銀朱に交わる
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喰らうことに特化した呪霊は、森という遮蔽物だらけのフィールドも物ともしないらしい。
樹齢は百年をゆうに超えるであろう大木も、大顎で飲み込み、無残に倒す。
轟音と共に木々を薙ぎ払うような猛進は、二級相当の呪霊の動きではない。
(低く見積って準一級くらいか。血を与えるだけで等級上がるンなら、使い捨てとはいえ立派な呪物やな)
安全地帯から、呪力を消して。
京都校からの依頼で呪霊を放った、禪院直哉の眼下には呪霊と少女の姿があった。
裸足で駆ける女が地面を踏めば、岩石で出来た剣山が鋭く呪霊を穿つ。
手足を射抜き、怯んだ隙を見逃さない。雨から生成したであろう、氷槍を振り向きざまに投擲すれば、的確に、確実に、呪霊の脳天を貫く。
(やるやないの。)
素直に、感嘆した。
二つの異なる呪力操作。物質の性質や《分子》を理解しなければ成立しない術式を、魔法のように操っている。
『流石悟君の生徒だ』と直哉は納得すると同時に、残念そうに目を細めた。
「惜しいわぁ」
それは二つの意味を込めた呟き。
一つは、彼女が人のかたちをした呪物であること。
見目も悪くない。
昔、血溜まりの中で見た姿は見れたものじゃなかったが、今や健康的な肉付きになった身体は中々どうして悪くない。
だから、尚のこと惜しかった。
もう一つは──。
雨足が強くなってきた故か、轟々と森を焦がしていた炎は、燻り、烟り、白い煙幕となって辺りを覆い尽くす。
奇襲する側からすればこの煙は有効活用出来るだろうが、今や彼女は《逃げる立場》だ。
しかも相手は極上の血の匂いを覚えた、嗅覚が優れた呪霊。
更に言えば、八百比丘尼 の血の恩恵か。通常の呪霊よりも反転術式が掛かる早さが異常に早い。
それは瞬き一つで、傷が塞がる程に。
煙幕の向こうから大口を開けて呪霊が飛び込む。
呪霊を仕留めきれなかった彼女の生脚に喰らいつき、左脚の生白いふくらはぎに黄ばんだ牙が深く刺さる。
「うわ、痛そ〜。」
呑気にフィクションのグロテスク映画を観ている時の感想のようだ、と直哉は一人で笑った。
痛みに強いのだろう。苦痛に顔を歪めたものの、悲鳴一つ零さない彼女は脚を喰らいつかせたまま、呪霊の頭部へ氷の刃を突き立てる。
これには呪霊も堪えたのか、それとも次手で丸呑みにでもするつもりなのか。
獲物 を勢いよく宙に放り上げ、《今度こそ確実に喰らう》と言わんばかりに、深淵のようにも見える大口を、顎が外れんばかりに開いた。
(でも、アレで動けるんやろ?正真正銘の化け物やな)
空高く放り上げられた身体は小さく、か細い。
風が吹けば飛んでいきそうな見た目をしている癖に、空気を震わせる呪力と殺気は本物だった。
皮一枚で繋がっている左脚はあらぬ方向に曲がっている。
しかしそんなこと『どうでもいい』と言わんばかりに、痛みを殺した表情のまま術式を組む。
──生粋の呪術師だ、と不本意ながら思ってしまった。
彼女を中心に数瞬、雨が消える。距離にして半径1km。
水という水。青々とした緑の葉から滴る雫。木々の合間に作られた、蜘蛛の巣を彩っていた真珠のような雨粒。
──当然服に含んだ雨水すら奪い去って、彼女は一つの『氷槍』に成り代わる。
脚部に纏った氷の鋒。下半身を覆い尽くすそれは槍というよりも巨大な錨に近い。
祓う為の、殺す為の術 。
