ファーストドライブ!
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「あの、帰りは私が運転、」
「まぁまぁ。初心者なんだから甘えちゃいなよ。」
一生懸命食い下がる名無しを制して運転席へ身体をねじ込めば、流石に諦めたのか「ありがとうございます。疲れたらすぐ交代するので」と彼女は困ったように笑った。
「……しかし…五条さんも運転されるんですね。」
「あれ?見たことなかった?」
「初めてです」
僕名義の車はあるにはあるが、それに乗ったのはもうどのくらい昔だろうか。
そのくらい珍しい。ハンドルを握ることも、アクセルを踏むことも、本当に。
「たま〜〜〜にね。あと運転するとすれば、僕よりも過労で死にそうな伊地知を見兼ねた時とか。」
「それはもう…伊地知さんは休んだ方がいいのでは?」
「僕もそう思う。」
残念な事実を知ってしまった時のように、困惑と哀れみを込めた表情で目を細める名無し。
伊地知の奴は……もう少し手を抜くとか休むとか、そういうことを覚えてくれたらいいんだけど。倒れられたら僕も困る。
──とはいえ、
「まぁ、こんな風に誰かを助手席に乗せてドライブするなんて初めてなんだけど。」
それこそ教習所の教官以来だ。
目元を細めていた名無しが、今度は目を丸くする。
彼女は、以前に比べて感情が顔に出やすくなった。
嘘と騙し合いが飛び交う呪術界では迎合される変化ではないが、僕は素直に嬉しく思った。
だって好きな子の、笑った顔も、怒った顔も、困った顔もずっと目に焼き付けていたい。
「……初耳です。」
「そうだっけ?」
「はい。てっきり、お付き合いされた女の人とドライブに行っているものだと思っていました。」
真っ当な付き合いなら、そういうこともあっただろう。
「ないない。だって気心知れないヤツとドライブってある種の拷問でしょ」
「お付き合いされてるなら気心知れているのでは…?」
痛い所を衝く。
僕はどう誤魔化すか思考をフル回転させる。
が、きっと聡い彼女のことだ。のらりくらりと躱せば執拗く追及はしてこないだろうが、それでは駄目だと僕の僅かに残った真っ当な良心が叫ぶ。
名無しとは、ワンナイトだとか身体だけで後腐れのないようにとか、そんな杜撰な付き合い方をしたいわけではない。
観念したように「あー」と声を零し、僕は手に汗を握りながら白状した。
「こう言っちゃなんだけど、ちゃんとした恋人って今までいないし」
「五条さんなら真面目にお付き合いしたらすぐ恋人出来そうですけどね。」
非難するわけでもなく、侮蔑するわけでもなく。
彼女は隣でからりと笑う。
「本当にそう思う?」
「はい。」
本人から聞き出した、言質のような返答。
僕は点々と灯った高速道路の電灯が流星のように流れていく様を見ながら、静かに息を吸い込んだ。
「僕が恋人にしたいの名無しなんだけど。」
その間、一呼吸。
運転中なのでじっくり表情を見ることは叶わないけれど、助手席の方で苦笑いを浮かべる気配がした。
「──やだなぁ。今のご冗談は下手ですよ、五条さん。」
「僕の気持ちを『冗談』扱いにされるのは結構傷つくんだけど」
バクバクと煩い心臓。
こんなにも心拍が喧しいと感じたのはいつぶりだろうか?
あの雑踏の中、傑と向かい合った時以来かもしれない。
僕の言葉に一瞬息を詰まらせて、名無しは「……そうですね、申し訳ございません。」と謝罪の言葉を述べた。
「で。返事、くれないの?」
「そうですね。ちょっとないかな、って。」
ない、とは。
「あ、女性遍歴は気にしていないんです。そりゃあ五条さんは顔もいいし、優しいし、いやまぁ爛れているなぁとは思いますけど、むしろ何もなかったらそれもそれで驚きますから」
弁解のように捲し立てる名無しの声。
残念ながらその弁解の向けられた先は彼女自身ではなく、何故か僕のだらしない遍歴なのだが。
──まるで『貴方に非はない』と言われているようだった。
一通り擁護した後、彼女は笑う。
僕の視界の端に映ったそれは、一見朗らかに見えた。いや、そう見えている。
その表情の下に真意や本音を隠しているのかもしれないが、残念ながら僕はそれを見抜くことが出来なかった。
……だから、そんな顔をさせてしまったのだ。
「私は、呪物ですから。」
その考えを、力及ばず払拭してあげることが出来なかった事実を目の当たりにする。
いや『払拭してあげる』なんて言い方、傲慢以外の何物でもないのかもしれない。
振られてしまったことがショックというより、未だ根深いその事実が、僕はどうしようもなく──悲しかった。
この間彼女を罵倒した二級呪術師や、僕と出会う前、もしかしたら僕の与り知らぬ所で何度も何度も浴びせられたであろう言葉。
呪物なのかもしれないが、それ以前にななし名無しという少女は紛れもなく人間だというのに、彼女の中で序列は逆のようだ。
彼女を呪う言葉を浴びせ続けた連中を、心の底から殺してやりたいと、僕はそう思った。
……けれど、それよりも誰よりも。
