銀朱に交わる
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「団体戦、呪霊に血を与えたのは貴方ですか」
「せやけど?悟君の教え子なら二級呪霊なんかじゃ物足りんやろう思うてな。」
京都の町並みが目まぐるしく流れていく。
跳ぶように屋根の上を。飛ぶように木々の上を。
『俺が走った方が速い』と豪語した通り、禪院直哉は今までに会った呪術師の中で段違いに速かった。
荷物のように肩へ担がれたまま問えば、悪びれなく直哉は肯定する。
「学長にチクるんは堪忍や。ジジイの説教ほど長くて野暮ったいものはないからなぁ。それにあれが最後の手持ちや」
『やはり兄弟か』と嫌そうに目を細めたことを雰囲気で察したのか、言い訳に近い弁解を彼は述べる。
「──皆さん嫌がらせに使うのが、本当にお上手ですね。」と嫌味の一つ二つ零したくなるくらい、名無しは心底呆れると同時に、怒っていた。
「しかしどないすん?悟君でも殺せんかったら、どう落とし前つけるつもりや。」
銀朱に交わる#08
「オイ、五条悟!コイツはどうなっておる!」
「僕に言われても困るんだけど。」
人型で『あった』であろう呪物を前に、禪院直毘人は苛立った様子で声を上げる。
何度殺しても立ち上がる異形。
手足の形状は辛うじてあるものの、どちらかというと肉塊に手足が生えていると言った方がしっくりくる。
御三家の会合を行っていた、郊外の料亭。
如何にも格式高そうな枯山水の庭へ、漆喰の塀を破ってこの化け物は闖入してきた。
この《異形》に会ったことがないが、五条はこの残穢を『視た』ことがある。
(呪力の質は別物だけど、)
《人魚の肉》を食べたそれ。
肉体の再生が見るからに不完全なその姿は、不老というわけではなさそうだ。
ただ、死なない。
痛みにもがき苦しみ呪いを振りまくその姿は、元は人間だったのかもしれないが、今は呪霊と言って遜色ない姿だった。
特別一級呪術師である禪院直毘人が何度手にかけても倒れないそれは、五条が相対したとしても間違いなく骨が折れる。
何せ、祓っても、殺しても、悲鳴のような呻きと共に起き上がるのだから。
「御三家を廃人にするのは怒られると思う?」
「当たり前だろう、こんな所で領域展開などしてみろ。小言では済まさんからな!」
料亭にいる人間は御三家だけではない。
突然の異形の乱入に一般人も逃げ惑っているのだ。うっかり巻き込んでしまった、では許されないだろう。
これがただの呪霊であれば非呪術師は視認出来なかっただろうに。
呪物の受肉だから見えてしまうだなんて、とんだ皮肉だ。
「そんな大声出さんといてぇな。みっともないで、親父。」
塀を乗り越えて姿を見せたのは、禪院直哉。
そしてその肩に担がれている少女を、五条が見間違える訳がなかった。
「なんで来てんの。」
状況が状況なだけにいつもより冷たい口調になってしまう。
が、そんなことを気に留める様子もなく、名無しは直哉の肩から荷物のように降ろしてもらうと「喧嘩を売られたもので。」と簡潔に答えた。
「……禪院さん。」
「直哉でエェ言うたやろ。全く、今回だけやで」
面倒臭そうな色を隠すことなく、直哉が気だるげに首を捻る。
トン、と地面を蹴り上げ、懐に仕込んでいた小刀で受肉体の腕を切り落とせば、言語として捉えることが出来ない雄叫びに近い悲鳴が辺りに木霊した。
「うわ、グロ。何でまだ動くん、ねん!」
彼が投げて寄こした、八百比丘尼もどきの腕を名無しが抱き抱えるように受け止める。
傷口からぼこりと泡立つ肉。
鮮血の赤が溢れると同時に、崩れ落ちるように血肉が腐り落ちた。
身体の本体を探すように宙を彷徨う、切り落とされた手。
名無しは僅かに目を細め、皮を剥いだ肉色の手を繋ぎ止めるように強く握り返した。
「ありがとうございます。あとは足止めをお願い出来ますか?」
「ゾンビ相手なんて堪忍して欲しいわぁ。死なへんとかホンマ、化け物 作るのだけは一級やね。あの愚弟」
毒づく直哉を一瞥した後、未だに体温が残る受肉体の腕を両手で触れる。
肉体を構成する体組成。そして、身体を蝕む不死の術式。
《八百比丘尼》へ至る為のこの術式は、適合しなければ不完全なものでしかない。
身体が完全に適合すれば堅牢な永久機関のようにただひたすらに肉体を維持し続けるが、適合しなければ不具合だらけの術式になる。
いくら不死とはいえ、バグだらけの術式には必ず綻びがある。だから、そこから解 く。
「何するの。」
「肉体に残っている残穢を読み解いて、不死の術式を分解します」