だというのに、曇天の下で氷を纏う姿は、まさに人魚のそれだった。
(あぁ、綺麗やな。)
嫌味も侮蔑もなく、綺麗な術式だと思った。
──あぁ、嗚呼。本当に惜しい。
心の底からそう思ってしまう程に。
落下速度に加え、氷塊の質量と重量による呪霊の圧壊を狙った、『死なない』彼女ならではの戦い方。
氷の矛先は大口を開けた呪霊の口へ。
目が見えない異形は自分の口内へ刃が向けられているとは露知らず、呑気に獲物が落ちてくるのを待っている。
風を切る音は一瞬。
空から墜ちた一撃に、地鳴りは森へ大きく轟く。
監視用の鴉も戦慄き、ガアガアと耳障りな鳴き声を上げ、逃げ惑うように空へ羽ばたいた。
(本当に、惜しい。)
穿たれた呪霊。
肉塊に成り代わったとはいえ、まだ足りない。
反転術式が掛かった呪体は、身体を貫いたまま動けない彼女を取り込もうと蠱惑的に蠢いている。
まだ、仕留めるには足りない。
「──だと思った。」
小さく呟いた彼女が、一石投じる。
それは文字通り、彼女の手から呪霊の口に放り入れられたもの。
途端、身体の内側から霜が覆うように、生々しい血肉が白く白く凍りつく。
瞬きを二、三度繰り返す内に、呪霊は身体の芯まで凍りつき、趣味の悪い氷の彫像になった途端、粉々に霧散した。
ガラスが砕けるような、子気味良い音。
醜い呪霊の死に姿にしては勿体ない程の、美しい末路だった。
銀朱に交わる#05
「──いやぁ。二級呪霊の祓除、お見事さん。流石、悟君の教え子やなぁ。」
木の上から降りるついでに、二級呪霊を監視していた鴉を縊り殺し、放り捨てる。
白々しい拍手を叩きながら歩み寄れば、呪霊に脚を噛み砕かれても変わらなかった顔色がサッと青くなった。
……そんなに『彼』に似ているのだろうか?
いや、一応血縁者だから当然か。本当に、不本意だが。
(あぁ、なるほど。)
欲しいな、この玩具。
呪術師の己 とは相容れない『出来損ないの愚弟』の心境を理解してしまって、思わず笑ってしまった。
樹齢は百年をゆうに超えるであろう大木も、大顎で飲み込み、無残に倒す。
轟音と共に木々を薙ぎ払うような猛進は、二級相当の呪霊の動きではない。
(低く見積って準一級くらいか。血を与えるだけで等級上がるンなら、使い捨てとはいえ立派な呪物やな)
安全地帯から、呪力を消して。
京都校からの依頼で呪霊を放った、禪院直哉の眼下には呪霊と少女の姿があった。
裸足で駆ける女が地面を踏めば、岩石で出来た剣山が鋭く呪霊を穿つ。
手足を射抜き、怯んだ隙を見逃さない。雨から生成したであろう、氷槍を振り向きざまに投擲すれば、的確に、確実に、呪霊の脳天を貫く。
(やるやないの。)
素直に、感嘆した。
二つの異なる呪力操作。物質の性質や《分子》を理解しなければ成立しない術式を、魔法のように操っている。
『流石悟君の生徒だ』と直哉は納得すると同時に、残念そうに目を細めた。
「惜しいわぁ」
それは二つの意味を込めた呟き。
一つは、彼女が人のかたちをした呪物であること。
見目も悪くない。
昔、血溜まりの中で見た姿は見れたものじゃなかったが、今や健康的な肉付きになった身体は中々どうして悪くない。
だから、尚のこと惜しかった。
もう一つは──。
雨足が強くなってきた故か、轟々と森を焦がしていた炎は、燻り、烟り、白い煙幕となって辺りを覆い尽くす。
奇襲する側からすればこの煙は有効活用出来るだろうが、今や彼女は《逃げる立場》だ。
