銀朱に交わる
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「この呪霊って、本当に二級相当なんですか?」
呪霊の搬送の為、伴った『炳』の術師が目を細めながら直哉に問う。
呪霊を囲う檻に貼られた、夥しい呪符の数。
中から聞こえてくるのは、檻を爪で削り取るような鈍い音。
言葉にならない呻きに近い、地を這う声。
「せやで。ちゃーんと扇はんにも確認取ったしなぁ。なんや?俺の事疑ごうとるん?」
煽るように振り返れば、付き従っていた男は「いえ…」と言葉を濁しながら、呪霊を入れた檻から視線を背けた。
(まぁ、腹が空いとるようだったから、『餌』は与えとるんやけどな)
銀朱に交わる#03
団体戦、開始直前。
蝕むような曇天から、ぱらりぱらりと雨粒が降ってくる。
疎らなそれは鬱蒼とした森の葉叢で雨垂れに変わり、腐葉土と枯葉が混ざった土を柔らかく濡らしていった。
「雨、降ってきたっスね。」
目出し帽を被り直した猪野が、眉を顰めながら空を見上げる。
隠密で動くなら雨は僥倖だ。
雨音で気配は紛れる上、冷たい雨水は集中力を単純に削ぐ。
特に《遊撃》させるなら、尚更。
「なるべく足跡を目立たせないように動ける?」
「当然。……しっかし、いいんっスか?ポイントゲッター役が俺で。」
今回、主に呪霊を祓う役は猪野だ。
二級呪霊は互いに『見つけ次第撃破』になる。
囮役──主に京都校の生徒を引き付ける役は名無しが請け負った。
「大丈夫だよ。ほら、私タフだし『私を止めなきゃ敷地全部焼け野原にするぞ〜!』って大暴れするから」
タフどころの話では無いのだが、今ここでその話は蛇足だろう。
何より今回は機動力がものを言う。
仮に京都校に見つかったとして、その追っ手から逃げ切るのも、手早く呪霊を狩ることも、猪野の術式の方が相性がいい。適所適材という話だ。
「じゃあ、天野先輩はドッカーン!って派手に暴れちゃってください!」
「了解。頑張るね。」
気合十分な猪野が身振り手振りを大きく広げ、白い歯を二カリと見せる。
釣られた名無しもくしゃりと破顔し、試合の合図と同時に踵を返した。
***
「意外ね。」
歌姫がポツリと呟く。
「何が?」
「東京校からは二人だけでしょ?各個撃破されるリスクを減らすために、二人一組で組んで呪霊を探すと思っていたのよ。」
VIP席で映画を見るように深く腰かけ、背もたれに腕を回していた五条が気だるげに問う。
歌姫はその態度を指摘する気がないのか、はたまた無駄だと分かっているからか。一瞬冷ややかな目を向けるが、すぐさまモニターに視線を戻した。
「二人とも初めての交流戦で不安そうだったし?」
「えぇ。うちの生徒達もそう言ってたから二組に別れて、東京校の足止めと呪霊の捜索の2チームに別れていたんだけど。ヤマが外れたわね。」
交流戦初心者が二人。
きっと京都校から見れば『勝てなくてもいいから、思い出に残るいい交流試合にしようね』なんて会話が繰り広げられていると勘違いしたのだろう。
とんでもない。
あの二人が『そういう風にみえた』のなら、単純だが勘違いさせるには十分な演技が通じたということだ。
そして、意外と彼女は勝負師だ。
単純に他人の生死を天秤にかけられていないのなら、多少のリスクを負った上でハイリターンの方へ躊躇いなく賭ける思い切りの良さがある。
人が良さそうで大人しそうな見た目のくせに、肝が据わっているのだ。ななし名無しという少女は。
「まー、まんまと引っかかったのなら、僕が嫉妬した甲斐もあったってわけだ」
「は?」
歌姫があんぐりと口を開ける傍で『ドローン役』として参加している、とある女性が口角を綺麗に吊り上げる。
「演技だった、ってわけかい?」
「そ。名無し発案。第一さぁ、僕が送り出した生徒二人が、そんなメソメソしおらしくすると思う?」
五条が小馬鹿にしたように肩をすくめると「確かにそうだけどなんか腹立つ言い方ね」と歌姫が苦虫を噛み潰した様子で顔を歪めた。
「面白い生徒じゃないか。特に、女の子の方。」
モニターの向こうで、文字通り『大暴れ』している名無しを彼女は見遣る。
木に触れれば忽ち炎が燃え上がり、宙を撫でれば無数の氷の刃を。空気中の水分がなくなれば、忽ち火の手が強く燃え上がる。
持ち込んいた玉鋼を拳で叩けばスラリと刀を創り出す。柄も鍔も何もない、剥き身の刀は即席の呪物とはいえ、対人戦で扱うには十分な業物だ。
まるでそう。呪術というより魔法のように。
冥冥は見惚れるように目を細める。
妖艶に、そして愉しそうに。
器用かつ万能。本人の術式に対する知識と想像 で広がる自由度は、予想の範疇に収まらない。
彼女の事だ。きっと脳内で算盤を弾いていることだろう。
