銀朱に交わる
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「これ、データ取るためとはいえ、無駄じゃないです?」
暗闇の中、ロウソク一本だけ灯された部屋。
怪談話でもしそうな雰囲気だが、怪談話の方が幾分マシだろう。
「無駄じゃないさ。万が一の《保険》だよ」
涼やかな声で、彼はそう言う。
ロウソクに薄ぼんやりと照らされた、額の《縫い目》。それを指でなぞりながら、彼は密やかに笑った。
「君は、誰かに恋慕の情を抱いたことあるかい?」
「あるように見えます?」
「すまない、野暮な質問だったね」
「それもそれで失礼だって気づいてます?」
悪びれなさそうな「ごめんごめん」と発した適当な謝罪を僕は受け取る。
続けて彼はこう言った。
「五条悟を、彼に殺してもらうための《動機》が少しでも多い方がいいだろう?」
そんな物騒な台詞の後に「……まぁ、あの呪いの王本人に自覚があったかどうかなんて、私は知らないんだけど」とボソリと呟く。
息遣い以外何も聞こえない暗闇では、彼の一人言もしっかり聞き取れた。
「それに──意味はなかったとしても、見てて面白いだろう?」
彼は、嗤う。
僕は意味のないことは嫌いだ。いや、苦手と言った方がいいかもしれない。
何せ合理的ではないし、無意味なことを実行する時間ほど贅沢な浪費もないだろう。そう考えている。
けど、彼はただ《面白い》という理由だけで一手間かけることを惜しみなく行う。
「自分の身体を傷つけられても痛みに鈍くなれる彼女だけど、己に無関係ではない《それ》で、他人が傷つくことを彼女は嫌うからね。君のいう今回の《無駄な事》は心を甚振るには十分なんだよ」
どこまで計算して、どこまで筋書きをしているのか。
まるで手繰り寄せる蜘蛛の糸のような緻密さだ。
賞賛を込めて、僕は笑う。
「悪趣味ィ〜。」
「その悪趣味に乗っかって、好き勝手実験したのは誰だったかな?」
「はいはい、僕ですよ。あー、だからもしかしてヤるのは禁止だったんです?」
左手の指で丸を。右手の人差し指を穴へ抜き差し。
昔同じ所作を実家で行ったところ、兄に『下品やからやめェや』と呆れられた。今となっては懐かしい。
目の前の彼は黙って笑うだけで諌めることはしない。
ただ、その笑顔は肯定なのだろう。
身体の傷はいくら治ったとしても、心の傷は中々治らないものらしい。
僕の場合、心が傷つくなんて人間らしい機微は、随分と昔に母親の腹の中へ置いてきてしまった。
「化け物と人間の恋慕なんて、古今東西バッドエンドだと相場が決まっているんだよ」
手持ち無沙汰かのように額の縫い目を撫でる目の前の彼は、きっと他人を《人》として認識していないのだろう。勿論、僕も含めて。
喩えるなら、そう。ただの《駒》だ。
「やっぱり悪趣味ですよ、羂索さん。」
銀朱に交わる#失頁
蝋燭の下で静かに微笑む男の笑顔は、彼の知りうる表情の中で特別上機嫌なものだった。
暗闇の中、ロウソク一本だけ灯された部屋。
怪談話でもしそうな雰囲気だが、怪談話の方が幾分マシだろう。
「無駄じゃないさ。万が一の《保険》だよ」
涼やかな声で、彼はそう言う。
ロウソクに薄ぼんやりと照らされた、額の《縫い目》。それを指でなぞりながら、彼は密やかに笑った。
「君は、誰かに恋慕の情を抱いたことあるかい?」
「あるように見えます?」
「すまない、野暮な質問だったね」
「それもそれで失礼だって気づいてます?」
悪びれなさそうな「ごめんごめん」と発した適当な謝罪を僕は受け取る。
続けて彼はこう言った。
「五条悟を、彼に殺してもらうための《動機》が少しでも多い方がいいだろう?」
そんな物騒な台詞の後に「……まぁ、あの呪いの王本人に自覚があったかどうかなんて、私は知らないんだけど」とボソリと呟く。
息遣い以外何も聞こえない暗闇では、彼の一人言もしっかり聞き取れた。
「それに──意味はなかったとしても、見てて面白いだろう?」
彼は、嗤う。
僕は意味のないことは嫌いだ。いや、苦手と言った方がいいかもしれない。
何せ合理的ではないし、無意味なことを実行する時間ほど贅沢な浪費もないだろう。そう考えている。
けど、彼はただ《面白い》という理由だけで一手間かけることを惜しみなく行う。
「自分の身体を傷つけられても痛みに鈍くなれる彼女だけど、己に無関係ではない《それ》で、他人が傷つくことを彼女は嫌うからね。君のいう今回の《無駄な事》は心を甚振るには十分なんだよ」
どこまで計算して、どこまで筋書きをしているのか。
まるで手繰り寄せる蜘蛛の糸のような緻密さだ。
賞賛を込めて、僕は笑う。
「悪趣味ィ〜。」
「その悪趣味に乗っかって、好き勝手実験したのは誰だったかな?」
「はいはい、僕ですよ。あー、だからもしかしてヤるのは禁止だったんです?」
左手の指で丸を。右手の人差し指を穴へ抜き差し。
昔同じ所作を実家で行ったところ、兄に『下品やからやめェや』と呆れられた。今となっては懐かしい。
目の前の彼は黙って笑うだけで諌めることはしない。
ただ、その笑顔は肯定なのだろう。
身体の傷はいくら治ったとしても、心の傷は中々治らないものらしい。
僕の場合、心が傷つくなんて人間らしい機微は、随分と昔に母親の腹の中へ置いてきてしまった。
「化け物と人間の恋慕なんて、古今東西バッドエンドだと相場が決まっているんだよ」
手持ち無沙汰かのように額の縫い目を撫でる目の前の彼は、きっと他人を《人》として認識していないのだろう。勿論、僕も含めて。
喩えるなら、そう。ただの《駒》だ。
「やっぱり悪趣味ですよ、羂索さん。」
銀朱に交わる#失頁
蝋燭の下で静かに微笑む男の笑顔は、彼の知りうる表情の中で特別上機嫌なものだった。