しかも相手は極上の血の匂いを覚えた、嗅覚が優れた呪霊。
更に言えば、
それは瞬き一つで、傷が塞がる程に。
煙幕の向こうから大口を開けて呪霊が飛び込む。
呪霊を仕留めきれなかった彼女の生脚に喰らいつき、左脚の生白いふくらはぎに黄ばんだ牙が深く刺さる。
「うわ、痛そ〜。」
呑気にフィクションのグロテスク映画を観ている時の感想のようだ、と直哉は一人で笑った。
痛みに強いのだろう。苦痛に顔を歪めたものの、悲鳴一つ零さない彼女は脚を喰らいつかせたまま、呪霊の頭部へ氷の刃を突き立てる。
これには呪霊も堪えたのか、それとも次手で丸呑みにでもするつもりなのか。
(でも、アレで動けるんやろ?正真正銘の化け物やな)
空高く放り上げられた身体は小さく、か細い。
風が吹けば飛んでいきそうな見た目をしている癖に、空気を震わせる呪力と殺気は本物だった。
皮一枚で繋がっている左脚はあらぬ方向に曲がっている。
しかしそんなこと『どうでもいい』と言わんばかりに、痛みを殺した表情のまま術式を組む。
──生粋の呪術師だ、と不本意ながら思ってしまった。
彼女を中心に数瞬、雨が消える。距離にして半径1km。
水という水。青々とした緑の葉から滴る雫。木々の合間に作られた、蜘蛛の巣を彩っていた真珠のような雨粒。
──当然服に含んだ雨水すら奪い去って、彼女は一つの『氷槍』に成り代わる。
脚部に纏った氷の鋒。下半身を覆い尽くすそれは槍というよりも巨大な錨に近い。
祓う為の、殺す為の
だというのに、曇天の下で氷を纏う姿は、まさに人魚のそれだった。
(あぁ、綺麗やな。)
嫌味も侮蔑もなく、綺麗な術式だと思った。
──あぁ、嗚呼。本当に惜しい。
心の底からそう思ってしまう程に。
落下速度に加え、氷塊の質量と重量による呪霊の圧壊を狙った、『死なない』彼女ならではの戦い方。
氷の矛先は大口を開けた呪霊の口へ。
目が見えない異形は自分の口内へ刃が向けられているとは露知らず、呑気に獲物が落ちてくるのを待っている。
風を切る音は一瞬。
空から墜ちた一撃に、地鳴りは森へ大きく轟く。
監視用の鴉も戦慄き、ガアガアと耳障りな鳴き声を上げ、逃げ惑うように空へ羽ばたいた。
(本当に、惜しい。)
穿たれた呪霊。
肉塊に成り代わったとはいえ、まだ足りない。
反転術式が掛かった呪体は、身体を貫いたまま動けない彼女を取り込もうと蠱惑的に蠢いている。
まだ、仕留めるには足りない。
「──だと思った。」
小さく呟いた彼女が、一石投じる。
それは文字通り、彼女の手から呪霊の口に放り入れられたもの。
途端、身体の内側から霜が覆うように、生々しい血肉が白く白く凍りつく。
瞬きを二、三度繰り返す内に、呪霊は身体の芯まで凍りつき、趣味の悪い氷の彫像になった途端、粉々に霧散した。
ガラスが砕けるような、子気味良い音。
醜い呪霊の死に姿にしては勿体ない程の、美しい末路だった。
銀朱に交わる#05
「──いやぁ。二級呪霊の祓除、お見事さん。流石、悟君の教え子やなぁ。」
木の上から降りるついでに、二級呪霊を監視していた鴉を縊り殺し、放り捨てる。
白々しい拍手を叩きながら歩み寄れば、呪霊に脚を噛み砕かれても変わらなかった顔色がサッと青くなった。
……そんなに『彼』に似ているのだろうか?
いや、一応血縁者だから当然か。本当に、不本意だが。
(あぁ、なるほど。)
欲しいな、この玩具。
呪術師の