青藍の冬至
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『帳』が降ろされた、森の中。
本来なら木々のざわめきが心地よい、静かな山なのだろう。
しかし辺りは轟々と燃える炎と、視界を覆い尽くす白煙で地獄絵図と化していた。
生木が燃える独特の臭いに、思わず深く咳き込む。
ブスブスと肉の焼ける痛みに歯を食いしばった。
深く呼吸を繰り返しながら、まだ燃えていない木の影に隠れて勝機を狙う。
(遠間も、近接も、あの呪霊の間合いだ。)
夏油傑は『火前坊』と呼んでいたあの呪霊。
離れれば火球を放ち、近づけば纏った火でこちらを焼き尽くしてくる。
――かといって、こちらにはカウンターしか術が……。
(………?)
呪力の流れに、違和感を感じる。
今までとは違い『流れている』。
正しくは《戻った》と言った方が正しいかもしれない。
地面に落ちていた小枝を拾い、呪力を込める。
指先で摘んでいた木の枝は、パキンと綺麗に縦に割れ、壊れた。
(戻ってる。)
生得術式が、戻ってる。
――考えられるのは先程『反転術式』に、更に呪力を掛け合わせて『本来のマイナスの呪力を身体に流した』こと。
ずっと『反転術式』ばかりが身体を廻っていたせいで、本来の術式が使えなくなっていた。
仮説だが、そういう事だろう。
(でも、これじゃ足りない。)
結局近接戦闘にならなければ、相手を倒すことが出来ない。
――考えろ、考えろ。
こちらが炙り出されるのも時間の問題だ。
煙の向こうから、いつ何時呪霊が飛び出してくるか分かったものじゃないのだから。
「って思ってるんだろう?呪霊だけ警戒したんじゃまだまだだね」
警戒していなかった方向からの、声。
身体を半身捻じれば、潜んでいた場所に振り下ろされる三節棍。
間違いない。呪具だ。
しかし性能はシンプル。物理的な火力に全能力を振った、単純な武器だ。
だが、それ故に生身での直撃は『戦闘不能』を意味する。
「よく避けたね。」
「おかげ、さまで。」
「まぁでも、宝の持ち腐れだよ。キミも、悟も。」
トントンと三節棍で肩を叩く夏油。
その表情は少し退屈そうに見えるのは、きっと気の所為ではない。
「『八百比丘尼』だなんて便利な特級呪具、使いようがあるだろうに。昔に比べて随分甘くなったなぁ、アイツも。」
呆れたような、声音。
――その通りだと思う。
呪力があるだけの、一人で身を守る術すら失った小娘なんて、ただのお荷物だ。
それが呪霊にとって格好の餌になるなら、尚更。
本当は処理されるべきだろう。
殺すことが出来ないなら、幽閉なり封印なり手段ならあるはずだ。
それでも。
――それでも。
「あの人を、馬鹿にしないで。」
自分が弱いのは知っている。
ぐちゃぐちゃになって、歪で、辛うじて人の形を保っているだけの、化け物だ。
けれど、
「あの人は、――五条さんは、私を一度も『物』として扱わなかった。呪術師として、もう一度頑張れるように、手を引いてくれた。」
そう。
彼と会ってから数ヶ月しか経っていないが、ぞんざいな扱いなど決して一度もなかった。
あの人は甘いのかもしれない。
けれど、それと同時に、きっと誰よりも優しい。
(今度は、私がそれに報いる番だ。)
燃やせ、燃やせ。
怒りを、腹の底から湧き出る感情を。
冷たく静かに、しかし燃えた滾るように。
――呪術は、嫌いじゃなかった。
お父さんも褒めてくれた。お母さんも励ましてくれた。
それは『誰かを助ける為の、尊いもの』なのだと教えてくれた。
それが、反転した。
呪術のせいでお父さんは殺された。呪術師のせいでお母さんは殺された。
呪物のせいで、私は《変わって》しまった。
『呪術は、嫌い?』
そう、五条さんに問われた。
『今は、好きじゃないです』
嘘だ。
呪術なんて嫌い。
呪術師はもっと嫌い。
こんなものがなければ。こんなものさえなければ。
そう呪わずにはいられなかった。
ずっと呪っていた。嫌だった。
自分の中にある異物も、自分自身も。
なくなってしまえばいい。
こんなもの、最初からなかったらよかったのに。
けれど、呪ったところで、恨んだところで状況は変わらなかった。
――ただ、あの檻のような環境から連れ出してくれた人がいた。
手を引いてくれた。
自分を嫌いになってはいけないと言ってくれた。
『人間』だから自由に生きられるのだと教えてくれた。
自由に生きるために、呪術を学ぼうと導いてくれた。
「――心ひとつで、どこへだって行けるなら、」
この恨みも、後悔も、怒りも、全部全部、
――立ち上がるための力になるなら。
力に変える『覚悟』を決めろ。
『だってキミは、立派な足がある人間なんだから。』
人として、この男に。立ちはだかる呪霊に。
(勝つんだ。なんとしても。)
青藍の冬至#13
私に呪いをかけていたのは、きっと私自身だったんだ。
本来なら木々のざわめきが心地よい、静かな山なのだろう。
しかし辺りは轟々と燃える炎と、視界を覆い尽くす白煙で地獄絵図と化していた。
生木が燃える独特の臭いに、思わず深く咳き込む。
ブスブスと肉の焼ける痛みに歯を食いしばった。
深く呼吸を繰り返しながら、まだ燃えていない木の影に隠れて勝機を狙う。
(遠間も、近接も、あの呪霊の間合いだ。)
夏油傑は『火前坊』と呼んでいたあの呪霊。
離れれば火球を放ち、近づけば纏った火でこちらを焼き尽くしてくる。
――かといって、こちらにはカウンターしか術が……。
(………?)