瞬時に読み解くことが出来ればいいのだが、術式を読むということは脳にその術式を焼き付ける行為に等しい。
負荷がかかるということは《体験済み》だ。実際に不老不死の術式を読み解けたことは、一度もないが。
しかし、今回ばかりは失敗が許されない。
「それで祓えるのか?」
「私の身体で試されていない殺し方は、それくらいしか思いつきませんから」
怪訝そうな表情を浮かべる直毘人を一瞥する余裕もない。
名無しに掴まれた受肉体の腕が、陸に上げられた魚のように藻掻く。
跳ねる赤。落ちる赤。
切り落とされた腕から零れる血溜まりへ、雨のように別の鮮血が数滴沈む。
それが鼻血だと気付きはするものの、術式を読み解いた名無しにとって取るに足らない些事だった。
「──いけそうです。禪院さん!」
「遅 いわ!後はしっかり仕事、せぇ、よッ!」
声を張りあげれば、死ねず、痛みに喘ぎ、ヒトのカタチを捨てさせられてしまった《人間》が、音速で地に叩きつけられる。
巻き上げられた土煙の中駆け寄れば、目があったのであろう。不完全に再生した肉で埋もれてしまった隙間から、絞り出すように雫が零れた。
「A、あ…aa、ァ、アァ゙ァァ!いだ、い゙、タす、助ゲ、て、ぇ゙、え、あ、ァ、ア゙ァァ!」
断末魔のような悲鳴。
辛うじて言葉だと認識できる単語が、皮肉にも同族である彼女の心に、深く突き刺さる。
助けることは出来ない。
肉体と完全に融け合った術式を壊すということは、つまり。
「──ごめんなさい。」
何かの運命が僅かに狂ってしまっていれば、これは自分だったかもしれない。
それでも僅かに《 》と思ってしまうのは、途方もなく罪深いことだろう。
不完全だからこそ此処で終われる。
目の前のこの人は『助けてくれ』と願っていたのに。
私は。
──私は。
ぱちん、と泡が弾けるような音。
術式を解 くのは、一瞬。
土煙が晴れると同時に、何度殺しても死ななかった《不死の呪物》は、冷たい細石石の上へ重たい音を立てて倒れた。
銀朱に交わる#08
「祓除、出来まし」
た。
言葉を遮るもの。
内臓から湧いて出たもの。
我慢しようにも止められない。息もできない。
反射的に押さえた手が、赤く、紅く、朱く染まる。
吐血だと理解するのに数瞬かかってしまった。
頭が痛い。
指先から、腹の奥から、目の奥まで焼けるようなのに、足先が氷のように冷たい。
視界が鮮やかな赤に染まる中、五条さんが私の名前を呼ぶ声が遠くで聞こえた。──気がした。
「せやけど?悟君の教え子なら二級呪霊なんかじゃ物足りんやろう思うてな。」
京都の町並みが目まぐるしく流れていく。
跳ぶように屋根の上を。飛ぶように木々の上を。
『俺が走った方が速い』と豪語した通り、禪院直哉は今までに会った呪術師の中で段違いに速かった。
荷物のように肩へ担がれたまま問えば、悪びれなく直哉は肯定する。
「学長にチクるんは堪忍や。ジジイの説教ほど長くて野暮ったいものはないからなぁ。それにあれが最後の手持ちや」
『やはり兄弟か』と嫌そうに目を細めたことを雰囲気で察したのか、言い訳に近い弁解を彼は述べる。
「──皆さん嫌がらせに使うのが、本当にお上手ですね。」と嫌味の一つ二つ零したくなるくらい、名無しは心底呆れると同時に、怒っていた。
「しかしどないすん?悟君でも殺せんかったら、どう落とし前つけるつもりや。」
銀朱に交わる#08
「オイ、五条悟!コイツはどうなっておる!」
「僕に言われても困るんだけど。」
人型で『あった』であろう呪物を前に、禪院直毘人は苛立った様子で声を上げる。
何度殺しても立ち上がる異形。
手足の形状は辛うじてあるものの、どちらかというと肉塊に手足が生えていると言った方がしっくりくる。
御三家の会合を行っていた、郊外の料亭。
如何にも格式高そうな枯山水の庭へ、漆喰の塀を破ってこの化け物は闖入してきた。
この《異形》に会ったことがないが、五条はこの残穢を『視た』ことがある。
(呪力の質は別物だけど、)
《人魚の肉》を食べたそれ。
肉体の再生が見るからに不完全なその姿は、不老というわけではなさそうだ。
ただ、死なない。
痛みにもがき苦しみ呪いを振りまくその姿は、元は人間だったのかもしれないが、今は呪霊と言って遜色ない姿だった。
特別一級呪術師である禪院直毘人が何度手にかけても倒れないそれは、五条が相対したとしても間違いなく骨が折れる。
何せ、祓っても、殺しても、悲鳴のような呻きと共に起き上がるのだから。
「御三家を廃人にするのは怒られると思う?」
「当たり前だろう、こんな所で領域展開などしてみろ。小言では済まさんからな!」
