想にある、相生。
火が土を生み、土が金を生むという、自然界のサイクルを表したものだ。
――それがもし、呪力で逆転できたら?
木が溜め込んだ水を、一気に放出させたなら。
鎮火していく炎。
視界を遮っていたはずの煙は水に祓われ、火前坊の姿が無防備になる。
……これは、呪力を使って生成したに過ぎない、ただの雨だ?
こんなものでは呪霊は祓えない。
そんなこと、分かっているだろうに――
「そんなことは、勿論。」
ぬかるんだ地面を走る彼女。
手には剥き身の刀身。
鮮やかに赤い、濡れた鉄のような――
(血で、)
形成した刀。
紛うことなき『水』だ。
そして、呪力を込める媒介としては最上級だろう。
纏う炎も煙も無様に剥がされた呪霊・火前坊は、鮮やかにして撫でるように首を撥ねられた。