少しずつ曇っていく彼女を守ってやれなかった僕自身が、一番腹立たしい。
「どうしても?」
「どうしても。」
「僕のこと嫌い?」
「大好きですよ。私の命を投げ出して五条さんが助かるなら、躊躇いなく飛び込めるくらいに。」
世辞でも上辺でもなく、間違いのない本音。
こういうことで嘘をつく子じゃないのは嫌というほど知っている。
だからこそ、『ない』と答えた彼女の言葉も、『大好き』だと言ってくれた彼女の言葉も、何もかも今の彼女の本心そのものなのだと理解した。理解してしまった。
「あーあ、僕振られちゃったーあーあー。」
「振っちゃいました。ごめんなさい。」
チラリと名無しの方を見遣れば、フロントガラスの方を向いたまま困ったように笑っている。
──けど、
「そんなに自分のこと、赦してあげられないくらい嫌い?」
ファーストドライブ!#09
これでいい。これがいいんだ。
白無垢なんて綺麗なものは着れない。
呪いに塗れたこの身体は、あんな幸せな場所に立つ資格などないのだ。
きっと彼の言葉は遊びじゃない。真剣だ。流石にそこまで鈍くない。
私が気負わないよう、いつもと変わらぬ軽い調子で伝えてくれたこの人の本心は、泣きたくなるくらい嬉しいものであると同時に、叫びたくなるくらい泣きたくなった。
痛い時ほど我慢できるようになった情けない心。『こんな時には便利だな』なんて内心嘲笑ってしまった。
本音しか言っていないのにも関わらず、その言葉は空へ放った矢のように、寸分の狂いもなく私に突き刺さる。
これでいい。当然だ。私は少なくとも、目の前の彼を傷つけたのだから。当然の報いだ。
泣く権利も、痛いと蹲ることも、惰弱な恋心も、この人の人生の隣に立つことも、今ならそんなこと『有り得ない』と斬り捨てられる。
だから、彼が投げかけた質問を本音で答える。
「大嫌いですよ。死んでしまえばいいのにって思うくらい。」
ずっとずっと泣き続ける、私の弱い心に蓋をした。
「まぁまぁ。初心者なんだから甘えちゃいなよ。」
一生懸命食い下がる名無しを制して運転席へ身体をねじ込めば、流石に諦めたのか「ありがとうございます。疲れたらすぐ交代するので」と彼女は困ったように笑った。
「……しかし…五条さんも運転されるんですね。」
「あれ?見たことなかった?」
「初めてです」
僕名義の車はあるにはあるが、それに乗ったのはもうどのくらい昔だろうか。
そのくらい珍しい。ハンドルを握ることも、アクセルを踏むことも、本当に。
「たま〜〜〜にね。あと運転するとすれば、僕よりも過労で死にそうな伊地知を見兼ねた時とか。」
「それはもう…伊地知さんは休んだ方がいいのでは?」
「僕もそう思う。」
残念な事実を知ってしまった時のように、困惑と哀れみを込めた表情で目を細める名無し。
伊地知の奴は……もう少し手を抜くとか休むとか、そういうことを覚えてくれたらいいんだけど。倒れられたら僕も困る。
──とはいえ、
「まぁ、こんな風に誰かを助手席に乗せてドライブするなんて初めてなんだけど。」
それこそ教習所の教官以来だ。
目元を細めていた名無しが、今度は目を丸くする。
彼女は、以前に比べて感情が顔に出やすくなった。
嘘と騙し合いが飛び交う呪術界では迎合される変化ではないが、僕は素直に嬉しく思った。
だって好きな子の、笑った顔も、怒った顔も、困った顔もずっと目に焼き付けていたい。
「……初耳です。」
「そうだっけ?」
「はい。てっきり、お付き合いされた女の人とドライブに行っているものだと思っていました。」
真っ当な付き合いなら、そういうこともあっただろう。
「ないない。だって気心知れないヤツとドライブってある種の拷問でしょ」
「お付き合いされてるなら気心知れているのでは…?」
痛い所を衝く。
僕はどう誤魔化すか思考をフル回転させる。
が、きっと聡い彼女のことだ。のらりくらりと躱せば執拗く追及はしてこないだろうが、それでは駄目だと僕の僅かに残った真っ当な良心が叫ぶ。
名無しとは、ワンナイトだとか身体だけで後腐れのないようにとか、そんな杜撰な付き合い方をしたいわけではない。
観念したように「あー」と声を零し、僕は手に汗を握りながら白状した。
「こう言っちゃなんだけど、ちゃんとした恋人って今までいないし」
「五条さんなら真面目にお付き合いしたらすぐ恋人出来そうですけどね。」
非難するわけでもなく、侮蔑するわけでもなく。
彼女は隣でからりと笑う。
「本当にそう思う?」
「はい。」
本人から聞き出した、言質のような返答。
僕は点々と灯った高速道路の電灯が流星のように流れていく様を見ながら、静かに息を吸い込んだ。
「僕が恋人にしたいの名無しなんだけど。」
その間、一呼吸。
運転中なのでじっくり表情を見ることは叶わないけれど、助手席の方で苦笑いを浮かべる気配がした。
「──やだなぁ。今のご冗談は下手ですよ、五条さん。」
「僕の気持ちを『冗談』扱いにされるのは結構傷つくんだけど」
バクバクと煩い心臓。
こんなにも心拍が喧しいと感じたのはいつぶりだろうか?