「流石冥冥さん。お目が高い。」
高そうな湯呑みを片手で揺らしながら、五条の口元は満足気に弧を描いた。
呪霊の搬送の為、伴った『炳』の術師が目を細めながら直哉に問う。
呪霊を囲う檻に貼られた、夥しい呪符の数。
中から聞こえてくるのは、檻を爪で削り取るような鈍い音。
言葉にならない呻きに近い、地を這う声。
「せやで。ちゃーんと扇はんにも確認取ったしなぁ。なんや?俺の事疑ごうとるん?」
煽るように振り返れば、付き従っていた男は「いえ…」と言葉を濁しながら、呪霊を入れた檻から視線を背けた。
(まぁ、腹が空いとるようだったから、『餌』は与えとるんやけどな)
銀朱に交わる#03
団体戦、開始直前。
蝕むような曇天から、ぱらりぱらりと雨粒が降ってくる。
疎らなそれは鬱蒼とした森の葉叢で雨垂れに変わり、腐葉土と枯葉が混ざった土を柔らかく濡らしていった。
「雨、降ってきたっスね。」
目出し帽を被り直した猪野が、眉を顰めながら空を見上げる。
隠密で動くなら雨は僥倖だ。
雨音で気配は紛れる上、冷たい雨水は集中力を単純に削ぐ。
特に《遊撃》させるなら、尚更。
「なるべく足跡を目立たせないように動ける?」
「当然。……しっかし、いいんっスか?ポイントゲッター役が俺で。」
今回、主に呪霊を祓う役は猪野だ。
二級呪霊は互いに『見つけ次第撃破』になる。
囮役──主に京都校の生徒を引き付ける役は名無しが請け負った。
「大丈夫だよ。ほら、私タフだし『私を止めなきゃ敷地全部焼け野原にするぞ〜!』って大暴れするから」
タフどころの話では無いのだが、今ここでその話は蛇足だろう。
何より今回は機動力がものを言う。
仮に京都校に見つかったとして、その追っ手から逃げ切るのも、手早く呪霊を狩ることも、猪野の術式の方が相性がいい。適所適材という話だ。
「じゃあ、天野先輩はドッカーン!って派手に暴れちゃってください!」
「了解。頑張るね。」
気合十分な猪野が身振り手振りを大きく広げ、白い歯を二カリと見せる。
釣られた名無しもくしゃりと破顔し、試合の合図と同時に踵を返した。
***
「意外ね。」
歌姫がポツリと呟く。
「何が?」
「東京校からは二人だけでしょ?各個撃破されるリスクを減らすために、二人一組で組んで呪霊を探すと思っていたのよ。」
VIP席で映画を見るように深く腰かけ、背もたれに腕を回していた五条が気だるげに問う。
歌姫はその態度を指摘する気がないのか、はたまた無駄だと分かっているからか。一瞬冷ややかな目を向けるが、すぐさまモニターに視線を戻した。
「二人とも初めての交流戦で不安そうだったし?」
「えぇ。うちの生徒達もそう言ってたから二組に別れて、東京校の足止めと呪霊の捜索の2チームに別れていたんだけど。ヤマが外れたわね。」
交流戦初心者が二人。
きっと京都校から見れば『勝てなくてもいいから、思い出に残るいい交流試合にしようね』なんて会話が繰り広げられていると勘違いしたのだろう。
とんでもない。
あの二人が『そういう風にみえた』のなら、単純だが勘違いさせるには十分な演技が通じたということだ。
そして、意外と彼女は勝負師だ。
単純に他人の生死を天秤にかけられていないのなら、多少のリスクを負った上でハイリターンの方へ躊躇いなく賭ける思い切りの良さがある。
人が良さそうで大人しそうな見た目のくせに、肝が据わっているのだ。ななし名無しという少女は。
「まー、まんまと引っかかったのなら、僕が嫉妬した甲斐もあったってわけだ」
「は?」
歌姫があんぐりと口を開ける傍で『ドローン役』として参加している、とある女性が口角を綺麗に吊り上げる。
「演技だった、ってわけかい?」
「そ。名無し発案。第一さぁ、僕が送り出した生徒二人が、そんなメソメソしおらしくすると思う?」
五条が小馬鹿にしたように肩をすくめると「確かにそうだけどなんか腹立つ言い方ね」と歌姫が苦虫を噛み潰した様子で顔を歪めた。
「面白い生徒じゃないか。特に、女の子の方。」
モニターの向こうで、文字通り『大暴れ』している名無しを彼女は見遣る。
木に触れれば忽ち炎が燃え上がり、宙を撫でれば無数の氷の刃を。空気中の水分がなくなれば、忽ち火の手が強く燃え上がる。
持ち込んいた玉鋼を拳で叩けばスラリと刀を創り出す。柄も鍔も何もない、剥き身の刀は即席の呪物とはいえ、対人戦で扱うには十分な業物だ。
まるでそう。呪術というより魔法のように。
冥冥は見惚れるように目を細める。
妖艶に、そして愉しそうに。
器用かつ万能。本人の術式に対する知識と
彼女の事だ。きっと脳内で算盤を弾いていることだろう。
「流石冥冥さん。お目が高い。」
高そうな湯呑みを片手で揺らしながら、五条の口元は満足気に弧を描いた。