ファーストドライブ!
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「足湯入ってたらさぁ、温泉入りたくなるよね。」
ちゃぷ、とズボンを捲り上げた足を泳がせて、五条さんがぼやく。
甘ったるいキャラメルマキアートと、ベイクドチーズケーキ。
それをダラダラと堪能しながら今は足湯でのんびりしている。
私はアイスコーヒーとフィナンシェをひとつ。
帰路を運転中眠くならないようアイスコーヒーはミルクもシロップもいれていない。
冷たさで酸味が引き立つコーヒーを喉へ流し込めば、じわりと汗をかく陽射しも少しはマシに思えるものだ。
「日帰り温泉行けばよかったのに。」
「五条さん、共同風呂とか嫌かな、と思いまして…」
「全然。僕、銭湯も余裕で平気だよ?そりゃあ、部屋付きの貸切露天風呂とか最高だと思うけど。」
「へやつきかしきりろてんぶろ。」
興味本位で見た旅行雑誌や、旅行プランサイト。これらに載っていたものだ。
泊まりなど候補に入るどころか候補に掠りもしなかった為、完全にスルーしており情報が一切ない。
が、間違いなく安価ではないだろう。それだけは分かる。
更に言えば、五条さんが『最高』だと頷くのだから、宿のグレードも高ければ高い程、値段も目を疑うものだろう。
何かのお祝いや慰労に贈れたらいいのだけれど、果たして手が届くのか。
「……ちょっとまた価格調べておきます。」と小声で答えれば、五条さんは笑いながらキャラメルマキアートを一口含んだ。
「それにしても……」
私と彼の間の、ひと一人分程のスペース。
そんな距離なんてものとしない様子で、右隣に座る五条さんは左脚をスッとこちらへ近づけてきた。
「名無しの足、ちっちゃ〜い。ひょろ〜い。僕が普段見てないからって、ダイエットとかしてないよね?」
「してませんよ。お腹空いたら夜食だって食べているのに。五条さんの足は……」
比較されるように並べられた彼と私の足。
それをスイと左へ寄せれば、取り残された五条さんの脚がお湯の中でよく見えた。
「……大きくてムキムキなのに、見るからに白くてスベスベなの、なんか見れば見るほど腹が立ってきました。」
「美しいって罪だよね。いいでしょ?筋肉美。」
「………………自覚あるのがまたムカつく…」
足首から膝まで撫でても、きっと傷跡ひとつなく、無駄毛の痕すらないのだろう。
白くて綺麗な足なのに、女性の物とは全く異なる。
肌のキメ細かさに目を奪われがちだが、健脚を通り越した強脚の証である立派な筋肉は、欲しくても欲しくても手に入らないものだ。
性別の差もあるし、体質や体格差もある。
努力でどうこうなる範疇の話ではなく、覆せない体力差を見せつけられた気分になった。
「ま、昔は体術でボコボコにされたし、そりゃあ鍛えるよ。」
あーんとチーズケーキを頬張りながら、五条さんは爆弾発言を投下した。
「えっ、ボコボコにされたことあるんですか?」
「そ。傑は格闘技が趣味だから単純な体術は中々勝てなかったし、あとは術師じゃないけどヤバいのが一人いてさぁ。死にかけちゃった。」
「五条さんもそういう経験、あるんですね…」
「結果的に勝ったけど。」
「そりゃあ、勝ってなきゃ──」
言葉にすることすら恐ろしい。
冷たいアイスコーヒーが胃の中に落ちる感覚がやたらと冷たく感じる。
汗がじわりと滲む初夏だというのに、私の両腕には鳥肌が。背中は悪寒が走り、ぶるりと震えた。
呪術界とは、そういう場所だ。
知っていたし理解していたつもりだが、漠然と『きっと五条さんなら大丈夫』という意識がきっとどこかにあったのだろう。
何故なら私が知っている五条悟という人物は、危なげなく呪霊を祓い、呪詛師も難なく返り討ちにするような人だ。
それでも事の次第によっては勝てなかった、もしくは辛勝だったこともあるという事実。
──私は、『最強』というレッテルに近い、盲目的な先入観を持っていたことを恥じ、彼の弛まぬ努力と『そういう業界で生きている』という事実を突きつけられたような気がして、ぽかぽかと温かいはずの足先が氷のように冷えていくように感じた。
「……なんか、肝が冷えたので、やめましょう。この話題」
「そう?僕は気にしないけど。」
「私がちょっと。」
そうだ。彼は、生身の人間だ。
自分が『死』から遠い存在だからか、はたまた彼が膝を折るような場面に遭遇したことないからか、つい失念してしまっていた。
反転術式があるとはいえ、頭や心臓を潰されれば死ぬのだ。
私と、違って。
「……五条さんのようなゴリラでも、ちゃんと生身なんだな、と思って」
「ゴリラ扱いなんて酷いウホ〜。ゴリラって意外と繊細な生き物ウホよ?もっと優しくして欲しいウホ。」
「もっと優しくした方がよかったですか?」
似合わない語尾につい苦笑いを浮かべてしまう。
きっと酷い顔色をした私の気を紛らわせてくれているのだ。
「今でも十分だけど、もっと。」とお強請りされるが、きっとこれ以上は私のような立場が踏み入れていいものじゃない。
──私に出来るのは、五条さんが一分一秒でも長生きが出来るよう祈り、早く強くなって、彼に降りかかる悪意を少しでも露払いをすることだ。
ファーストドライブ!#08
「……やっぱり黒たまご、10個くらい食べさせておけばよかった。」