あの雑踏の中、傑と向かい合った時以来かもしれない。
僕の言葉に一瞬息を詰まらせて、名無しは「……そうですね、申し訳ございません。」と謝罪の言葉を述べた。
「で。返事、くれないの?」
「そうですね。ちょっとないかな、って。」
ない、とは。
「あ、女性遍歴は気にしていないんです。そりゃあ五条さんは顔もいいし、優しいし、いやまぁ爛れているなぁとは思いますけど、むしろ何もなかったらそれもそれで驚きますから」
弁解のように捲し立てる名無しの声。
残念ながらその弁解の向けられた先は彼女自身ではなく、何故か僕のだらしない遍歴なのだが。
──まるで『貴方に非はない』と言われているようだった。
一通り擁護した後、彼女は笑う。
僕の視界の端に映ったそれは、一見朗らかに見えた。いや、そう見えている。
その表情の下に真意や本音を隠しているのかもしれないが、残念ながら僕はそれを見抜くことが出来なかった。
……だから、そんな顔をさせてしまったのだ。
「私は、呪物ですから。」
その考えを、力及ばず払拭してあげることが出来なかった事実を目の当たりにする。
いや『払拭してあげる』なんて言い方、傲慢以外の何物でもないのかもしれない。
振られてしまったことがショックというより、未だ根深いその事実が、僕はどうしようもなく──悲しかった。
この間彼女を罵倒した二級呪術師や、僕と出会う前、もしかしたら僕の与り知らぬ所で何度も何度も浴びせられたであろう言葉。
呪物なのかもしれないが、それ以前にななし名無しという少女は紛れもなく人間だというのに、彼女の中で序列は逆のようだ。
彼女を呪う言葉を浴びせ続けた連中を、心の底から殺してやりたいと、僕はそう思った。
……けれど、それよりも誰よりも。
少しずつ曇っていく彼女を守ってやれなかった僕自身が、一番腹立たしい。
「どうしても?」
「どうしても。」
「僕のこと嫌い?」
「大好きですよ。私の命を投げ出して五条さんが助かるなら、躊躇いなく飛び込めるくらいに。」
世辞でも上辺でもなく、間違いのない本音。
こういうことで嘘をつく子じゃないのは嫌というほど知っている。
だからこそ、『ない』と答えた彼女の言葉も、『大好き』だと言ってくれた彼女の言葉も、何もかも今の彼女の本心そのものなのだと理解した。理解してしまった。
「あーあ、僕振られちゃったーあーあー。」
「振っちゃいました。ごめんなさい。」
チラリと名無しの方を見遣れば、フロントガラスの方を向いたまま困ったように笑っている。
──けど、
「そんなに自分のこと、赦してあげられないくらい嫌い?」
ファーストドライブ!#09
これでいい。これがいいんだ。
白無垢なんて綺麗なものは着れない。
呪いに塗れたこの身体は、あんな幸せな場所に立つ資格などないのだ。
きっと彼の言葉は遊びじゃない。真剣だ。流石にそこまで鈍くない。
私が気負わないよう、いつもと変わらぬ軽い調子で伝えてくれたこの人の本心は、泣きたくなるくらい嬉しいものであると同時に、叫びたくなるくらい泣きたくなった。
痛い時ほど我慢できるようになった情けない心。『こんな時には便利だな』なんて内心嘲笑ってしまった。
本音しか言っていないのにも関わらず、その言葉は空へ放った矢のように、寸分の狂いもなく私に突き刺さる。
これでいい。当然だ。私は少なくとも、目の前の彼を傷つけたのだから。当然の報いだ。
泣く権利も、痛いと蹲ることも、惰弱な恋心も、この人の人生の隣に立つことも、今ならそんなこと『有り得ない』と斬り捨てられる。
だから、彼が投げかけた質問を本音で答える。
「大嫌いですよ。死んでしまえばいいのにって思うくらい。」
ずっとずっと泣き続ける、私の弱い心に蓋をした。
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