青藍の冬至
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かつて父と交わした会話。
聡明で、人に教えるのがとても上手だった父は、私の憧れだった。
『いいかい。名無し。呪力っていうは、基本的にマイナスの感情から生まれる力なんだ。
例えば《あー!急いでるのに赤信号引っかかったー!くそー!》とか《テストで0点取ったー!お母さんに叱られるー!》とかさ。』
『《お父さんに、デザートにとっておいたプリン勝手に食べられた!許さーん!》…とか?』
『そうそう。美味かったな、あれ。新商品か?』
『後でお母さんにチクっちゃえ。』
『す、すまん!すまん!つい腹が減ってたんだ!!』
ジトリと父を見遣れば、申し訳なさそうに笑っていた。
仕事と呪術師の両立が大変なのは知っている。お腹が減るのも無理はない。
『ゴホン…で、だな。陽……つまり、《正》。コイツの呪力は自然に発生しないんだ』
『どうするの?』
『算数をしようか。マイナスとマイナスの掛け算をしたら、どうなる?』
『……プラスに、なるね。』
『そうだ。自分の呪力を掛け合わせて、それを《逆転》させるんだ。』
逆転が《正》だなんて、ややこしい。
『ま、言うは易し。実際モノにするのはかなり大変みたいだからなぁ。ちなみに父さんは無理だった。
まぁ、実際に出来たら術式の幅がかなり広がるし、呪術師としてはかなりイイ線いくんじゃないか?』
『……前言ってた五行の仕組みも、その延長線?』
『そうだな。結局、アレも物質が持つ呪力をどう《理解》して、どう《分解》するか……どう《構築》出来るか、って話だからね』
くしゃりと撫でる、お父さんの手。
あたたかくて少しゴツゴツした、傷だらけの手。それが私は好きだった。
『名無しは賢いからな。きっと父さんや母さんよりも、沢山の人を助けられるような呪術師になるんじゃないか?』
快活に笑う父がなんだか眩しくて、私はそっと視線を落とした。
『……沢山の人じゃなくてもいい。私は、お父さんとお母さんの手伝いが出来れば、それで…』
呪術が特別好きなわけでも嫌いな訳でもない。
ただ、お父さんとお母さんが褒めてくれるから覚えていただけで。
私と呪術を繋いでいたのは、両親だけだった。
二人、だけだったのに。
『おーい、母さん!名無しがすんごい可愛いこと言ってるぞー!』
『ちょ、やめてよお父さん!プリン食べたの言いつけるよ!?』
青藍の冬至#12
(と言っても、今まで使えていた術式も使えないんだから世話ないよね)
飛び降りた時に出来た傷が生々しい肉音を奏でながら治っていく。
……相変わらず見てて気持ちのいい光景ではない。
何より――治るのが早いとはいえ、痛くない訳ではないし、痛みに強くなった訳でもない。
蹲りたくなる程の痛みを、深呼吸で鈍らせる。
絶えずオートで発動する反転術式をぼんやり眺めながら、昔父が言っていた言葉を思い出した。
(――マイナスとマイナスを掛ければ、プラスに。)
もし、……もしも、だ。
術式が発動しない原因がこれならば。
反転術式が『かなり強い』と仮定するなら。
――流れが早い川に逆らい、泳ぐようなものだ。本来の術式かま発動するわけがない。
(そこに『マイナスの呪力を混ぜて』やれば、どうなる?)
草木が揺れる音。
肌を焼くような殺気と呪力。
先程の巨大化した呪霊が、毒々しい牙を剥いて飛び掛ってきた。
迷う暇はない。
ここで素直に食われるよりはマシだ。
呪霊の牙が迫る。
――よく見ろ。目を逸らすな。
肉を穿つ瞬間を狙って、反転術式の呪力を『逆転』させろ。
血管の中の血流が逆流するような感覚。
肉が引き裂かれるような痛みに視界が眩む。
それと同時に、腕に食らいついた呪霊が内臓を撒き散らしながら爆ぜた。
人とは違う血の色、臭い。
肉片が辺りに四散し、地獄絵図のような景色が広がった。
「でき、た。」
反転術式を応用した、カウンター。
が、デメリットを挙げればいくつもある。
一、肉を切らせて骨を断つ戦法だ。あまり多用すると身体がいくつあっても足りない。
二、反転術式の『流れ』を捻じ曲げたせいか、先程の呪霊に裂かれた傷は一向に治る気配がない。
時間経過で治る可能性はあるが、傷がもっと深ければ完全に動けなかっただろう。
とりあえず、所感としてはこんなところだ。
正直褒められた術でないのは自覚している。まさしく諸刃の剣といったところか。
「なるほど、直接呪力を流すのか。その発想はなかったなぁ」
ぱちぱちと拍手をしながら歩いてくるのは、夏油だ。
当たり前だ。操っている呪霊がいたのだから、彼がこの森にいてもおかしくはない。
「でも、これはどうかな?」
夏油の影から這い出でるのは、火と煙を纏った僧の成れの果て。
轟轟と燃え盛る炎と、視界を覆い尽くしそうな白煙。
――見覚えがある。
街中で私を襲ってきた呪霊の一匹だ。
が、気を失う前の朧気な記憶より――炎が激しくなっているのは気の所為ではないだろう。
「キミの血肉で強化した、二級呪霊だよ。
――今は一級相当だけどね。」