「やめてよ〜、コレステロール摂取過多で健康診断が大変なことになるでしょ?」
ちゃぷ、とズボンを捲り上げた足を泳がせて、五条さんがぼやく。
甘ったるいキャラメルマキアートと、ベイクドチーズケーキ。
それをダラダラと堪能しながら今は足湯でのんびりしている。
私はアイスコーヒーとフィナンシェをひとつ。
帰路を運転中眠くならないようアイスコーヒーはミルクもシロップもいれていない。
冷たさで酸味が引き立つコーヒーを喉へ流し込めば、じわりと汗をかく陽射しも少しはマシに思えるものだ。
「日帰り温泉行けばよかったのに。」
「五条さん、共同風呂とか嫌かな、と思いまして…」
「全然。僕、銭湯も余裕で平気だよ?そりゃあ、部屋付きの貸切露天風呂とか最高だと思うけど。」
「へやつきかしきりろてんぶろ。」
興味本位で見た旅行雑誌や、旅行プランサイト。これらに載っていたものだ。
泊まりなど候補に入るどころか候補に掠りもしなかった為、完全にスルーしており情報が一切ない。
が、間違いなく安価ではないだろう。それだけは分かる。
更に言えば、五条さんが『最高』だと頷くのだから、宿のグレードも高ければ高い程、値段も目を疑うものだろう。
何かのお祝いや慰労に贈れたらいいのだけれど、果たして手が届くのか。
「……ちょっとまた価格調べておきます。」と小声で答えれば、五条さんは笑いながらキャラメルマキアートを一口含んだ。
「それにしても……」
私と彼の間の、ひと一人分程のスペース。
そんな距離なんてものとしない様子で、右隣に座る五条さんは左脚をスッとこちらへ近づけてきた。
「名無しの足、ちっちゃ〜い。ひょろ〜い。僕が普段見てないからって、ダイエットとかしてないよね?」
「してませんよ。お腹空いたら夜食だって食べているのに。五条さんの足は……」
比較されるように並べられた彼と私の足。
それをスイと左へ寄せれば、取り残された五条さんの脚がお湯の中でよく見えた。
「……大きくてムキムキなのに、見るからに白くてスベスベなの、なんか見れば見るほど腹が立ってきました。」
「美しいって罪だよね。いいでしょ?筋肉美。」
「………………自覚あるのがまたムカつく…」
足首から膝まで撫でても、きっと傷跡ひとつなく、無駄毛の痕すらないのだろう。
白くて綺麗な足なのに、女性の物とは全く異なる。
肌のキメ細かさに目を奪われがちだが、健脚を通り越した強脚の証である立派な筋肉は、欲しくても欲しくても手に入らないものだ。
性別の差もあるし、体質や体格差もある。
努力でどうこうなる範疇の話ではなく、覆せない体力差を見せつけられた気分になった。
「ま、昔は体術でボコボコにされたし、そりゃあ鍛えるよ。」
あーんとチーズケーキを頬張りながら、五条さんは爆弾発言を投下した。
「えっ、ボコボコにされたことあるんですか?」
「そ。傑は格闘技が趣味だから単純な体術は中々勝てなかったし、あとは術師じゃないけどヤバいのが一人いてさぁ。死にかけちゃった。」
「五条さんもそういう経験、あるんですね…」
「結果的に勝ったけど。」
「そりゃあ、勝ってなきゃ──」
言葉にすることすら恐ろしい。
冷たいアイスコーヒーが胃の中に落ちる感覚がやたらと冷たく感じる。
汗がじわりと滲む初夏だというのに、私の両腕には鳥肌が。背中は悪寒が走り、ぶるりと震えた。
呪術界とは、そういう場所だ。
知っていたし理解していたつもりだが、漠然と『きっと五条さんなら大丈夫』という意識がきっとどこかにあったのだろう。
何故なら私が知っている五条悟という人物は、危なげなく呪霊を祓い、呪詛師も難なく返り討ちにするような人だ。
それでも事の次第によっては勝てなかった、もしくは辛勝だったこともあるという事実。
──私は、『最強』というレッテルに近い、盲目的な先入観を持っていたことを恥じ、彼の弛まぬ努力と『そういう業界で生きている』という事実を突きつけられたような気がして、ぽかぽかと温かいはずの足先が氷のように冷えていくように感じた。
「……なんか、肝が冷えたので、やめましょう。この話題」
「そう?僕は気にしないけど。」
「私がちょっと。」
そうだ。彼は、生身の人間だ。
自分が『死』から遠い存在だからか、はたまた彼が膝を折るような場面に遭遇したことないからか、つい失念してしまっていた。
反転術式があるとはいえ、頭や心臓を潰されれば死ぬのだ。
私と、違って。
「……五条さんのようなゴリラでも、ちゃんと生身なんだな、と思って」
「ゴリラ扱いなんて酷いウホ〜。ゴリラって意外と繊細な生き物ウホよ?もっと優しくして欲しいウホ。」
「もっと優しくした方がよかったですか?」
似合わない語尾につい苦笑いを浮かべてしまう。
きっと酷い顔色をした私の気を紛らわせてくれているのだ。
「今でも十分だけど、もっと。」とお強請りされるが、きっとこれ以上は私のような立場が踏み入れていいものじゃない。
──私に出来るのは、五条さんが一分一秒でも長生きが出来るよう祈り、早く強くなって、彼に降りかかる悪意を少しでも露払いをすることだ。
ファーストドライブ!#08
「……やっぱり黒たまご、10個くらい食べさせておけばよかった。」
「やめてよ〜、コレステロール摂取過多で健康診断が大変なことになるでしょ?」