料亭にいる人間は御三家だけではない。
突然の異形の乱入に一般人も逃げ惑っているのだ。うっかり巻き込んでしまった、では許されないだろう。
これがただの呪霊であれば非呪術師は視認出来なかっただろうに。
呪物の受肉だから見えてしまうだなんて、とんだ皮肉だ。
「そんな大声出さんといてぇな。みっともないで、親父。」
塀を乗り越えて姿を見せたのは、禪院直哉。
そしてその肩に担がれている少女を、五条が見間違える訳がなかった。
「なんで来てんの。」
状況が状況なだけにいつもより冷たい口調になってしまう。
が、そんなことを気に留める様子もなく、名無しは直哉の肩から荷物のように降ろしてもらうと「喧嘩を売られたもので。」と簡潔に答えた。
「……禪院さん。」
「直哉でエェ言うたやろ。全く、今回だけやで」
面倒臭そうな色を隠すことなく、直哉が気だるげに首を捻る。
トン、と地面を蹴り上げ、懐に仕込んでいた小刀で受肉体の腕を切り落とせば、言語として捉えることが出来ない雄叫びに近い悲鳴が辺りに木霊した。
「うわ、グロ。何でまだ動くん、ねん!」
彼が投げて寄こした、八百比丘尼もどきの腕を名無しが抱き抱えるように受け止める。
傷口からぼこりと泡立つ肉。
鮮血の赤が溢れると同時に、崩れ落ちるように血肉が腐り落ちた。
身体の本体を探すように宙を彷徨う、切り落とされた手。
名無しは僅かに目を細め、皮を剥いだ肉色の手を繋ぎ止めるように強く握り返した。
「ありがとうございます。あとは足止めをお願い出来ますか?」
「ゾンビ相手なんて堪忍して欲しいわぁ。死なへんとかホンマ、
毒づく直哉を一瞥した後、未だに体温が残る受肉体の腕を両手で触れる。
肉体を構成する体組成。そして、身体を蝕む不死の術式。
《八百比丘尼》へ至る為のこの術式は、適合しなければ不完全なものでしかない。
身体が完全に適合すれば堅牢な永久機関のようにただひたすらに肉体を維持し続けるが、適合しなければ不具合だらけの術式になる。
いくら不死とはいえ、バグだらけの術式には必ず綻びがある。だから、そこから
「何するの。」
「肉体に残っている残穢を読み解いて、不死の術式を分解します」
瞬時に読み解くことが出来ればいいのだが、術式を読むということは脳にその術式を焼き付ける行為に等しい。
負荷がかかるということは《体験済み》だ。実際に不老不死の術式を読み解けたことは、一度もないが。
しかし、今回ばかりは失敗が許されない。
「それで祓えるのか?」
「私の身体で試されていない殺し方は、それくらいしか思いつきませんから」
怪訝そうな表情を浮かべる直毘人を一瞥する余裕もない。
名無しに掴まれた受肉体の腕が、陸に上げられた魚のように藻掻く。
跳ねる赤。落ちる赤。
切り落とされた腕から零れる血溜まりへ、雨のように別の鮮血が数滴沈む。
それが鼻血だと気付きはするものの、術式を読み解いた名無しにとって取るに足らない些事だった。
「──いけそうです。禪院さん!」
「
声を張りあげれば、死ねず、痛みに喘ぎ、ヒトのカタチを捨てさせられてしまった《人間》が、音速で地に叩きつけられる。
巻き上げられた土煙の中駆け寄れば、目があったのであろう。不完全に再生した肉で埋もれてしまった隙間から、絞り出すように雫が零れた。
「A、あ…aa、ァ、アァ゙ァァ!いだ、い゙、タす、助ゲ、て、ぇ゙、え、あ、ァ、ア゙ァァ!」
断末魔のような悲鳴。
辛うじて言葉だと認識できる単語が、皮肉にも同族である彼女の心に、深く突き刺さる。
助けることは出来ない。
肉体と完全に融け合った術式を壊すということは、つまり。
「──ごめんなさい。」
何かの運命が僅かに狂ってしまっていれば、これは自分だったかもしれない。
それでも僅かに《 》と思ってしまうのは、途方もなく罪深いことだろう。
不完全だからこそ此処で終われる。
目の前のこの人は『助けてくれ』と願っていたのに。
私は。
──私は。
ぱちん、と泡が弾けるような音。
術式を
土煙が晴れると同時に、何度殺しても死ななかった《不死の呪物》は、冷たい細石石の上へ重たい音を立てて倒れた。
銀朱に交わる#08
「祓除、出来まし」
た。
言葉を遮るもの。
内臓から湧いて出たもの。
我慢しようにも止められない。息もできない。
反射的に押さえた手が、赤く、紅く、朱く染まる。
吐血だと理解するのに数瞬かかってしまった。
頭が痛い。
指先から、腹の奥から、目の奥まで焼けるようなのに、足先が氷のように冷たい。
視界が鮮やかな赤に染まる中、五条さんが私の名前を呼ぶ声が遠くで聞こえた。──気がした。