呪霊から放たれる炎。
辺り一帯を薙ぐように、赤が緑を呑み込んでいった。
聡明で、人に教えるのがとても上手だった父は、私の憧れだった。
『いいかい。名無し。呪力っていうは、基本的にマイナスの感情から生まれる力なんだ。
例えば《あー!急いでるのに赤信号引っかかったー!くそー!》とか《テストで0点取ったー!お母さんに叱られるー!》とかさ。』
『《お父さんに、デザートにとっておいたプリン勝手に食べられた!許さーん!》…とか?』
『そうそう。美味かったな、あれ。新商品か?』
『後でお母さんにチクっちゃえ。』
『す、すまん!すまん!つい腹が減ってたんだ!!』
ジトリと父を見遣れば、申し訳なさそうに笑っていた。
仕事と呪術師の両立が大変なのは知っている。お腹が減るのも無理はない。
『ゴホン…で、だな。陽……つまり、《正》。コイツの呪力は自然に発生しないんだ』
『どうするの?』
『算数をしようか。マイナスとマイナスの掛け算をしたら、どうなる?』
『……プラスに、なるね。』
『そうだ。自分の呪力を掛け合わせて、それを《逆転》させるんだ。』
逆転が《正》だなんて、ややこしい。
『ま、言うは易し。実際モノにするのはかなり大変みたいだからなぁ。ちなみに父さんは無理だった。
まぁ、実際に出来たら術式の幅がかなり広がるし、呪術師としてはかなりイイ線いくんじゃないか?』
『……前言ってた五行の仕組みも、その延長線?』
『そうだな。結局、アレも物質が持つ呪力をどう《理解》して、どう《分解》するか……どう《構築》出来るか、って話だからね』
くしゃりと撫でる、お父さんの手。
あたたかくて少しゴツゴツした、傷だらけの手。それが私は好きだった。
『名無しは賢いからな。きっと父さんや母さんよりも、沢山の人を助けられるような呪術師になるんじゃないか?』
快活に笑う父がなんだか眩しくて、私はそっと視線を落とした。
『……沢山の人じゃなくてもいい。私は、お父さんとお母さんの手伝いが出来れば、それで…』
呪術が特別好きなわけでも嫌いな訳でもない。
ただ、お父さんとお母さんが褒めてくれるから覚えていただけで。
私と呪術を繋いでいたのは、両親だけだった。
二人、だけだったのに。
『おーい、母さん!名無しがすんごい可愛いこと言ってるぞー!』
『ちょ、やめてよお父さん!プリン食べたの言いつけるよ!?』
青藍の冬至#12
(と言っても、今まで使えていた術式も使えないんだから世話ないよね)
飛び降りた時に出来た傷が生々しい肉音を奏でながら治っていく。
……相変わらず見てて気持ちのいい光景ではない。
何より――治るのが早いとはいえ、痛くない訳ではないし、痛みに強くなった訳でもない。
蹲りたくなる程の痛みを、深呼吸で鈍らせる。
絶えずオートで発動する反転術式をぼんやり眺めながら、昔父が言っていた言葉を思い出した。
(――マイナスとマイナスを掛ければ、プラスに。)
もし、……もしも、だ。
術式が発動しない原因がこれならば。
反転術式が『かなり強い』と仮定するなら。
――流れが早い川に逆らい、泳ぐようなものだ。本来の術式かま発動するわけがない。
(そこに『マイナスの呪力を混ぜて』やれば、どうなる?)
草木が揺れる音。
肌を焼くような殺気と呪力。
先程の巨大化した呪霊が、毒々しい牙を剥いて飛び掛ってきた。
迷う暇はない。
ここで素直に食われるよりはマシだ。
呪霊の牙が迫る。
――よく見ろ。目を逸らすな。
肉を穿つ瞬間を狙って、反転術式の呪力を『逆転』させろ。
血管の中の血流が逆流するような感覚。
肉が引き裂かれるような痛みに視界が眩む。
それと同時に、腕に食らいついた呪霊が内臓を撒き散らしながら爆ぜた。
人とは違う血の色、臭い。
肉片が辺りに四散し、地獄絵図のような景色が広がった。
「でき、た。」
反転術式を応用した、カウンター。
が、デメリットを挙げればいくつもある。
一、肉を切らせて骨を断つ戦法だ。あまり多用すると身体がいくつあっても足りない。
二、反転術式の『流れ』を捻じ曲げたせいか、先程の呪霊に裂かれた傷は一向に治る気配がない。
時間経過で治る可能性はあるが、傷がもっと深ければ完全に動けなかっただろう。
とりあえず、所感としてはこんなところだ。
正直褒められた術でないのは自覚している。まさしく諸刃の剣といったところか。
「なるほど、直接呪力を流すのか。その発想はなかったなぁ」
ぱちぱちと拍手をしながら歩いてくるのは、夏油だ。
当たり前だ。操っている呪霊がいたのだから、彼がこの森にいてもおかしくはない。
「でも、これはどうかな?」
夏油の影から這い出でるのは、火と煙を纏った僧の成れの果て。
轟轟と燃え盛る炎と、視界を覆い尽くしそうな白煙。
――見覚えがある。
街中で私を襲ってきた呪霊の一匹だ。
が、気を失う前の朧気な記憶より――炎が激しくなっているのは気の所為ではないだろう。
「キミの血肉で強化した、二級呪霊だよ。
――今は一級相当だけどね。」
呪霊から放たれる炎。
辺り一帯を薙ぐように、赤が緑を呑み込んでいった。