呪力の流れに、違和感を感じる。
今までとは違い『流れている』。
正しくは《戻った》と言った方が正しいかもしれない。
地面に落ちていた小枝を拾い、呪力を込める。
指先で摘んでいた木の枝は、パキンと綺麗に縦に割れ、壊れた。
(戻ってる。)
生得術式が、戻ってる。
――考えられるのは先程『反転術式』に、更に呪力を掛け合わせて『本来のマイナスの呪力を身体に流した』こと。
ずっと『反転術式』ばかりが身体を廻っていたせいで、本来の術式が使えなくなっていた。
仮説だが、そういう事だろう。
(でも、これじゃ足りない。)
結局近接戦闘にならなければ、相手を倒すことが出来ない。
――考えろ、考えろ。
こちらが炙り出されるのも時間の問題だ。
煙の向こうから、いつ何時呪霊が飛び出してくるか分かったものじゃないのだから。
「って思ってるんだろう?呪霊だけ警戒したんじゃまだまだだね」
警戒していなかった方向からの、声。
身体を半身捻じれば、潜んでいた場所に振り下ろされる三節棍。
間違いない。呪具だ。
しかし性能はシンプル。物理的な火力に全能力を振った、単純な武器だ。
だが、それ故に生身での直撃は『戦闘不能』を意味する。
「よく避けたね。」
「おかげ、さまで。」
「まぁでも、宝の持ち腐れだよ。キミも、悟も。」
トントンと三節棍で肩を叩く夏油。
その表情は少し退屈そうに見えるのは、きっと気の所為ではない。
「『八百比丘尼』だなんて便利な特級呪具、使いようがあるだろうに。昔に比べて随分甘くなったなぁ、アイツも。」
呆れたような、声音。
――その通りだと思う。
呪力があるだけの、一人で身を守る術すら失った小娘なんて、ただのお荷物だ。
それが呪霊にとって格好の餌になるなら、尚更。
本当は処理されるべきだろう。
殺すことが出来ないなら、幽閉なり封印なり手段ならあるはずだ。
それでも。
――それでも。
「あの人を、馬鹿にしないで。」
自分が弱いのは知っている。
ぐちゃぐちゃになって、歪で、辛うじて人の形を保っているだけの、化け物だ。
けれど、
「あの人は、――五条さんは、私を一度も『物』として扱わなかった。呪術師として、もう一度頑張れるように、手を引いてくれた。」
そう。
彼と会ってから数ヶ月しか経っていないが、ぞんざいな扱いなど決して一度もなかった。
あの人は甘いのかもしれない。
けれど、それと同時に、きっと誰よりも優しい。
(今度は、私がそれに報いる番だ。)
燃やせ、燃やせ。
怒りを、腹の底から湧き出る感情を。
冷たく静かに、しかし燃えた滾るように。
――呪術は、嫌いじゃなかった。
お父さんも褒めてくれた。お母さんも励ましてくれた。
それは『誰かを助ける為の、尊いもの』なのだと教えてくれた。
それが、反転した。
呪術のせいでお父さんは殺された。呪術師のせいでお母さんは殺された。
呪物のせいで、私は《変わって》しまった。
『呪術は、嫌い?』
そう、五条さんに問われた。
『今は、好きじゃないです』
嘘だ。
呪術なんて嫌い。
呪術師はもっと嫌い。
こんなものがなければ。こんなものさえなければ。
そう呪わずにはいられなかった。
ずっと呪っていた。嫌だった。
自分の中にある異物も、自分自身も。
なくなってしまえばいい。
こんなもの、最初からなかったらよかったのに。
けれど、呪ったところで、恨んだところで状況は変わらなかった。
――ただ、あの檻のような環境から連れ出してくれた人がいた。
手を引いてくれた。
自分を嫌いになってはいけないと言ってくれた。
『人間』だから自由に生きられるのだと教えてくれた。
自由に生きるために、呪術を学ぼうと導いてくれた。
「――心ひとつで、どこへだって行けるなら、」
この恨みも、後悔も、怒りも、全部全部、
――立ち上がるための力になるなら。
力に変える『覚悟』を決めろ。
『だってキミは、立派な足がある人間なんだから。』
人として、この男に。立ちはだかる呪霊に。
(勝つんだ。なんとしても。)
青藍の冬至#13
私に呪いをかけていたのは、きっと私自身だったんだ。